第130話 解除、そして噂
「なぜそんなことが出来るのだ……ルル、お前は一体……?」
レナード国王が硬い表情でそう言った。
その様子からして、おそらくはルルも精神魔術を使おうと思えば使いうる、ということに気づいたのだろう。
しかしそのことに言及しないあたり、ルルの話をとりあえず聞こうと言う態度を感じる。
出来つつあった信頼関係のようなものが崩れた訳ではなさそうで、そのことにとりあえず安心しながらルルは言う。
「理由を聞かれると正直困ってしまいます……私の父がカディスノーラ卿であることは既にご存知かと思いますが、彼の持つ技術とは直接的なつながりも希薄ですし……」
説明しながらも、その根本のところを出来ることなら語りたくない、というルルの意図を、国王はそれで理解したらしい。
もしかしたら聞いて精神魔術にかけられても問題だと危惧したのかもしれないが、どちらにしろ国王は覚悟したような顔で言った。
「……ふむ。いや、これ以上は聞くまい。ここでのことは、お互いの胸に収めると約束したのだ。それが国に関することであっても、またルル、お前に関することであっても同じことだろう。ロットス殿はどう思われる?」
突然話を振られたロットスは驚きからまだ再起動しておらず、何を話すべきか考えてはいなかったようだが、少しだけ黙考し言った。
「儂も、国王陛下のご意見に同調致しますぞ……。これは、隠すべき話じゃ。闘技大会においてあれだけの活躍を見せたルル殿が精神魔術や転移魔術に造詣が深い、という話が広がれば……一時はおそらく英雄の再来などと言われたりして持て囃されることもあるじゃろうが……のちのち、いや、そんな話が広がった瞬間から、ルル殿、そしてルル殿のルーツたるカディスノーラ卿が所属するこのレナード王国に対する警戒は一気に引き上げられる。時と場合によってはそれも良いじゃろうが……今はそう言った事実を広めるのは得策ではないでしょうぞ……」
確かに、一種の抑止力として喧伝してしまうと言うのも手と言えば手である。
しかしそれ以上の反感や警戒感を世間に広めてしまっては、ルルとしてはもちろん、国としても利点はないだろう。
ロットスは古族であるから、ここで話された内容について本国に帰国してからどのように扱う気かという問題が生じるが、聞いてみれば、
「儂の腹一つ、で納めたいところじゃが……同じ族長格には言わぬことは出来るが、古族王には言わなければならぬ。特に今回、我々古族の中から、精神魔術にかかった者が出たとあっては……」
非常に心苦しそうにしながらもそう言って詫びてきた。
古族は独立した一族がいくつかあり、その一族を治める族長がそれぞれいて、さらにその族長をまとめ上げるものとして古族王という存在がいるという形をとっている。
ロットスは族長であり、同格の者に何を言うかは個人の裁量だが、上位の存在にあたる古族王にはどうしても言わなければならないという話だった。
それはルルとしては避けられるなら避けたい話だったが、しかしロットスの苦しい立場も分かる。
彼は今回の大会において、古族が失態を犯した、と言われかねない様々な事態に巻き込まれている。
本国に戻った時には、当然その原因や対策について話し合いがもたれることは明らかで、その中で最上位存在に対してすら報告できない事項を持つわけにはいかないだろう。
特に精神魔術に関しては語らなければならないのは明らかで、そうなるとルルの話もしなければならなくなる。
だからこそ、ロットスは申し訳なさそうな表情なわけで……。
ロットスがそう言ってから、国王とロットスはルルの顔を見つめた。
それでお前はどうするのか、という視線である。
そういう状況でも古族の精神魔術を解くのか、それとも見捨てて忘れるのか。
その選択はルルにゆだねられたと言う訳だ。
ここでたとえルルが古族を見捨てても、ロットスも国王も何も言わないだろうという事は理解できた。
ロットスは自らの胸に納める、と言っていたここでの会話の内容を、上位者一人にとは言え言わなければならないと言う不義理をするという宣言をしているし、国王としても、そういう事実がある以上、ルルが古族を見捨てても問題は無いと考えているだろう。
しかし、ルルはあまり悩まなかった。
