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第141話 勧めと説明

 ルルとオルテス、それにリガドラの二人と一匹は早々に買い物を終えた。

 もともと二人ともウインドウショッピングを好むようなタイプではない。

 ルルは魔法具の店であれば何時間でも粘ることが出来ると言うだろうが、金がある限り次から次へと商品をかごに入れていきかねない。

 それではとてもではないがウインドウショッピング、とは言えないし、そもそもそんなに色々買っても意味は無い。

 ただ、過去になかった魔法具を収集したいだけのコレクター癖が働いているだけだ。


 そんな自分をルルは理解していて、またオルテスもルルの買い物に付き合っているだけなので、ルルが、


「……女性陣はしばらくかかりそうだし、先に帰ろうと思うんだがいいか?」


 と言った時に特に迷いなく頷いた。

 ルルとオルテスの両手には先ほどまで女性陣と一緒に市場を歩いているときに買い込んだ品々が抱えられている。

 二人とも、単純な腕力はそんじょそこらの男には絶対に負けないと言い切れる程度に鍛えているが、それでも沢山の荷物をぶら下げながら歩き回っているのは、体力的には平気でも精神的に疲労する。

 簡単に言えば、面倒臭い。

 だから、ルルの提案はオルテスにとって渡りに船だった。


 向かう場所はもちろん、荷物の関係上、ルルの家である。

 オルテスはルルに言う。


「問題ないよ。あの三人も、あんまり時間がかかるようだったら先に帰っておいてと言っていたしね」


「よし。じゃあ行くぞ……」


 と言いながら、ルルがふっと目をやった先には露店があった。

 それは武具の販売を主とする店のようで、ルルはそれを見て思い出すように言った。


「そう言えば……オルテスに武具を作ってやる約束をしていたな」


 言われて、オルテスは確かに以前そんな約束をしていたことを思い出す。

 ただ、その時の約束ではただで、という訳ではなくしかるべき費用を払って、という話だったはずだ。

 クレールの魔化病が完治した結果、これからはオルテスも経済的に余裕が出来るのは間違いないのだが、今のところ貯金はゼロに等しい。

 魔法具など、魔術刻印の刻まれた武具は、一般的な武具と比べてその性能に比例して値段がどんどん釣り上がる傾向にある。

 制作に手間も時間も材料費も通常の武具よりずっとかかる品物なので、それはある意味当然なのだが、ほとんどすっからかんに近い状態のオルテスに今、その費用をお友達価格とは言え、ルルに払える余裕はない。

 だから歩きながらオルテスは言う。


「……ありがたい話だけど、注文するのはもう少し経ってからでいいかな? ちょっと今は……」


 お金がない、まで言わずに言葉を切ったオルテスに、ルルは首を傾げた。


「何か問題があるのか?」


 ルルの表情は本当に不思議そうで、どうやらオルテスの事情を推測できてはいないようだ。

 そう思ったオルテスは、仕方なく正直に今持ち合わせがないことを告げる。


「あるさ……ついこの間まで治療費やら生活費やらでかつかつの生活をしていたからね。未だに借金の支払いとかが残ってて……魔法具を注文できる余裕がないんだ。クレールも治ったし、今使ってる武具もまだ使えることだし……半年もあればお金が貯まると思うから、改めてそのときに依頼させてくれないかな?」


