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第150話 驚くべきこと

 ステファニーが言うには、数日前から今日まで壊れていた橋、というのは森の奥にある崖の向こう側と村のある側とを繋ぐ唯一の道であったのだという。

 遠回りすれば行き来は出来ないわけではないが、かなり時間がかかるし、生態系もそこで分かたれているので自然の生き物が大幅な移動をすることは少ないらしい。

 そして、崖のこちら側――つまりは村側の森にはあまり魔物もおらず、いてもそれほど脅威にはならないものばかりらしいが、崖の向こう側になると冒険者でなければ対処出来ないような強力な魔物が多く生息しており、危険だと言うことだった。


「ですが……それがお分かりなのでしたら、ユルクも向こう側にわざわざ行ったりはしないのでは?」


 イリスが森の中をステファニーをおんぶしながら走りつつそう質問すると、ステファニーは答える。


「ううん。向こう側にはおばあちゃんがいるから。ユルク、多分おばあちゃんに会いに行ったと思うの」


「おばあちゃん?」


「うん。ソランジュおばあちゃんだよ。すっごく強い魔術師なの。剣も使える人でね、わたしたち三人で、おばあちゃんが暇なときに戦い方を教えてもらってるんだよ」


 それを聞いて、なぜユルクが子供にしては妙に強く、また基本が出来ているのかが理解できた。

 しっかりとした師がいたわけだ。

 そして、ユルクはそれなのにイリスに簡単に敗北を喫してしまい、自分の実力に不安が出たのだろう。

 さらに強くなりたいと師の元へ走った、ということだろうか。

 そんな推測をステファニーに尋ねると、


「うん。きっと……。一番頑張って修行してるの、ユルクだから……」


 と答えた。

 

 イリスとしても、強くなりたい、負けたくない、という気持ちについてはよく分かる。

 昔、同じことを幾度となく思ったのだから。

 いや、今も思っている。

 だからこそ、そのために足掻くことそれ自体は非常に好ましい態度であると感じた。


 だが、だからと言って危険な場所に赴き、幼馴染に心配をかけるようなことはよろしくない。

 さっさと連れ戻して――イリスに負けたことが自信喪失の理由だと言うのなら、自分が少しばかり他とは違うという事を教えてあげようと思った。


「少し、スピードをあげますわ。ステファニーさん。強くつかまってください」


 イリスがそう言うと、ステファニーは頷いてイリスの首に抱き着いた腕の力を強めた。

 やはり、この年齢の子供にしては力が強く、彼女もまた、ソランジュと言う人物に稽古をつけてもらっていることは明らかだ。

 数年経てば、一端の冒険者に、三人そろってなるのだろう。

 だからこそ、その夢を途中で断たせるわけにはいかない。


 イリスは自分と、そして背中におぶさるステファニーに身体強化魔術をかけて、スピードを上げた。


 ◆◇◆◇◆


 ――――。


 何か、甲高い悲鳴のような音が聞こえて、ルルはのどかな森の景色に見とれてぼんやりとしていた意識を覚醒させた。

 どこから聞こえてきたのかを改めて把握すべく、感覚を強くすれば、先ほどアウルベアが向かった方角からであることが理解できた。

 村人は既に帰ったはずだし、崖のこちら側に村があるとは聞いていない。

 人など、いるはずがないのだが、もしかしたらどこかの狩人や冒険者が森を彷徨っていた可能性はゼロではない。

 ソランジュにここで見張れと言われた手前、どうすべきか迷ったが、ここで見捨てて死なれるのも寝覚めが悪い。

 ソランジュもそれなりに力のある魔術師であることはその魔力から理解できたし、仮にあのアウルベアたちが戻ってきて鉢合わせたところで彼女が大けがを負う、という事態は想定しがたい。

 おそらくは大丈夫だろうと考え、ルルは一応の結界を残してその場を後にし、悲鳴の聞こえた場所へと向かうことにした。



 辿り着いたその場所。

 そこにあった光景は、巨大なアウルベアを前に腰を抜かしている一人の少年の姿だった。

 しかも、その顔には見覚えがある。

 村長の家に向かう途中に話しかけてきた子供ではないか。


「こんなところで何をしている!?」


 姿が目に入った瞬間に、ルルがそう尋ねると、少年は怯えた目でルルを見た。

 距離的に、ルルがどんなに頑張っても助けに入ることは出来ない、と感じているようだ。

 その予想は実際のところ間違っているが、ルルが名実ともに初級冒険者であるのなら間違っていない感覚であり、ぱっと見でそれを判断できる少年は意外にも結構、状況判断能力があるのかもしれないと緊張感無くルルは思った。

