第154話 目覚めた三人目
カプセルの方へと一歩一歩近づいていく一行。
その間も、ソランジュは話しつづける。
なぜ彼女がここにいたのかについて。
そしてどうして――
「母さまは不思議な人だった。白銀の髪に赤い瞳。恐ろしいほどの魔力を持ち、けれど性格は温厚そのもので――。私もこういう遺跡が世界各地にあるということは知っていたけれど、人が見つかった、ということはついぞ聞いたことがなかった。一体、こんな遺跡にいるなんてどういう人なのかと思った。けれど母さまは、そんな私の質問に中々答えてくれなかった。ただ、親も親類もいない私に、様々な技術を、生きる方法を教えてくれた。私が母さまに、今がいつか、ここがどこなのかを教えてくれたお礼だと言ってね。その力と言うか生活力は物凄くて、一日も経たずに森の一部を切り開いて、小さくはあるが、二人の人間が生活するには十分な小屋を作ってしまった。母さまは私に言ったよ。『ここで一緒に暮らしましょう』ってね」
そういう風に話しつづけるソランジュの瞳には懐かしさと寂しさが宿っていて、ルルとイリスはなんとも言えない気分になった。
なぜ、そんな様子なのかははっきりとは分からなかったが、それでもソランジュの言う母さまが彼女と共に小屋にいなかったことがその理由を推測させる。
おそらく“彼女”は途中でソランジュのもとを離れたのだ。
そして、たぶん今、ここにいる――
「数年も一緒にいれば、情が生まれる。母さまは、始め、私にとってはただの同居人だったが……色々な常識を教えられ、魔術を学び、森での生き方を叩き込まれていくうちに、この人こそが私の“母”なんだ、とぼんやりと思ったよ。そして――子供だったからね。素直にその気持ちに従って、母さまと、彼女を呼び始めた。母さまも、いやではなかったらしい。じんわりと笑って、頭を撫でてくれた……けれど」
そこで一旦言葉を切って、ソランジュは表情を辛そうなものに変えて続けた。
「一緒に住み始めて十年ほど経った頃、母さまは、ある日突然、倒れられた。なぜなのかは私には分からなかった。けれど、たぶん母さまには分かっていたんだろう。私に『ソランジュ。貴女はもう一人で生きていける力を得た。私がいなくなっても、頑張りなさい。まず、村の外に出て、冒険者になるといいわ……今の世の中は随分と便利な職業があるものよ。その身に着けた魔力と、自然の中で生活する術は、そのために役に立つわ』――そんな風に言って、家を出た。どこに行くのかと聞いたら、『私は眠らなければならない。そうしなければ――死んでしまうから。あの施設の中でね』そう言ったから、私はここまで母さまを送ってきたんだ。息も絶え絶えの様子で、今にも死んでしまいそうな――そんな感じだったよ。ただ、そこの台座に横たわると、どこかから不思議な声が聞こえてきて、母さまを透明な材質の壁が覆っていった。完全に母さまが覆われると、壁の向こう側に白い靄が満ちてきて――そのまま母さまは眠られたよ。最後に『いつか私と同じ髪の色をした人が来たら、ここに連れてきて』と言ってね。そのときはどんな意味かわからなかったけれど、私は頷いたんだ」
それで全てが分かった――とまでは言えないが、大まかな事情は分かった。
カプセルに近づいて、そこを覗いてみると、確かにソランジュの言う通り、一人の成人女性が静かに眠っていた。
長い銀色の髪を一つにまとめて横に流している、メリハリのはっきりした体型のその女性は、ルルとイリスの目から見て、明らかに魔族だった。
「お義兄さま……見覚えは?」
「いや……見たことはない。魔力の量から見て一般人ではないと思うが……ん?」
カプセルを覆う透明な壁越しに魔族女性の魔力を走査してみたところ、不自然なところが見つかってルルは首を傾げた。
魔力量自体に問題はないが、滞りが見られるのだ。
それでルルは納得する。
「これが眠った理由か……」
そうルルが呟くと、ソランジュは驚いたように、そして嬉しそうに言った。
「あんた……分かるのかい? どうして母さまが眠ってしまったのか……」
ソランジュも、おそらくこの数十年調べたはずだ。
けれど分からなかったのだろう。
そして最後の希望が、彼女の“母さま”が言った言葉だったのだと思われた。
実際、これを人族がいくら調べても分かるようなことではない。
なぜなら、魔族特有の病だからだ。
