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第103話 一方的な戦い

 窓の向こう側の闘技場ステージの上に立って向かい合うキキョウとヤコウの様子は、まるでよく砥いだ刃物のように研ぎ澄まされて鋭い。

 先ほどまで、軽口の応酬をしていた二人だとはどうやっても思えずに、国王とロットスは興味深くその様子を見守った。

 この部屋において、キキョウとヤコウの戦いを見ているのは彼ら二人だけではなく、近衛騎士団団長ロメオと、副団長アイアスもである。

 当然、周囲に対する警戒は怠っていないし、突然、何かしら人が押し入ったとしてもこの特別観戦室に近づく前に察知し、迎撃をすべく構えることは可能である程度には気を張って立っている。


 しかし、二人は戦士であるからか、職業意識を忘れない範囲で闘技大会の様子も気になっていた。

 国王からも、何か見ていて気づいたことがあれば解説をするようにと事前に言われているため、これも職務であると言えば職務であり、見ないわけにはいかないと言う部分もあった。

 その際、二人が会話し、意見を交わしあう事も認められている。

 そのため、ロメオとアイアスは、国王とロットスが観戦し、歓談している後ろで、二人の気を削がない程度の音量でもって、目の前の試合の様子を見ながら意見を交わしあっていた。


「アイアス……あの二人、どう見る?」


 金色の髪に青い瞳を持った流麗な騎士は、隣に立つ巌のような筋骨隆々の黒髪髭面の大男にそう尋ねる。

 髭面の男――アイアスは、流麗な騎士――ロメオの言葉にうなずき、少し考えてから呟くように言った。


「難しいな。あのキキョウ、と言う娘の方は周囲に浮かべた短剣を操って戦うのだろうが、あれほどの数の武具を一度に操る者など俺は見たことがない。ロメオ、あんたはどうだ?」


 言われて、ロメオも確かにと言って、それから今度はキキョウの対面に立つ青年の方についても意見を口にした。


「キキョウの方については確かに判断が難しそうだが……ヤコウという少年の方もな。私には何か得体の知れないものがあるような気がしておそろしいよ。魔力はそれほど大きいとは感じないのだが……なんだろうな?」


 そんなロメオの言葉にアイアスは目を見開き、そして意外な言葉を口にする。


「……あんたもそうか。実のところ、俺もそうだ。あのヤコウとか言う奴は何か持ってる・・・・雰囲気を感じるな。油断はできないだろう」


「お前と意見が合うのは珍しいが……ふむ、となると……決着の予想はつかない、か……」


 普段から、その性格も、剣士としてのタイプもまるで正反対の二人である。

 自ずと意見は真逆によりがちなのが常だったが、今回はそうではないことにお互いに驚き、なんとなく苦笑する。

 それから、二人は余計にこの試合が楽しみになった、というような顔つきでステージを眺め始め、


「……まぁ、見ていれば分かるか」


 アイアスがそう言ったので、ロメオも頷いて試合に集中することにした。


 試合の始まりが告げられた直後、先に動き始めたのはキキョウの方だった。

 頭の上に子犬を乗せた状態で、地面を強く蹴った彼女の動きは、その服装の影響もあってか非常に予測がつきにくいものだった。

 空中に浮いている短剣はそれぞれがかなり自由な方向へと飛び去り、そのうちの何本かはヤコウに向かって一直線に進んでいく。

 他の何本かは奇妙な軌道を辿って必ずしもヤコウに近づく様な軌道はとっておらず、一体何のために浮いているのかは分からないが、おそらくは何らかの意味があるのだろうということは理解できた。

 それがなんなのかは、全く分からないが。


 数本の短剣に様々な方向から狙われたヤコウは、その身を翻しつつ、紙一重、と言うような距離で避けていく。

 その技術はかなり洗練されていて、慣れているような感じすら受けた。

 多対一の戦闘が得意なのか、それとも東方の戦士と言うのは皆、このようなものなのか。

 キキョウもヤコウもその身軽なことには感嘆のため息が出そうなほどだ。

 しかも、二人とも今までの出場者と異なり、簡単な防具類すら一切身に着けておらず、一撃でも食らえば致命傷を免れないような恰好なのだ。

 極限までに素早さに重きをおいた武術が彼らの技の本質なのかもしれない。

 そんな気がしてくるほど、一つ一つの動きが丁寧であり、美しい。


「まるで踊っているかのようだな」


 アイアスが顔に似合わず風流にもそんな感想を言ったので、ロメオは僅かに吹き出して言った。


「その髭面でそんな台詞を言うと冗談でも言っているかのようだな……しかし、確かにお前の言うとおりだ」


 ひたすらに数多くの剣を闘技場の結界内部の中空で泳がせるキキョウ、そしてそれをひたすらに避け続けるヤコウの円を描く様な独特の動きは、見ようによっては始めから打ち合わせをしていた舞踏を踊っているかのようですらあった。

