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第105話 医務室にて

「勝者、キキョウ選手!」


 闘技場にそんな声が響くと同時に、ステージにいたキキョウは手を握りしめてガッツポーズをした。

 それから、天まで突き上げた手をそのままにした格好で、ぐらりと地面に倒れていく。


 闘技場ステージの固い床に顔面から倒れかける直前に、滑り込むように聖獣姿のフウカがキキョウの前にやってきて、その巨大なもふもふでもってキキョウの倒れ込む衝撃を吸収した。

 それから、完全にキキョウが気を失うと同時に、フウカの変身も解けて、子犬姿のままキキョウにのしかかられて潰されて、きゅーん、と言っている。

 見れば、フウカだけでなく、ヤコウの相棒のヤヒロも元のただの鷹に戻っていて、意識を失っているヤコウの頭を嘴で突っついていた。


 どちらも死んではいないようだし、一応キキョウの勝ちは確定したようだから、まぁいいかと思いながらその様子を見ていたルルに、イリスが言う。


「キキョウさんは……大丈夫なのでしょうか? 気絶するほどダメージを受けている様子は見られなかったのですが」


 ヤコウの様々な攻撃を受けてそこそこに傷ついてはいたが、確かにああやってばたりと糸が切れたように倒れるほどかと言われればそれほどでもない。

 ではどうして倒れたのか、と考えてみるに、いくつか心当たりと思われるものにルルはたどり着いて言った。


「たぶんだが、フウカを変身させたのがまずかったんじゃないか? 以前、一月に一回しか出来ないとかなんとかって言ってただろう。それを無理してあれから数日も経っていないのに変身させるから、あんなことになったんじゃないか?」


 言われて、イリスも思い出したのか、確かにそんなことを言っていたなと言う風に頷いた。

 それから、


「……よく見てみると、キキョウさんの体内にあまり魔力を感じません。すべて放出してしまったのかも……」


 その言葉にルルも改めてキキョウを観察してみれば、イリスの言うとおりキキョウの体内魔力はかなり減少している。

 そして納得した。

 あれほど魔力を消費してしまったのなら、限界を感じて倒れてしまうのも理解できる話だからだ。

 元々魔力が少ない、という場合なら問題にはならないだろうが、元々多量の魔力を持つ者がゼロになる直前まで魔力を使った場合、貧血のような症状を呈することはよく知られている。

 どんなに悪くなってもそれによって死に至ることはない、という点では異なっているが、失神くらいのことは普通にあるが故に、多量の魔力を持つ者はその限界を常に把握して、通常はそこまでになるほど魔力を使い切ることはない。

