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第108話 決勝まであと……

「……兄さん、良かったのかな」


 クレールは隣を歩いている自らの兄、オルテスに向かって微妙な表情でそう呟いた。

 オルテスは妹の言葉に首を傾げ、一体なにが"良かったのか"と聞いているのか考えてみるが、色々心当たりが有りすぎて絞りきることが出来ず、仕方なく妹に尋ねることにする。


「何がかな……?」


 そんな兄の言葉に、いつもよりも若干お洒落をして三割り増しで魅力的な雰囲気を辺りに振りまいている金髪の少女は、おずおずとした様子で答える。


「ルルさんたちのことだよ。万能薬パナケイアをもらったこともそうだけど、今日の大会の招待チケットまでもらってしまって……」


 クレールの手にはルルから直接もらった闘技大会のチケットが握られている。

 大会出場者に支給され、誰に配ってもいいと言われているもので、席はその大会出場者が勝ち残れば勝ち残るほど豪華になっていくという特殊なチケットである。

 それはルルがくれたものなので、今大会において大会出場者や特別観戦室にいるような特別な存在をのぞき、一般人としては最も好待遇を約束された売れば金貨数枚になりかねないプラチナチケットであった。

 しかも、ルルが配慮して、本来、大会出場者であるため、大会を見るためにチケットが不要なオルテスまでルルからそのチケットを与えられており、そのお陰でクレールと一緒に観戦が出来ることになっている。

 至れり尽くせりで感謝しても仕切れないとはこのことであり、クレールはその待遇に申し訳なさを感じているらしい。

 母オネットももちろんチケットをもらっているが、今日はオルテスたちと一緒ではなく、自らの友人と観戦すると言って、最も低廉な価格で売り出された区画に向かった。


 闘技場入り口でチケットを大会事務局に手渡し、チェックされながら、オルテスは妹の質問に答える。


「申し訳なさはなくならないけど……でも、良かったんじゃないかな。ルルたちは、なんて言うか……僕たちの尺度で測れるような人たちじゃないんだよ。万能薬パナケイアのことも、このチケットのことも、きっと本当になんとも思ってなくて、感謝する必要はないって本気で言っていたと思うよ」


 昨夜、イリスの実力を見て、オルテスは余計にそう思った。

 彼らはけた違いに強く、そしてそれと同時に、どこか世間離れしていて、良い意味で擦れていない人たちなのだろう、と。

 だから彼らが気にするなと言ったら含むものなど一切無く、本当に額面通りの意味でしかないのだと。

 だから、今回のクレールを巡る様々なことが、良かったのかと聞かれたら、良かったのだとしか答えられない。

 いつか、彼らには何らかの形で恩返しを出来ればそれに越したことはないが、彼らに出来ないことでオルテスたちに可能なこと、というのがそうそうあるとは思えない以上、恩返しは難しいかもしれない。

 普段のつきあいで、小さく返していけたらいいなと思うくらいがせいぜいである。

 そんな話をクレールにすると、彼女も納得したようでその表情から曇りは消えた。

 それから、


「うん……じゃあ、今日はルルさんとイリスさんの試合、楽しんでいいんだよね?」


 と聞いてきた。

 少しだけ不安げな感情が宿っているのを感じられるのは、ルルとイリスという、親しくなった人物が傷つけあうというのが恐ろしいのだろう。

 全くの他人で有ればのほほんと見ていられるが、知り合いとなるとどことなく目を背けてしまうものだ。

 年頃の娘であるクレールが、そういう気持ちになるのは理解できる。

 彼女は家の外に出るのはせいぜい買い物くらいで、そのほかの時間は家の中で休んでいることが多かった。

 だからこそ、あまり荒事にはなれていない。

 値切りは非常にうまいが、それは家と市場が彼女の行動範囲のほとんど全てであったからで、血とか傷とかに免疫があるわけではないのだ。

 もしも彼女が小さな頃から、普通の少女として生きてこれたら、多少の荒事には触れる機会もあっただろう。

 王都の人間は、そう言ったものに比較的免疫があって、腕が飛ぼうが血が飛ぼうが平気で見ていられるところがある。

 けれどクレールはそうはいかない。

 良くも悪くも、箱入り、という感じの感性をしているため、今日の試合を少し恐ろしいものと感じているようだった。

 けれど、クレールは本質的には度胸がある娘であることを、兄であるオルテスはよく知っていた。

 だから言う。


「もちろん、楽しんで良いさ。あの二人の試合は、四位決定戦と、五位決定戦の終わった後、今日の最後に行われる。闘技大会の締めくくりになるんだ。それを楽しまずして、王都の民を名乗ることは許されない。あの二人だって、自分たちの試合を僕たちに楽しんでほしいと思ってチケットをくれたんだろうからね」


