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第136話 名前

「元いたところに戻してきなさい」


 小竜リガ・ドラゴンと共に帰宅したルルがイリスに相談して初めに投げかけられた言葉はそれだった。

 真夜中とは言え、イリスはそれほど睡眠を必要としない。

 帰宅したところ、まだ起きていたのですぐに相談したのだが、いきなり冷徹な目でそんな言葉を言われてしまって、ルルは小竜リガ・ドラゴンと共に縮こまった。


「……きゅい……」


 心なしか、小竜リガ・ドラゴンまで落ち込んでいるようである。

 ルルはそれを見て、放っておけないと元魔王らしい懐の広さを発揮して、イリスに言いつのろうとしたところ、次に言われた言葉に驚いた。


「……と、私も昔、母に言われたのを思い出しましたわ」


 どうやら、捨てて来い、という意味合いで言ったのではなく、ある日突然、動物を拾ってくると言うシチュエーションに懐かしさを感じて再現しただけだったらしい。

 表情も込みで表現してくれたものだから、ルルも小竜リガ・ドラゴンもビビるだけビビったわけだが、思い出したと言った直後微笑みを披露してくれたイリスに、一人と一匹は顔を見合わせてほっと息を吐いたのだった。

 よくよく考えればイリスがルルのすることに文句をつけるのは考え難く、しかもただ動物一匹拾ってきただけのことである。

 反対などされるはずがない。

 そもそも、それで反対されるなら、キキョウとフウカが居ついた時点で文句が飛んできているはずだ。

 彼女たちが未だに穀潰しとしてルルの家に居候している以上、何の問題も無いと判断するべき話だった。


 大体、この小竜リガ・ドラゴンはキキョウとフウカよりよっぽど飼いやすい生き物である。

 食べ物は基本的に魔力だけで賄えるので食費はかからないし、もともとなんだったかはともかく、この状態であれば大人しくて人に危害など加えないし、そして何より可愛らしい。

 もし誰かを追い出さなければならないとしたらキキョウとフウカが先であろう……。


 と、失礼な話を考えたところで、どたどたと上からおそろいのパジャマ姿のキキョウとフウカが降りてきて、


「……今なにか酷いこと考えませんでしたかっ!?」


「わふっ!」


 と今まで寝ていたのとは思えないテンションで聞いてきたので、ルルとイリス、それに小竜リガ・ドラゴンは合わせて首を振った。

 するとキキョウとフウカは、


「……そうでしたか……おやすみなさいー……」


「わふわふ……わふぅ……」


 と言ってまた二階に戻っていった。


「……寝ぼけてたのか?」


 ルルがそう呟くと、


「そのようですわ……ま、あの二人と言うか、一人と一匹はいいでしょう。それよりもその竜のことです。一体どこから……?」


 イリスが首を傾げてそう尋ねてきた。

 当然気になるだろう。

 そこら辺から拾ってきました、と言うのも納得がいかない生き物だ。

 とはいえ、小竜リガ・ドラゴン自体は割とポピュラーな魔物であるから、そう言う場合も絶対にないとは言い切れない。

 愛玩動物ペットとして飼っていた魔物を捨てる者、というのは少なからずいるらしいのだから。


 しかし、今回ルルが連れてきたこの小竜リガ・ドラゴンはそう言ったものではない。

 しっかりとした理由があり、またイリスに隠す必要もないので普通に説明することにした。


「あぁ、こいつな。こいつは闘技場で襲ってきた古代竜エンシェントドラゴンの本体だよ」


 何の気なしにルルが言ったその言葉に、イリスは、


「あぁ……あの古代竜エンシェントドラゴンの……はて? 今何かおかしな話を聞いたような気がするのですが、私の気のせいでしょうか?」


 途中まではうんうんと頷きながら喋っていたのだが、途中で気付いたかのようにはっとしてそう尋ねた。

 流石の古代魔族と言えど、イリスには予想外の話だったらしい。

 古代竜エンシェントドラゴンの生態は古代においてもそれほど知られていなかった。

 特に、この小竜リガ・ドラゴンの形態については古代竜エンシェントドラゴン自身が多種族に対して隠していた節がある。

 だから、イリスであっても分からなかったのだ。


 イリスはルルの言葉を改めて考えてから、ルルの隣で小さな翼をぱたぱたさせながら浮かべているそのずんぐりむっくりした小竜リガ・ドラゴンを矯めつ眇めつ観察する。


「……確かにどことなくさわり心地が良かったり、角や瞳の色がなんとなく品がいいような感じはありますが……基本的には一般的な小竜リガ・ドラゴンと大して違いはないような……?」


