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第110話 魔術師たちの悪夢

「すぐに、とは申し上げませんが……きっと、遠からず。だから私はここで、お義兄にいさまに知っておいて頂きたいのです。私はお義兄にいさまのお役に立てると言うことを……」


 ルルはイリスの言葉に首を傾げる。


「……なぜそんな話になるんだ? 何か起こるのだとしても、俺が関わる訳じゃない……どこかで静かに暮らしていけば……」


 当たり障りのない言葉を口から放とうとしたルルに、イリスは首を振って答えた。


「それは、無理です。私には分かります。お義兄にいさまは必ず巻き込まれることでしょう。また、自らそのお首を突っ込んで行かれることと思います」


「……おい」


 あんまりな評価にルルは情けないような気持ちになった。

 けれど、イリスのその考えが間違っているとは言いにくい。

 実際、闘技大会中起こった様々な事柄に、細大漏らさず関わり合ってしまっているのだから、これから先もきっとそうなってしまうだろうということは容易に予測できる。


「正直に申し上げますと、お義兄にいさまは巻き込まれ体質です。周りが放っておきません。この時代に何が起こるのか、私には分からないことですが、それでもきっとお義兄にいさまはその中心に近いところに行ってしまわれる……そう確信しています」


 その断定にルルは首を振りながら、げんなりとしつつ答える。


「出来ることなら、そういう嵐からは出来るだけ身を小さくして遠くに距離を取りたいんだが……」


「そうは言いながらも、目の前に嵐があったらその中心をめがけて走り出してしまう方がお義兄にいさまですから……」


 どうあっても評価を変える気はないらしい。

 仕方なくルルは受け入れ、それから尋ねた。


「……そうだとして、イリスはどうしたいんだ?」


「私は、もしもお義兄にいさまが嵐の中心へ向かおうとするのなら、そのときは私も一緒に参りたいと願っているだけです。かつては、それすらも許されなかった……」


 そう言われて、以前、イリスが言った台詞を思い出し、ルルはぽつりと呟いた。


「……俺に、認められたい、か。そう言う意味だったのか」


 ルルとしては、単純に、実力を認められたい、という意味なのかと思っていたのだが、少しそれは違ったらしい。

 ルルがいずれ何か危ないことに巻き込まれるから、そのときのために、ルルに実力を認められ、堂々と着いていく権利がほしい、とそう言っているのだ。


 ルルからすれば、そんなものくらい、いくらでもやる、と言いたいところだが、それでは満足できないのだろう。

 というか、意味がないのかもしれない。

 イリスをどんなところにでも連れ歩くことは出来るが、もしものことがあればルルは全力でイリスを守るだろう。

 かつての友人の忘れ形見として、また、誰よりも守るべき仲間として。

 しかしイリスは、そういうことを求めているのではない。

 隣に立つべきパートナーであることを求めているのだとルルは思った。


 今は人族ヒューマンの身ではあると言っても、かつて横に並び立てる者無しとまで言われたルルに対して、そんなことを言ってくる者などいなかった。

 現実的に不可能だったというのもあるかもしれないが、それ以上に不遜だと感じる者も多かったのだろう。

 だからこそ、ルルは当時、独身で終わってしまったわけだが、もしもあの頃にこんなことを言ってくれる女性がいれば……。


 と、どうでも良いところまで思考が進みかけたところでルルは首を振った。

 イリスは友人の娘である。

 そんなことを考えるのは、問題だろうと。


 ただ、かつて最も親しかった友人の娘が、あの頃の友と同じように自分の隣に立ってくれたなら。

 それはとても幸福なことではないだろうか、とも思った。


 だからルルは頷いて答える。


「じゃあ、しっかりとイリスの力を見せてもらおうじゃないか……手加減は、しないからな?」


 そしてイリスは微笑んで構えながら頷いた。


「ええ。よろしくお願いします。お義兄にいさま……」


 時間もちょうどいいくらいだ。

 そして、試合開始の声が鳴り響く。


「始めっ!」


 ◇◆◇◆◇


 古族エルフには悪いが、ルルは今回に限ってはそれほど手を抜くつもりは無かった。

 もちろん、ウヴェズドのように殊更に結界の破壊を企んだりするつもりは当然ないが、余波で壊れるようならばそれも仕方がないとすら思っている。

 そうなったときは、ルルが代わりの結界を張ればいいとも。

 その点については、おそらくイリスも似たようなことを考えていることだろう。


 ルルとイリスは試合が始まって直後、ほとんど同時に動き出し、距離を取った。

 厳密に言うなら、ルルの方が先に動くべく努力したのだが、種族的な身体能力差というのものは大きく、試合開始直後に体に魔力を流しても追いつけないくらいにイリスの反応速度は速かった。