 そして、アウルベアが少年に襲い掛かろうとしたその瞬間、ルルは少年の前に結界を築く。

 少しばかり距離が遠いため、魔力の消費が大きいが、ルルからすれば微々たるもの。

 何の問題も無く、強固な結界が形成され、アウルベアの巨大で鋭い爪は結界にぶつかり、火花を散らしただけに終わった。


 少年は驚いた表情で自分の目の前に築かれた透明な薄青い結界を見つめる。

 何が起こったのか、即座には理解できないのだろう。

 そんな少年のもとにルルは走って駆け付け、アウルベアと相対しながら背中越しに言った。


「もう大丈夫だから安心しろ」


 しかし少年はその言葉を信じられないようだ。

 反論するように言う。


「で、でも! アウルベアなんだぞ! 初級冒険者の手に負える相手じゃあ……!」


 全く持って正しい意見だが、そもそもそんな存在の攻撃を結界でもって一度抑えることが出来たと言う事実は彼の頭にまだ浸透していないらしい。

 それか、一撃くらいは全力でなんとかしたが、余力が残っていないだろうと判断したか。

 どちらにしろ、意外と冷静な思考をしているのかもしれない。


 しかし、何にせよ少年の言っていることは正しく事実を把握できていない。

 ルルにとって、アウルベアなど何ほどのものでもないのである。


 そのことを示すため、ルルはあえて結界を解き、アウルベアを挑発するように笑いかけた


 それを見て、少年は目を見開き、必死な様子で言う。


「な、何してるんだ! 結界! なんで解いた!?」


 ルルはそれに答えず、挑発に乗って向かってきたアウルベアの太い腕を眺めながら、正確にその軌道に自らの掌を割り込ませる。

 アウルベアは4メートルを超す巨体だ。

 本来であれば質量の違いでルルは叩き潰されるはずであり、少年もまたそれを予想して絶望的な表情を浮かべたが、一瞬後にそこにあった光景は少年の想像を超えていた。


 巨大なアウルベアの前足はルルの掌の上で止められており、さらに、ルルはその前足を軽く掴んでいたのである。

 アウルベアはどうにかその拘束から逃れようと努力しているようだが、全く動いていないのは見るからに明らかだった。


「……嘘だろう……」


 少年が呻くように言った。

 しかし、現実は目の前にある。

 ルルはそんな少年の様子を見て、


「だから大丈夫と言ったろう?」


 そう言って笑いかけたのだった。


 ◆◇◆◇◆


 悲鳴が聞こえて、イリスはその人を超えた聴覚でもって正確にその方向を捉えて走る速度を上げた。

 ステファニーにも聞こえたらしく、一瞬振り返って見た彼女の顔は青ざめていた。

 最悪の事態を想定してのことだろう。

 イリスも非常にまずいかもしれない、と思ったが、現場に辿り着くとその予測はいい方向に外れることになった。


「……お義兄にいさま!」


 そこにいたのは、ルルとユルク、それにアウルベアであったが、アウルベアの巨大な腕をルルが片手で捕まえており、ユルクも何の怪我も無く、ただ腰を抜かして倒れているだけだったからだ。


「ちょうどいいところに来たな、イリス。その少年を少し引き離してくれ」

 

 と後ろに目をやってルルは言う。

 イリスは頷いてユルクを小脇に抱えて下がった。

 それからは、ルルの独壇場である。

 アウルベアの腕を離した結果、力を入れていたアウルベアが倒れ込むと同時に催眠魔術を放って眠らせたのである。


 アウルベアはそれに抗う暇もなくこっくりと眠りの世界に落ちて、それで戦いは終わった。

 その直後、そのアウルベアの子どもらしき三体の小さなアウルベアが群がって、大きな親アウルベアを守るように囲んだが、ルルにしてもイリスにしても目的は少年を助けることであって、アウルベアの討伐と言うわけではないからその場を離れることにした。

