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第123話 表彰式

『……ヤコウ選手の健闘を称え、第700回レナード王国闘技大会第5位の栄誉と賞金、そして副賞として"聖餐のテーブル掛け"を与える!』


 拡声器から聞こえてくるのは国王陛下の堂々とした声である。

 表彰式はあれからすぐに始まり、ルルたちは運営職員に言われるがまま、闘技場ステージに進み、国王陛下や闘技大会を開くに当たって協賛をした人々のスピーチを聞いて、表彰されるのを待った。

 そして、今それが始まり、五位のヤコウから表彰されているところだった。


 闘技場ステージは、昨日までの無骨で装飾の少ない、ただ戦うためだけに設けられたような印象をぬぐい去るように煌びやかに装飾されており、目に見ているだけでも楽しい。

 人も、基本的には対戦者二人だけしか現れることのなかったステージ上に、今日は国王陛下を始め、その補助をする文官、護衛の近衛騎士、スピーチをするためのお偉いさんなど、たくさんの人が立っている。


 この大会最大の立役者、と言うべきルルたちはその中でももっとも目立つ位置に立たせられ、観客たちの視線を集める役目を担わされていた。

 ずっと立っているのは疲れるので、正直なところを言えば他の人々のように、イスに腰掛けたかったのだが、毎年の伝統であると言われ、まぁ仕方ないかと全員が立ち続けることを受け入れた。

 あれだけの激戦を披露した受賞者たち五人であるが、ひたすらに魔術や武術を繰り出し続けるよりも、ただ突っ立っているだけの方がよっぽど疲労が溜まることをこのとき改めて理解する。

 体は疲れないが、精神的に怠くなってくるのだ。

 しかし、それを表情に出すわけにも行かず、できるだけ凛々しい顔をしたり、声援が飛んできたら軽く手をふったり、また協賛者がスピーチの中にルルたちの戦いの様子や、ちょっとした冗談を挟み込んで話を振ったりしたときなどは、如才なく応えて乗り切っていく。


 ルルは魔王であったからそのような表面だけなぞるようなやりとりを得意としていたが、イリスも比較的愛想良く、またキキョウやヤコウも直前まで食い物争いをしていたようには見えない様子で立派に応答しているものだから、普段の様子を知っている身としては少し笑えた。


 グランは元の性格からすればそういうやりとりを好むタイプではないというのは明らかだが、結構な年だし、氏族クランの長という地位にもついて短くない。

 そういうやりとりの必要性も、また経験も十分に積んでいるらしく、彼もまた立派な大人に見えた。


 冒険者は野蛮、と言われがちでそれは大体において事実なのだが、今日のこの五人の様子にその印象を変えられる者もいるかもしれない。

 そしてまかり間違って冒険者になってしまい、後悔するような者もいるかもしれないが、それは別にルルたちの責任ではないだろう。


 そんなことを考えているうちに、表彰され、魔石製のトロフィーと一緒に耐魔のアミュレットを貰って壇上から降りてきたイリスが隣に戻ってきたのをルルは確認する。

 いつの間にか、イリスの表彰まで終わっていたらしい。


 次は自分か……とルルが思っていると案の定その名前が呼ばれる。


『……ルル選手、壇上へ!』


 言われて、ルルはゆっくりと壇上に上がる。

 その姿は、初級冒険者、というよりも、何か気づいたら強く目を引かれてしまう不思議な生き物のように感じられた、とはこの日、闘技場に来た観客たちが後に語り継ぐところだ。


 ルルの進む姿には一切の緊張も気負いも感じられず、堂々としていて、国王と並んでもその存在感は少しも霞むところは見られない。

 国王グリフィズ・ラント・レナードは、これでかなり人気のある国王で、それは彼自身の強いカリスマ性と、現実的に有する政治手腕によるものである。

 ただそこにいるだけでひれ伏さずにはいられないような、天より選ばれた者にしか与えられない生まれつきの王者の風格を彼は持っているのだ。

 けれど、そんな国王と並んでもルルは、少しも見劣りしないのだ。

 未だ、14の少年に過ぎないはずなのに、放つ雰囲気はまさに、王であるとしか言えないものだった。

 遠く離れた観客たちにもそれが伝わったくらいなのだ。

 目の前の国王に、ルルのそれが伝わらないはずはなかったのだが、しかし、国王はやはり王者だった。

 周りの者たちが皆、言葉に出来ない何かを感じて、自分でも気づかないうちに冷や汗を流し、また足を一歩後ろに引こうとしている中で、国王はまっすぐにルルを見つめて、拡声器を切ってからルルに呟く。


