第122話 依頼受注と式次第
冒険者組合はやはり今日も閑散としていて人が少ない。
今日までが闘技大会なのだからさもあらんという感じだ。
中に入って、すぐに暇そうにしている冒険者組合受付嬢のアリンが目に入るが、やさぐれた雰囲気に一瞬近寄るのを躊躇する。
人が来ずに依頼が片づかないでイライラしているのだろう。
その気持ちは理解できる。
けれど、ルルの顔が目に入るとそういった雰囲気は若干和らいで、
「あ、ルルさんじゃないですか! イリスさんも!」
と声をかけられた。
今日はウヴェズドの依頼を受けにきたので後込みする必要もなく、二人そろってアリンに近づく。
「……やっぱり今日も暇そうだな」
触れずに済ますのが一番穏便なのかもしれないが、ルルはあえてそう言うことにした。
するとアリンは、がっくりとした表情で残念そうに言うのだ。
「そうなんですよー……闘技大会期間中はやっぱりこんなものです……でも! 明日からはきっと忙しくなります。だから私がんばろうと思ってますよ」
徐々に元気を取り戻してきたアリンの瞳には炎が燃えているようだった。
なぜかそんなアリンを他の受付嬢たちはなま暖かい目で見ていたが、理由はわからなかった。
それから、イリスが本題を切り出す。
「アリンさん。今日、私たちはウヴェズドさんからの依頼を受注しに来たのですが、既に依頼は出されていますか?」
ウヴェズドは昨日、帰りしなに依頼を出していく、とは言っていたが基本的には酔っ払いの言葉である。
忘れてそのまま家に帰ったという可能性もあり、だとすればきっと混み合うだろう明日にここに来なければならないことも考えておくべきだった。
けれど、ウヴェズドはさすが、というべきか、しっかりと依頼を出しおいてくれたようだ。
アリンはイリスの言葉に頷く。
「あ、はい。確かにウヴェズド様から昨日、お二人に対して指名依頼が出されています。少々お待ちください……」
アリンはそう言って少し奥の方に進んでいった。
おそらくだが手元に依頼票がないのだろう。
通常の依頼だったら壁に貼られている依頼をとって持ってくるだけだが、指名依頼となると掲示板にはっておくわけにもいかないからどこかに保管しているというわけだ。
待っている間、暇なのでさきほどアリンになま暖かい目を向けていた受付嬢にその視線の理由を聞いてみる。
アリンの隣の受付に座っていたのは、今日は茶色の長いストレートの髪を持っている人族の女性で、アリンよりは十ほど上に見える人だった。
ルルの質問に彼女は微笑んで答える。
「さっきどうしてアリンを見てたかって? それは、あの娘が明日からの地獄を知らないからよ……」
「……地獄?」
ルルとイリスがそう言って首を傾げると女性は説明してくれた。
「確かに闘技大会中は暇で暇でしょうがないから仕事のやりようもなくてストレスが溜まるんだけど……見ようによってはちょっとした休養期間なのよね。三十分とか一時間に一件くらいしか冒険者の人たちはやってこないし、だらだら過ごせて楽なのよ。けれど、それが明けて明日になると……これはもう地獄なのよね。大量の冒険者がやってきて次から次へと依頼を受けて……他の地域からやってきてる冒険者もいっぱいいるし、自分の本拠地に帰るついでに護衛依頼とか受けていく人たちも多いから余計に人が多くなって。それに当然だけど依頼者も多いからね。まぁ、例年だったら王都を出てどこかの街に行くための護衛依頼をする人たちは事前に出しておいてくれるんだけど、今年はほら、闘技大会が延期したでしょう? その関係もあって、たぶん明日はひどいことになりそうな予感がするのよね……」
その説明で二人は理解する。
そして申し訳なくも思った。
闘技大会を中断させ、延期させたのはルルが結界の強度をあまり気にしなかった部分が大きい。
イリスも最後にはそれに加わったが、延期させたわけではないので本来なら気に病む必要はないのだが、それは相手や戦い方がたまたま結界の破壊に結びつかなかっただけで、場合によっては同じことをしていた可能性が高いと理解できたために、そういうことを考えなかったことに申し訳なさを感じたというわけである。