 しかし、これはあくまで戦いなのだ。

 二人の間に打ち合わせなどなく、そこにあるのは互いを傷つけ、地に這いつくばらせようと言う意思だけでしかない。


 だからこそ、その舞踏のようだったやりとりはすぐに終わりを迎え、二人の戦いの様子は徐々に変化していく。

 その変化は明確で、そして美しかった。

 観客達はその一瞬に見とれた。


 それまで、ただ空中に浮いているだけでしかなかった一本の短剣の刀身に突然炎が宿ったのだ。

 さらに、他の十数本の短剣にもそれぞれ、多くのモノが宿り、顕現されていくのが見える。

 氷、雷、水、光、闇などなど――この世に存在するありとあらゆる元素がそこに宿り、刃をさらに危険なものへと変化させていったのだ。

 しかも、短剣の柄の部分からは何か糸状の光のようなものが伸び、他の短剣から伸びるそれとつながっていく。

 ちょうど、短剣と短剣の柄が糸で結ばれたような格好だが、現実に存在する糸、というわけではなく、魔術的なものであるらしい。

 それぞれの糸が重なり合い、絡まりそうになってもすり抜けていくので、そのことは明らかだった。


「あれは……なんだ?」


 ロメオが呟くと、アイアスが推測を述べる。


「……おそらくだが、よく暗殺者が使っているような武器なんじゃねぇか? 俺は見たことがあるぜ。手元や懐に隠した、金属製の糸でもって、人の首を落とすところをな」


「なるほど、それなら私も知っている……それの魔術版……いや、魔法具版ということか? あれほどの魔法具、安くは無いだろうな……」


 ロメオが頷いてそう呟くと、その長い耳で聞いていたらしいロットスが微笑みと共に自身の持つ知識を披露してくれた。


「キキョウ選手は東方の出身のようですからな……あの土地は、おそらくかなり魔法具技術が高度であるようだということが分かっております。おそらくは……あの魔法具も、東方のものではにないかと考えられますのう」


 その言葉にロメオがなるほどと礼を言うと、国王が改めてロットスに質問をした。


「東方の技術については、古族エルフも研究が盛んなのですかな?」


「いえ……そもそも、研究が出来るほど多く東方の物品は流れてこないものですから……とは言え、皆無という訳でもございませぬ。東方から流れてきたと思しきいくつかの魔法具について、儂は見たことがありましてな。一般的なものよりもかなり優れており、洗練されたものであったという印象がありますのじゃ」


 その情報はかなり貴重なもので、おいそれと語って良いものではないような気がしたのだが、ロットスの顔を見るに隠すようなものでもないらしい。

 ロメオと同じく、疑問に思ったのか国王がさらに質問を重ねた。


「やはり、そう言った技術を古族エルフの方々は解析し、導入されているのですか?」


 だとすれば、基幹技術に関わる機密をロットスが話していることになるのではないか、とそう思ったのだろう。

 しかしロットスは首を振って、


「いや、いや……確かに、いくつかの技術は反映させてもらってはいるのですがの……ただ、そもそも起動すら出来ないものも少なくなく、しかも重要な技術はそういうものに詰まっているのではないかと思われる構造をしておることが多いのですじゃ。ですから……まぁ、正直なところを申し上げますと、東方の技術は我々にも詳しいところはよく分からぬ、ということになりましょうか。よほど古代の遺跡にあるような魔導機械の方が役に立ちましょうて」


 と言った。

 古代のものと思しき遺跡から極稀に発掘される魔導機械。

 古代魔族のものとも、古代王国のものとも言われるその魔導機械の数々は、現代よりも遥かに複雑で洗練された技術を使用して作られていることが多く、それ一つで目の飛び出るような値段がつくことが少なくない。

