第128話 暴露
国王からの質問。
その答えは始めから決まっていた。
そのために、ルルとイリスは闘技大会に出たのだから。
途中、目的が増えたりアクシデントがあったり、色々なことがあったが、主目的ではない。
ルルの欲しいもの、国王しか叶えられないだろう、その望み。
ルルは言った。
「……国王陛下。私の望みは、王宮の禁書庫への立ち入り、そして禁書の閲覧許可にございます」
その言葉は拡声器でもって拾われ、闘技場全体に響いた。
それから、ざわざわと、何とも言えない雰囲気に闘技場が包まれる。
国王はどうかと言えば、不思議そうな顔をしていた。
それからその表情そのままの声で、彼は言う。
「……本当にそれで良いのか? 貴族の位や、領地、金銭でも高位魔法具でも構わないのだぞ? 特権なども得ようと思えば得られると言うのに……禁書庫への立ち入り、禁書の閲覧許可、その程度でいいのか?」
国王の認識ではそんなものらしい。
彼自身、自らの足元にある王宮の禁書庫に立ち入り、その蔵書を閲覧したことはあるのだろうが、その内容に特に面白いところは無かったのかもしれない。
しかし、ルルにとっては重要な情報がそこにはあるかもしれない。
そうであるならば、一度見せてもらわなければならないのだ。
だから、ルルは答える。
「はい。私にとっては、それが他の何よりも価値のあること。是非に、お願いしたいところでございます」
そんなルルに、国王は拍子抜けのような顔をして、
「……ふむ。儂としては全く構わぬが……内容によっては王家に大きく関わる部分もないではないのでな。後に守秘義務等、細かいところは詰めるとして……禁書庫への立ち入り、閲覧自体は認めよう」
そう言って頷いたのだった。
観客達はルルの望みの突拍子さ、微妙さに、どことなく肩透かしのような気分に陥っていたようで、歓声をあげようにも上げられない微妙な空気が闘技場を満たしていたが、シュイとウヴェズドが二人で、
「ル、ルルくん! 魔術や歴史について何か面白い情報があればぜひ私に教えてくれたまえ!! 対価は払おう!!」
「儂にもじゃ! 歴史についてはいいから、魔術! とにかく未知の魔術について情報があればたのむぅ!!」
などと叫んでいる。
彼らには王家の禁書庫の価値についてよく分かっているという事なのだろう。
特級冒険者である彼らがそんな風に必死になってルルに叫んでいるのを見て、観客達もルルが分かるものには分かる特別なものを要求したと言うことがよく分かったらしい。
なんとも言えない微妙な空気だった闘技場内は、彼らがそう叫んだ後、ルルが単純な爵位や金銭を望まずに面白いものを選んだ、ということに歓声が起こったのだった。
◆◇◆◇◆
「……これを持って、第700回王都闘技大会を終了とする! 最後に、この大会を戦いきった英雄たちに、盛大な拍手と歓声を!!」
闘技場を怒号と歓声が覆った。
殺傷力のない魔術による花火が飛び交い、まるでお祭り騒ぎのようである。
王都もこれから闘技大会を終えた出場者たち、それに観客達でごった返し、店はどれも満員を超えた満員になるだろうことは明らかだ。
王都の夜はこれからである。
そんな観客達が闘技場から去っていくのを見送っていたルルは、ふと声をかけられて振り返る。
「ルル殿……国王陛下がお呼びです。来ていただけますか?」
真剣だが、緊張感に満ちている、という感じではない。
共に古代竜と戦ったと言う事実から来る、戦友のような気持がルルとロメオの間には生まれていた。
ルルはロメオの言葉に頷いて答える。
「はい。承知いたしました……ええと、国王陛下はどこに?」
きょろきょろとあたりを見れば、いつの間にか国王陛下はいなくなっていた。
まぁ、もはやすることもない。
それに、体力と魔力の化物のような闘技大会出場者や近衛騎士たちのように、余裕はないだろう。
色々あった中で、国王には少しでも休息をとることが必要だったのかもしれない。
ただ、これからルルと話す気なのだから、その休息も短いものになってしまうだろうが。
ルルの言葉にロメオは、
「ええ。王族専用の特別観戦室がありますので、そちらの方にご案内します。こちらへ……」
言われてルルはロメオに着いていく。
闘技場建物の中に入る直前、観客席を見てみれば、もうほとんどすべての観客達がその場を後にしていた。
