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第147話 イリスの失敗

 次の日の朝、宿で食事を終え、力仕事を手伝ってほしいと言っていた村長に具体的に何をすればいいか尋ねに行こうと宿を出たところで、ルルとイリスは声をかけらえた。


「ちょっといいか! あんたたち、冒険者なんだろう!?」


 振り返って見てみれば、そこにいたのは麻の服に身を包んだ少年が二人と、少女が一人立っていた。

 非常に幼く、おそらくは10歳程度だろう、と思われた。

 とは言え、ルルは名実ともに、またイリスは容姿がその古代魔族としての性質として、14歳前後に見えるため、さほど年の差は無いだろう。

 だからこそ話しかけやすかったのかもしれないな、と考えつつ、一体どんな用なのか首を傾げながらルルは聞く。


「――そうだが、何か用か? 俺達は今から村長の家に行く予定なんだが……」


 すると、三人のうち、リーダーっぽい少し膨れた体型をしている少年が前に出て、言った。


「あぁ。少し時間がないかと思って。実は俺たち、いずれは村を出て冒険者になりたいんだ! だから、話とか聞きたくて……」


 それを聞き、ルルはかつてグランとユーミスがカディス村に来たときのラスティたちを思い出した。

 つまり、この少年たちはかつてのラスティたちと同じだ。

 都から遠く離れた村で、冒険者に憧れる少年たち。

 グランたちからすれば、ルルもそういう者の一員に見えていたのは間違いなく、今思い出せば彼らはルルたちによく付き合ってくれたものだと改めて彼らの人の良さが分かる。


 一般的な冒険者なら、こういう場面は良くあると聞いたことがある。

 冒険者は山師であるのは間違いないが、登録それ自体は難しくはない。

 なろうと思えばなれるものであり、うまく成功すればいい生活も送れるだろう。

 そこに憧れるのは理解できる心情で、いきなり冒険者組合ギルドに行って登録しようとはしないで、たまに来る冒険者などに話を聞いて現実を知ろうとするのは悪くない判断でもある。


 ただ、大体の冒険者は面倒臭がって追い払うらしいが、ルルはかつて、というより今も、村に偶然来ただけのグランとユーミスに良くしてもらっていると言う思いがある。

 もし彼らがいなくても、ルルは冒険者にはなれただろうが、イリスには会えなかった可能性が高いし、ラスティたちもあのまま村でくすぶっていたかもしれない。

 彼らには大きな恩があるのだ。


 そういうことを考えると、ルルも、かつてのグランたちのように、後進になろうという者に、冒険者、という職業について、正確に伝えると言う義務があるのではないか、と思った。

