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第121話 贈り物

 真夜中の闘技場は静かだ。

 人の気配は少なく、せいぜいがまばらに夜勤の警備を担当する騎士たちが歩き回っているくらいで、一般人は一人もいない。

 この時間帯の闘技場に近づく者もほとんどおらず、一般人たちは皆、街で酒を飲みに繰り出している。

 警備の騎士たちも出来ることならそうしたかったのだが、運悪く、くじ引きの結果、今日の闘技場警備の担当を引いてしまった者たちなのでどうしようもない。

 しかし、それでも仕事は仕事だ。

 いくら街に行きたくてうずうずしていても、一端の騎士として、拝命した仕事は真剣にやらなければならぬと背筋を伸ばして闘技場に目を光らせていた。

 ちなみに、彼らが闘技場をこんな風に警備する理由であるが、真夜中の人の少ない時間帯に危険物などを設置されては問題であるためである。

 普段であればともかく、国内外の要人が集う闘技大会開催中は、特に厳重な警備が要請されるため、いつもより三倍近い騎士が投入されているくらいだ。


 そんな闘技場入り口に、二人の騎士が立って、近づく者がいないか警戒をしながら雑談をしていると、こつこつと足音がしたので身構える。


「……誰か、来たか?」


 騎士のうち、大柄な壮年の男がそう言って前を向きながら腰のものに手を近づける。

 その反対側に立つ、まだ経験が浅そうな若者騎士はその声を聞きながら、視線は前方から逸らさずに答えた。


「そうみたいですね……足音から察するに、特に急いでいるわけでもなさそうで……不審な様子はありませんが」


 そんな会話をしていると、とうとうその人物の全体像が明らかになる。

 闘技場入り口に設置されている魔力照明灯マジック・ライトが、その人物を照らすやいなや、二人の騎士の警戒はゆっくりと解かれた。


「このような時間まで、お疲れさまです……」


 そう気遣う雰囲気のする台詞を言いながら近づいてきたのは、言わずと知れた今大会の功労者にして最大の被害者、古族エルフの青年であった。

 夜の暗闇をわずかに照らす魔力照明灯マジック・ライトの下ですらはっきりとわかる深い隈と疲れを如実に表している表情に、騎士二人は同情しつつも、自分たちの任務を思い出しつつ、一応尋ねる。


「いえ、それはこちらの台詞です。……今は真夜中ですが……何か闘技場にご用が?」


 壮年騎士の言葉に、古族エルフの青年は答える。


「ええ……絶対障壁発生装置で気になるところがありまして」


 言われて、壮年騎士は古族エルフの絶対障壁を作り出す魔法具が、ルル対イリスのあの激戦において完膚無きにまで破壊されてしまった、という話を聞いたことを思い出す。

 そして壊れてしまったという話が事実だとすると、気になるも何もないのではないか、と一瞬思ったが、古族エルフの青年はそんな壮年騎士の心の内を理解したらしく、微笑みながら言った。


「別に修理しようって言うわけじゃないんですよ。あそこまで壊れたら本国に行って部品をそろえなければどうにもなりませんし、いっそ一から作り直した方が早いくらいですから……」


 その言葉に、若者騎士の方も首を傾げて尋ねた。


「では、どうして……?」


「どんな道具でもそうでしょうが、壊れ方を知る、というのは壊れにくく、品質の高いものを作るためには本当に重要なことでして……今、我々闘技大会のためにやってきた古族エルフは、装置のどのあたりに問題があって壊れたのかを調査し、その改善方法について研究している最中なのです。装置の一台は王城の我々に与えられた区画に持って行って調べているところですが、こちらに置いてあるものと違いがないか、ふと気になりましてね……こうして足を運んだ次第です」


