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第99話 無様な決着

 イリスに向かって飛翔しながらいくつもの魔術を展開していくユーミス。

 彼女の周囲には炎の竜巻や風の刃や土の人形や水の槍が次々に生み出されてはイリスに向かってもの凄い速度で飛んでいく。

 一般的な剣士や魔術師なら、どれか一つだけでも致命傷になりかねないほどの威力の込められたそれらを、驚くべきことにイリスは涼しい顔で避け、いなし、また破壊していくのだから言葉も出ない。

 

 けれど、それでもまだ救いようがあるのは、イリスが空を飛ぶ気配を見せないことだ。

 彼女のことだ。

 間違いなく飛翔系の魔術をなにか持っているだろうとは思っていたのだが、未だに使ってこないことを見ると、なにかしら問題のある魔術なのかもしれない。

 複雑だとか、必要な魔力が多いとか、そういった問題が。

 そうでなければ飛んでいるユーミスに対抗するためにすぐに使ってくるはずである。

 そう思って、若干安心していた。


 ユーミスに向かってイリスから飛んでくるのは、せいぜい単発の魔術やその辺に落ちたステージの破片を信じられない速度でぶん投げてくるくらいなもので、彼女自身がユーミスに攻撃を加えようとしてくることはないようだ……。


 そう思った矢先、ユーミスの予想を外して、イリス自身が地を蹴って空中のユーミスに向かって飛び上がった。

 直接攻撃を加える気らしい。


 しかし、未だに身体強化がかかっているユーミスには、そんなイリスの行動を察知することが出来たため、即座にその場から離れて距離をとった。

 イリスが飛行魔術を使っていない以上、それは問題のない対応のはずだった。


 けれど、現実はさらにユーミスの想像を超えたところにあったようだ。

 イリスは空中に放り出されて直後、即座に方向転換をして、逃げたユーミスを追いかけてきたのだ。

 その挙動は直角に曲がったツバメの如くで、ユーミスは驚いて目を見開く。

 そこまでの機動性は、ユーミスの飛行魔術を持ってしても実現できていないもので、イリスがそんなものをここで使ってくるとは思っていなかったからだ。

 いや、使ってきてもおかしくはないと思っていたのだが、イリス自身に飛行魔術がかかっているような雰囲気はないのである。

 たしかに、さきほど一瞬、なにかの魔術が展開された気がしたが……。


 そう思って、けれど今はイリスを避けなければならぬと、ユーミスは再度方向転換を図った。

 ただし、今度はもう一度イリスがユーミスを追いかけてくるかもしれないと思い、その動きに先ほどよりも強く注目して。


 すると、イリスはユーミスがその場から飛び去ると、空中で体を猫のように器用に転換して、それから自分の足下を蹴ったのだ。

 そう、足下を蹴った・・・

 そこは空中であるにも関わらず、一体どうやって……。


 そう思ってユーミスが凝視すると、そこには何かが割れていく瞬間が見え、ユーミスはそこで悟った。


「……結界!?」


 その声を耳にしたらしいイリスが微笑み、


「気づきましたか? 小型の結界ですわ」


 そう言って腕を振り上げた。

 耳元でそんな声が聞こえたことによって、ユーミスは目の前にイリスの拳が迫っていることに気づき、間一髪で避けることが出来た。

 けれど頬には一本、赤い線が引かれている。

 命中することは避けたが、掠ってしまったらしい。

 しかし、そんなユーミスにイリスは安心している時間などくれないようである。

 急いでその場から遠ざかったはずのユーミスに、再度イリスが直線的な挙動で向かってくるのだ。

 その方向転換を見れば、やはり飛行魔術を使っているわけでは無いようで、自己申告通り、小型の箱型の結界を空中に設置してはそれを足場にして移動するという擬似飛行魔法というべき技術でもってユーミスとの距離を何度も詰めていくのだ。

 こんな発想もあったのかと驚くと同時に、しかしこれは自分にはおそらくは出来ないだろうとすぐにその問題に気づく。

 まず、結界、というのは意外と高度な魔術の中に分類されるものであり、これほどの速度で連発し続けること自体が本来おかしい。

 一度発動させれば維持自体はそれほど手間ではないのだが、ありとあらゆる位置に一瞬だけ発動させては着地地点を考えつつ次の結界を張るべき場所を考え、またすぐに発動させる、などと言ったことはふつう出来ない。

