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第106話 大会事務局

「では、キキョウ選手は明日の試合に出ることは出来ないと……?」


 キキョウの伝言を伝えるために闘技大会運営事務局に寄ったルルとイリスは、先ほど医務室で話した内容を彼ら運営に伝え、これからどういったやり方で闘技大会を続けるかを相談しに来た。

 そして、キキョウの状態を伝えると、運営事務局の者の一人であろう壮年の人族ヒューマンの男性がそう言ってきたのだ。

 ルルは彼に言う。


「ええ。キキョウはどうも魔力を使い果たしたらしく、今日明日ではどうにもならない状態にあるようです。単純な怪我なら治癒して出ることも可能だったでしょうが、魔力枯渇ではそう言うわけにも行きません。限界まで使い切ったからか回復力も落ちているようで……明日までに万全の状態に戻ることは間違いなくないでしょう」


 ルルの話を頷いて聞いていた運営事務局の男性はうなり、そして言った。


「うーむ……それでは仕方ありませんな……医務室にも確認に参りますが、おっしゃることが事実である場合にはどうするか、考えなければなりますまい……。どうぞこちらへ」


 男性は事務局にいる他の下っ端と思しき女性に医務室に確認に行くように伝え、さらにルルとイリスを事務局の奥に招いた。

 まず大部屋があって、その奥にいくつか個室があって、そのうちの一つを男性は案内する。


「こちら、闘技大会の運営事務局長でいらっしゃるエステル=レイエ様でございます。レイエ様、こちらは……」


「いや、知っている。説明は不用だ」


 男性の言葉に、威厳ある声でそう返したのは、小部屋の中にある大きめの執務机に硬質な威厳を漂わせて座っていた海人族アクアリスの女性だった。

 耳がまるで魚の鰭のように大きく、青い鱗に覆われており、また蜥蜴のような長い尻尾が生えているのが見える。

 顔は特に鱗などなく、人族ヒューマン古族エルフと変わったところはなく、腕や足の露出している部分を見ても、鱗などは少ない。

 ただ、手のひら、というか指と指の間には皮膜があって、水掻き状になっており、やはり水の中を主な生活の場とする種族なのだなと感じさせる。

 水に潜ればその容姿すらも水の生き物に変化するのだが、むしろ陸上においてとっている姿の方が仮の姿なのかもしれない。

 そんな海人族アクアリスの女性エステルは、非常に理知的で深い目の色をしていた。

 顔立ちは間違いなく美女と呼ぶべきものだが、それ以上に視線に侮れないものを感じる。

 それにしても、こう言った人族ヒューマンの国家において、海人族アクアリスが責任ある立場に就いていることは珍しく感じられ、ルルとイリスは少し驚いて目を見開いたが、しっかり観察されていたらしい。

 苦笑混じりのエステルに言われた。


「……海人族アクアリスが珍しいかな?」


 その言葉には少しばかり寂しげな様子が宿っていて、ルルとイリスは自分たちの反応が少し勘違いを招きやすいものだったのかもしれないと思い、説明する。


「いえ、そう言うわけでは。街でもよく見ますので……ただ、人族ヒューマンが主となっている国でこうやって高い地位に就かれている海人族アクアリスの方がいるとは思っていなかったので、少し意外でした」