そもそも、古族の現在の窮状は、一部とはいえルルに原因があることをルルは自覚していたからだ。
結界の二度の破壊による彼らにかけた負担が、巡り巡って今回の事に対する油断を招いたという部分もおそらくはあるだろう、と。
精神魔術とは言え、結局は対象者の近くでかけなければならず、そうである以上は魔術に長けた古族ならば、もし精神的な負担がかかっていなければ、避けることも可能だったのではないか、と。
だからルルはロットスに首を振ってこたえた。
「いえ……そういうことであれば、ある程度は仕方がないでしょう。しかし出来ることなら私の名前などは伏せるかぼかして頂くなどの配慮を頂けないかと……」
ここで起こったことを話さなければならない、というのは分かるが、ルルの名前まで出さなくてもそれは可能だろう。
ただ起こったことのみを語り、関わったルルの名前は隠すと言うのは出来ないものかと思っての言葉だった。
ロットスはその言葉に考えるような顔になり、
「……ふむ、それであれば……しかしどうしても、と求められた場合は断ることは……」
とりあえず、その方向でやってくれると言うのならいいだろう。
最終的に言わなければならなくなったとして、そのときはもう仕方あるまい。
ルルはそう思って言った。
「その場合は言って頂いても結構です。出来れば、という程度に受け取ってくだされば」
そのくらいの譲歩はしなければならない。
そう思う程度には、ルルは闘技大会において古族たちに大きな負担をかけてしまったという負い目を感じていたのだった。
そしてルルは話を変える。
「話がまとまりましたところで、ロットス殿が精神魔術にかかっているか否か、診断させていただいても? もちろん、かかっていた場合には解除させていただきます」
するとロットスは喜色を浮かべて頷き、それから一人ずつ古族を連れてきてもらって全員分の診断と解除を行ったのだった。
精神魔術の診断は、魔術を使って介入する方法もあるが、ルルはここにおいてその方法をとらずに、もう一つのアプローチである会話によって診断する方法をとった。
精神魔術にかかった者は、一見、通常とは何も異ならないが、事細かに質問をしていくと不合理な点や辻褄の合わないところが出てくることが多い。
もちろん、絶対ではないが、これである程度は見抜けるのである。
それでも分からない場合は、魔術を使った方法による診断しか道はないが、これには技術と素養が相当程度必要なところ、ロットスと国王には精神魔術の診断技術についてある程度身に着けてほしかったため、その方法は出来る限り使わずに済むように診断して見せたのである。
結果として、やはり一人、精神魔術にかかっていた痕跡のある者を発見できた。
自覚症状はなく、事細かに話を聞いてみれば一定の時間における記憶が欠如していたりするなど不審な点が多く、彼自身もそのことに気づくとロットスや国王に申し訳なさそうな顔をしながら土下座して平謝りしだし、最後にはこれ以上迷惑をかけないために自決するとまで言い出す始末だった。
もし、精神魔術の解除方法が存在しない場合にはそうするのが最も適切な手段であることは否定できないが、ルルは解除が出来るのである。
結果として、精神魔術にかかっていた古族は完全に正気を取り戻し、失っていた記憶もかなり虫食い状態にあったが、ある程度は取り戻した。
しかし、誰に精神魔術をかけられたか、などと言った重要な情報については全く思い出せないようで、おそらくは聖女が、しっかりと記憶を破壊しておいたのだろうと思われた。
精神魔術には、選択的に記憶を消すことの出来る技術もあることから、その使用が疑われる旨、報告し、それから対策についてある程度話をして、会談は終わりを迎えたのだった。
◆◇◆◇◆
さて、家に戻るか、と話し合いが終わったところでルルは思ったのだが、闘技場入口に戻ろうとしたところで止められた。
「ルル殿! お待ちを!」
一体誰が自分を呼ぶのか、もうみんな帰ってるだろうにと考えて振り返ると、そこには特別観戦室を出てきたロメオが立っていた。
もう国王との話し合いは終わったのだ。
今さら何の用が……と思って、首を傾げていると、ロメオは言った。
「お忘れですか? これから闘技大会優勝者、準優勝者は王国主催の夜会に出席する必要があるんですよ?」
