表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
148/276

第146話 王都を出て

「王都を出るのは久しぶりですわ……」


 イリスが街道を走る馬車の上で感慨深げにそう呟いた。

 当然のことながら、馬車を引いているのは国王より贈られた双頭竜であり、その速度は速い。

 ただ、あまり速すぎても他の街道を利用する人々に迷惑かと考え、双頭竜には抑え目に走るように指示している。

 それでも通常の"馬"と比べれば相当に速いのだが、そんなことを気にする二人ではない。


「依頼で王都の外には何度か出たが……イリスは長期間外に出ることは無かったな。俺は一度、オルテスとラスティと一緒にツェフェハまで遠出したからそれほど久しぶりと言うわけじゃないが」


 思い出しながら、イリスがそう言った長期依頼を王都に居を移してから受けることが無かったのを思い出し、ルルはそう呟く。


「私も着いていきたい気がしないでもなかったのですが、お義兄にいさまにも付き合いというものがありますでしょうから。女がいては邪魔、ということもありますでしょう」


 確かにあのときイリスはついて来たそうな顔はしていたが、ついて来るとは一言も言わなかった。

 そこにはそう言った配慮があったのだろう。

 ルルとしては別にイリスがきても全く問題は無かったが、オルテスとラスティは常に女性陣に囲まれていて、それと一時離れたそうな雰囲気があった。

 特にラスティは大分疲弊していたような感じを受けたので、あのときは男だけで、というのが何かと都合が良かったのは事実だ。

 ルルはイリスの配慮に礼を言う。


「あのときは気を遣ってくれたんだな……悪かった。俺としては別に来てもらっても良かったんだが」


 しかしイリスはそんなルルに首を振って答えた。


「いいえ。いいのですわ。私はいつもお義兄にいさまと一緒にいられますし、たまには羽を伸ばして頂いた方が……」


 と、そこまで言いかけて、イリスは何かに気づいたかのように少し顔を赤くした。

 それから、


「いえ、特に深い意味は無いのです。お義兄にいさまは、いつでも、お義兄にいさまのなさりたいようにしてくだされば、私は嬉しいのですわ」


 取り繕うようにそう言ったのだった。


 一体突然どうしたのか、ルルは気にならなかったわけではないが、イリスがその理由を言いたくないのだと言うことは一目でわかったので、ルルはそれについて尋ねるのはやめる。


 今馬車は、ログスエラ山脈麓に存在する城壁都市フィナルへと向かって進んでいた。

 そこまでの距離は通常の馬車なら五日弱かかるのだが、双頭竜が引いているルルたちの馬車であればもっと短い時間で辿り着くことが可能だ。

 それこそ周りの被害を顧みないで体力の続く限り双頭竜に走らせれば二日でつくだろうが、別に急ぐ旅ではない。

 ウヴェズドに切られた依頼の期限は元々は一週間から二週間、ということであったが、古代竜エンシェント・ドラゴンが倒された結果、一月かかっても別にかまわないとの伝言を預かっている。

 とは言え、本当に一月かけるつもりはないが、今の速度で行けば行きと帰りを合わせて移動に一週間弱はかかる計算になるので、当初の予定通り、二週間を目途に調査をするのが適切だろうと考えている。


「そろそろ最初の村に着くな」


 ルルが辺りの景色と地図、それに幾度か見た標識などと合わせて現在地を確認しながらそう言うと、イリスも頷いて、


「そうですわね……あぁ、そう言えばこのまま村に入るのでしょうか?」


 と双頭竜を見ながら首を傾げた。

 ルルは、


「……このまま入ったら……まずいよな」


 と、改めて問題に気づいたように呟く。

 イリスは言った。


「そもそもこのままだと入ることが出来ないのではないかと思います。入口で止められてしまうのでは……」


 確かに、双頭竜が小さな村に入ろうとして止めないわけがない。

 これがもし、どこかの偉い騎士などが白銀の甲冑に身を包みつつ馬車から出てきたのなら、あぁ、あれはとても偉い騎士様なのだな、だからああいう凄い生き物を扱っているのだな、と理解して入れてくれるだろうが、どこのものとも知れぬルルやイリスのような子供に毛の生えたような年齢の初級冒険者が双頭竜の牽く馬車から出てきたら怪しいことこの上ない。