 現代において、過去の戦争における陣営の違いに基づく影響はそれほど残っていない。

 けれど、生き物の性質とでも言おうか。

 同じ種族で国や村を作り固まる、という本能とでも呼ぶべき性質は現代においても残っているのだ。

 人族ヒューマン人族ヒューマンで固まり、古族エルフ古族エルフで固まる。

 そしてそんな中においては、多種族に対する差別をする者も決して少なくはなく、場合によっては種族によって上下の差をもうけるような思想を持っている者もいる。

 だからこそ、人族ヒューマンの国で、人族ヒューマン以外の者が高い地位に就くのは難しいはずなのだが、目の前の女性はその難しいことを成し遂げた人物らしかった。

 そんな彼女に、海人族アクアリスだからと驚きの視線を向けるのは一つ間違えれば差別しているととられかねず、だからこそルルはそんなことはないと否定したというわけだ。

 エステルはそんなルルの台詞は理解し、微笑んでから言う。


「なるほど、確かにな……しかし高い地位、と言っても闘技大会の運営事務局長に過ぎん。普段はしがない商会を取り仕切っている身だよ……と、そんな話はどうでもいいか」


「闘技大会は国が取り仕切っているのではないのですか?」


 イリスはエステルの言葉が気になったらしく、質問するとエステルは答える。


「それは間違ってはいないが正確な表現でもない。厳密に言うなら、国と、我々商人とが協力して開催している形になる。むしろ、細かい闘技大会の運営に関しては我々のような商人が担当しているくらいだ。国は権威付けとしての役割の方が大きいな。だからこそ、古族エルフなどからの協力も得られたりするわけだ……とは言っても、あれは冒険者組合ギルド経由で打診された話らしいが……」


 つまり彼女が言うには、闘技大会を興業として成功させるために、国は商業組合ギルドにその運営の大半を任せており、エステルはそこから派遣されて運営事務局長をやっているという形式らしい。

 普段は自らの商会を取り仕切っているときに使っているその能力を、闘技大会においても活用しているわけだ。

 また、闘技大会には商業組合ギルドのみならず、冒険者組合ギルドや、その他、様々な団体が一枚噛んでいるらしく、内部事情は良くも悪くも少しばかりどろどろしているのだという。

 そんな話を自分たちにしていいのか、と言えば、エステルは笑って言った。


「お前たちはグランとユーミスの知り合いだろう? 私はあいつらの旧友だからな。話は聞いている……」


 ルルはそれを聞き、意外な名前が出てきたものだと驚く。

 しかしよくよく考えてみれば、この大会において起こったことをいくつか思い出せば、あの二人が大会事務局長と知り合いであることはむしろ納得がいく話なのではないだろうかとも思った。

 イリスもその事実にたどり着いたらしく、げんなりとした顔でエステルに質問する。


「……もしかして、私たちの氏族クランの族長と副族長が、トーナメントの組み合わせをいじくるように依頼しましたか?」


 それはもはや確信に近い疑問であった。

 妙に強者とぶつかったルルやイリス、それに特級冒険者たち。

 そこにはこんな真実があったわけだ。

 そんなイリスの質問に、エステルははっきりとそうだとは口にはしなかったが、表情は苦笑に近い笑みであり、もはやそれが事実だと認めているようなものだ。


「まぁ……内緒で頼む」


 内緒もなにもあるまいと叫びたくなる台詞だが、それを言ったところでだれも得しないだろう。

 結局、勝っているのだし、まぁいいかとルルは諦めた。

 というか、そんな話をしに来たわけではなかったと思いだし、ルルは本題に入る。


「先ほどこちらの方にお話ししたのですが、闘技大会出場者のキキョウが次の試合に出ることが出来なくなりました。ついてはこれから闘技大会がどうなるのかを相談しに来たのですが……」


 それを聞いたエステルは魚の鰭状の耳をぴくりと動かし、


「本当か?」


 と、ルル、それにルルたちをこの部屋につれてきた運営の男性に質問する。

 男性は、


「今確認に人を行かせておりますが、嘘をついても仕方がないでしょうからな。事実であると……」


 そう言った矢先、部屋の扉が開いて、さきほど男性が医務室に行かせた下っ端女性が戻ってきた。

 それから男性に耳打ちし、部屋を出ていく。

 男性は言う。


「確認したところ、キキョウ選手は酷い魔力枯渇状態にあり、回復には数日かかるだろうとのことです。つまり、ルル選手とイリス選手のお話は事実のようですな……」


「ふむ……本人は何と言っている?」


 たとえ怪我をしてようがなんだろうが、本人が出ると言ったら出すのが闘技大会の基本的な原則だ。

 だからエステルはそう聞いたのだろう。

 男性は答える。


「今は意識を失っているようですが、一度意識が戻ったときにここにおられるルル選手とイリス選手、それに同じく医務室にいたユーミス選手に対して、次の試合には出れないと意志表示していたのを医務室の治癒術師たちが聞いております」