 キキョウとて、自分の限界は分かっていただろうが、今回はその限界を理解した上で使わざるを得なかったということなのだろう。

 実際、フウカがあの巨大な鳥を足止めしていなかったらキキョウは勝てなかったかもしれない。

 そのことを考えれば、そこまでやってくれたキキョウには感謝したいところだ。

 おそらく彼女は、オルテスの妹クレールの万能薬パナケイアのためにそこまでやってくれたのだろうから。

 本人自身は聖餐のテーブルかけが一番ほしいと言っていたから、それを考えると別に勝つ必要はなかっただろう。

 にもかかわらずなにが何でも勝とうとしてくれたことが、彼女の気持ちを伝えてくれていたような気がした。


「……そういえば」


 そんなことを考えているルルにイリスが言う。

 目の前では、ステージの上からヤコウとキキョウが担架に乗せられて運ばれていく。

 あのままユーミスと同じく医務室行きだろう。

 見舞いに行くかと立ち上がりながら、ルルの意を組んで同様にするイリスの話を聞いた。


「最後にキキョウさんが分身されたように見えましたが、あれはお義兄さまが?」


 一番最後に、ヤコウがキキョウの姿を見失ったのは、なにも不注意と言う訳ではない。

 確かにキキョウがそこにいると、視覚的にも、また魔力やそのほかの色々な感覚においても感じていたからこそ、ヤコウは彼女を見失ってしまったのだ。

 そしてあのとき、ヤコウがキキョウだと思って見ていたものは、実際にはただの幻影であり、それをヤコウは見抜けなかったというわけである。

 現代に存在する魔術の中に、そう言った幻影を見せるものは数多くあるが、その性能はお世辞にも優れているとは言えないものが大半だ。

 それなりに実力のある者がある程度注意をして見れば、それは幻影であると見抜ける程度のものでしかないからである。

 中には、幻影魔術の達人のような人がいて、そういう者が使用する幻影魔術は魔術に造詣が深くても見抜けない場合もあるのだが、それはあくまで例外だ。

 専門家でないキキョウに、そのような魔術は使用できず、そしてヤコウもそう考えていたためにひっかかったことは明らかである。

 事実、キキョウはそんなものは使用できない。


 にもかかわらず、あのときキキョウが、そう言った高度な専門家のものに匹敵する幻影魔術を発動できたのは、ルルの手渡したある物に原因があった。

 ルルはイリスに頷いて答える。


「少し前に作った魔法具の試作品を渡したんだよ。それを使ったらしい」


 イリスはルルの言葉に納得を示し頷いた。


「やはりそうでしたか……見覚えがあるなと思っていたのです。かつては人族ヒューマン相手によく使用したものですが……お義兄さまは現代においてあれを作れるように?」


 ルルが作ってキキョウに渡した魔法具は、かつての魔族と人族ヒューマンとの戦争の中でも使われていたものだ。

 本人の魔力を流すことによって、それと限りなく近い分身を作り出す、魔導機械。

 普段は手のひら大の球状の宝石のような見た目だが、魔力を流してその辺に放れば瞬間、発動して分身を作り出す。

 魔力が多量にある者ならば、それを使えば一軍を作ることすらも可能な、ある種、強力な魔導機械だった。

 しかし、現代において、そんなものを作り出せるような設備も技術も材料もルルはもっていない。

 キキョウに渡したのはあくまで劣化品であり、魔法具の範疇に収まる者に過ぎなかった。

 実体を生み出せるわけではなく、ただ単純に、本物と見間違えるようなレベルの幻影を作り出すもの。

 けれど、それだけでも随分と有用なものであることはキキョウとヤコウとの試合で示された。

 もしものときのために量産しておいてもいいかもしれないとルルはイリスに語る。

 イリスは頷きながら、


「そうでしたか……もしも魔導機械の方をお作りになられるようになったなら、分けていただこうと思っておりましたが、そうではないものでもよい性能を持っているようですね……出来れば、私にもいくつか作っていただけませんか?」


 そう聞いてきたのでルルは頷いて答えた。


「もちろん、かまわないぞ。材料は大したものじゃないしな……おっと、医務室はここか?」


 そうやって話しているうちに、いつの間にか闘技場内の医務室の前にたどり着いていた。

 普段は剣闘士たちが怪我をしたときに活用されているものだが、闘技大会中は出場者たちのために用いられている。

 ほとんどの怪我は治癒・回復魔術で治るのだが、それが出来ないような大怪我だったり、魔力枯渇による失神など、しばらく安静にしていることが必要な場合にはこの部屋に運び込まれるわけだ。

 中に入ってみれば、そこは清潔な白に統一されていて入った当初は目が少しちらついていたが、すぐになれて中にいる者たちの姿が見えてくる。


 数台あるベッドの上には闘技大会出場者とおぼしき者たちが眠っていて、その中にはユーミスとキキョウの姿があった。ヤコウも端の方のベッドにいるが、それはどうでもいいだろう。

 ユーミスとキキョウの二人は隣り合ったベッドに横になっていたが、目が覚めているのはユーミスだけのようである。

 ルルとイリスは二人のベッドの間に近づき、まずはユーミスに話しかける。


「気分はどうだ?」


 まずルルがそう言ったのは、試合中のイリスとユーミスの会話の殺伐さが未だ尾を引いていないかと心配したが故だった。

 しかし、そんな心配はあまり意味はないものだったらしい。

 未だに頭が痛むのか、額を押さえながらユーミスはルルとイリスを見ながら言った。


「気分って、負けた気分? そりゃあ最悪に決まってるじゃないのよー。私だってそれなりに準備して挑んでたのよ? イリス相手にだってそこそこいけると思ったらあれよ。ひどいものだわ……」


