第137話 解体
見ていると、古代竜の体の解体は順調に進んでいった。
職人たちは流石に王族御用達の看板を下げることを許されているだけあって、非常に巧みに素材を切り分けていく。
見れば、彼らが使っている解体用の刃物は包丁と言うよりも大剣と言っていいサイズのものまであり、しかもそのどれもが魔法具であることがその魔力の流れから理解できた。
聞けば、竜、特に古代竜などという、恐ろしい耐久性を誇るその皮を裂く為には通常の刃物では全く役に立たず、魔法具を使うほかに方法は無いのだと言う。
言われてみれば確かにその通りで、大量の魔力を注いで殆ど力押しで断ち切っているようである。
そしてそれでも遅々として進まず、これは一日では終わらないのかもしれないなと思った。
一緒に解体の様子を見ているロメオに尋ねてみれば、彼は答える。
「仕事が始まる前に聞いたところによれば、古代竜が討伐されたことなど、歴史上でも何度もないですから……その解体をしたことがある者は、ここにはおりませんので、どれほど時間がかかるかは実際に解体に取り掛かってみなければ分からないとのことでした。ですので……そうですね、この調子では今日一日では終わらない可能性もありますね」
「そうですか。その場合は流石にずっと見ている訳にはいきませんが……」
そうルルが言うと、ロメオは頷く。
「もちろん、ずっと見て頂かなくても結構ですよ。我々がしっかり見ておきますし、そもそも彼らは不正などする職人ではありませんからね。そんなことをして王族御用達の看板を取り上げられては堪ったものではないでしょうし……。それに、すべての解体を終えるのが明日になろうと、明後日になろうと、事前に言われたところに届けますので……これは一応の確認ですが、ご自宅よりも氏族“時代の探究者”に届けた方が良いですよね?」
「ええ。そうしていただけると。素材については氏族“時代の探究者”のメンバーに扱ってもらうつもりなので、彼らに任せて頂ければ」
そうルルが答えたのは、古代竜の素材自体にはそれほどこだわりがないからだ。
魔法具、魔導機械の材料としてある程度は確保しておこうとは思っているが、全て使い切れるとは思えないため、氏族メンバーに有効活用してもらおうとも思っている。
特に肉などはシフォンに料理してもらえば絶品になるだろうし、他の部分もいい武具になるだろう。
グランやユーミスなら加工してくれる鍛冶師に心当たりもありそうだし、丸投げでもまぁいいかという気分なのである。
そんなルルの姿勢に、ロメオは、
「……私も“時代の探究者”に所属していればよかったですよ。そうすれば古代竜の素材で武具を作れたのに……!」
と彼にしては珍しく執着を見せたので、ルルは、
「……あまり言い触らさないのであれば、武器と防具分になりそうなくらいの素材はお譲りしても構いませんよ?」
と言ってしまった。
その言葉にロメオはその顔を歓喜の表情に変化させたが、すぐにルルの申し出が行き過ぎていることに思い至り、
「いえ、しかし、流石にそれは……」
と遠慮を見せた。
ただで譲ろうとしているのが問題なのかもしれない、と思ったルルは言う。
「では、対価を払って頂ければ、ということでどうでしょう? 細かいこと……どの部位を、と言った話は“時代の探究者”のグランとユーミスに相談していただければ。言っておきますので」
するとロメオは、
「本当にありがたいことです……ぜひ、よろしくお願いします。しかし……趣味も持たずに貯金してきて良かったと今日、初めて思いましたよ……」
そう言って笑ったのだった。
◆◇◆◇◆
それは、古代竜の頭部の解体に入った辺りの事だった。
魔力探知計と呼ばれる相当高価で特殊な道具を持っている職人が、声を上げた。
「おい、喉の辺りに何かおかしな魔力の動きがあるぞ!」
言われて、ルルも古代竜の魔力を感じ取ってみれば、確かにその職人の言う通り、喉の奥の方に古代竜が持つ魔力とは異なる魔力の流れが僅かにあるのが分かった。