 ルルはオルテスのその言葉に意表を突かれたような顔を一瞬して、それから納得するように頷いた。

 そして、少し考えてから、ルルは一つ、提案をしてきた。


「いや、金なんか要らないから……とか言うとダメって言うもんな、オルテスは」


 言いかけた辺りでオルテスが眉を顰めたので、それは早々に引っ込めて、次の提案に移るルル。


「そうじゃなくて、だ。まず武具の事なんだが、やっぱり先に作らせてくれ。作るのにそれなりに時間がかかるんだから、注文は早い方がいいだろう?」


「けれど、それじゃあ……」


 払えない、と言いかけたところでルルが続ける。


「一括じゃなくて構わないぞ。あるとき払いの分割払いで構わない」


 それは、モノを売る者としてはあるまじき譲歩だった。

 しかしルルならばすんなりと言いそうな言葉である。

 ただ、オルテスもこれ以上、甘えるわけにはいかないと思っていたから、その言葉には首を振った。


「そんなに迷惑をかけるわけには……」


 けれどルルはさらに先を続けた。


「いや。別に俺は恩を売ろうって言いたいわけじゃないんだ。そうじゃなくて……分割払いで売る代わりに、俺に少し協力してほしんだよ」


 オルテスはそれを聞いて、おや、と思った。

 交換条件を告げてくるなど、ルルにしては珍しいなと感じたからだ。

 そして、それならばいいかもしれないとも。

 オルテスがルルの役に立ち、その代わりに何か報酬としてくれる、というのならそれは一般的な契約だ。

 もちろん、何の報酬もくれなくても、オルテスはルルにあらゆる協力を惜しむ気はないが、ルルもただで人に何かをやってもらおうと考えるようなタイプではない。

 そう考えると、お互いに何かを頼みやすくするために、契約の形をとる、というのは悪くない相談だった。


「協力ってどんなだい? もちろん、僕としてはルル、君に対する協力は積極的にしていくつもりだけど……」


 ルルはそんなオルテスの言葉に微笑む。


「おいおい。まだ内容を聞いてないのに安請け合いするなよ。いきなり不当な条件とか出して来たらどうするつもりだ?」


 そんなことを言って。

 しかしオルテスはそんな冗談すらをも、


「君がどんな不当な条件を出そうとも、僕はきっと頷くさ。何せ、クレールを……妹を助けてくれたんだ。君には感謝してもしきれない恩がある……まぁもちろん、出来る限り死にたくはないから、そういう類の条件は出来るだけ遠慮してくれると嬉しいね?」


 最後の方は肩を竦めながら冗談めかした口調で話したオルテスだが、ルルには彼が話した内容が決して嘘でも冗談でもなく、まぎれもない本気であることがその瞳を見るだけで理解できた。

 この男は本気だと、そうとしか思えない目をしていたからだ。

 過去、決死の突撃をしようとしていた兵士などにこういう目をした者たちがいたが、まさかオルテスにそんな彼らと必要でもないのに同じような選択をさせるわけにはいかない。

 ルルは首を振って、


「当たり前だろう……俺がオルテスに頼むのは、あくまで普通の協力だよ。まぁ……場合によっては命にかかわる可能性もないではない……か……?」


 話しながら、徐々に怪しげな口調になってきたルル。

 それを聞きながら、覚悟していたとはいえ何となく不安になってきたオルテスである。


「……ええと、一応聞いておくけど、死んだりはしないよね?」


 ルルはその質問を聞いて、少し考えてから難しそうな顔で答える。


「そうだな。死には……しないんじゃないか? たぶん……でもなぁ……あっ!」


「あっ?」


「いやいや、大丈夫大丈夫。心配しなくても平気だろう。もしかしたら、こう性格とかひん曲がったり頭から角が生えてきたりするかもしれないが、その程度だ……ぶつぶつ……」


 オルテスは、そのとき聞き捨てならない台詞を聞いたような気がしたが、手を握りしめてからそれを聞かなかったことにしようと首を振った。

 一度命を払ってもいいと思った相手なのだ。

 何があっても、この身を委ねるしかないのだと、そう覚悟した。


「……蛙とかになっても恨まないでくれよ?」


 くるりと振り返ってルルがそう言って、そそくさと歩き出したのを追いかけながら、オルテスは祈った。


「……神様。どうか、今しばらくは僕の命を奪わないでください……」


 と。


 ◆◇◆◇◆


「結局、その水晶は何なのですかっ!?」


 市場の端にある洒落たカフェテラスでケーキを食べつつお茶を飲みながら、キキョウがイリスにそう尋ねた。

 イリスは目の前に置かれたカップに静かに口を付けてから、水晶を取り出して言う。


「これは、魔導機械ですわ」


 事もなげに、何でもないことを言ったかのようにそんな言葉を言ったので、クレールとキキョウは驚き、目を見開く。

 魔導機械、と言えば一般的な認識だと遥か過去に何者かが作り出した現代の技術では到達することの出来ない高度な道具のことであり、その価値は金銭にすればとてつもない額になることを、二人とも知っていたからだ。