 首を振ってそう呟くユーミスの様子は本当に少しばかり落ち込んでいるようだった。

 けれどイリスはそれを聞いて言う。


「ユーミス……最後の最後を見てなかったのですか? 私は貴女の魔術でもって片腕を使い物にならなくさせられましたよ。あれでそこそこいけてないと言われたら少し腹が立ってくるくらいです」


 するとユーミスは驚いたように目を見開いて、


「え、あれ効いてたの!? 間違いなく当たったのは確認したけど、完全にレジストされたと思ってたからそれは嬉しいわね。色々がんばっただけあったわー」


 などと微笑んで言う。

 イリスはさらに続けた。


「他にも飛行魔術を使っておられましたが、あれには驚きました。まさかそんなものを開発しているとは思っても見ませんでしたからね」


 そう言ったイリスに、ユーミスは不思議そうに首を傾げた。

 彼女は、古代魔族なら容易に浮遊魔術を使えるということを理解しているが故だ。

 だから、


「……イリスもルルも、飛行魔術くらい使えるでしょ? あんまり驚くようなことじゃないと思うんだけど」


 この言葉に、ルルが首を振って答える。


「確かに飛行魔術は使えるがな。ユーミスの使ったものと比べてかなり燃費が悪いから俺たちくらいにしか使えないようなものだ。ユーミスのは、使い方さえ教えれば、まぁ……そこそこの実力のある魔術師なら使うことが出来るような構成だったろう? かなり有用な発明だと俺は思うな」


「そうなの? へぇ……初耳。私、結構凄いことやったのね」


 ユーミスは嬉しそうにそう呟いた。

 実際は、浮遊魔術と風魔術の複合された複雑魔術なので誰でもという訳にはいかないだろうが、それでも今まで存在もしなかったものを作り出したのだから十分に称えられる偉業だろう。

 とはいえ、それを広めるか自分だけの魔術としておくかはユーミスの自由だが。

 ルルもイリスも、ユーミスの飛行魔術の構成はその目で効果と発動を見ているので再現可能なレベルで理解しているが、彼女の許可無くそれを広めようとは思っていない。

 魔術師の魔術は高度なものになっていくにつれて、門外不出なものになっていくものだからだ。

 ユーミスの飛行魔術は、今のところルルとイリスをのぞけばユーミスしか使えないものである以上、それを今後どうするかは彼女の自由である。

 失わせたくないと思うならいずれ弟子をとって教えるかもしれないし、それを考えるならミィやユーリに教えてもいいだろう。

 あの二人はほとんどユーミスの弟子のようなものだからだ。


 それからユーミスは話を変える。


「そう言えば、この娘も勝ったんだって?」


 横に眠るキキョウを見ながらユーミスがそう言うと、その瞬間、ぱちり、と目を開いてキキョウが言った。


「……ええ、勝ちましたよ……」


 いつものような元気なく、掠れるような声でそんなことを言いながら起きあがろうとするものだから、ルルとイリスが横に寄ってその背中を支える。


「起きて大丈夫なの? それに……今日はともかく、明日は決勝があるけれど……?」


 キキョウはそんなユーミスの言葉に苦笑いしながら、ルルとイリスの顔を見て言う。


「いえ……どうも、この体では無理なようです……。魔力が完全に枯渇してますし、他にも色々問題が発生してまして、戦えるような感じではないので」


 遠くから見たときは魔力の枯渇ばかりが目立っていたが、改めて近くで観察してみれば、まだ残っているごくわずかな魔力も、体の様々なところで滞っているようで、一日二日でどうにかなるような感じではないことが理解できる。

 確かにこれでは、決勝など無理だろう。


「……まぁ、無茶はしなくていい。とにかくヤコウには勝ったんだしな。三位以内にこの三人が入ることは確定したんだから、賞品もたぶんもらえるだろ。運営には俺の方から言っておく」


 ルルがそう言って微笑みかけると、キキョウは、


「すみません……では、お願いします……」


 そう言って再度、意識を失った。

 一言、自分はもう戦えない、と言うためだけに起きあがったのかもしれない。

 そんな雰囲気だった。

 ルルとイリスはゆっくりとキキョウの体をベッドに戻し、寝かせる。

 そして、そんな二人に、ユーミスが少しだけ楽しそうに呟いたのだった。


「ということは……決勝戦は二人の戦いって訳ね?」

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