職人たちはそれぞれ取り掛かっていた作業を一旦停止し、それから問題のあるらしい喉の辺りに近づいてみて、観察する。
「……外側からでは分からないな」
「口の中に入るしかないか? ここから切っては皮の価値が下がる……」
そんな風に相談している。
いくら古代竜がもう既に動かないと分かっているとはいえ、それでもその口の中に体を突っ込むのは恐ろしいようで、しばらくの間、職人たちはああでもないこうでもないと議論していた。
それは、口の中に入らなくてもその不自然な魔力の塊の正体を暴く方法が他にはないかという議論であったが、残念ながら最終的に彼らは口の中に入るしかないという結論に達したらしい。
少しばかり顔を青くした、けれども自らの勇気を奮い立たせるように「よし!」と頬を叩いた一人の職人が、決死の覚悟を決めた様子で、他の職人が脇から抑えて開いた古代竜の口の中へと入っていく。
何が出てくるのか分からない。
そのため、職人たちは固唾を呑んで見守り、また騎士たちも何かあったときのためにと腰の剣を抜いて見守った。
すると、しばらくしてずるり、と古代竜の喉から職人の男が這い出してきた。
特にどうにもなっていないようすで、問題は無さそうである。
けれど、その手には、白色に輝くメダルのようなものが握られていて、見ればそこからおかしな魔力が噴き出している。
古代竜のものと思しき肉片も付着しており、古代竜の肉と同化するレベルでくっついていたのだということがそれだけで分かった。
「……こいつぁ……何だ? 何かのメダルか?」
怪訝そうにそれを見つめて首を傾げる職人。
「何か文様が刻んであるが……魔法具か何かだろう」
観察からの推測を述べる職人。
「何のために? そもそも古代竜の体内になぜそんなものが……」
根本的な疑問を述べる職人など、さまざまな意見があって、まとまらない。
そんな風にざわざわとしながら、職人たちはそのメダルを矯めつ眇めつ眺めた。
ロメオはそんな中、難しい顔をしながらルルに言った。
「……あれが、古代竜が我々を攻撃した理由でしょうか?」
実際に古代竜と戦った者として、また聖女がその黒幕であることを知っている者の一人として、そこは気になるところなのだろう。
ルルはその言葉に自分の予想を述べた。
「おそらくは……。突然こんなところに飛ばされれば多少攻撃的になってもおかしくはないでしょうが、あの古代竜は観察するに、闘技場内の者全員を殺すつもりでしたからね。そこまでの凶暴性を宿すに至ったのは、あれが原因ではないかと……」
そんな二人の間で翼をぱたぱたとしながら滞空しているリガドラが、
「きゅい。きゅい」
と鳴きながら頷いている。
本人ならぬ本竜がその通りだと言っているのだから、この予想で間違いないなとルルは思った。
「あれは、国の方で回収し、分析した方が良いのでは?」
古代竜から外したとはいえ、何かまだ危険性があるかもしれないと考えたルルは、そうロメオに言った。
ルルが調べてもいいのだが、そうすると今回の件でのルルの貢献は恐ろしいものになってしまいそうな気がしたため、そう言った部分もある。
そんなルルにロメオは、
「確かにそうですね……。みなさん! そのメダルについては国の研究所で分析しますので、こちらに!」
そう言って前に進み出て、メダルを持っている職人に近づいた。
すると、職人は、
「国の方で……分かりました。ではこちら……こち、こち……がががが!!!」
頷きかけたにもかかわらず、突然様子がおかしくなって不自然な様子で震えだす。
見れば、持っていたメダルが輝きだし、そしてどくり、どくりと脈打ち始めて、職人の手に同化していく。
「これは……!? みなさん、彼から離れてください!!」
ロメオがそう叫ぶが早いか、職人たちはおかしな様子の職人から離れた
