第145話 馬車
先ほどから繰り広げられた戦闘など無かったのかのように、ルルやイリスに対する興味を無くし、ぱたぱたと飛んでいるずんぐりむっくりとしたリガドラにその興味の全てを注ぎ見つめる双頭竜。
リガドラはと言えば、その視線がまるで当たり前かのように堂々としている。
双頭竜とリガドラ、どちらが格上なのかと言われれば、見た目ではどう見ても双頭竜の方に軍配が上がるのだが、雰囲気から察するに、彼ら竜族にはそれ以外に判別可能な印があるのかもしれない。
「……あんなんでもやっぱり古代竜は古代竜なんだなぁ……」
その場において起こっている現象を正確に把握できているルルが、感慨深くそう呟いた。
イリスもその言葉には頷いて、
「一体どのようにして通常の小竜との違いを判別しているのか分かりかねますが……同じ竜同士、わかるものにはわかる、ということでしょうか……」
と微妙な声色で呟いた。
実際、古代竜を見て、双頭地竜がその動きを止めた、と言われれば何一つおかしな状況は無く、きっと古代竜という格上の存在に本能的に反応したのだろう、と理解することが出来る。
ただし、この場においては、双頭竜が小竜に反応し、動きを止めているようにしか見えず、だからこそ、ルルとイリス以外にとって、この光景は奇妙の極みだった。
後ろから声が聞こえる。
「ル、ルル殿! 貴殿の小竜がそのままでは餌になってしまいますぞ!」
ランプレヒト子爵の、リガドラの身を案じたそんな声が。
それを聞き、ルルは頷きながら、
「なるほど、客観的に見ればそう見えるか?」
とイリスに言う。
イリスは確かに、とリガドラと双頭竜を見つめ、
「リガドラさんはまるまるしてて美味しそうですものね……竜ですから、実際に美味しいのでしょうか? 以前食べた火竜はとても美味でしたものね」
と本気なのか冗談なのか分からない台詞を言った。
その言葉に最も反応したのはリガドラで、
「きゅっ!? きゅきゅ! きゅきゅきゅ!」
急いで振り返ってイリスに何か言い募っている。
これについては厳密な意味は分からなくとも、ニュアンスで何が言いたいのかは理解できた。
つまりは、自分は料理の材料ではないぞ、であろう。
イリスもそれは分かっているだろうに、動じない微笑みを崩さずに、リガドラを眺め続ける。
無言で。
その様子に、リガドラも何か焦りを感じて来たのか、再度、双頭竜に向き直って、何かを語り始めた。
「きゅきゅー。きゅっ! きゅきゅきゅ!」
それは非常に必死な説得……と表現するのが最も適切だろう態度に見え、何がリガドラをそこまで動かすのかとルルに首を傾げさせる。
まさかイリスだって、本気でリガドラを食べよう、などと言ったわけではないだろう……。
そう思ってイリスを見つめると、にこり、と微笑みかけられてしまい、何となくそれについて尋ねることを忌避させた。
「……もしかして本気だったのか……?」
独り言のように言ったルル。
イリスは聞いていなかったのか、
「はて、お義兄さま。なにかおっしゃいましたでしょうか?」
と首を傾げるも、ルルは深く尋ねる気にはならなかった。
リガドラの双頭竜に対する説得は続き、双頭竜もぽつぽつと重く恐ろしげな鳴き声をあげて、リガドラの言葉に応じ始めているように見える。
「きゅ!」
「ぐるぁぁ……がぉ……ぐぐぐがぁ……」
二匹で話の合間合間にちらちらとイリスを見ているのが少し気になるが、突っ込んだら負けである。
彼らが話をつけてくれるなら、その原動力となったものがどんな理由だって別にかまわないのだ。
それからしばらくして、上げていた頭をルルとイリスの顔の位置よりも低く下げた双頭竜。
それを確認してリガドラが頷くと、
「きゅきゅきゅ~!」
と鳴きながら、ルルの胸元に飛んできてぽふりとそこに収まった。
「なんだ……説得は終わったのか?」
ルルがそう尋ねると、
「きゅ!」
と肯定の返事が返ってきたので、ルルはイリスと視線を合わせて、双頭竜に近づいてみることにした。
ルルは念の為、身体強化をかけて体の強度を上げておくのを忘れない。
イリスはそんなものがなくても、双頭竜に多少の攻撃を加えられた程度ではかすり傷も負わないだろう。