「……本当に面白い奴よな。ルル。そなたとは後にゆっくりと話してみたい。我が腹心たる騎士、ロメオか、アイアスより連絡をつけさせるゆえ、そのときは腹を割って話そうぞ」


 わざと、と言うほどではないが、あまり卑屈にならないように普段押さえている気迫を僅かに漏らしながらここまで上ったルルである。

 殺気や害意は感じさせないようにしているため、周りに騎士たちも特にルルに飛びかかる様子はない。

 しかしその目には、警戒の光も感じられる。

 実際にルルがやっているかどうかについては、確証がないのだろう。

 ルルもそういう風に自らの気迫を操っているので当然だ。

 それに気迫だけで切りかかるわけにもいかない。

 何せ、殺気も害意もないのだ。

 国王が直接攻撃を命じたらそれも枷にはならないが当の国王が堂々とルルに話しかけているのだ。

 静観するしかない。

 しかし、彼らの勘からすれば、おそらく14の少年が、何か得体の知れない気迫を放って国王の近くにいることになる。

 彼らにとって、この時間は生きた気がしなかったことだろう。

 普通はそうなるし、そうならないのはよほど肝の据わった人物くらいだ。

 実際、魔王時代、これだけで動けなくなった人族ヒューマンは数え上げるときりがない。

 しかし目の前の国王のように、これほどに動じずに、また声も震えずに言葉を紡げる人間は数少なかった。

 ルルは、目の前の人物について評価をあげ、言葉を紡ぐ。


「……国王陛下。大変失礼なことを致しました。申し訳なく存じます。……お招きについてですが、謹んでお受けさせていただきます」


 そう言って、ルルは気迫を引っ込めた。

 すると国王は笑って、


「まさか儂を試したか……? こんな場で、大胆な奴よ……しかし、面白い。では、そろそろ表彰に移るが、良いか?」


 やはり動じずにそう言ったが、ルルは首を振る。


「いえ、陛下。少々お待ちを。それに私はそんな不遜なことは致しません。そうではなく……」


 実のところ、ただ自分の緊張を払うためだけにやったのではなかった。

 ルルは、先ほどから感じていた。

 闘技場内に渦巻く、何かおかしな雰囲気を。

 魔力が妙な流れ方をしているのだ。

 それは非常に微弱で、すぐにそれとわかるものではなかった。

 それに、たとえそうだとしても、もしかしたら何かのサプライズを運営側が容易しているだけかもしれない、とも思っていた。

 けれど、ここまで来て、それは確信に変わった。

 ルルにとっては自明と言ってもいい、明らかな異変の発生が関知されたからだ。

 壇上から、下にいるイリスを見れば、彼女も気づいたようで、ルルを見つめて頷く。


「陛下……もしかしたら、これからこの場所は危険になるかもしれません。どうか、お下がりを」


 ルルの突然の言葉に国王は首を傾げる。


「……何を言っておる?」


 そして、その言葉が放たれるとほとんど同時に、ルルの台詞の意味は明らかになった。


 渦巻く魔力はそれを隠すことを放棄したらしく、魔術師であれば誰にでも理解できるような大規模な集積を始めたからだ。

 それを察知した近衛騎士二人が国王に近づき、そして守るようにあたりを見回した。

 ロメオがルルの方を一瞬見て、言う。


「……ルル殿! これは貴殿の仕業か!?」


 本気でそう思っているわけではなく、ただの確認だと言うことはその雰囲気から察せられた。

 だからルルは言う。


「いいえ! 私ではありません! これはおそらく……」


 あの聖女の仕業だろう。

 と、言いたいところだが、そんなことを彼らに言っても信じてもらえるかどうかはわからないと思ったルルは、特にその先を言わずに黙った。

 ロメオは不自然に言葉尻を切ったルルをしばらく見つめていたが、それどころではないと察したのか、魔力の集中している場所を見上げ、そして言った。


「……では、この異変の解決に協力してもらえるか!?」


「当然です!」


 そして、混乱の中、それは姿を現した。


 ◇◆◇◆◇


 馬車の中で、一人の女性が苦しげにうめいていた。