 そして、そんなものが市場の片隅の冴えない男がやっているような露店でがらくたと一緒に売られているはずはない。

 けれど、実際に二人はイリスの持ったその手のひら大の棒水晶が美しい剣に変わったのを見ているし、しっかりと魔力的に強化された短剣に打ち勝っているのも目撃している。

 イリスが嘘をついている、とは考えづらかった。


 しかし、それでも半信半疑になってしまうのは仕方がない。


「……魔導機械って、どうしてそれが分かるのでしょう……?」


 根本的な疑問をクレールが口にすると、イリスは答えた。


「昔からお義兄にいさまともども、魔導機械に興味がありまして……ちょうど知り合いにユーミスと言う、魔導機械に関して詳しい方がいましたし、勉強してきたのですよ。ですから、普通の方よりずっと魔導機械に関しては詳しいと自負しています」


 その台詞に、クレールは兄が、ルルのことを腕利きの魔法具職人であると言っていたことを思い出した。

 魔法具は、魔導機械の劣化版と言ってもいい存在であり、魔法具職人はその腕を上げるために魔導機械を研究し、その理屈を解明しようとする。

 そんな魔法具職人であるルルが、魔導機械について詳しいのは必然であり、またその妹であるイリスがそうであっても何も不思議な所は無い。

 それに、ユーミスは過去の文明についてを専門とする学者としての側面を持っていることも王都では有名な事実であり、その中に魔導機械についての見識があっても不思議ではない。

 そんな彼女のいる氏族クランで有望の新人である二人が、魔導機械ついて深い見識を持っていることは、何もおかしなところはなかった。


 そこまで考えてクレールは頷き、言った。


「なるほど……ではその水晶もどこかで聞くか、本や資料などで知ったということでしょうか……」


 クレールの質問にイリスは頷く。


「ええ。そんなところです。私はこれを見たことがある・・・・・・・ものですから、一目でこれが魔導機械であることが分かりました。使い方もそれほど難しくは無いのですよ。魔力を決まった方向に注ぐと、これは形状を変えるのです……たとえば……」


 そう言ってイリスは手に持った水晶に魔力を注いだ。

 すると先ほど見せたように、剣の形状へと変化していく。

 今は特に急いでいないからかその変化は緩慢で、棒水晶がその形を平べったく伸ばし、切れ味の良さそうな剣へと変化していく様がありありと観察できた。

 そしてしばらく経つと、そこには先ほどと同じように、透き通った水晶製の剣が現出していた。

 あまりにも美しく、芸術品染みたそれは強度が美しさと反比例して低いのではないか、とクレールとキキョウは考えたが、そんな視線を向けた二人の言いたいことを理解したらしいイリスが言う。


「意外と丈夫なのですよ、これは。通常の水晶とは異なって、強度強化の刻印がいくつも刻まれていますから……。それに、これの使い方は剣だけ、というわけではありません」


 そう言ってイリスがまた魔力を注ぐと、水晶は再度形状を変えていき、そして気づいた時にはそこには同じく透き通った盾が存在していた。

 果たして強力な結界を張ることの出来るイリスにそのようなものが必要なのか、という気がするが、それを言うならそもそも拳で岩を粉砕できる人である。

 剣を持つのもほとんど趣味か威嚇に近いだろう。

 それを考えれば、盾とて同じことだと言ってもいいのではないだろうか。

 さらにイリスはその水晶の形状をいくつも変えていき、そして最後に言った。


「つまり、これは便利グッズ、ということですわ。記憶された様々な形状に変化してくれて、大した容積も取らない便利な品。そしてそれなりに丈夫で、長く使える、と言う」


 水晶は剣以外にも、テーブルや短剣、コップや鍋など、ありとあらゆるものに変化した。

 実際、これ一つあれば、旅の持ち物は大きく減少するだろうことが明らかだ。

 出来ることなら自分もほしい、とクレールもキキョウも思ったが、そんな二人の視線を理解したイリスが次の瞬間言う。


「……あげませんわよ?」


 なんでも譲ってくれそうなおおらかさを持つイリスだが、それは流石に譲れないらしい。

 しかし、その後に少しだけ言葉を付け加えた。


「同じものをどこかで見つけたら、手に入れておきますので、それで我慢してくださいな」

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