 目の前の少年たちが数年経って冒険者になるのか、諦めて、もしくは別の夢を見つけてそちらに走り出すのかは分からないが、可能性は与えておきたい。

 そう思ってルルは、少年たちに言う。


「なるほど。分かった」


「それじゃあ……!」


 ルルの返事にぱっと明るくなった少年たち。

 ルルとしては村長の頼まれごとが終わってから、と言おうとしたのだが、少年たちは今から話を聞ける気でいるらしい。

 しまった、と思いながらイリスと目を合わせると、


「……お義兄にいさまは村長さんのところへ行ってくださいまし。この子たちの相手は、私が致しますので……」


 と言った。

 確かにそれが一番良さそうなのだが、ルルの安請け合いでイリスが面倒なことになってしまって申し訳ない気分になる。

 しかしイリスはそんなルルの表情を理解して、


「考えようによっては、こちらの方が楽かもしれませんわ。村長さんの頼み、と言うのは力仕事ということですので」


 とフォローしてくれる。

 確かに内容によってはその通りなのだが、子供の相手の方が大変な場合も少なくないだろう。

 しかしイリスは、


「いえ。私、小さい子は好きですので……大丈夫ですわ。ですので……」


「ですので?」


 ルルが続きを促すと、言いかけたイリスはなぜか改めて息を吸って首を振り、


「いえ。なんでもございませんわ。では、お義兄にいさま。お気をつけていってらっしゃいませ」


 と言って手を振った。

 ルルも、


「あぁ、悪いなイリス。また後で」


 そう言って手を振り、村長の家へと向かった。

 場所は宿屋の主人に聞いている。

 村でも比較的大きな建物だと言うので、すぐに分かるだろう。


 ルルが歩いて行ったのを見送ったところで、イリスは少年たちについていく。

 どこに行くのかは分からないが、カディス村でラスティたちがいつもたむろしていたところが決まっていたように、そういうところがあるのだろう。

 少年たちはルルがついてこないらしいことを話の流れから理解していたようだが、イリスが来るなら別にそれで構わないようである。

 彼らが聞きたいのは冒険者の話、であるから当然かもしれないが。


 そして、そんな中、少年たちの一人、三人組の中でただ一人の女の子が、先を進む少年二人から少し距離をとっているイリスの方に近づいてきて、訪ねた。


「お姉ちゃん」


「はい、なんでしょうか?」


「お姉ちゃんは、さっき、なんて言いかけたの?」


 どうやら、少女はイリスが先ほどルルに言いかけた言葉の続きが気になっているらしい。

 イリスはどう答えたものか少し迷ったが、少し考えてから口を開いた。


「皆さんへのお話は、私がするから大丈夫です、と申し上げようとしたのですわ」


 そんな風に。

 しかし少女はそれを聞いてあからさまにがっかりとしたような顔をしたので、どうしたのかと不思議に思ったイリスは少女に尋ねる。


「……どうしたのですか?」


 すると少女は、


「うん……予想と外れちゃったから」


 少女はイリスが言おうとしていたことを何か予想していたらしい。

 一体イリスがどんなことを言うと予想していたのか気になって、イリスは尋ねる。


「それは、どんな予想ですか?」


「うん……『小さい子が好きだから、いつ子供が出来ても大丈夫だよ』って」


 イリスはその言葉に、頭を叩かれるような衝撃を受けた。

 まさか、年端もいかない子供に、そんなことを言われるとは思ってもみなかったからだ。

 一体、そんな言い回しをどこで覚えたのか……と訝っていると、少女の方からその理由を口にした。


「昨日、ステファニーのお姉ちゃんが、ユルクのお兄ちゃんに言ってたんだよ。二人ともちょっと赤くなってたの」


 ステファニーというのは、少女の名前で、ユルクというのはルルに話しかけてきた少年の名前らしい。

 なるほど、適齢期の姉と兄がいるらしく、その間での会話でそういうものがあったのか。

 意味は正確に理解しているわけではなさそうで、なんでもないような顔をしている。

 それから、ステファニーはユルクたちの方へと近づいていって合流した。


 彼らの背後に遠ざかったイリスは、自分の頬を抑えながらつぶやく。


「……見抜かれたのかと思いましたわ……」


 イリスは熱くなった頬を、掌に氷の魔術を弱く発動させて冷やすと、気を取り直してユルク達の歩く方へと進んでいったのだった。


 ◆◇◆◇◆


「橋作りですか?」


 ルルが村長の家に辿り着くと非常に歓迎されて中に通された。

 宿泊する商人たちのお陰でそれなりに潤っているらしく、建物は外観も内装も整っている。

 とは言え、贅沢をしているという感じではなく、あくまでもそれなりのようだが。


 部屋に入り、お茶や菓子を進められながら話す中、村長が冒険者に頼みたい力仕事、というのはまさに昨日予想した通り、材木運びが主だという事が分かった。

 ただ、その目的は橋を作るため、ということらしい。

 しかもそれは村から外れた位置の森の奥に住んでいる変わり者の年寄りお婆さんの為だという。


「彼女は確かにかなり変わっていて、あまり村の者とも交わりませんが、村の者にとって重要な人であるのも確かですからな。数日ほど前に以前かけた橋が壊れてしまいまして、急いで直すべく材料や人を集めて、今日、やっと取り掛かれるところなのです」