 今大会において、誰よりも強かった二人が、その力の限りを振り絞って戦うのだ。

 楽しまなければ損であると、オルテスは心の底からそう思って答えた。

 しかも今回の大会は、昨年までのものとは明確に異なり、本当の意味での一番強い者が決まるのだ。

 特級まで出場している大会で優勝しすれば、ただそれだけでトップクラスの実力を持った戦士として、認められるのは間違いない。

 その瞬間を、今日、オルテスたちは目の前で見ることが出来るのだ。

 興奮しないでいろというのが無理な話だった。

 けれどクレールはオルテスのそおんな言葉だけでは安心できなかったらしく、続けた。

 そしてその言葉にオルテスは驚く。


「でも……イリスさんはルルさんのことが好きなのに!」


 なるほど、そういう心配か、と納得がいった。

 別に傷つけあうことがどうとか言うことではなかったらしい。

 考えてみれば、そういう心配をするならもっと前の段階で心配しているかと自分の推論の間違いを認め、それからオルテスは苦笑しつつ言った。


「……てっきり僕は二人が戦って怪我するのを心配しているんじゃないかと思ってたんだけど、そういうことじゃなかったんだね……」


 するとクレールは首を傾げて、


「怪我しても魔術で治せるでしょう? それに、冒険者が怪我をすることは当たり前のことだって前に兄さんが言っていたもの」


 言われてみれば、かなり昔にそんなことを言ったような気がする。

 そんなことを覚えていてくれているとは意外で、オルテスは少し嬉しくなった。

 それから、クレールのイリスに対する勘違いを正すことにする。

 イリスがルルを好きなことは確かに間違いないと端から見て理解できるが、それと、彼らが戦うことは別に矛盾してはいないのだと言うことを。


「あぁ……そうだね。その通りだ。じゃあ、そこにもう一つ付け加えてもいいかな?」


「なに?」


「イリスは、確かにルルが好きなのかもしれない……けれど、彼女は戦士だ。僕もそうだから分かるんだけど、戦士というものは、自分より強い相手がいたとき、全力を出して戦いたくなるものなのさ。それがたとえ、好きな相手でも……いや、好きな相手だからこそ」


 オルテスの言葉をクレールはしっかり聞いていて、少し考えてみたようだがいまいち理解できなかったらしい。


「……私なら、好きな人は傷つけたくないって思うけど」


 実に少女らしい結論だったが、それもまた真実なのは間違いない。

 ただ、ルルとイリスの間にあるのは、それだけではないということなのだ。

 なんと説明して良いものかわからなくなったオルテスは首を振って、簡単な解決方法に任せることにした。


「クレールの言うことももっともだけど……ちょっと違うところもあるのさ。それはきっと、ルルとイリスの戦いを見ればわかる、と思うよ」


「本当?」


「あぁ……おっと、僕らの席はこっちだね。取られないうちに早く座ろうか」


 すでにチケットのチェックは終わり、自分たちの席を探してさまよっていたわけだが、案内表示を掲げた運営を発見してオルテスがそう呟く。

 話の腰が折れた格好になったが、一目見れば分かるかもしれない、という兄の言いたいことは理解できたのだろう。

 クレールは頷いて兄と連れだって闘技場アリーナに続く階段通路を登っていったのだった。


 ◇◆◇◆◇


「今日は楽しみですね……ラスティさん!」


 そう言って闘技場観戦席で無邪気な笑みをラスティに向けたのは、ルルに喧嘩を売り、結果として大敗北を喫した冒険者、ガヤである。

 とは言っても、蟠りなど全くなく、そもそもルルとは友人になってしまっているので何の問題も無いわけだが、ラスティがルルの幼なじみであるためにガヤの立場は微妙であった。