言われて、そう言えばそんなものもあったなとルルは思い出す。
夜会などよりも重要なことがいくつもあったし、それに……。
「これだけ色々あったのに、夜会を行うのですか?」
それが、正直な気持ちだった。
表彰式までは観客達を落ち着けるため、という理由があったために理解できたが、夜会は中止にすべきような気がしてしまったためだ。
国王も、また夜会に出席しなければならないだろう他の人々も精神的に疲労していることだろう。
夜会など素直に中止するか延期すればいいように思える。
しかしロメオは首を振った。
「中止も検討したのですが、出席予定の招待客の皆さまから中止はしないようにとの要望が殺到しまして……」
と、その内情を告げて。
疲れているだろうに、またどうして、と首を傾げるルルに、ロメオは続ける。
「みんな、ルル殿、貴方のせいですよ……闘技大会であれほどの活躍を見せ、さらには古代竜相手に大立ち回りをお見せになられましたから……。古代竜との戦いについては実際に見ていた観客は少数でしたが、戦闘に参加していた騎士や冒険者、それにあの場に居合わせた要人などから話が広がったようで……ルル殿。あなたは今、王都において最も人気のある戦士・魔術師でいらっしゃいますよ」
その言葉を聞いてルルは驚く。
闘技大会の話は理解できないでもないが、古代竜についてはそれほど悪目立ちしないように振る舞っていたつもりだったからだ。
実際にあの戦闘に参加していたロメオはそのことについて分かっていたようで、言う。
「古代竜との戦いについては……正直、面白がって誇張されている部分が大半です。どこから聞きつけたのか吟遊詩人たちがそれこそどこの伝説だと聞きたくなるくらいのレベルで脚色して節をつけて街中で歌っているようでして……観客達が闘技場から解放されてまだ数時間も経っていないのに、恐ろしいことです」
ロメオの言葉にルルは顔を引き攣らせて、それでも聞かなければならないと思い尋ねた。
「……脚色、とはいったいどのような……?」
「本当にすごいですよ? ルル殿が魔術の一撃で古代竜を地に伏すことに成功するも、それは気のせいだった……その恐ろしげな牙を戦士たちに見せ起き上がってきた竜は暴虐の限りを尽くして暴れるが、戦士たちが身を挺して作った隙を、希代の新人冒険者、否、勇者の再来であろうルル=カディスノーラは見逃さずに切り込み、一刀のもとに切り伏せた……とかそんなような話です。まぁ……大まかには合っている部分も多いと言うのが却って質が悪いですね。ルル殿がいなければ倒せなかったのは間違いないでしょうし……あの場にいた者たちが身を挺して戦ったのも事実ですし……明らかに嘘と言えるのは、明確な止めを刺した者はいないと言う程度でしょうが……」
確かに、ロメオの言うとおりそれほど間違ってはいない内容だ。
実際にあの場を見ていた者か、その協力を得て作られた話であるのは間違いない。
ただところどころ、美談に仕上げようと言う意図を感じるその内容に、ルルは頭を抱えたくなった。
あまり有名になりすぎるのも困るのだ。
目立たず生きたい、とまではいわないが、持ち上げられ過ぎるのも勘弁である。
よほどルルは困った顔をしていたのだろう。
ロメオがフォローに入った。
「いえ、もちろん……闘技大会からしばらく経てば、こういった話は鎮火するとは思いますよ。毎年、こう言った話はあるものです。ただ、少し今回はその広がる速度や話の内容の規模が大きいな、と個人的には感じますが。それと……夜会においては、そう言った扱いを覚悟してもらうしかありませんので……その点は……」
自分で言いながら、だんだんとフォロー出来なさそうだ、と思ったのだろう。
ロメオの声は小さくなっていく。
そして、彼は不自然に話を切って、
「ま、それはともかくです。ルル殿にはこれから、夜会において着ていただく服を選んでいただくので、こちらに来ていただけますか?」
意外なことに、大会運営はそういうことまでしてくれるらしい。
ロメオはそちらの方に一枚かんでいる、と言うかルルを国王のもとに連れて行く際に、大会運営から話が終わり次第、連れてくるようにと言われていたようである。
そうして、ルルはここで渋っても何の意味もないだろうと理解し、ロメオの後ろに着いて行ったのだった。