過去においては大した問題ではなく、すぐに治療することが出来るものだったのだが、彼女にはそれが出来なかったのだろう。
なにせ、治療のためには、病にかかった者だけでなく、もう一人、魔族が必要だからだ。
今の時代に魔族を探すのは、彼女にも不可能だったという事だろう。
ただ、今はここにイリスがいる。
治すことは可能だ。
ルルにも可能かもしれないが、魔族だった時と今とでは少し感覚も違っているため、かつて理解していた治療法だとは言え、それを試みるのは不安があった。
だからルルはイリスに頼む。
「イリス……魔力絶縁病だ」
その一言でイリスは理解した。
それは、人族にとっての風邪のようなもので、決まった方法で治療を施せば数日と経たず治癒するものなのだから。
「なるほど……ですから睡眠に入られたのですね。現代の人族には治しようがない、と……」
「あぁ。ま、治療するためには起こさなければならないな。カプセルを開ける方法は……」
きょろきょろとカプセルの周りを見ても何もない。
ただ、ぺたぺたとカプセルに触れると、聞き覚えのある声が辺りに響いた。
『……魔……の波……力確認……検索……第100……王……ルルスリア=ノルドと一致……権限……第一位……長……眠装置……号機……停止……すか……?』』
三人とも上を見上げてその声を聴く。
イリスは頷き、ルルはげんなりとした様子だ。
ソランジュは首を傾げている。
今までこんなことはなかったのだろう。
本来なら説明すべきだろうが、それは後でいい。
今はまず、カプセルを開けるのが先決だ。
「……開けてくれ」
ルルがそう言うと、声は、
『……了解……』
と告げて、長期睡眠装置の停止作業を始めたようである。
イリスの時と全く同じだ。
目の前にあるカプセルの中に、霧のような、何らかの薬品かなにかを噴霧される。
そうすると、青白かったソランジュの“母さま”の顔に、徐々に血色らしきものが戻ってきているのが確認できた。
全くの不動で、呼吸すらしていなかった彼女の胸元がゆっくりと上下しだし、息をし始めたのが分かる。
覚醒しようとしているのだ。
それでも若干、調子の悪そうな顔をしているのは、やはり病の影響だろう。
これは早く治してやらなければならないと、カプセルが開くのを待った。
そして、カプセルの中心に突然、縦線がピッ、と入り、そこからカプセルが開いて、透明素材はカプセルの両端に収納されていった。
イリスの時と同じように攻撃されては非常にまずいから、一応の警戒をしていつでも結界を張れるように構えていた。
しかし、そんな心配は杞憂に終わる。
ゆっくりと目を開いたその人は、不思議そうな顔でその場にいる三人と一匹を見て、落ち着いた声で尋ねてきたからだ。
「……あなたたちは……誰? 出来ることなら、今がいつなのか教えてほしいのだけど……?」
それは酷く冷静な質問で、なるほど、ソランジュに初めてあったときも、この人はこういう風だったのだろうと感じさせた。
それからその人は、イリスを見てはっと目を止めると、
「……まさか、そんな……貴女……魔族よね?」
と尋ねた。
イリスは同じく遺跡で眠っていた経験を持つ者として、不安な気持ちで起き上がったその瞬間に同族を発見した彼女の気持ちが理解できるのか、微笑んで頷き、
「ええ。そうですわ。おはようございます……ええと?」
と、言葉を切って何と呼ぶべきかを言外に尋ねた。
すると女性は、
「あぁ、ごめんなさい。少し興奮してしまって……私はゾエ。昔は魔王軍で竜騎士をしていたわ……あ、魔王軍、分かるかしら? あなたは、今の人?」
流石に一度目覚めているだけあって、かなり正確に現状を把握できているようである。
色々説明する手間が省けて楽でいい。
イリスは彼女の言葉に一つ一つ答えていく。
「魔王軍は存じております。父が、陛下の側近を務めておりましたので……名乗るのが遅れました。私の名は、イリス。イリス=タエスノーラ。貴女様と同じく、長い年月、眠っておりましたが、七年前に目覚めた者でございます」
「バッカス様のご息女……!? それは……また凄い人と会ったものね……」
イリスの説明にゾエは一つ一つ頷き、驚きと感動を露わにしている。
そんな表情を浮かべるゾエを、ソランジュは幸せそうな顔で見ている。