 新たな技術の発端となることも多く、むしろ国家や大規模な団体が欲しがるものであるためだ。

 ただ、あまりに高度な技術は真似することもすらも難しく、解析しきれない仕組みがほとんどで、大体が発想や、仕組みを簡易化したりなどして、魔導機械そのものより劣化した技術となるのであるが、それでも十分な利益を生んでくれる辺り、現代と古代との技術の差はかなり大きい。

 いずれは、古代の頃の技術に到達したいと誰もが考えているが、それがいつの日になるかは分からないと言われる由縁だ。

 その事情は、古族エルフでもそれほど異ならないだろうと考えていた国王だが、ロットスの口調からすれば必ずしもそう言う訳ではなさそうである。

 だから、


「魔導機械ですか……古族エルフはあのような高度な技術すらをも自らのものとする高い見識をもっておられるのですな……」



 などと、少し鎌をかけるようなことを言ってみたのだが、ロットスも流石にそんなものに引っかかって、べらべらと話し出すようなことはないようだ。

 魔導機械が役に立つ、というのはあくまで一般論として言っているのであり、解析技術は他の国々と大差ない、ということを述べて試合観戦に戻ってしまった。

 国王としては非常に残念な思いがした。

 あわよくば、古族エルフの持つ結界技術の根幹について、何かヒントのようなものでも聞けないものかと思っていたのだが、そううまくはいかないようである。

 仕方ないと首を振って、国王もまた、試合の観戦に戻った。


 ロットスとの会話自体は残念なものに終わったが、窓の外に広がるステージを改めて見てみれば、試合はむしろ面白い展開になっているようである。

 キキョウの短剣が縦横無尽に走り、その柄から伸びる魔術によって形成されたらしき線は幾度もヤコウの首や腕を狙って翻っている。

 八本の短剣がストライプを、もう八本の短剣がボーダーを作って、グリッドを形成して壁のようにヤコウに迫っていったときなどは、あの青年は八つ裂きになってしまうのではないかと思ってしまったほどである。


 けれど、ヤコウの方も負けてはおらず、思い切り地を蹴って空中に飛び上がり避けて見せた。

 さらに、そんなヤコウに向けて、地上から空に向けて方向を変えた短剣から伸びる魔術線で作られたグリッドが襲い掛かるも、空中で魔術を放ち、むりやり推力を付けて避けるなどして、しぶとく生き残っている。


「……頑張ってはいるが、ジリ貧か?」


 アイアスのそんな声が観戦室の中に響いた。

 その言葉には、ロメオのみならず、国王も、ロットスもつい頷いてしまうような説得力が感じられたが、事態は意外な方へと動いていく。


 ヤコウがキキョウの攻撃をうまいこと避けて、地面に足を着くと同時に、キキョウがはっとした顔をして、立っていたその場から慌てて飛びのいたのである。


 一体何が起こったのかと見てみれば、先ほどまでキキョウが立っていたその場所には、大体、ジャガイモくらいの大きさの穴が開いていて、何事かと思ってしばらくそこを見ていると、徐々に空間が揺らぐようにその場が色づいていくのが見えた。


「……あれは、鳥?」


 見ていたロメオがそう呟く。

 彼の言った通り、確かにその場所には一匹の鳥が存在していて、その太く鋭い嘴を地面に突き立てて翼をバタつかせていた。

 比較的大きなその鳥は、おそらくは猛禽類だと思われ、その大きさから鷲であるようである。

 そんなものがなぜ突然現れたのかと観客も、キキョウも、そして特別観戦室の一同も考えたが、その答えはある意味で明確だった。


「……くそ。不意打ち狙いだったのに、うまくいかなかったぜ」


 ヤコウがそう言って舌打ちをしてキキョウを見た。

 キキョウはそれを聞き、言った。


「さっきまで押され気味に戦ってたのは、フリってわけですか……」


 ヤコウはそんなことを言ったキキョウを真っ直ぐに見つめて、


「いや? そんなことはなかったぜ……まぁ、いい準備運動にはなったがな。本番はこれからだぜ、キキョウ。俺の上司になろうってんだ。それなりの実力を見せてくれよ」


 そう言って不敵に笑ったのだった。

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