 その理由には騎士二人も納得し、頷いた。

 それに古族エルフの青年が最後につけたした言葉にはつい笑いを誘われたくらいだ。


「正直なところ、このまま本国に帰ると上が怖くて……下っ端ですからね。言い訳の材料くらい用意しておきたいというのが本音ですよ」


 その気持ちは、まさに騎士として下っ端の方に当たる二人の騎士にもよくわかるもので、特に怪しいことはなかったので古族エルフの青年を通し、警備を続けたのだった。


 ◇◆◇◆◇


 花火の音が聞こえる。

 今日が閉会式だからだ、とルルは目を開いて体を起こした直後に思った。

 昨日は夜中まで酒場にいたが、さすがに今日のことがあるので朝までというわけには行かず、少しは眠ろうと家に帰ってきた。

 中には今の今まで飲んでいる者もいるだろう。

 閉会式自体は夜会にそのままなだれ込むために遅めの時間に設定されているのでそれでも問題はないと言うのもある。

 ルルの場合は大事をとっただけだ。

 古代魔族の体だったらここまで気にしなかったのだが、人族ヒューマンの肉体は思いの外、弱くできている。

 昔の感覚であまり酷使すると突然倒れかねない危険性もあるので健康には気遣っていた。

 そんなルルを、じじくさいとか若さが足りないとかいう者もいるが、これはもう仕方ないだろう。

 ちなみにそんなことを言うのは、幼なじみやこの街で知り合った同年代の冒険者たちである。

 確かに彼らは精神も肉体も若いので、そう言われると自分は若くないさという気分になってくるのは事実なのだが……。


 起きあがっていつも通り居間に行けば、料理が用意してあって、ルル、イリス、キキョウの三人で食べる。

 足下ではフウカも美味しそうにご飯を食べていて、なんだか和んだ。

 ここにラスティやガヤたちがここに加わることもしばしばだが、今頃彼らはまだ酒場にいるのだろう。

 そのままテーブルで昼頃まで眠って、日が暮れてきたころに活動しだし、閉会式へ向かうという感じだと思われた。

 だらしない気はするが、今日くらいは別にいいのかもしれない。


 酒場で働いていたキキョウであるが、昨日、彼女もルルたちと同じくらいの時間帯に帰ってきていた。

 そもそも、三位に入賞している彼女が給仕をしていること自体、よくよく考えてみれば奇妙なのだが、彼女は自分自身で、


「私のことよりも、お二人を祝わねば! それにお店も忙しいでしょうから、勤労少女である私は働くんですっ!」


 などと言って強引に給仕として働き始めた経緯があった。

 様々なテーブルを渡り歩きながら、その度に彼女も「三位入賞おめでとう!」とか「最後の試合で消耗しなければあんたが優勝してたかもな!」とか言われて祝われていたので、良かったのかも知れないが。

 祝賀会も中盤に入りかけた頃にはルルとイリスの優勝、準優勝なんてものは酒を飲むための口実と化していた感じもあったくらいなのだし。


「とうとう今日は賞品がもらえるんですねっ!」


 キキョウがそんなことを言いながら皿の上に乗っている料理をばくばくと片づけ、おかわりと言いながらイリスに皿を渡した。

 イリスはそんなキキョウの様子に苦笑しながら、いつも通りと皿に新たに盛りつけてキキョウに手渡す。


「三位は万能薬パナケイアだからな……これでクレールも治る」


 ルルのつぶやきにイリスが頷く。


「本当に良かったですわ……三位になったのはキキョウさんなので、キキョウさんは実質的には賞品なし、ということになってしまいますから……何かお礼をしたいくらいです。……準優勝の賞品を差し上げる、というのはどうでしょう?」


