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第104話 客人たちの決着

 地面に鋭い嘴を突き立てていたその鳥は、姿が衆目にさらされた直後、ヤコウの肩に向かって飛んでいき、そこを掴んでキキョウの方を睨むように見つめている。

 よく見れば、ヤコウの服の肩辺りは他の部分と比べ、丈夫な作りをしていて、あの猛禽類の強靱な爪の食い込みすらも服の下の肌には伝えないように工夫されているらしい。

 一杯食わされたことを理解して、ヤコウを凝視するキキョウの視線になにを思ったのか、ヤコウは笑って見当違いのことを述べる。


「……なんだ? こいつが気になるのか?」


 そう言ってヤコウが自分の肩に止まる鷹の喉を軽くなでると、鷹はその鋭い目をゆるませ、ヤコウの指にうれしそうにすりすりと頭を寄せた。

 よほど懐いているらしく、ヤコウとあの鷹の間にはしっかりとした信頼関係があるらしいことが分かる。

 その様子はまるで、キキョウとフウカのごとくであり、同郷の出身であることを強く意識させた。

 ヤコウは続けて言う。


「こいつは俺の相棒の、ヤヒロだ……一緒に旅してると野宿なんかのとき、獲物を捕まえてきたりしてくれて中々有能な奴だぜ」


 普段の生活の手の抜き具合も、ヤコウはキキョウに随分似ているらしく、相棒に様々なことを任せきりのようである。

 しかし、キキョウと異なるのは、ヤヒロはヤコウがそんなことを言っても親愛の情を宿らせた瞳を曇らせることなくヤコウに向けており、キキョウは自分の頭の上に乗っかっているフウカを手にもって、その瞳を改めて観察してみた。


「……わふ……」


 期待してるんじゃねぇよ、とでも言っているかのような冷たいまなざしがキキョウに注がれていた。

 キキョウはそれを見なかったことにして、フウカを元の位置に戻し、それからヤコウを倒すべく向かい合う。

 ヤコウは続ける。


「それに、旅の時だけじゃねぇ……さっきみたいに、不意打ちだって得意だし……たとえば、こんなこともできるんだ、ぜッ!」


 ヤコウは一瞬言葉を止めると、それを察知したらしいヤヒロが即座に動きだして中空を舞った。

 それは空の王者に相応しい速度と瞬発力が感じられる動きで、キキョウは自分が出遅れたことを悟る。

 そしてキキョウが遅れている間に、ヤヒロはその羽をばたつかせた。

 なにをするのかと思った瞬間、ヤヒロの羽が十数枚抜けて辺りに散らばっていく。

 ヤコウがその羽に向かって魔力をそそぎ込むと、それぞれの羽が淡い光を帯びてその姿を変化させた。


 それを見て、キキョウが叫ぶ。


「……式神!?」


 式神とは、東方に伝わる特殊魔術の一つであり、特定の素材や形を用いた憑代よりしろに複雑に汲み上げた魔力を注ぎ込むことによって自律行動する存在を作り出す、一種の自動人形ゴーレム作成技術であった。

 非常に簡単な動作しかこなせないものから、複雑な、それこそ戦闘をすらも可能とするものまで様々な式神があることをキキョウは知っていたが、ヤコウの放ったそれはまさに戦闘に参加することが可能な複雑なものであることをそれを見た瞬間にキキョウは悟った。

 ヤヒロの羽を素材とするその式神たちは、そのすべてが小型のヤヒロのような姿に変わっており、しかもそれぞれに強い力を感じる。

 まるでキキョウの浮かべる短刀と対照をなすように、様々な属性に彩られて光り輝く小鳥たちは美しく、できることならいつまでも見ていたいという気分にさせるものだが、それ以上にあれと戦うのは骨であることは見るからに明らかだった。


 だからこそ、キキョウはさっさとヤコウの作り出した式神鳥たちを消滅させるべく、短剣の群に意識を注ぎ、狙いだしたがすでに遅かったようだ。


「行け!」


 ヤコウのそんな声が闘技場内に響くと同時に、式神たちは目にも留まらぬ速度で飛翔を始める。

 キキョウの短剣に体当たりをし、またキキョウを狙って突っ込んできたりするなど、その決してただの飾りではないことが分かるその攻撃性は恐ろしく、まともに一撃でも食らえば大きなダメージを受けることは明らかだ。