 額には汗が、瞳は充血し、髪は逆立っていて鬼気迫る様子だ。

 そしてその手には何か複雑な紋様の描かれた巻物スクロールが二束把持されていて、ぼんやりとした光を脈動するように放っている。


 この女性の姿を見て、一目で誰なのか看破できるものはおそらくはいないだろう。

 それくらいに、今の彼女は乱れているから。


 しかし馬車と、その意匠を見れば誰なのかはっきりと理解できるはずだ。


 全体的に真っ白に塗られた、神秘的な雰囲気を感じさせる独特なその馬車に乗っているのは、聖神教の聖女であると、誰でも知っているのだから。


 馬車は、現在遙か西に向かって進んでおり、その行き先は彼女の本拠地であるアルカ聖国であることは火を見るより明らかだ。

 そんな彼女が、なぜここまで苦しんでいるのか。

 それは彼女が持っている巻物に理由がある。


 それをわかっていて彼女が巻物を手放さないのは、聖女にとってその巻物によって行使される術が正しく必要なものであるからに他ならない。


 自分の力がその巻物に十分に浸透したことを確認して、彼女は充血した瞳と醜く歪んだ表情をさらに醜悪なものに塗り込めて、悪魔のように笑って呪文を唱えだした。


「ふ、ふふ……『見えざる道よ、異なる場所を繋ぎ、此方と彼方を隣り合わせたまえ……遠距離転移レモート・メタースタジィ』……げ、げほっ……」


 その声はひどく枯れていて、闘技大会において美しく響かせたものとははっきりと異なる。

 それでもあえて酷似した点を探すとするならば、どちらにも満足げな感情が透けて見えるところだろうか。

 そう、彼女は今、満足していた。


 闘技大会における、最大の望みが今、叶おうとしていることに。

 そして、ついでにとかけてきた罠が、正確に稼働しようとしていることに。


 聖女の声にしたがって明滅した巻物は、それと同時に青い炎を放って燃え、消えていく。

 術は発動した。

 もはや、聖女にすら止めることは出来ない。


「……これで……」


 そう言いながら、聖女は目に宿る血の色を薄め、また髪の逆立ちも徐々に収まっていき、いつも通りの様子に戻っていく。

 そしてそのまま、力つきるようにイスに横になった。

 前の席に眠る、供の神官たるノンノと同じように、意識を完全に手放して。


 馬車はひたすらに進む。

 すでにレナードは出国しており、もはや彼女を止めるものは何もない。

 あとは一直線にアルカ聖国に戻るだけであり、それはレナード王国にとっては、彼女に対する手出しが出来るときが既に逸したことを意味した。

 そもそも、何の痕跡も残しておらず、国際的に聖女及びアルカ聖国を非難することは、難しいと言わざるを得ない。

 それに、レナード王国はもはやそんなことを言っていられる状態ではなくなる。

 そういう確信が、聖女にはあった。

 だからこそ、意識を手放したのだ。


 滅多に使わない術をこの段になって行使したのは、そのための一手を打つため。

 これによって自分の勝利は決まったと思いながら、聖女は安心の中、眠ったのだった。


 ◇◆◇◆◇


「……なぜこんなところにあんなものがいる!? 一体どこから現れた……!? いや……転移魔術か!? 馬鹿な!?」


 ロメオが騎士剣を構えつつ上空を見ながら叫ぶようにそう言った。

 その気持ちはルルにも理解できる。

 そこにいる存在は、そう簡単にお目にかかれるものではなく、またどうしてこんな場所にいるのか全く理解が出来ないものだったからだ。


 ばさばさと皮膜状の翼で大量の空気をたたきながら浮かんでいるその姿は、まさに圧巻であった。

 古代魔族のいなくなったこの世界で、種族として最強の名をほしいままにしている存在。

 通常のそれとは明らかに一線を画する存在がそこにはいた。


「……古代竜エンシェント・ドラゴン……」


 ルルがそう呟く。

 漆黒の絶望との戦いが始まろうとしていた。

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