 聞けばその年寄りは非常に腕のいい薬師であるらしく、村の者が病気にかかったり、何か調子が悪い時は彼女に見てもらうのだという。

 だから、彼女が村に来れない、村からも彼女のところに行けないと言うのは問題らしい。


 経緯を理解したルルは、村長の話を受けることにする。


「午後には出発しなければなりませんので、大した力にはなれないと思いますが……その間でよろしければお手伝いしましょう」


 そう言って。

 村長はこの答えに大げさに感謝をしてくれ、橋作りのための材料が置いてある場所へとルルを案内してくれた。


 そこには10人前後の村の男たちがいて、村長は彼らにルルを紹介する。


「こちら、昨日村にお越しになった冒険者のルル殿だ。今日の作業を、出発までの間、お手伝いして下さることになった……」


 村長が説明している間、村の男たちはルルを見て、本当に大丈夫なのか、という顔をしていた。

 ルルの容姿は華奢な少年であるから、そんな感想を持つのも無理はない。


 しかし、説明が終わり、実際に材料の運搬する段になって、そんな視線は吹き飛んだ。

 ルルは身体強化を自らの体にかけ、重量のありそうな材料をいくつももって尚、平気そうな顔で歩き始めたからだ。

 唖然とする男達。

 その中には村長もいた。


 それもそのはずで、彼らもルルが冒険者だと聞いた時点で普通よりはずっと使えると考えていただろうが、初級冒険者なのであるから、せいぜいが力持ちの村の男と同じか、それよりも少し下くらいだろうと予測していたらしい。

 実際、通常の初級冒険者ならそんなものだろうが、ルルは特級すらも圧倒する実力を持った、化け物である。

 単純に身体能力を強化して重量物を運搬するだけなら、無尽蔵な魔力に飽かせてこの程度のことをするくらいは朝飯前である。


 いつまでも開いた口の塞がらない男たちを振り返り、ルルは笑って言った。


「どっちに行ったらいいんですかね?」


 一体どこに橋を作るのか、まだルルは教えてもらってはいない。

 男達はその言葉にはっとして我に返り、慌ててルルに向かうべき方向について説明し、自分たちも持てるだけの荷物を持ったのだった。


 ◆◇◆◇◆


「……あら、木刀ですか?」


 少年たち――ユルク、ステファニー、それにもう一人の痩せた少年の名前はティメオと言うらしい――に、冒険者がどういう仕事をしているか、なるためにはどうすればいいか、などをイリスがこれまで冒険者組合ギルドでやってきた数少ない経験をもとに話し終えると、最後にちょっと戦ってみてくれないか、とユルクが言い出してどこかに行ったので待っていたらしばらくして、ユルクは二本の木刀を持ってきたのでイリスはそう言った。