 実際、キキョウが回避した式神鳥がステージの床に衝突したときなど、その場所に大きな穴が開いてしまうほどであり、人の体など、式神鳥の体当たりの前には無力なものであることが察せられる。

 しかも、鳥たちは大きさの割に、妙に器用でしかもかなり力もあるらしい。

 キキョウの操る短剣の群は大きな魔力を込められているために通常の剣士などであればはじき返せる程度の破壊力もあるはずなのだが、そんな短剣の攻撃を鳥たちはその足でもって器用に受け、流し、また弾き返しているのである。


 あんな鳥などこの世に存在するのはおかしいだろうと叫んでやりたい気分になってくるが、残念なことにこれが現実であることはキキョウがよく知っている。

 式神、懐かしい技術、西方に来てとんと見ることの無かった故郷の技の数々が、そうであることを教えていた。


 鳥たちが縦横無尽に駆けめぐり加えてくる多彩で強力な攻撃の数々に、先ほどまでとは異なり一転してキキョウは防戦一方となる。


「おらおら! さっきまでの威勢はどうした!?」


 ヤコウ自身もいつの間にかどこかから取り出したらしい短刀をもってキキョウに切りかかりながらそんなことを言ってきた。

 キキョウも空中に浮かぶ短刀の中から一本を引き寄せて手に握り、ヤコウの攻撃をいなしながら反撃の機会を窺う。

 ヤコウの攻撃は確かに強力であるのは間違いないが、ここまでの猛攻はそういつまでも続かないだろうとキキョウは考えたのだ。


 そして案の定、その推測は正解だったらしく、ヤコウの攻撃は徐々にその勢いを衰えさせていき、ついにはキキョウの短刀の群とヤコウの式神鳥たちは拮抗する程度にまで落ち着いたのだった。


 しかし、そうは言っても未だ、どちらかに軍配が上がったわけではなく、均衡しているに過ぎない。

 このままでは埒が開かない、とそう二人ともが考えて、次の一手をどうするかをほぼ同時に考え出したのだが、決断が早かったのはヤコウの方であった。

 ヤコウは自らの短刀がキキョウにすべていなされていること、自分とキキョウの近接戦の技量はそう変わらず、このまま挑んでいても致命傷を与えることは難しいと考えたようだ。

 キキョウに強い一撃を加えて少しひるませると、追撃をすることなく、大きく後ろに下がってキキョウを見据えた。

 本来なら、ひるんだキキョウにもう一撃加えるべく前に出るところだったのだが、ヤコウはそれは良い方法ではないと感じたらしい。


 実際、その直感は正しく、そのときの隙はキキョウがわざと作ったもので、ヤコウがそれを好機と切り込んできた瞬間に反撃すべく準備していたのである。

 計画がうまく行かなかったキキョウは歯噛みしつつも、そう言った仕草を相手に見せないように平静を装って、大きく後退したヤコウをにらみながら、彼が一体次にどんな一手を打ってくるのかを観察した。


「はっ。キキョウ、流石だなぁ……大巫女様から見込まれてるだけあるぜ!」


 その言葉に、キキョウは眉を寄せながら言い返す。


「見込まれてるんじゃなくて、ストーキングされてるんですよっ! さっきの黒い雲とか!」


「いいじゃねぇか。育ての親なんだろう? 心配されてるってことじゃねぇか……っとそんなこと話してる場合じゃなかったな。このままじゃ埒が明かねぇ……小手調べは終わりだぜ!」