それからしばらくして震えの止まったその職人は、きっ、と顔を上げた。
するとその瞳は赤く血走っていて、明らかに尋常な様子ではない。
ルルは下がった職人たちの前に結界を張り、メダルを持った職人の出方を見守った。
ただ、それほど心配する必要もなさそうだ。
メダルを持った職人は既にロメオを始めとする騎士たちに囲まれている。
あのメダルが何かしら生き物の意識を一定の方向に導くものだったとして、古代竜ならともかく、戦う技能を持たない職人では意味がないだろう。
「……がぁぁぁぁ!!!」
そんな奇声を上げながら、職人は周囲にいる騎士たちに襲い掛かるも、その動きは大したものではない。
やはり本人の身体能力を上げるとか、そういう効果のあるものではないらしく、ただ周囲のものを襲うようになるだけなのだろう。
騎士たちは危なげなく職人の攻撃を避け、それからすぐに取り押さえる。
地面にうつぶせの状態で、数人の騎士たちに完全に取り押さえられた職人。
ロメオはその職人に近づいて、メダルのくっついた手のひらを引っ張り出した。
「……やはり、完全に同化している……切り取るしかないか?」
そんな風に物騒なことを呟いているロメオ。
ルルはそんなロメオと職人の方に近づき、職人の掌を見せてもらう。
ロメオはルルに尋ねた。
「なんとか、なるでしょうか……?」
それは、古族を操った精神魔術の解呪を可能とする魔術師に対する期待だった。
ロメオとしても、この職人の手やら腕やらを切り取るのは出来るだけ避けたいと考えているのだろう。
明らかに不慮の事故であるし、職人なのであるから、手は大事だ。
できれば無傷の状態に戻してやりたいと思うのも当然である。
ルルはそんなロメオに答える。
「まぁ、やるだけやってみましょう……」
そう言いながら、ルルは職人の腕を掴んで、呪文を唱えた。
「……悪しき戒めよ、我が声、我が力に応じ、その者を解放せよ――解呪」
それは、この時代においても、一般的に存在する解呪の呪文であった。
古族がかかっていた精神魔術とは異なり、メダルを媒介に間接的に生物の思考に影響を及ぼしていると思われる職人の状態を見て、とりあえずメダルを肉体から外せば何とかなるのではないか、と思っての事だった。
無理だったらまた別の方法を試せばいい、というのもあった。
結果として、その呪文は良く効き、職人の手とメダルの癒着はぼろぼろと剥がれていく。
「おお……! さすが、ルル殿ですね……!」
ロメオが嬉しそうに言った。
それから、カラン、と音を立てて地面に落ちた白色のメダルを彼は掴もうとしたので、
「それは、よした方がいいでしょう」
と言って、ルルは彼を止める。
ルルが行ったのは、あくまでメダルと職人の接合の解除であって、メダルの効果自体の消滅ではないからだ。
ロメオがメダルを持ったら、今度はロメオに付着して、ロメオを周囲の者を攻撃し続ける機械にする可能性があった。
ロメオはそんなルルの説明を理解して、いきなり手を伸ばそうとした自分のうかつさを恥じ、それから、
「……そうすると、誰も触れないということになってしまいますが……」
とこれからの話を述べた。
実際、このままでは誰も触れないだろうが、しかしそれはあくまで直接は、という事に過ぎない。
地面に落ちている状態では誰にも影響を及ぼしていないようだし、ルルが試しに布で包んで持ってみた結果、何の影響も無かった。
さらに、他の騎士にも同じことをしてもらって確認したが、問題は無いようである。
「直接触れないことを徹底すれば良さそうですね。解析するときも、細心の注意が必要だと思われますので、その点、しっかりと申し送りを」
ルルの念押しにロメオは頷いて、
「もちろんです。出来ることならこんな恐ろしいものは持っていたくはありませんが……いずれまた使われるかもしれません。よく調べて、その仕組み、効果を解析します」
そう言ったのだった。