 ガヤがルルを呼び捨てで呼び、しかしラスティのことは先輩付けで呼ぶという奇妙な空間が形成される度、ラスティは頼むからやめてくれと言い続け、結果として、やっとのことでさん付けに収まったのである。

 ただ、敬語だけは抜けていない。

 先輩には敬語で、というその考え方は間違っていないし、ルルとガヤ、どちらが先輩なのかと聞かれればガヤが先輩なのも正しいため、どこがおかしいかと聞かれれば何もおかしくはないと答えざるを得ないのだ。

 それ以上に、会ったときの印象というのも引きずっているから仕方ないという部分もある。

 それから、これは一生こういう関係なのを覚悟するしかないなとラスティは諦め、ガヤの話に乗ることにした。


「そうだな。ルルもイリスも本気で戦っているのは見たことないし、今日それが見れると思うと幼なじみの俺でもわくわくしてくるぜ」


 そう言うと、ガヤは不思議そうに首を傾げたので、どうしたのかと尋ねれば、


「いえ、てっきり二人の本気をラスティさんは知ってるのかと思ってたので。というか、先日、二人ともその実力をシュイさんやグランさん、それにユーミスさんとの戦いで見せたじゃないですか?」


 ラスティさんも見ていたでしょう?

 と、まるで当たり前のようにそう言うガヤにラスティは、あぁなるほどと納得し、それから首を振ってガヤの間違いを訂正する。


「ガヤ。一応言っておくが、二人とも闘技大会でまだ一度も本気を出してはいないからな?」


 するとガヤは目を見開いて反論する。


「えっ……だって、あんなに凄い魔術や武術を二人とも見せてくれたじゃないですか! あれが本気でないはずが……」


 そんなガヤの反応にラスティは頷き、しかし苦笑しながらゆっくりと答える。


「……まぁ、そう言いたくなる気持ちは心底よく分かるけどな。あれは本気じゃなかったぜ」


 ラスティから見て、ルルにもイリスにもまだまだ余裕があった。

 二人の特級との戦いは、余りに高度すぎてラスティには正直全て見れた訳ではなかったが、ただ幼なじみとしての勘が、あの二人の底がまだ見えていないことを教えてくれていた。

 この大会の中で、未だあの二人は一度も追いつめられていない。

 本気を出すような試合が一つもなかったのだ。

 それほどまでに、彼らの実力は高いのだ。


 そう理解して、ラスティは震えるような思いがする。

 一体どうして、自分の近くにあんな二人が存在してくれたのだろうと。

 たぶん、あの二人がいなければ、自分も、ミィもユーリも、カディス村で普通に生きて暮らして死んでいただろうと確信できるから。

 あの二人がいてくれたからこそ、冒険者になると言う夢を、普通ならただの子供の夢で、実現不可能だと笑われるだけの夢を、こうやって叶えられたのだ。


 特別な存在は、良くも悪くも、周りに大きな影響を与えるものだ。

 あの二人は、ラスティに良い影響を与えてくれた。


 そして、これからの戦いでもって、ラスティたちというカディス村でくすぶっていた夢見がちな少年に、その夢を実現しようとする勇気を与えてくれたように、この王都の何千、何万という若者に、未来への希望を与えてくれるのだろう。


 他人の世界を変えられる存在が、自分の幼なじみだと言うことを、ラスティは喜ばしく思った。

 そして自分も、出来るならそこを目指したいと。


 だから、ラスティの言った、ルルたちはまだぜんぜん本気ではない、という言葉に目を見開く少年ガヤの肩を叩いて笑っていったのだ。


「たぶん……こんな戦いは一生に一度見られるか見られないかだ。瞬きも出来るだけ押さえて、目をかっぴらいて瞳に焼き付けようぜ。十年経っても、二十年経っても、それこそ百年経っても、色あせない戦いが、きっと見れるはずだ……」


 そんな風に言ったラスティの表情に真剣味を感じたのだろう。

 ガヤもまじめな顔になって頷き、背筋を伸ばして闘技場ステージに主役が現れるのを待つ。

 けれど、そんなガヤのあまりの変わりように笑ったラスティは言った。


「まぁ、そうは言ってもルルたちの試合は最後だからな。まずは四位決定戦と五位決定戦だから、少しはリラックスしろよ」


 言われて、忘れてたと脱力したガヤに、ラスティは吹き出して笑ったのだった

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