 持ち上げたり抱きしめたりして、最終的にすわりがよかったのか小竜リガ・ドラゴンの小さな腕の脇の下に手をいれるような形でもったまま、イリスは言った。

 小竜リガ・ドラゴンも特に抵抗せずにイリスに持たれている。

 イリスと小竜リガ・ドラゴンの視線がルルに向けられている。


 一人と一匹、どちらもルルに説明を求めているような表情をしているが、小竜リガ・ドラゴンは別にいらないだろうと突っ込みを入れたくなった。

 しかし、そんなことをしても仕方がないとあきらめ、ルルは続けた。


古代竜エンシェントドラゴンの本体は基本的に、この小竜リガ・ドラゴンのような姿をしているんだよ。俺も理由はよく分からないが……昔、本当に小さな頃、バッカスと一緒に小竜リガ・ドラゴンらしき竜を育てていたことがあってな。そのときに……というか、後になってそのときのことが縁で知ったんだ」


 イリスはそんな話は初耳のようで、


「……お父様が。私がコカトリスの雛を育てようとしたときは反対なさったのに、自分は……」


 その言葉は、意外な父の事実を知って嬉しい、と言うよりかは自分のことを棚にあげた父親に対するふつふつとした怒りが宿っているように思われた。

 これは藪蛇だったか、と思いつつも、まぁ、もうバッカスはいないのだから、いいだろう……とその不在を、友人の秘密を期せずして話してしまったことに対する免罪符にする。

 イリスもイリスで、最後にはまぁ、それはいいか、という顔をして続きを話すように促してきたので、問題ないだろう。


「まぁ、そんな訳でな。古代竜エンシェントドラゴンは身の危険を感じると、体の奥の方にいるこっちの体――本体――を、護ることを最優先に行動するんだ。その結果として、あのでっかい体の方は服みたいに脱ぎ捨てられることになる。今回は、あの大きな体の方が何らかの理由で誰かに支配されていたみたいだからな。そのときに、本体の方は自分の体の支配権を失ったんだろう。で、どうしようもなくなって暴れまわっているところで、俺たちが身動きできないように倒したので、周りから人の気配がなくなった時間帯に這い出してきた、というわけだ」


「……なるほど。という事は、お義兄にいさまは、戦っているときから分かっていたのですか? あの巨大な古代竜エンシェントドラゴンが、いわばただの服のようなものに過ぎず、本体はあの巨体の内側にいたのだということを」


「あぁ。だからこそ手加減して原型が保てるようにしか攻撃はしなかったし、基本的にはあの場にいた騎士や冒険者たちに任せていたってのもある。あれ以上目立ちたくなかったって言うのも勿論あるけどな。それに……国王に古代竜エンシェントドラゴンの素材を貰えないか頼んだのもそれが理由だ。あの場所に置いておくことを確認したのもな。いずれ、人がいなくなったら這い出してくるだろうって分かってたからな」


 ルルのその説明を聞いて、イリスは、


「でしたら初めからそうおっしゃって頂ければよかったのに……」


 と珍しく口を尖らせたが、ルルは、


「言うタイミングが無くてなぁ。あの場で叫ぶわけにもいかないだろう?」


 言われて、古代竜エンシェントドラゴンの出現から討伐まで、二人で話す時間などとりようが無かったということを思い出し、イリスは頷いた。


「確かに、そうですわね……理解致しましたわ。しかし……この小竜リガ・ドラゴンさんは本当にお飼いになられるのですか? 本当に古代竜エンシェントドラゴンであると言うのであれば、ログスエラ山脈の主であるという事になるのでは……?」


 すぐにそのことに思い至る辺り、イリスは理解が早かった。

 確かにその通りで、ルルとしてもどうしたものか正直迷っているところがある。

 あの山に古代竜エンシェントドラゴンがいないというのは非常にまずい、ということはウヴェズドの話からして明らかで、放っておけば魔物がレナード王国に大量に押し寄せてくる危険性があるのである。

 そのことを考えれば、今すぐにでもこの小竜リガ・ドラゴンにはログスエラ山脈に戻ってもらい、あの山の主として君臨してほしいのだが……。


「……きゅい? きゅい?」


 そんなことを考えている二人に、当の小竜リガ・ドラゴンは代わる代わるルルとイリスの顔を見ながら切なそうに鳴いた。

 明らかに話の流れに不服を示してしているのだという事が分かる。

 そんな小竜リガ・ドラゴンの反応にイリスは、


「……言葉を理解しているのですね。話すことはできないようですが」


「きゅいっ。きゅいっ」


 小竜リガ・ドラゴンはイリスに抱き上げられたまま、鳴いている。

 なぜ戻りたくないのかは良くは分からない。

 ルルにそれだけ懐いてきたのかもしれないが……。


「ま、しかし依頼のこともある。一度、ログスエラ山脈に俺達はいかなければならないんだから、そのとき連れて行けばいいんじゃないか? それでどうしても戻りたくないって言うなら、そのときは覚悟を決めて飼おうじゃないか」