 ヤコウがそう言った瞬間、彼の肩に乗っていたヤヒロの体が輝きだす。

 その現象を、キキョウはよく知っていて、目を見開いて叫ぶ。


「……げっ! やばい!」


 そしてしばらくして光が落ち着いたとき、その場所にいたのは巨大な大鳥……東方において鳳凰と呼ばれ敬われる炎の聖獣であった。

 聖気は放出していないようで、キキョウは時と場合と言うものを一応は理解しているらしいヤコウに一瞬の安心を覚えつつ、しかしどうしたものかと頭を抱えた。

 聖気を纏っているか否かに関わらず、聖獣というのは基本的に強力な存在なのである。

 普通に戦ってもおそらく勝つのは難しいだろうと言うことは分かっていた。

 そして、勝つためにはどうするべきか、ということもキキョウは理解していた。

 しかしそれをすると、非常にまずい事態に陥ると言うことも分かっていた。

 それでも、ヤコウに対抗するかどうか……。


 キキョウは少し悩んだ。

 しかし、本当は悩むまでもなく、答えは出ていることをキキョウは知っていた。

 自分のことであるなら別にかまわないのだが、この戦いに勝つことは、万能薬パナケイアの入手がかかっており、ひいてはオルテスの妹のクレールの命がかかっているのだ。

 そのためになら、自分は賭けられるものは賭けなければならないと強く重い、そしてキキョウは覚悟を決めた。


「さぁ、どうする、キキョウ。といっても、お前が出来ることは一つしかないだろうが……」


 そう言ったヤコウにキキョウは、


「へん! 言われなくても分かってますよ! フウカ! 変身!!」


 そう叫ぶ。

 するとフウカの体が靄のようなものに包まれていき、そして徐々にその靄は体積を増やして巨大化していく。

 しばらくして、靄がはれた場所に存在していたのは、ヤコウの隣にいる巨大な鳥、鳳凰と並べても見劣りのしない白銀の狼であった。

 本来であれば、一月に一度だけしか変身できないはずのその姿になれているのは、ちょっとした裏技によるもので、そう何度も出来ることではない。

 出来ることなら、奥の手として残しておきたかったその手段であるが、こうなっては仕方が無い。

 相手が聖獣である以上、キキョウの側も聖獣であるフウカを出す以外に今は方法がないのだから。

 それだけ、聖獣というのは強く、また特殊な存在なのであった。


「ありゃ? どっかで一度使ったんじゃなかったのか?」


 ヤコウが驚いたような顔でそんなことを言うものだから、キキョウはその男の意地の悪さにため息が出る。


「知っていたんですか……一体どこで」


 げんなりとしたキキョウの声に、ヤコウはとぼけたような声で言った。


「別に直接誰かに聞いたって訳じゃねぇけどよ、噂話を集めてみたらそういうことなんだろうなって思ったってだけだぜ。西の街道をでかい犬が走ってるだの、遠くの村だかで何かあったのを解決してきた冒険者が闘技大会に出てるだの、そんなのを聞けばな。キキョウ、あんたがその犬の力を使って移動したんだろうなってことにはなんとなくたどり着くもんだぜ。まぁ、間違ってたらそれはそれでいいしな……」


 つまり、この男はキキョウが聖獣を使えないであろうことを予想してヤヒロを出してきたのである。

 そうである以上、自分に絶対の勝ち目があると、そう思って。

 つくづく腹の立つ行動ばかりしてくる男だが、あのババアの息がかかっている奴なのだからそれくらいのことは平気でやってもなにもおかしいところはないかとキキョウは諦めて首を振った。

 ずるいとかずるくないとか、善悪とかそういうものは目的達成のためにはあまり気にしない故郷の育ての親のことを考え、キキョウはたまには自分もその教えに従ってみるかと少し考える。

 それからキキョウは普段見せているような素直な表情とは少し色の異なる意地の悪そうな笑みを浮かべて、ヤコウに言った。


「そっちがそういうことをするのなら、こちらにも考えがありますよ……後悔、しないでくださいね?」


 そう言った瞬間、キキョウの姿は消える。

 どこにいったかとヤコウが探す前に、ヤコウの相棒である鳳凰ヤヒロはその姿をしっかりと捉えていたようだ。

 その巨体からは考えられないほどの高速で動き、キキョウに向かって飛びかかっていく。

 それを見てヤコウは、


「よくやったっ! そのままぶっ倒せ!」


 などとヤヒロに叫ぶも、ヤヒロの向けた嘴の一撃はキキョウに当たったにも関わらずなぜか何のダメージも与えずにすり抜けていった。


「なっ……!?」


 驚いたヤコウがそう声を上げたが、すでに時は遅かった。

 ヤヒロもキキョウではない何かを自分が攻撃したらしいことに気づいたようで、少しばかりヤコウと距離をとりすぎたことにも気づきヤコウの近くに戻ろうとする。

 けれど、ヤコウとヤヒロの間には白銀の狼、フウカがいつの間にか立ちふさがって、その行動を封じていた。

 まずい、そう思った矢先、ヤコウの耳元に声が響いた。


「油断大敵って奴ですよ。西方の技術もバカには出来ませんよ?」


「なにを言って……」


 そう言いながら振り返ろうとしたのだが、その前にヤコウの首筋に強力な衝撃が走り、意識が闇に落ちていくのを感じた。

 どうやら自分の負けらしいと心の中で考えながら。

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