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第132話 夜会の始まり

 会場入り口には多くの馬車が次々と入ってきており、正面玄関についた馬車からは豪奢な衣装で身を飾った貴族たちが続々と降りて中に入っていく。

 ルルもそんな集団の一部になっているのは何とも言えないが、さほど目立つ服装ではなく、先にロメオが降りていったので彼の方に人の注目が集まったお陰ですんなりと中に入っていくことが出来た。

 後ろをちらりと振り返れば、ロメオが何か恨みがましいような目でルルを見ていたが、衣装選びのときの仕返しのようなものだと苦笑を返して先に進ませてもらった。

 会場に入る前にはもちろん、警備を担当する騎士の検査があったが、そこに意外な顔を見つけてルルは驚いた。


「……父さんじゃないか。今日は……仕事?」


 そこにいたのは、この間出会ったときとは異なる立派で見栄えのする騎士姿に身を包んだ父パトリックであった。

 体つき自体は周りにいる騎士たちよりも幾分か細く見えるが、実際はただ絞り込まれているだけで、彼がここにいるどの騎士よりも屈強で強力な騎士であることをルルは知っている。

 王立騎士団の剣術指南役、なのであるからそれも当然だろうが、しかしなぜここにいるのだろうか。

 ルルがそんな視線を向けたからか、パトリックは言った。


「ルル。いつ来るかと待っていたよ。僕がいる理由は……ほら、以前言っただろう? 僕はこの時期、どうしても暇だからね……こういった雑用仕事をするように言われているのさ。特に今日は多くの要人がここに集まるから、余計に警備には気を遣っていてね。これでも僕は王国の騎士の中では比較的強い方だから、こういうときは駆り出されるんだよ」


 柔らかな微笑みを浮かべながら、そう言うパトリック。

 しかし彼の周りに直立不動の様子で立っている警備の騎士たちは、父の言葉に首を振っている。

 おそらくは、“比較的強い方”という言葉に異論があるのだろう。

 そういう顔をしていた。

 おそらくは、この国でもほとんど最強に近いところにいるロメオ、それに比肩する他の騎士団の団長たちと同じか、それ以上の実力を持つだろう父。

 そんな彼が、比較的、などという台詞を言うのに納得が行かないという感覚は理解できる。


 だからと言って、僕がこの国最強だ、とか言われても何とも言いようがないので、適度な謙遜なのかもしれないが。


「へぇ……それじゃあ、俺の検査は父さんがやってくれるのか?」


 後ろが詰まってはまずいと、パトリックと話し始めて入口から少し外れた位置にずれている。

 他の夜会参加者たちは、別の騎士たちに何か危険物を持ち込んでないか、招待された本人かを検査されているようで、ルルについても誰かが行わなければならないからこその台詞であった。

 パトリックは頷いて、


「君の名前はかなり知れ渡っているけど、君の正確な顔はあまり知られていないからね。闘技場でも遠巻きにしか見えなかった観客がほとんどだろうし、まぁ、息子だから本人確認は僕がするのが適任だろうさ。もちろん、不正があったら困るから、他の騎士たちにも二重の確認をしてもらうんだけど」


 振り返って、その他の騎士たちを見つめた父。

 彼らは背筋をぴんと伸ばして何も言わない。

 よほど父が怖いのか、それとも尊敬しているのか。

 細かい関係性はそれだけでは分からないが、少なくとも嘗められてはいないようである。

 まるで強そうな騎士に見えない父であるから、これで屈強な騎士たちを従えられているのかと思ったことが何度かあったのだが、こうやって仕事をしているところを見ればそんな心配は全く必要ないようである。