 一本は自分が持ち、もう一本はイリスに差し出してきたので、これで戦え、ということなのだろう。

 イリスとしては素手で構わないのだが、やはり冒険者と言えば、特に男性は剣や槍などを持って戦うのが一般的である。

 少年の手や、木刀を見ればそれなりに使いこまれた跡が見え、訓練もしているようで、イリスは少しくらいなら、と思い承諾することにした。

 ユルクは言う。


「イリスは、今、冒険者としてのランクはどのくらいなんだ?」


 そう尋ねてきたので、


「初級下位ですわ。登録してさほど時間が経っていないので……」


 間違ってはいない、正しく事実を述べているだけだが、ここに王都でのイリスの戦いを見た者がいれば、それは詐欺であると口をそろえて言っただろう。

 ただ、ユルクはそんなことは知らない。

 あからさまに嬉しそうな顔をして、


「じゃあ、俺が勝ってもおかしくないな!」


 と笑って構えたので、イリスは控えめに頷いて、


「そうですわね」


 と言った。

 現実的に言ってユルクがイリスに勝てるわけがないのだが、それを教えてやる気をなくすと言うのも可哀想である。

 それなりに訓練を積んでいるのなら、少し戦えば自分の実力とイリスのそれとの違いは理解するだろう。

 もともと、素直そうな少年であるし、特に言わなくてもいいだろう。

 イリスはそう思って、ユルクの挑戦を受けることにした。


「では、いつでもかかってきてくださいな」


 そう言ったイリスにユルクは不敵に笑って、木刀を振り上げたのだった。


 ◆◇◆◇◆


「……はぁ……はぁ……」


 ユルクの息は上がって苦しそうである。

 汗はだらだらと流れ、握力もなくなって木刀を握っていることすら辛そうだ。

 しかし、彼はいまだに諦めていないようすで、イリスを鋭い目で見つめている。


 意外と根性がある。

 それに、決して弱くもない。

 今、十歳だと言うのなら、登録が可能な14歳になるまでには初級冒険者としては十分な実力が備わるだろうと確信できる程度には、しっかりとした基本が身についているように思われた。


 しかし、ユルクはそうは思わないらしい。

 次が最後の一撃と気合を入れて向かってきたらしいユルクの斬撃を、イリスはひょいと軽く避けて、木刀を弾き飛ばし、


「……もう少しですね。惜しかったですよ」


 と涼しげな顔で言った辺りで、ユルクは泣きそうな顔をして、


「……あり……がとう……ございました……」


 と言ってどこかに走り出してしまったのである。

 ティメオはそんなユルクを見て、即座に追いかけていった。

 途中、イリスの方を振り返ってお辞儀をした辺り、イリスが冒険者について教えたことに感謝しているらしいことが分かる。

 それは走り去ってしまったユルクも同じであることは、お礼を言っていたことから理解できた。


 しかし、なぜ彼は走っていってしまったのだろうとイリスが首を傾げていると、未だ残っているステファニーが言った。


「……お姉ちゃん、ごめんね。ユルク、自信があったみたいだから……たぶん悔しかったんだと思うの」


 言われて、イリスは納得する。


「少し、厳しくしすぎましたか?」


「ううん。たぶん逆で……優しくされ過ぎて、ショックだったんじゃないかな。お姉ちゃん、簡単にユルクをあしらってたの、私にもわかったから……」


 なるほど、そういう自分の態度がユルクのプライドを傷つけたのか、と理解し、イリスは失敗したことに気づいた。

 初級冒険者にそう言う風に扱われる程度の力しかない、というのは冒険者を目指している少年にとってはショックだっただろう。

 王都でイリスにそういう扱いをされた、と言ったところで、ほとんどの者が、むしろ途中で心折れずについていっただけ立派だ、と口をそろえて言うだろう。

 しかし、ユルクにとって、イリスは普通の初級冒険者でしかないのだ。

 一撃も入れられなかったのはともかく、少しの汗もかかせられなかった、というのはきつかったらしい。

 最近、イリスの周りにいるものはイリスやルルについて、一種の例外と理解してくれる者が多かったので、そういう配慮に欠けていたことをイリスは自覚する。

 それから、


「申し訳ないことをしましたわ。探しにいきましょう」


 イリスはそう言ったのだが、ステファニーは首を振って、


「たぶん、そっちの方が余計に悔しいと思うから、やめておいて。ティメオが行ったし、たぶんだいじょうぶ……」


 と言って彼女はユルクが行った方を見つめた。

 それから、


「私も行ってくる! 今日はありがとうね! イリスおねえちゃん!」


 と明るく叫んで、手を振り、走っていく。

 イリスはそれを見つめながら、


「……後でフォローしないとなりませんわね……大失敗ですわ……」


 と珍しく、ずーんとして宿に向かって歩いていく。

 こんなときは、兎の毛皮のもふもふ具合でも味わった方がいい。

 そう思ってのことだった。

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