そんな風にある程度用心して近づいたのだが、実際にその準備が役に立つことは無かった。
ルルとイリスが手を出して、両の頭に触れようとしても、そして実際に触れて撫で、その鱗の感触を楽しんでも、双頭竜は一切動かずに黙ってそれを受け入れたからだ。
「ざらざらしていますが……これはこれで気持ちがいいですわ」
イリスが言った。
それはリガドラとの比較の上で出た言葉であろう。
リガドラの鱗は、ざらざら、というよりかはすべすべとした感触をしていて、触っていると気持ちが良いものだ。
しかし、こちらの双頭竜もこれはこれで悪くなく、新たな癒しを二人に運んできてくれた。
「……そうだな。しかし……お前、リガドラに何を言われたんだ……?」
イリスの言葉に頷きながら、双頭竜にそう尋ねると、頭は動かさずに視線だけがルルに送られる。
一瞬、イリスをちらりと見て、それからルルの瞳を真っ直ぐと見つめたので、それだけで何が言いたいのか、ルルは何となく理解できてしまった。
「……結構優しい方だと思うぞ?」
ルルがそう言うと、双頭竜は鼻を鳴らし、抱かれたままのリガドラは少し首を傾げた。
その反応を見てルルは、
「何がそこまでお前らを恐れさせるんだ……?」
と首を傾げるが、もしかしたら本能的に誰に逆らってはいけないのかを感じ取っているのかもしれない、とふと思った。
もちろん、ルルはそんなことを口に出してはいけないだろうということを正確に理解していたから、何も言わない。
それから、双頭竜が落ち着いた、ということをしっかり確認できた辺りで、ランプレヒト子爵とゲルトが近づいてきて、二人を褒め称えた。
「流石は闘技大会の優勝者と準優勝者ですな! 私は仕事がありましたので見に行くことが出来ませんでしたが……その実力は確かであると目の前で確認できた幸運を感謝しますぞ」
「こりゃたまげたなぁ……こんなにおとなしいコイツを見るのは、はじめてだぁ…」
そんな風に。
さらに二人は実際に双頭竜をてなづけた功労者であるところリガドラも褒める。
「そうそう、お二人の力も凄かったが、格上の相手に向かっていく小竜というのもまた、凄かったですな! それも会話して説得してしまうのですから……」
ランプレヒト子爵がそう言ったので、ルルは尋ねる。
「小竜が会話するのは珍しいことではないのですか?」
ランプレヒト子爵の口調は、小竜が会話をしていた、ということよりも、双頭竜と会話していた、という点に重きが置かれていたような気がしたからこその質問だった。
ランプレヒト子爵は言う。
「そうですな……二匹以上いると、楽しそうに鳴き声を交わし合っているのはよく見る光景ですぞ。まぁ、本当に会話しているのか、ただじゃれているのかは何とも言い難いですが……しかし、ルル殿の小竜と双頭竜の様子はまさに会話している、と確信できるようなやりとりでしたからな。その意味では珍しかったと……」
そんな会話をしてる間にも、リガドラと双頭竜は鳴き声を交わし合っている。
その様子は確かに会話していると言われればそうだろうと納得できるものであるが、それが真実かどうか知るすべはないらしい。
ルルはランプレヒト子爵に返答する。
「そうなのですか……まぁ、これで双頭竜は"馬"として扱えそうです。馬車に繋いでもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。手綱などは特注のものがありますから、その点はご心配なさらずに……ゲルト!」
「へぇ。そいじゃあ、そいつを厩舎の外まで連れてきてもらえますかい? あっしじゃ言うことを聞いてはくれなさそうなんでねぇ……」
ゲルトがそうルルに言ったので、ルルは双頭竜に尋ねる。
「そうなのか?」
すると双頭竜は、
「ぎゃお……」
と殊勝そうな声を出して、自ら立ち上がり、前を進むゲルトの後をついていく。
ゲルトは驚いて、
「……さっきまでの荒れ具合が嘘のようでさぁ……じゃあ、こっちに……」
ゲルトが進むべき方向を指示すると、双頭竜は文句も言わずに黙って着いていく。
ランプレヒト子爵もそれには驚いたようで、