 二人とも、闘技大会で優勝してその名前はそれなりに知られるようになったが、顔など容姿に関することはかなり錯綜して伝えられているらしく、王都から遠く離れた土地において二人の実力を正確に認識して信用してもらうのは無理だと考えるべきだった。

 そもそもルルもイリスもそんなに珍しい名前ではない。

 どこにでもいるような名前の初級冒険者が来た、としか認識されないだろう。


 そこまで考えたルルは、


「とりあえず、幻惑魔術でもかけておくか? ……何に見えるようにする?」


 とイリスに尋ねる。

 容姿や質感を誤認させる魔術である幻惑魔術は、こういうときに重宝する。

 ルルの膨大な魔力量に飽かせて幻惑魔術をかければ、一日二日は平気で魔術の効果を保つことが出来るだろう。

 イリスはその意図を理解し頷いて、


「そうですわね……やはり私は、王都の厩舎に足を運んだ時、旅兎ヴィアジャル・コエッリオの愛らしい容姿に魅かれましたので、出来れば旅兎ヴィアジャル・コエッリオに見えるようにお願いしたく存じますが……」


 と控えめに求められた。

 ルルには特に希望は無く、イリスに希望が無ければそれこそ一般的な馬に見えるようにしようかと考えていたくらいだったのだが、旅兎ヴィアジャル・コエッリオにするのは中々いい考えかもしれない、と感じた。

 双頭竜はそれなりに大きいが、あの厩舎にいた他の“馬”と比べて極端に巨大だったわけではない。

 同じくらいの大きさの“馬”はある程度いた。

 ただ、その強さ、生き物としての格がはっきりと違っていただけだ。

 旅兎ヴィアジャル・コエッリオは、双頭竜の大きさに近く、その意味で擬態させるのにちょうどいい存在である。

 明らかに大きさの違うものにして、距離感や馬車などを停める場所などを決めるのに手間取るのも問題だ。

 旅兎ヴィアジャル・コエッリオなら、同じくらいの大きさの場所に押し込められるので、スムーズに事が運びそうであった。


「よし、分かった……じゃあかけるぞ。『光よ、曲がれ、感触よ、惑え――幻影ファントム』」


 ルルが呪文を唱えた直後、走っている双頭竜がぼんやりと闇に包まれていく。

 闇の中で、双頭竜の姿が輪郭を失い、そして気づいた時にはその容姿は先ほどまでとは全く異なるものへと変化していた。

 そこにいるのは今や、ふさふさで柔らかそうな毛に包まれた、巨大で真っ白な兎である。

 魔物ではなく、古代より人族ヒューマンの手により改良され続けた巨大兎の一種であり、その性質は温厚で従順だと言われるまさに“馬”に適した生き物だ。

 ただ、かなり力が強いので、その分、馬車の作りを丈夫にしなければならず、本来の意味での馬よりは出回っている数は少ない。

 しかし、冒険者は比較的重宝して使っている生き物であり、初級であっても持っていてもそれほど違和感のない引手である。


 イリスは旅兎ヴィアジャル・コエッリオと化した双頭竜を見て珍しく頬を紅潮させてその背に乗った。

 まだ走行している最中である以上、危険なのだが、イリスにそれを言うのは無意味だろう。

 器用に旅兎ヴィアジャル・コエッリオの背中に座り、危なげなく乗りこなしている。

 それを見て、注意する気をなくしたルルは、一応自分の魔術がしっかり発動しているかどうかを聞いてみる。

 久しぶりに――それこそ、現代においては初めて使ったので、少し不安だったのだ。


「イリス、どうだ! その背中は!」


 するとイリスは、


「とてもふわふわで気持ちいいですわ! 何の違和感もありません!」


 と返答した。

 幻影の魔術は視覚のみならず、触覚を始めとする五感まで誤認させる意外と高度な魔術で、成功すればまさにイリスの言った通りに、触れたとしても見た目通りの感触がする。

 それを聞いて安心したルルは村に着くまで辺りの景色を楽しむことにして御者席に腰かけて風景を眺めたのだった。


 ◆◇◆◇◆


「おぉ、旅の人かね。よく来なすった……」


 村に辿り着くと、入り口で見張りをしていた壮年の男がにこやかにそう言って馬車を迎えてくれた。

 入る前にいくつか質問もされたのだが、その内容はルルたちの村への滞在の目的と、身分の確認程度のもので、特に身分については冒険者証を提示すれば事足りた。

 むしろ、冒険者が来たことに喜ばれ、さらに控えめではあるが、もし時間があれば村の力仕事など手伝ってもらえると嬉しい、というような話をされた。

 冒険者が魔力を使用し、本来の力よりもずっと強力な身体能力を発揮できることは知られているようで、ルルやイリスのような一見華奢で頼りない容姿でも、冒険者であるなら、ということらしい。