 子供のアウルベアたちはルルたちが遠ざかる様を警戒した視線で見つめていたが、ある程度以上離れたところで安心したらしく、親アウルベアの上に寝転がって遊び始めた。

 ただ眠っているだけ、というのが分かるらしい。

 ルルのかけた催眠魔術も一時間もすれば解ける。

 ルルは一応、ソランジュの傷つけてはならない、という要求に一応、応えられていると安心してその場を去って、洞窟の方に向かうことにした。

 イリスたちもその後に続く。


 歩きながら、ルルはイリスたちに事情を尋ねた。

 つまりは、イリスがユルクと戦い、軽々と負かしてしまったがゆえにこんな事態になってしまったのだと言う事情を。

 それを聞いてるルルは少年に、


「なんだ、そんなことか……」


 と呟いたので、少年は激昂してルルに言った。


「そんなことってないだろ! 俺にとっては……大問題だったんだ……これじゃあ、冒険者になんて、なれないじゃないか……。初級冒険者があんなに強いなんて……」


 と徐々にトーンダウンしていく辺り、彼にとっては本当に深刻な問題なのだろう。

 しかし、ルルは別に少年を馬鹿にしていったわけでも侮っていったわけでもなく、単純に、イリスに勝てなかったからと言って冒険者になるのにどんな問題があるのかと思っただけのことである。

 だから、ルルは未来の後輩に、正直に教えてやることにした。


「ええと、ユルクって言ったか」


「うん……」


「イリスに勝てなかったのが、そんなに悔しいのか?」


「うん……」


「そうか……ところで話は変わるが、アウルベアに勝てなかったからと言って、お前は落ち込むのか?」


 突然変わったルルの話に、ユルクは首を傾げた。


「……? 落ち込まないよ……あれは、中級冒険者でも勝つのが難しい化物なんだ。あんなものに勝てなかったからといって、落ち込んだりはしないさ。イリスは初級って聞いたけど、あんたはあれに勝ったんだ。少なくとも中級上位くらいなんだろう?」


 中級が数人いなければ勝てない魔物に勝った。

 だから、ルルは最低でも中級以上だ、ということだろう。

 論理的には間違っていない。

 けれど現実にはユルクのその予想は、間違っている。

 ルルはそのことを、分かりやすく伝える。


「いいや? 俺はイリスと同じ、初級下位の冒険者だぞ」


 ルルの端的な言葉に、ユルクは目を見開いた。

 イリスと手を繋いで歩いているステファニーもだ。

 ユルクは言う。


「う、嘘だ! そんなわけ……初級があんなに強い訳がないじゃないか!」


「まぁ……確かにそうかもしれないが。俺もイリスもまだ登録して大した日にちが経っていないからな。あんまり依頼も受けてないんだ。必然的に、ランクは上がらない……あれは依頼をこなさないと上げようがないからな」


 のほほんとそんなことを言われて、開いた口の塞がらないユルクとステファニ―。

 そんな二人の反応が気に入ったのか、ルルはさらに続けた。


「まぁ、それでも納得できないなら、俺とイリスには一つ、面白い肩書があるぞ?」


「……それは?」


 怖いものでも見るような声で、ユルクが尋ねてきた。

 ルルは言う。


「俺は、この間の闘技大会の優勝者、そしてイリスは準優勝者だ」


 にやりと笑って言われたその言葉に、ユルクとステファニ―は今度こそ、どんな言葉も出ないらしい。

 完全に時が停止したような表情で、しばらく口をぱくぱくさせていた。


 それから、やっと落ち着いたのか、喋れるようになると、ユルクは言った。


「……この間の闘技大会って、特級も出たって言うあれだろ……?」


「そうだな。それがどうした?」


「特級に、勝ったって言うのか!?」


 その言葉に、ルルは、まだ闘技大会の結果がここまで伝わっていないということを理解した。

 辺境の村である。

 それも当然だろう。

 イリスとルルの名前に特に誰も反応しなかったのは、それが理由だ。

 まぁ、仮に名前が伝わっていたとしても、どちらの名前もそれほど珍しいというわけでもない。

 こんな子供が闘技大会の優勝者・準優勝者だと判断できるものは、実際にあの場にいた者くらいだろう。


 ユルクの言葉にルルは頷いて答える。


「あぁ。グランやシュイ……それにウヴェズドなんかと戦ったが、勝ったぞ。いやぁ、みんな中々強敵だった……」


 実際に対戦相手の名前を挙げてみれば、彼らはやはり有名人らしく、顎が外れんばかりの表情を浮かべて驚きを示しているユルクがそこにいた。

 ステファニーの方はそれほど詳しく無いようで、


「それって誰? 誰?」


 とユルクに尋ねているが、ユルクには答える余裕がないらしい。

 そんな二人の様子にルルは微笑みつつ、洞窟に向かって歩いたのだった。

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