 どうやら、単純な反射神経で、ルルがイリスに勝負を挑むのは厳しいようである。

 とは言え、そんなことははじめから分かっていたし、イリスの動きを彼女自身より早く予測すれば問題はないだろうとルルは身体能力の差をそれほど重くは考えていない。

 

 距離をとって直後、二人は魔力を収束して魔術を放つ準備を始めた。

 準備、とは言ってもそれは観客たちから見れば一瞬のことに過ぎなかった。

 瞬きするよりも早く膨大な魔力が二人の元に集まり、またそれぞれの体内から、特に魔術に造詣が深くない者でも視認できるほど深く濃厚な魔力がそこに集まっているのが見える。

 目の前に広がるその光景に驚愕とおそれを感じたのはトップクラスの魔術師たちだった。

 それほど、二人の持っている魔力量は膨大で、かつ、個人がどれだけ努力してもたどり着けないようなところにあるものだったからだ。

 しかも、普通であればこれほどの魔力濃度に達した場合、抵抗力のない一般人はこの場にいることすら危険であるほどだ。

 絶大な魔力に浸食され、魔物になったり、その体の原型を維持できなくするなどの問題が起こる大規模な魔力災害に等しい魔力がこの場に集約されていることに目を見開きながら、魔術師たちはせめてこの場にいる観客たちにその被害が及ばないようにとどうにかシールドを張ろうとした。


 けれど、不思議なことに、誰一人としてそんな問題を訴えるものがいない。

 これだけの魔力である。

 それこそ一瞬で魔力に浸され、異常を来してもおかしくないはずなのに、観客たちは誰もが至って普通に応援を続けられているのだ。

 そのことに気づき、魔術師たちはなおのこと驚く。

 なぜ、そんなことが起こっているのかは分からないが、どうやら害を及ぼすことはないらしいと分かったからだ。

 理由として考えられるのは、古族エルフの絶対障壁くらいだが、なぜか魔力はそれを抜けて伝わってきているのでそれが原因、というわけではないのだろう。

 しかしなぜ……。


 そうは思いながらも、心配が無くなった魔術師たちはすぐに試合に見入ってしまう。

 なぜなら、集約された魔力は一瞬の後、魔術へと形成されてきらびやかな光景を闘技場のステージに作り出したからだ。


 それは幻想的、としか表現の出来ないようなすばらしい見せ物だった。

 これが戦いである、と言われても信じることが出来ない。

 そんな芸術的な光景がその場に作り出されたのだ。


 まず、ルルは、その魔力を使って十数体のこの世ならざる存在を呼び出した。

 シュイとの戦いで見せた、氷霊ネレイデスを始め、向こう側まで透き通った美しい氷の魚、ゆったりと空を泳ぐ巨大な海月クラゲ、深い知性を覗かせる不思議な瞳をした竜宮の駒タツノオトシゴ、巨大なとぐろを巻いている海蛇サーペントなど、海や氷にまつわるありとあらゆる生物がその場に集ったような気がするほど、大量に召還されている。