 ルルとイリスは、それこそ急ぐ旅でもなく、少しのんびりとしてから出発しても構わないと思っていたので、そんな男性の言葉に快く頷いた。

 すると男性は大げさに感謝してくれ、さらにそれなら十分にお礼はしなければと言って、村の中にある宿へと案内してくれ、宿の主人にルルたちに良くするようにと伝えてくれた。

 そこまでする男性は一体どういう人物なのか、とルルたちは訝ったが、宿の主人がその疑問に答えてくれた。

 どうやら彼は村の村長らしく、この村のこと一切を取り仕切っているということだ。

 なぜそんな男が門番みたいなことをしていたのかと聞けば、あれは村の男全員が持ち回りでする仕事で、村長だろうと例外は無い、と言う事だった。

 本来は村長は除外されていたらしいが、あの男性が村長になってから変更したらしい。

 中々に公平な人物らしいと言うことが分かり、安心して過ごせそうな村だとルルはイリスと笑い合った。


 馬車についてはそれなりの大きさの厩舎と馬車置き場がしっかりとあったので問題なく収容することが出来た。

 街道にある村である。

 規模は決して小さくなく、商人などもよく滞在するようで、経済的にもそれなりに豊からしい。

 もう少しで町になりそうな村、という表現があっている場所で、人口も増えてきているとのことだった。


 また、宿の料金は安くは無かったが、王都の宿と比べれば非常に低価格であり、しかも夕食として出た食事は非常に美味であったため、ルルもイリスも満足した。

 

「……明日はどうされますか?」


 割り当てられた二人部屋の中にあるベッドの一つに腰かけながら、イリスがそうルルに尋ねる。

 ルルとしては、一人部屋を二つとるつもりだったのだが、イリスがお金がもったいないですから、と言って二人部屋にしてしまったのだ。

 年頃の娘である。

 いつかのことを考えるとこんなことはあまりよくないのではないか……。

 という事を控えめに伝えれば、自分とルルは対外的には兄と妹なのであるから、一緒の部屋で寝泊まりしようともどんな勘繰りも受けることは無い、と断言されてしまい、ルルは確かにその通りだなと納得してしまった。

 そのとき、イリスは若干残念そうな表情をしていた気がしないでもないのだがすぐにいつも通りの顔に戻ったので、気のせいだろう。


 ルルはイリスの質問に答える。


「予定なら朝早くに出発するつもりだったが、村長の男に頼まれてしまったからな。昼ぐらいまではいてもいいんじゃないか。それから食事をして、午後に出ればまぁ……急がせれば問題なく次の宿場町に着くだろう」


 基本的に大雑把な計画を立てて無計画に生きているように思われる二人だが、今回は依頼を受けての旅であるため、それなりに予定は詰めていた。

 とは言っても、せいぜい一日に進むべき距離と、止まる宿場町、村を決めた程度なので、他の冒険者に言わせれば無計画の誹りを免れないようなものだが。

 イリスはルルの言葉に答える。


「そう言えば、お手伝いをする、というお話でしたね……一体どういったお手伝いをするのでしょう?」


「力仕事って話だからな。材木の運搬とかその辺じゃないか? 多分だけどな……」


「それでしたら、すぐに終わってしまいそうな気がしますわね」


 ルルとイリスの力で、その程度のことが出来ないはずがなく、しかもイリスの言う通りそれほどの時間がかからずに終わることは確実だろう。

 ルルは頷いて、


「まぁ……それならそれでいいさ。そうしたら、しばらく村の周りの散策でもして、何か魔法具に使えそうな素材でも探せばいい」


「お義兄にいさまがそうされるのなら、私は宿のご主人に料理でも教わることにいたしますわ。さきほどのシチューは、お義兄にいさまも気に入っておられましたものね」


 イリスが言ったシチューの味を思い出して、ルルは微笑んで、


「本当か? あれがいつでも食べられるんだったら嬉しいな……ぜひ身に着けてくれ」


 そう言ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