 なんだか妙に安心しつつ、ルルは検査を受けることになった。


 検査自体はそれほど複雑なものではない。

 まず魔術により、持ち物に危険な魔法具など持っていないかを確認し、さらにそれを免れるために魔術に反応しないようにしていることも考えて触って確認する。

 これを、男性については男性の騎士が、女性については女性の騎士が行う。

 さらに、招待客については特別な証が配られており、ルルもここに来る直前にロメオから渡された。

 ボタンのような形の小さな魔法具であるが、大きさの割にかなり複雑な魔術がかけてあって、偽造が難しいように作られていることが分かる。

 パトリックは、ルルに魔術をかけ、また触診により検査をし、ボタン型の証を確認した。

 それから、後ろにいる騎士たちにも同様の確認をさせて、問題がないことを確認すると、頷いて言った。


「君がルル本人であること、また危険なものは何も持っていないことが確認された。入っていいよ……楽しんでくるといい」


 果たして自分に夜会など楽しめるのだろうか、という気がしてくるが、父にそう言われたのである。

 一応、楽しむべく努力はしてみようか、という気になった。

 魔王だった時代と合わせれば、パトリックはルルから見て遥かに年下のはずなのだが、やはり血がつながっているからだろうか、それとも小さなころから父として、愛情を注いでくれたと知っているからだろうか。

 ルルの認識からして、非常に自然に彼のことを父親であると考えている自分が、なんとなく不思議で、少し心が温かった。


 ◆◇◆◇◆


 会場内に入るとまず目に入ったのが高い天井である。

 そこには煌びやかなシャンデリアが垂れ下がっていて、落ちてきたら潰れそうで恐ろしいなとふと考えた。

 さらに天井や壁、それにカーテンなど全てが一級品のものであることがぱっと見ただけで分かるような美しさで、しかも品が感じられる。

 大量のお金がかかっていそうであるにもかかわらず、居心地が悪くなさそうな不思議な空間がそこにはあった。


 しかし、そうは言っても、中にいる人々はみな、貴族や要人たちなのである。

 基本的には今までの人生でそう言った者たちとは接触を持たないで生きてきたルルにとって、多少、肩身の狭い感覚はしないでもなかった。

 ただ、それも知り合いが全くいない状況が終わるまでの事だ。

 入ってくる人々をぼんやりと見つめていると、そこに知り合いの顔があったのでルルは気配を消しつつゆっくりと近づいた。

 そして後ろから話しかける。


「……グラン。俺はここで何をしてればいいんだ……?」


 その言葉がよほど突然に聞こえたのかもしれない。


「うぉ! な、なんだ……ルルかよ。驚かすんじゃねぇ」


 とグランは目を見開いて驚きながら、振り返ったのだった。

 着ているものはいつもとは違って、礼服であるが、ルルがここに来る前に勧められた派手な方寄りの衣装で、言っては悪いがあまり似合ってはいない。

 やはり彼には鎧と剣がしっくりくるのだが、まさか騎士でもない彼がここでそれを身に着けるわけにもいかないだろう。


 そんなグランはルルの言葉の内容を思い出したのか、少し考えて、


「……何をしてればいいかだったか? まぁ……お前が貴族や商人とか、どっかの団体の長だっていうなら、顔を売るために誰でもいいから手当たり次第に話しかけてコネ作って来いとか言うだろうが……別にお前、そういうわけじゃないしなぁ」


 と難しそうな顔になった。

 確かに、ルルは公的な立場としてはただの初級冒険者だし、氏族クランでも平である。

 特に何か商売をやっているというわけでもなく、躍起になってコネを作らなければというわけでもない。

 それに、コネと言うなら最大のコネである国王との関係が先ほど作られてしまっているので、余計に必要ない気もしないでもない。

 そんなルルの表情を見て、グランは言う。


「まぁ……別に暇なら俺と一緒にいてもいいぞ? 俺は氏族クラン時代の探究者エラム・クピードル”の代表として、また特級冒険者として呼ばれてるからな。一応顔つなぎに色んな奴に話しかけるつもりだが……お前もついでに紹介してもいいし。暇つぶしくらいにはなるぞ」


 それは非常にありがたい申出で、ルルはグランのその言葉に乗ることにした。


「あぁ……悪い、グラン。ありがとう」


「いや、気にするな。お前が所属する氏族クランだって喧伝して回れるのは割と宣伝活動になるしな……しかし、下級とは言え、貴族の倅なんだ……しかも、あのカディスノーラ卿の息子。だからこういうところは慣れてると思ってたんだが、意外だな」


「父さんは昔から俺が貴族としてやっていくつもりが無さそうだと思っていたみたいだからな。夜会なんて来たことがないんだ。まぁ、下級貴族だから、たとえあったとしても、王都で開かれるようなこんな大きなのには出席できなかったかもしれないが」