 しかも、そのどれもが絶大な力をその身に宿しているらしいことがひしひしと伝わってきて、魔術師たちはそんなものを呼び出し、使役し、支配するルルのその力に震え上がる。

 こんなことが、個人で可能なのか。

 いや、たとてこの闘技場に集っている魔術師たち全員の力を集約したとしても、このようなことが出来るとはとてもではないが思えないと。

 彼らは分かっていた。

 ルルの呼び出したそれが、いずれも伝説やおとぎ話のの中で語られるような、人の呼びかけには決して応えないと言われる類の精霊の一柱であることが。

 そして彼らは思う。

 こんなものと戦わなければならない相手の少女に同情を感じる。


 けれど、イリスの方も、彼らの尺度では測ることの出来ない、一種の化け物であることを、彼らはイリスの方へと視線を移したときに理解することになった。

 イリスの方を見たとき、彼らの視線は凍り付いた。


 なぜなら、イリスの周囲にもルルの周りと同じく、絶大な力を持つことがその佇まいだけで理解できる精霊たちが浮かんで、ルルの周りのそれとにらみ合っていたからだ。


 青い羽毛を持った鳥の胴体に、鹿の頭と足がついている空霊、鹿鳥ペリュトン、炎の燃えさかる羽と穏やかな目の光を持つ再生の鳥、不死鳥フェニックス、光り輝く羽と巨大な体躯を持つ空の支配者、光鳥ガルーダなどなど、こちらは空を飛ぶものばかりを呼び集めているらしい。

 数はルルのものより少ないが、しかしそのかわりに一体一体に宿る力が強いものが多いようだ。

 とは言え、ルルにしろ、イリスにしろ、どちらが呼び出した者も観客の魔術師たちにとっては一体でも目の前に現れれば死を覚悟するしかない存在に他ならない。


 それを、あれだけの数呼び出している二人は一体、どれほどの魔力と、どれほどの精神力と、どれほどの魔術的技能を持っているのかと絶望した。


 いずれ世界一の魔術師に、そう考えてきた彼らにとって、ルルとイリスはもはや絶対に越えられぬ高い壁にしか見えなかった。

 そして、目の前で起こる信じられない神業を可能としている二人は、その場にいる魔術師にとって、さらにほとんど神に等しい何者かにしか見えない存在になったのだった。


「本当に腕を上げたな、イリス。七年前はせいぜいが一般兵士クラスに過ぎなかったのに……今なら昔に戻っても、側近くらいになれそうだぞ」


 ルルはイリスの呼び出した存在たちをみて、掛け値なしにそう思って称賛の声を上げる。

 精霊など、本来これほどほいほいと呼べるものではないのだ。

 現代において、一般的には低位精霊一体と契約を結ぶことすら至難の業だと言われ、ユーリが契約しているような中位精霊と契約を結べれば栄達が約束されるような、そんな存在なのである。

 ルルやイリスが呼び出しているような、上位精霊を超えた王位精霊と呼ばれるそれらを一体でも契約し、呼び出せた者は宮廷魔術師長への道一直線と言って良いほどのものだ。


 それをこれほど多く呼び出せるようになっているということが、イリスの努力のほどを語っている。

 かつての時代には王位精霊を呼び出せる者は少なくない数がいたが、それでもこの数を呼び出して、完全に制御してみせる者は多くはなかった。

 それこそ、人族ヒューマンにしろ、魔族にしろ、実力者、と呼ばれるような者でなければ。


 バッカスはあれで魔族の中では特に精霊に愛された者で、イリスはその血を継いでいるが故に、精霊に関しては高い才能を元々持っていたのかもしれないが、それを開花させたのはまず間違いなく彼女自身の努力だろう。


 だからこその手放しの称賛であり、その意味を理解できたイリスは嬉しそうに微笑んで、けれど油断はせずにルルとその精霊たちの動静を身ながら応えた。


「……とても嬉しいですが、これだけでは無理ですわ。同じことがかつての側近の方々全員に出来る、とは思っておりませんが、精霊を使役して戦う、というタイプがあまりおられなかっただけのこと。実際に戦えば、やはり当時の側近の方々には敵いませんでしょう……今は・・、まだ」


 それは、いずれ超えてみせるという宣言であった。

 ルルはその宣言に胸のすくような思いを覚えて、言った。


「ははは……本当に、イリスは言うようになったな。だが、面白い。戦争の時、これくらいの年になってたら、楽しかっただろうな……もちろん、今が楽しくないってことじゃないけどな」


 魔王の側近たちは、時折じゃれて遊ぶようなところがあり、その余波で様々な地形が破壊されたりまた逆に作り出されたことを思い出しながらルルは言う。

 そこに当時のイリスはとてもではないが参加させられなかったが、今のイリスなら投げ込んでも面白そうである。


 と、そう考えて、なんとなく自分の中でイリスの実力を信じ始めていることにルルは気づいた。


「……なるほど」


 イリスがどうしてルルと戦おうとしたのか、実感できたような気がしたルルは微笑んで自らの周囲に浮かべた精霊たちをけしかけた。

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