闘技場の中に残っているのは、あとはせいぜい数十人の観客と、それに古代竜の亡骸だけである。
素材を全部くれと言った手前、あの亡骸がこの後どうなるのか気になったルルがロメオに尋ねると、彼は答えてくれた。
「ある程度、霧散しているとはいえ、大量の魔力の貯蔵された素材ですからね。あのまま放置していてもしばらくは腐敗は始まりませんから、明日まではこのままにしておく方向で考えています。ルル殿がお持ち帰りになるのであれば構いませんが……?」
配慮はありがたいが、流石に手持ちでもって帰るという訳にはいかない。
イリスの協力を得れば不可能ではないあたり、なんだかなぁという気がしてくるが、そんな悪目立ちするようなことをする気はない。
それに、ルルとしては、とりあえず明日まではここに放置しておくことを提案するつもりだったので、ロメオの言葉は渡りに船だった。
「いえ、それには及びません。予定通り、明日まで置いておいて頂けると助かります。その後は……」
氏族“時代の探究者”の助力を得て解体するなり、何なりやりようがあるが、少し考えているとロメオから助け舟が入った。
「特に希望がないのであれば、こちらの方で解体まで手配いたしますよ? 王宮御用達の職人たちに任せることになりますので、御嫌でなければ……勿論、お代は頂きませんので」
聞けば、そこまで国王は約束してくれたつもりだったらしい。
ただ古代竜の素材をやる、ではなく使いやすいように加工して渡してくれるつもりだったと。
至れり尽くせりでありがたい限りだ。
だからルルは答えた。
「では、お願いできますでしょうか。流石にあのサイズのものを自宅まで引きずっていくのは気が引けますので」
ルルの口調から、それが冗談だと分かったのだろう。
ロメオは面白そうに笑ったのだった。
◆◇◆◇◆
「よく来たな、ルル」
国王は、特別観戦室のソファに腰かけ、ルルをそう言って出迎えた。
すぐにルルに対面の席を勧める辺り、随分と気さくな様子である。
古代竜との戦いの最中や、表彰式においてもとっつきやすさは若干感じてはいたが、ここまであからさまではなく、ルルは少し面食らった。
そんなルルの様子に、レナード国王は微笑み、
「公式の場所でなければ、ましてや他の者の目がないと分かっている場所であれば、こんなものだ。あまり肩ひじ張らずに接してほしい。出来れば儂が国王である、などという事実など忘れて友人として付き合ってくれるとありがたいが……?」
「いえ、流石にそれは……」
ルルは即座に断る。
何が不敬か、ということは流石のルルでもよく分かっているからだ。
確かにかつては魔王ではあったが、今の自分はレナード王国の一下級貴族の倅でしかない。
それなのに、これほど頻繁に国王と話しているというのが既に異常だが、それに加えて友達付き合いまで始めてしまっては何となくまずい気がした。
ルルがそういう振る舞いをしたからと言って、父パトリックを邪険に扱うとか、そういうことはしそうもない公平な国王だが、だからと言って許される限界があるだろう、と思った。
建前上は。
そんなルルの考えをどこまで読んだのかは分からないが、国王は微笑みを崩さずに話を続けた。
「ふむ……では、特に懇意にしている貴族、という辺りで手を打とうか……それで、ルル、お前をここに呼んだ理由なのだが……」
それもやめてくれ、と言おうとしたルルだが、国王はさっさと話を先に進めてしまったので何とも言えずに終わってしまう。
仕方なく諦めたルルを、その場にいた二人の近衛騎士、ロメオとアイアスが苦笑するように見たのをルルは見逃さなかった。
つまりはこれが国王の本来の姿という事だろう。
食えない男と言うべきか、なんというべきか。
まぁいいかと諦めて、ルルは続きを聞くことにする。
「古代竜のことだ。その扱いについてはロメオから先ほど話したと聞いたが?」
「ええ。明日まで闘技場に置いておいていただき、また解体もして頂ける、ということでしたが……」
「そうだ。後に解体した素材についてはどこに届けさせればよいか?」
「そうですね、氏族“時代の探究者”か、街はずれの……」
と言って自宅の場所を説明する。
国王は頷き、ロメオに確認した。
ロメオの手にはいつの間にかメモ書きのようなものが把持されていて、そこに何かを書いている。
ルルの自宅の場所だろう。