ルルは、ふと、ソランジュは名乗り出る気がないのか、と思って彼女の顔を見た。
彼女の話によれば、ゾエはソランジュの義理の母、と言っていい者である。
名乗り出て、抱き着いてもおかしくない。
しかしそんなルルの視線を受け止めたソランジュはゆっくりと首を振った。
なぜ、と尋ねようかと思ったが、考えてみれば理解できる気もした。
ゾエがどれだけの年月眠っていたかは分からないが、ソランジュとゾエの見かけの年齢差は、今や完全に逆転してしまっている。
かつて子供だったソランジュが、ゾエを遥かに老い抜き、老婆となった今、名乗り出ることに大きな躊躇を覚えたのかもしれない、と。
それは、とても寂しいことのような気がした。
月日に遮られて、素直に再会を喜べないと言うのは、とても悲しい。
見た目など関係ない。
種族も。
ルルは自分とイリスのことを考えて、そう思った。
けれど、ソランジュにそれを押し付けるのも良くないだろう。
だから、何も言えずに黙っていた。
このまま、ゾエとソランジュはお互い他人として生きていくことになるのだろう。
そう思うと、何とも言えない痛みをルルは自分の中に感じた。
けれど、そんなルルの葛藤を、ゾエが一瞬にして取り払う。
「……あら? 貴女、どこかで……」
そう言いながらソランジュを見つめたゾエは、十秒ほどソランジュを凝視して、はっとしたような顔になると、彼女のもとに駆けよって行った。
「ソランジュ!! あらあら……随分と年をとって……懐かしいわね。元気だった? ちゃんとご飯食べてた?」
と言って抱き着いたのである。
「な、なにをするんだい。私はソランジュなんてものじゃあ……」
はじめはそう言って否定していたソランジュだが、ゾエの方が上手であるのは年を取ろうとも変わらないことらしい。
ゾエは、
「またまたぁ。私には分かるわよ? 見た目は確かに大分変ってしまったけど……それでも目元とか、口元とか、喋り方とか……あの頃と変わってないわ。意地悪そうに見えて、実は優しいところもね」
そう言って微笑んだ。
そこまで言われてはもはや否定しようもなく、ソランジュは黙り込んでしまった。
けれど、はっきりと自分はソランジュであると肯定した途端、抑えきれなくなったのか、ソランジュは涙を流して、それからゆっくりとゾエの背中に手を伸ばした。
ゾエはそれを見ながら、
「……泣き虫なところも変わってないのね?」
と優しく微笑んで、ソランジュを強く抱きしめたのだった。
◆◇◆◇◆
「……感動の再会もいいんだが、その前にやらなければならないことがある。イリス」
ルルが、抱きしめあっている二人に向かって、申し訳なさそうにそう言った。
イリスはルルの言葉に頷き、ゾエに向かって手を差し出す。
その意味を、ゾエは魔族らしくはっきりと理解して頷いた。
「そうだったわね。まだ治ってないんだった。よろしくお願いいたしますわ、バッカス様のご息女様……」
と、恭しく言い始めたので、イリスが困ったように、
「普通にして頂けるとありがたいですわ。父は確かにすばらしい方でしたが、私自身は大した役職についていたわけでもありませんので」
と言う。
ゾエは、
「……いくつか人族の部隊を壊滅させたと聞いたことがあったのだけど……まぁ、それはいいわ。分かった。じゃあ、御願いね。イリスちゃん」
と、くだけた口調で言った。
イリスもあまり丁寧すぎるよりもそれくらいの方が楽なのか、特に不服も言わずに差し出されたゾエの手を取る。
それから、ゾエの体に魔力を流し込み始めた。
魔力絶縁症は、体の一部分に魔力が通らなくなるという病で、他の種族ならともかく、魔族の場合には致命的な病だった。
ただ、無理やり押し出すように他人の魔力を流してやると、それで改善すると言う至極簡単な治療方法があるので、あまり問題視はされていなかったのだが、現代においてはその治療を出来る人材がいない以上、魔族にとって恐るべき病だった、と言うべきだろう。
今はもう、身も心も魔族である者が二人いるのだ。
何の問題も無く、治せるだろう。
そして、ルルはこの病にイリスがかからなかったことを感謝した。
もし、イリスがかかっていたらルルが治療を試みる必要があっただろうが、成功したかは未知数だからだ。
ゾエの体に通っていく魔力。
そして、彼女の体の中、魔力の滞っていた部分は数秒ののち、完全に消滅した。