二人の心の内など知らず、受付嬢は続ける。
「アリンは今年から入った新人職員だからね……まだ知らないのよ。本当なら私たちが教えるべきなんだろうけど、張り切ってるから……。明日をわくわくしながら待っているみたいだし、水を差すのもどうかと思ってとりあえず放っておいているってわけ。ま、冒険者組合職員の一年目のこの時期って言うのはたいていがそんな感じだからね。きっと明日から一週間くらい立てば、あの娘も悟って放心状態になってるでしょうね。ある意味、楽しみっちゃ楽しみよ……あ、ご依頼ですかー?」
ふふ、と笑ったところで、その受付嬢のところに珍しくも依頼者がやってきたらしく、話を切り上げる。
声が高く接客用となっているのは、依頼者と冒険者では少し扱いが違うと言うところだろうか。
冒険者はどちらかと言えば身内に近いのだろう。
話を聞いた後、ルルはイリスに言う。
「……ずいぶん大きな被害が俺のせいで発生してしまったみたいだな」
「そのようですわ……私も一歩間違えればさらに大きな被害を及ぼしていた可能性も……もし次にこのような機会があれば、気をつけることにいたしましょう……」
ぼそぼそと二人でそんな話をする。
来年も闘技大会はあるだろう。
毎年開かれていたのだから、それは間違いない。
二人がそれに参加するかどうかはわからないが、もし参加するようなことがあれば結界などについては気をつけなければならないと心を改めたのだった。
そんなことを話していると、
「……お待たせしましたー……って、どうかしましたか?」
アリンが戻ってきて首を傾げる。
ルルとイリスは、明日アリンが投げ込まれるであろう地獄のことが頭によぎったが、特にそのことについては触れずに言った。
「いや、特に何も。それより手続きを頼む」
「……? はい。わかりましたー」
アリンは不思議そうな顔をしていたが、気にしないことに決めたようだ。
ウヴェズドから出された依頼の概要を説明をしてくれる。
「ええと……ウヴェズドさんからの依頼は、ルルさんとイリスさん、二人に対して出されています。内容は、ログスエラ山脈の異変の調査と、こちら別途にお渡しするリストに書かれた素材の出来る限りの回収です。後者につきましては余裕がないようであれば回収しなくてもいいし、量についてはお二人に任せるとのことです。それくらいついでの仕事ということですね。なお、期限については一週間から二週間とのことですが、もし早急に手を打つ必要があると判断した場合には調査が途中でも構わないので、連絡を優先するようにとのことです。よろしいでしょうか?」
概ね、昨日ウヴェズドに聞いた内容と同じである。
問題ないことを確認してルルとイリスは二枚ある依頼票にサインし、一枚を受けとって依頼を受注することにした。
それから冒険者組合を出るときに、イリスがアリンに振り返って、同情的な瞳を向けて言った。
「……アリンさん、明日はがんばってください。お骨は拾わせていただきますので……」
アリンはその言葉に首を傾げていたが、とりあえず応援されていると判断したらしい。
普段は垂れている兎系獣族特有の長い耳をぴんと立たせて元気さをアピールするように言った。
「はい! がんばりますよっ!」
その言葉が、彼女の最後の言葉になろうとは……などということにはならないだろうが、どことなくその姿は薄い光に包まれているようにぼやけている。
それが、彼女の明日の運命を表しているようで、そもそもの原因であるルルは居たたまれずにその場をさっさと逃げ去ることにしたのだった。
◇◆◇◆◇
夕方の闘技場は茜色に照らされてどこか幻想的な印象を感じさせる。
ひしめき合っている観客たちの数は今までのどの日よりも多かったのは意外に感じた。
優勝者はすでに決まっているのだし、戦いを見た方が楽しいだろうに、表彰式・閉会式を見に来る人がどれくらいいるだろうとどこかで思っていたからだ。
しかしその考えはどうやら間違っていたらしい。
そんなことを口にしたルルに、いつの間にか近くに来ていたグランが後ろからルルの肩を叩いて言った。