 特に賞品などに興味のないらしいイリスがそう言うと、キキョウは少し悩んでから言った。


「私がほしいのは! 五位の聖餐のテーブル掛けのみ! なので準優勝の賞品は特に……でも、そういえば優勝と準優勝の賞品って具体的になんでしたっけ?」


 そう首を傾げて尋ねられてみると、ルルは答えに窮する。

 国王陛下に話を聞いていただける、と賞金がある程度、ということばかり考えていて、具体的に何がもらえるのかは聞いていなかった。

 しかし、イリスは違ったようだ。


「優勝の賞品は高位の魔法剣のようですよ。準優勝は耐魔のアミュレットだったと……」


 どちらも、ルルとイリスにとってはあまり有用そうな品ではない。

 魔法剣は自作できるし、耐魔のアミュレットなどもらっても、イリスは素の状態でほとんどの魔術的現象を耐えることが出来る。

 多少耐性が上昇したところで微々たるものだろう。

 イリスの言葉を聞いて、キキョウは言う。


「やっぱり私には必要ないですねー……剣とか使わないし、耐魔……うん。意味がないので……」


 どういう理由で意味がないのか、尋ねてみたいところだが、手の内を晒したくはないだろう、と考えてルルもイリスもそこにはつっこまなかった。

 剣を使わないのは、闘技大会で見せた戦い方からして明らかだから、理解できる。

 結局、ルルにもイリスにもキキョウに渡せるものがないということになるが、キキョウは別に気にしていないらしい。


「いいですよー。お二人だって、クレールさんから何かもらおうとか思っていないでしょう? 私も同じです……とは言え、聖餐のテーブル掛け、ほしかったなぁ……」


 前半は非常に立派で、ルルとイリスも感心したのだが、後半が食い気以外の何物でもなくて感動が半減する。

 まぁ、ちょっとした冗談とかのたぐいなのだろうとは思うが。

 そう考えて話はここで終わらせようかと思ったところ、ルルはキキョウに渡せそうなものの心当たりがあることに気づき、言った。


「……聖餐のテーブル掛けは無理だが……キキョウ、ちょっと待っててくれ」


 そう言ってルルは自分の部屋に上がっていく。

 それから、いろいろな魔法具をつっこんで物置のような様相を呈しているあたりを漁って、その中から皮の水袋を取り出して居間に戻った。

 それから、キキョウに渡す。


「ほれ。これなんかどうだ?」


 と言いながら。

 水袋を手渡されたキキョウは首を傾げ、


「……ただの水袋じゃないんですかー?」


 と矯めつ眇めつしていたが、ふたをあけて中に入っている液体のにおいを嗅ぐと、


「……むむっ!?」


 と言って口をつけてごくごく飲み始めた。

 それから、


「これは、いいリンゴジュースです!」


 と言って微笑み、しかし改めて首を傾げて、


「……あれ、飲んだのに減って無くないですか?」


 と聞いたのでルルは答えた。


「そいつは、聖餐のテーブル掛けと似てる効果を持っている魔法具だ。"無限の水袋"っていう道具でな……」


 その効果は、所有者の魔力がある限り、水がいくらでも出てくる。

 また、水だけでなく、いくつかの飲み物……たとえばリンゴジュースであるとか、お茶であるとか……が、水袋の横に縫いつけられている魔石に触れると出てくる、というものだった。

 魔力の供給は本人がしても、また魔石などによって補うでもかまわない。

 事実上、水に困らなくなる有用な魔法具で、仕組みもそれほど難しくないため、かつての魔族はみんな持っていたものだ。

 ただ、大量に作られていた割にはそれほど耐久性が高くなかったのか、現代に残っているのは未だ見たことがない。

 ルルがキキョウに渡したものは、少し工夫を加えて、もっと耐久性の高い素材に変えたものである。

 したがって、そう簡単には壊れないと思われる。


 そんなような説明をキキョウにしたところ、彼女は非常に喜んで、


「あ、ありがとうございますぅ! なんてすばらしい水袋……これさえあれば、旅の途中でのどがからからになることもないんですね……!」


 などと言いながら水袋を掲げた。

 初めてあったとき、水袋を彼女は持っていたが、空っぽだったのをさきほど思い出して、こんなものも作っていたなと引き出してきたのだ。

 これほどまでに喜んでもらえるなら、魔法具職人冥利に尽きるなとうれしく思った。


 そうして食事も食べ終わり、キキョウに十分なお礼も出来たところで、これから閉会式までどうするかが問題となった。

 キキョウは何か用事があるらしく、


「私、ちょっと出てきます! あ、閉会式にはちゃんと出ますので!」


 と言って慌ただしく飛び出して言ったので、何も予定がないのはルルとイリスだけなのだが。

 ちなみにキキョウの腰には早速貰った水袋が垂れ下がっていて、気に入ってくれたらしいことがわかった。


「……俺たちはどうする?」


 ルルがそう尋ねると、イリスは、


「ちょうどいいですし、冒険者組合ギルドに参りませんか。ウヴェズドさんが帰ったらすぐ依頼を出してくれるとおっしゃっておられましたし、閉会式が終わって混み合う前に受けるだけうけておいた方が……」


 ウヴェズドはあの後、ルルたちよりも早く帰った。

 その理由は、自分は年だから、などと語っていたが冗談だろう。

 ルルたちに対する依頼については、すでに依頼票を作っていたらしく、帰りしなに提出しておくから好きなときにうけてくれとのことだった。


 閉会式が終わると、冒険者組合ギルドは非常に混み合うと聞いているところ、イリスの言うことはもっともだと思ったルルは、二人で冒険者組合ギルドに向かうことにした。

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