一度ルルの自宅に来たこともあるから、聞き返すこともないようだ。
「よし、素材についてはこれでいいだろう……それで、本題だ。ルル、お前はあの古代竜が現れた原因について、何か心当たりがあるか?」
出し抜けにそう尋ねられて、ルルの表情はぴくりと動いてしまった。
特に隠すつもりもなかったので別にいいのだが、まさか国王からそれを尋ねられるとは思っていなかった。
なにせ、古代竜が現れた原因はおそらくは転移魔術である、というところまでは彼らも分かっているだろうし、そして転移魔術などというものを使える者に心当たりがある者など、普通はいないというのが現代の価値観であるからだ。
だが、確かにルルはその転移魔術を使用しただろうと思われる人物について心当たりがあった。
はっきりとその目で確認しているのだから、当然である。
だから、ルルは特に気負うことなく、自分が理解していることを素直に口にした。
「ございます。それどころか……この目で見ました」
この言葉を信じるかどうかは、国王の自由だ。
普通なら信じないだろう。
転移魔術が使われて、その後にルルが行った介入は現代の魔術師には不可能なことだからだ。
しかし国王はこの辺り、普通ではなかったらしい。
「……ふむ。そうか。それで、それは誰だった?」
もしかしたら、とりあえず言わせてみよう、と思っての事だったかもしれないが、それでも意外な反応である。
ルルは正直に言う。
「聖神教の……聖女です」
その言葉に反応したのは、国王だけではなかった。
後ろに控える近衛騎士ロメオとアイアスも、眉をしかめて「やはり……」「あの女が……」などと言っている。
国王も、
「こちらでもそうだろう、とは考えていたのだがな。そうやってはっきりと断言されると驚きも感じるものだ。ちなみに尋ねるが、どのようにして聖女を目撃した?」
それは当然気になるところだろう。
しかし、果たして正直に言って信じてもらえるものか。
逡巡していると、国王は促した。
「ここでお前が話したことについては、儂もこの胸にしまっておくことを誓おう。ただ、儂は確信が欲しい……我が国の騎士たちが闘技大会中に攫われた件でも、聖女の暗躍と思しきものが確認されているが……確信できる証拠はないのだ。もしかしたら、というに過ぎん。非公式にでも、儂個人でも、そのことについて確信できれば、これからの対処も変わってくるのだ。どうか、教えてはくれまいか。お前が、何を見たのかを」
それは懇願に近い言葉だった。
国王が、たかが下級貴族の倅に言う言葉ではなかった。
しかし、だからこそ、ルルは言ってみようかという気になった。
ルルが使える魔術について、推論でもその詳しいところにたどり着けそうな話は出来る限りしたくない。
けれど、ここであのときのことを話さないと言う選択肢を、ルルは取る気がなくなっていた。
だから、ルルは言う。
「……私は、転移魔術に対し、その発動後に痕跡を探る技術を保有しております」
その言葉に、国王も、近衛騎士たちも目を剥いた。
それも当然である。
転移魔術ですら非常に珍しい、伝説的な技術だと言うのに、それに対して介入できると言うのだ。
だから国王は尋ねた。
「……それは、まことか?」
「事実です。私はその技術により、転移魔術を使用して古代竜を闘技場に送り込んだ者が聖女であることを確認しました。そして……」
「そして?」
「少々、痛い目にあってもらいました……申し訳なく存じます。レナード王国からの帰路で彼女に何かあれば外交上問題があるのではないか、と思ったのですが、抑えきれないものがありまして……」
申し訳なさそうにそう言ったルルに、国王も近衛騎士も段々と笑顔になってきて、それから言った。
「いや、ルル。それで構わぬ。儂たちもあの聖女が犯人であるならば、一矢報いてやりたいと思っていたでな……流石に帰路で命を落としていれば、聖女はアルカ聖国において英雄のような扱いを受けておる、かなり問題になった可能性はあるが……死んではおらんのだろう?」
「はい……しばらくは床に伏せる必要があるのではないか、と思われる程度の苦しみは与えましたが、死ぬことはまずないでしょう。遠からず元気になると思われます」
「ならば構わん。むしろ良くやった……しかし、聖女……奴は結局何がしたかったのか……」
そう国王が呟いた矢先、特別観戦室のドアが叩かれた。