「それはな、優勝者が表彰される瞬間ってのが一番盛り上がるもんだからだよ。なんつーかな……時代が変わる予感って言うかな、そういうものがするもんだぜ。……まぁ、毎年やってることだから、ただの気のせいなんだがよ」
ただ、今年は違うかもな、と笑ってグランは通り過ぎていく。
彼もまた、表彰される側なので向かうのは観客席ではなく、闘技場ステージの方へ向かう道だ。
ルルもイリスも彼を追いかけるように進む。
だんだんと観客たちの気配もまばらになっていき、一般客が入ってこれない区画に入っていく。
こつん、こつんと歩く音だけが響くその場所。
そして、闘技場ステージまで続く廊下にたどり着くと、そこにはキキョウとヤコウが立って待っていた。
どうやらキキョウが朝言っていた用事というのはヤコウと会うことだったらしいとわかる。
会ったついでにここまで来たのだろう。
「みんなこっちですよー!」
と手を振るキキョウを見つめるヤコウの表情はどこか手の掛かる妹を見るような視線で、確かに二人は知人というか、身内同士なのだなと理解できた。
これで、闘技大会の今回の入賞者五人が揃ったことになる。
ルル、イリス、キキョウ、グラン、ヤコウ。
順位はついたが、場合によっては誰が優勝していてもおかしくはなかったと思われるその面子。
しかし、そのようには見えない和やかな雰囲気がそこにはあった。
そのまま、ルルとイリスがステージに向かおうとするとキキョウに止められる。
「ちょっと待ったー!」
どうしたのかと首を傾げると、キキョウの横にいたヤコウが説明した。
「あんたたちが来る前に大会運営の職員が来てな。しばらくここで待ってろって話をされんだよ」
式次第があるということなのだろう。
しばらく待ってれば他の職員が呼びに来るらしく、それまで待機してろという話らしい。
「そうなんですよ。だからずっと待ってるんですけどぜんぜん来なくて! 暇でした!」
キキョウがそう言うと、ヤコウが、
「その間、ずっと俺に五位の賞品を寄越せって言い続けるのもどうかと思うがな。絶対にやらないぜ? 俺だって食事は大事なんだからな!」
と言った。
そう言えば、ヤコウが五位なのだから、もともとキキョウが欲していた聖餐のテーブル掛けはヤコウに賞品として与えられることになるのは確定している。
どうにかしてぶんどってやろうという気持ちだったのだろう。
しかしヤコウもそこそこ食意地が張っているらしく、渡したくないようだ。
キキョウはヤコウの言葉にむきー! などといいながら、腰に下げた無限の水袋を手にとってふたを開けてごくごく飲み始めた。
ヤコウは首を傾げて、
「……それ、なんだ?」
と尋ねるも、キキョウは答えない。
それどころか、どれだけ飲むんだと聞きたくなるくらいごくごく飲んでいる。
そしてしばらくして、ヤコウはその水袋の中身が全くなくなっていないことに気づくと驚いたように目を見開いて言った。
「お、おい! なんだそれ! 中身なくならないのか!?」
言われてキキョウはやっと水袋から口を離して拭い、ヤコウに言った。
「ふっ……これこそが、魔力尽きぬ限り永遠の潤いを私に約束する超高位
魔法具"無限の水袋"です! さる高名な魔法具職人の作りしこの品……すばらしいとは思いませんか!?」
それは完全に当てつけのように見えた。
うらやましいだろう、でもやらん! というわけだ。
話の内容も、まぁ、大きく間違ってはいない。
ルルは闘技大会の優勝で高名だし、魔法具職人でもある。
魔法具職人としては高名ではないので微妙な言い回しだが、間違いではない。
しかしたかが水袋程度でうらやましがる奴もいないだろう、と思ってみていたら、ヤコウは結構悔しそうな表情で言うのだ。
「く……べ、別にうらやましくなんて無いぞ! 俺には、聖餐のテーブル掛けがこれから与えられるんだからな! いつでも好きなところで三食食べられるのが確約されているんだ! そんな水袋よりもずっといいんだからなー!」
それは子供の喧嘩だった。
東方の者というのは皆、食意地が張っているのだろうか。
そんなことを言っているうちに運営が呼びに来る。
二人の様子を見て微妙な表情を一瞬浮かべたのをルルたち三人は見逃さなかったが、そこは黙って式次第の説明を受けたのだった。