「そうか? カディスノーラ卿はその容姿と穏やかな物腰から夜会の招待が尽きることは無いと聞くぞ。王都の女性人気も高い。既に結婚しているにも関わらずな」


 意外な情報を聞いた。

 確かに父の容姿はひいき目なしで見て優れているとは思うが、結婚しているのだからそういう人気は無さそうであると思っていたのだ。

 そうグランに言うと、


「世の中には障害があってこそ燃える、とか言う女もたくさんいるからな。お前もそんなのには引っかかるなよ? 面倒だからな……」


 どことなく経験がありそうなげんなりとした口ぶりでそう言われては、ルルには頷くほかない。


「……分かった」


 そう言って、その話は終わり、グランの挨拶回りに着いて行ったのだった。


 ◆◇◆◇◆


 冒険者組合ギルド関係で会場に来ているのはシュイやウヴェズド、ヒメロスなどの特級冒険者や主だった氏族クランの長と言ったところだろうか。

 冒険者組合ギルドを統括する大組合長グランドギルドマスターも来ているようだが、今のところ会えていない。

 会場内のどこかにいるのは確かなのだが、広く、また人も増えてきたのでどこに誰がいるのか分からなくなってきている。

 イリスもいるのは間違いなく、魔力からどのあたりにいるかははっきりと分かっているのだが、今ルルがいる位置からは人の壁で見えず、またそこまで行こうにも同じく人で難しい。

 そのうち距離が近づくのを待って、諦めるしかなさそうであった。


 そんなことを考えていると、会場に声が響いた。


『そろそろ人も集まってきたようだ……よって、始めたいと思う』


 その声は、ルルにとっては非常に聞き覚えのあるもので、威厳漂うそれはこの国に住んでいる者ならだれでも聞いたことのあるものだ。

 しかし、ルルはもっと肩の力の抜けた、少しばかりぞんざいな彼の声を聞いていたので少し違和感がする。

 知り合いが努力して威厳を保とうとしている感じを見ているのに似ているだろうか。

 なるほど、魔王時代にルルがこういう場で喋っているときに、バッカスがよく吹き出しそうにしていたのはこういう訳かと納得がいった。


 会場にいる者たちが皆、そらに注目する。

 手には、杯が持たれており、視線を集めている国王も同様である。

 彼は言う。


「今日の夜会は、闘技大会の無事……とは言い難いが、アクシデントがあっても最後までその日程を終えることが出来たため、それを祝おうと言う趣旨によるものだ。言うなれば、闘技大会閉会記念パーティーというところだな……と、あまり長くつらつらと儂が喋るのも辛かろう。それに、今日の主役は儂ではなく、闘技大会の優勝者、準優勝者の二人である。彼らも今日は会場に来ている故、見つけたら積極的に話しかけるが良い。闘技大会のことも勿論だが、古代竜エンシェントドラゴンとの戦いについても話を聞かせてくれるだろう。では……乾杯!!」


 乾杯、と国王のその声に唱和して、会場にいる者全員が杯を掲げた。

 ルルも同様にして、それから全員が無言でそこに注がれた飲み物を飲み、そして息を吐いて、会話が始まった。


 国王が言ったから、というわけではないだろうが、それからすぐにルルの下に人が殺到した。

 おそらくは、話しかけるきっかけを探っていたのだろうが、国王の言葉で今がそのときであると思ったのだろう。

 ルルは愛想笑いと適当な話でもって彼らと会話を始めたのだった。


 ぼんやりと、何も考えずとも、これくらいのことが出来るのは、ルルがかつて魔王としてまさにそういうことをやっていたからに他ならない。

 しかし、イリスも同じような状況にあるとしたら、大丈夫なのだろうか、と少し心配になる。

 魔力を感知してみれば、イリスの周りにも人が集まっていて、中々に大変そうだとルルは自分の事を棚に上げて思った。


 まぁ、しかし話題が尽きればこの人の群れも引いていくだろう。

 それまでは、とりあえずこの人々を楽しませようかとサービス精神を発揮して、ルルは話し始めたのだった。

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