「なるほど……分かった。お前はもう下がっても良いぞ」


「はい」


 エステルの言葉に静かに頷き、男性は部屋を出ていった。

 阿吽の呼吸というか、詳しく言わなくても意志疎通が出来ているような雰囲気があるあたり、二人は普段からも上司と部下の関係なのかもしれない。

 そう思っているルルの表情を呼んだのか、エステルは説明してくれた。

 闘技大会の事務局員は様々な団体から来ているらしく、出自はバラバラのようだが、得意分野や能力によって厳選されているらしくかなり優秀な者が多いらしい。

 普段よりも仕事が楽だと語りながら、エステルはルルとイリスに向き直って大会についての話を始めた。


「お前たちの話は理解した。事実であることも確認した……つまり、決勝に出れるのはお前たち二人だけ、ということになる。そして本来なら決勝戦は勝ち残った三人による総当たり戦だったのだが、そのうちの一人が出場辞退となると、その形式で行うのは……」


 出来ないわけではないが、退屈ではあるだろう。

 別々の相手と戦うからこそ変化が出ておもしろく、また決勝まで上ってきた三人だからこそ、それでも観客たちを飽きさせない戦いが出来るのだ。

 同じ組み合わせで何度も戦ったところで、すぐに飽きてしまうだろう。

 だから、 


「まぁ、そういうわけでだ。私としてはお前たち二人の戦いは、純粋に一回勝負、という形がいいのではないかと思うのだが、どうだ?」


 エステルがそう提案したこともあまり驚くべきことではない。

 しかし闘技大会的にそれはいいのだろうかと思って、ルルは質問する。


「明日の試合のチケットはかなり売れてるんだろう? それで観客たちは納得するのか?」


 本来なら複数の試合が見れたはずなのに、それが一試合になってしまうのだ。

 四位決定戦と五位決定戦があるにはあるが、不満が出るのではないかとルルは思った。

 けれどエステルは言う。


「この闘技大会の長い歴史の中で、様々な形式が採用されてきたからな。今は出場者多いことから今年のような形式が採用されることが増えてきているが、毎年同じような試合形式を採用するとも限らない。観客たちはそれこそ、長い間この闘技大会を愛してきた者たちだ。そういう変更が少しくらいあっても、目くじらたてない程度のこらえ性はあるものさ」


 てっきり毎年同じ形式でやっているものと思っていたのだが、そういうわけでもないらしい。

 確かにそういうことなら、問題はないのかもしれない。

 それに、とエステルは続ける。


「お前たち二人がいい試合をすれば、たとえ一試合であっても観客たちは満足するさ。だろう?」


 そう言って不敵な笑みを浮かべるエステルに、ルルとイリスは顔を見合わせて少しばかりの冷や汗をかいたのだった。

 そう言われては、本気を出さないわけにはいかないだろう。

 とは言え、古族エルフの絶対障壁にこれ以上負担をかかけるのは気が引ける。

 ただ、最後の試合なのだから、仮に壊してしまっても大きな問題が発生すると言うこともないだろうとふと思い、観客に被害が及ばない程度に本気を出して戦うか、と二人は視線で語り合い、結論する。

 それから、これがもっとも大事なことと、ルルはエステルに言った。


「賞品のことなのですが……」


「賞品? 一位から五位まで賞金が出て、さらにレアアイテムがそれぞれつくが……一位は国王陛下に直にお願いまですることが可能だぞ」


 わざわざ説明してくれたが、ルルが聞きたいのはそういうことではない。

 キキョウについてだ。


「そうではなく、キキョウについてなのですが……彼女は三位になりましたが、賞品は出ますか?」


「あぁ、なるほど。その話をしていなかったな。結論から言えば、問題なく出るぞ。三位は……万能薬パナケイアだったな」


 その話を聞いて、二人はほっとする。


「お義兄さま。良かったですわね……」


「あぁ。クレールもこれで治るな」


 そんな二人の会話に、エステルは、


「なんだ、使う宛があるのか? なければうちの商会で買い取ろうかと思っていたのだが、そう言うわけにもいかないようだ……」


 笑いながら言ったので、ちょっとした冗談だったのだろう。

 とは言え、一応、本当に売ろうとしたらいくらで買い取ってくれるかを聞いてみて驚く。

 分かってはいたが、本当に王都の一等地に屋敷が買えるような値段で買ってくれるらしい。

 しかし、ルルもイリスも、贅沢、というものに特に執着がないタイプだ。

 そんな話を聞いても、特に売ろうとは思わず、またクレールたちにも当初の予定通り、基本的には見返りなしで渡す、ということで合意したのだった。

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