「きゅい~」


 飼おう、の辺りで嬉しそうに鳴いた辺り、行っても主として君臨するつもりは皆無なのかもしれないな、とは思った。


 ◆◇◆◇◆


「……よくいらっしゃいました。ルル殿。こちら、解体作業が始まるところですよ」


 次の日、闘技場にやってくると、そこには職人たちや騎士数人がいて、そこで解体をしようとしていた。

 ちなみに、返事をしたのは近衛騎士ロメオであった。

 なんだかルルと国王の連絡係となり始めている感があるが、本人に不服はないらしい。


 ちなみに、古代竜エンシェントドラゴンの屍体を王宮にもっていかないのは、やはり場所的な問題や運ぶ手段の問題もあるようだが、それ以上に闘技場が一番広くて解体しやすく使い勝手がいいというのが大きいのだろう。

 闘技場にルルが開けた大穴は既にふさがれており、ステージも修復されて古代竜エンシェントドラゴン以外はすっかり元通りである。

 ここ以上に開けた場所は中々無いことは明らかだった。


「見学をしても?」


 ルルがロメオにそう尋ねると、


「勿論ですよ。貴方の持ち物ではありませんか……む? その小竜リガ・ドラゴンは……?」


 そこで初めてロメオはルルの横でぱたぱたしている小竜リガ・ドラゴンが気になったらしい。

 ルルは答える。


「なんだか街で迷子になっているのを見つけまして。竜を倒した日に出会ったものですからどうも他人事とは思えず、何かの縁かと保護することにしたのですよ。首輪など何か目印になるものもつけていないようですから、おそらくは飼い主などいない、本当の迷い竜なのでしょう」


 適当に言った言葉だが、そういうことがないわけではない。

 本物の小竜リガ・ドラゴンは危険性がほとんどないため、街中に入り込んでも特に警戒されない。

 人に危害を加える力がそもそもないからだ。

 門番も彼らにまるで注意を向けないため、たまに入り込んでくることは実際ある。

 そしてその後はたいてい、そのままふらふらして街を出ていくか、どこかの誰かに捕獲されてペットになるかの二択なのだ。

 ロメオは頷いて、


「そうでしたか。随分と美しい角や瞳を持っているものですから、高名なブリーダーの作り出した新種かと思いましたよ。むしろ、天然ものなのですね」


 ロメオは小竜リガ・ドラゴンに詳しいのか、そんなことを言った。

 話を聞いてみれば、小竜リガ・ドラゴンには品評会など、その美しさや知能などを競う大会などもあり、そこでの優勝を目指して専門に育てる者もいるのだという。

 しかし趣味もないと言い切るロメオがなぜそんなに詳しいのかと尋ねると、


「妹が好きなのですよ。小竜リガ・ドラゴンマニアと言ってもいいほどで……」


 確かに女性に人気のある魔物だが、ロメオの妹が好んでいるとは思わなかった。


「その小竜リガ・ドラゴンもきっと気に入ると思います。私だけ見て、妹に話だけしたのではなぜこの場に呼ばなかったのかと怒られてしまいますから、そのうちルル殿の家に妹と尋ねてもよろしいでしょうか?」


 と尋ねられたので、ルルと小竜リガ・ドラゴン本人は頷いたのだった。

 それを見たロメオは、


「ほほう……かなり賢い個体なのですね」


 と特に不思議そうではないあたり、本当にあまり詳しくは無いのだろう。

 そして最後にロメオは聞いた。


「ところで、名前などは?」


 言われて、特に付けていないことに思い至るルル。

 しかし、場合によっては手放すのであるから、名前をつけるのはどうかと躊躇した。

 それに、本名があるかもしれない、というのも。

 けれど小竜リガ・ドラゴン本竜が、


「きゅ! きゅきゅ!」


 と鳴いて名前を付けることを求めるような表情をしているのが分かったので、仕方ないとルルは首を振って言った。


「そうですね、小竜リガ・ドラゴンですから、リガドラでどうですかね?」


 一応の呼び名、仮名としてつけたつもりなので、若干適当なのは事実である。

 その言葉に、ロメオは少し眉を顰めて、


「それは……犬猫にポチとかタマと名付けるようなものですが……」


 と言ったが、ポチもタマも立派な名前である。

 実際、聞けば小竜リガ・ドラゴンにリガドラと名付ける者は少なくないらしい。

 それでもロメオは、


「まぁ、人で言うなら、ジョンとかジョージとかそんなような名前なのでしょうね」


 と最後には許容したので、その場で小竜リガ・ドラゴンの仮名が決定したのだった

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