「ルル殿もイリス殿も常識では測ることが出来ないお人だとは聞いていたが、まさかその愛玩動物までそうだとは、流石に考えもしませんでしたな……」
と呟いて、二人と一匹に笑いかけたのだった。
◆◇◆◇◆
厩舎から外に出ると、既にゲルトが双頭竜を馬車に繋ぐべく準備をしていた。
厩舎に入る前に馬車は既に見ていたが、改めて見てみると思いのほか、地味な造りをしていることが分かる。
国王からの贈り物、ということを考えると恐ろしく高価で豪奢な装飾がされていてもおかしくないのだが、ルルたちが馬車を使う理由を考えて配慮してくれたのかもしれない。
これなら、街道を走ってもこれを目当てに盗賊などが襲ってくるということは考えにくそうだった。
ただ、牽くのが双頭竜である以上、酷く目立つのは避けがたいが、しかしわざわざそんな化け物の牽いている馬車を狙う盗賊などいるとは思えない。
結果として、快適な旅が約束されそうな馬車になりそうであった。
「外観はあまり目立ちませんが、これで結構高価なものなのですよ」
ランプレヒト子爵が、そう言って馬車の説明を始めた。
それによれば、馬車の材質や作りに非常にこだわって作られたもので、双頭竜が思い切り牽いたとしても損壊したりはしない、と言い切れる程度に丈夫な代物なのだと言う。
素材一つ一つに魔法の刻印が刻まれているらしく、つまりこの馬車は一見普通に見えても、その中身は魔法具だ、ということらしい。
言われて改めて見てみれば、確かに魔力の流れが全体に感じられ、しかもルルの目から見ても中々に良く出来ていると思わせられる程度には調和しているようだった。
「良い魔法具職人がいたのですね」
ふとそう言うと、ランプレヒト子爵は笑って、
「何、ルル殿のお知り合いが数人、手を貸して頂けたそうですよ。かなりの突貫工事だったようですが……それを感じさせない見事な出来栄えで」
と言った。
どういうことかと尋ねれば、ユーミス、シュイ、ウヴェズドが術式を刻んだらしい。
馬車自体については双頭竜と合わせて国王に献上されたものを流用したらしく、もともと結構な強度を誇っていたらしいが、それにあの特級三人が魔改造を施した結果、先ほどの太鼓判を押すほどのものになったというわけのようだ。
冒険者であるが、それ以上に魔術の専門家である彼らは、魔法具職人としての技術も卓越しているらしく、その技術を惜しげもなく使ってくれたらしい。
一体どれほどの金額がかかったのかと空恐ろしくなったが、
「お三方とも、別に魔法具職人が本職ではなく、あくまで趣味の範疇でやることだから、と無料で請け負われたそうですよ。お忙しいのに、合間を縫って。冒険者らしい、豪快な餞別ですな」
と、ランプレヒト子爵が言った。
確かに彼らの本業は魔法具職人ではないだろうが、その腕は本職を凌ぐ所にある。
それだけの研鑽と技術が彼らにはあるため、ある意味当然だ。
そしてそういうものは安売りすべきではないと思うが、今回については先輩からの贈り物として喜んで受け取っておくべきかもしれない。
「ログスエラ山脈から戻って来たときには、お礼を申し上げませんとなりませんわね」
イリスが馬車を見ながらそう呟いた。
ユーミスたちは今、それなりに忙しい。
探しても会うのは難しいだろう。
必然的に、お礼は帰って来たときに、という事になる。
ルルは頷いて、
「それにしても、一言ぐらい言ってくれてもよかったのにな……」
と恨み言のような台詞を言った。
もちろん、本気で言っているわけではなく、ただの負け惜しみのようなものだ。
今日までひたすらに彼らを驚かせる方に回っていたルルとイリスだが、不意打ちのようにサプライズをされて、一本取られたような感覚になったのである。
「一言言ったら、サプライズにはなりませんものね……帰って来たときには、私たちも何か、彼らを驚かせるような報告でも持ってこれるといいですわね」
実際は、ログスエラ山脈に行って、様子を見て戻ってくるのがルルたちの今回の仕事だ。
古代竜の行方がはっきりしている今、大した報告は持ってこれそうもない。
それでも、やられっぱなしというのは元とは言え、魔王の流儀ではないだろう。
ルルはイリスに頷いて、これから向かう依頼について思いを馳せたのだった。