 もちろん、特級ほどの実力のあるユーミスだ。

 絶対に不可能であるとまでは言わないが、おそらくイリスよりは数段速度は下がるのは間違いなく、そうなれば空中にいる意味がそもそもなくなるだろう。

 空中での体の挙動も身体強化魔術だけであれほどのことが出来るとは思えず、ユーミスが同じことをしようと思えばいくつかの魔術を併用しなければ出来ないことも間違いない。

 そうなってしまえば、結局のところ、使ったところであまり意味がない。

 今使用している飛行魔術の方がよほど有用で、あれは無意味な技術と言うに等しい。

 しかしイリスにとっては違うようだ。


 ユーミスがその飛行魔術でもって緩やかにしか方向転換できないのに対して、イリスは直角に、また180度の転換を可能にしており、あれはおそらく古代魔族の理不尽なまでの身体能力を十分に発揮できる方法なのであろう。

 飛行魔術を使わなかった、のではなく、闘技場程度の広さなら、飛行魔術など使わない方が早く効率的なのだ。


「……理不尽にも、ほどがあるわよっ!」


 そう叫びながら、ユーミスは縦横無尽に闘技場の空中を駆けめぐるイリスの攻撃を避け続けるが、無情にもそこで限界がくる。


 がくん、と体から力が抜けていくのをユーミスはその時、感じた。


「……魔力が……」


 飛行魔術の長時間の使用、身体強化魔術の燃費の悪さ、さらにイリスの理不尽さに僅かながらに欠いてしまった集中が、ユーミスの膨大な魔力をいつもよりも早く目減りさせ、結果としてもう数分持つだろうと言うところで魔力切れを招いてしまった。


 まだ完全に魔力が切れたわけではないが、こうなってはもうどうにもならない。


 後は、最後の一撃にかけるか、イリスからの最後の攻撃の衝撃を出来るだけ減らすかのどちらかしかないが……。


 そのことはイリスも理解しているようで、徐々に高度を下げていくユーミスを空中に張った箱型の結界の上から見下ろして微笑んでいる。

 先ほどまでは正反対の立場だったのに、今ではユーミスが見上げる方だ。


 さぁ、どうする?


 そう言わんばかりのイリスの不敵な笑みに、ユーミスはなぜか粟立つような興奮を覚える。

 なぜだろう、と思うと同時に、答えが浮かんできた。


 挑む立場だからだと。


 人生通して、そういう立場に立ったことがなかった。

 本気を出せば、ほとんどの物事で勝利を収めることが出来た。

 けれど、今は違う。

 振り絞っても、勝てない可能性の方がずっと高いのだ。

 そして、そんな壁が目の前に存在するからこそ、自分は何か底知れぬ喜びを覚えているのだと、そう思った。


 だから、ユーミスは、決してここで賭けを降りたりするような、女が廃るような真似をしてたまるかと思った。


 魔力を体中からかき集める。


 息が切れるような感覚がし、さらには視界には何ともしれぬ幻覚が見えてくる。


 魔力切れ直前に見えると言われる、魔力性幻覚マジック・ハルシネーションだ。

 ユーミスは自慢ではないが、これまでの人生を通してほとんどそんな状態に陥ったことはない。

 それは、ユーミスが高度な実力を持つ魔術師、冒険者であるがために、自分と同行者の安全のために、常に魔力は十分に保持してきたからだ。

 それに膨大な魔力量を持つために、いくら魔術を使用しても魔力切れになることなんて無かった。

 せいぜいが、小さな頃にその状態を覚えておけと、そうなったら何をおいてもまず逃げろと言われて強制的に魔力を全て抜かれたときになったときと、まだ冒険者になって駆け出しの頃に、慣れていなくてつい魔術を使いすぎたときになったときくらいだ。


 ある意味、魔力性幻覚マジック・ハルシネーションを見るような状態になるのは魔術師にとって恥だ。

 それは未熟や、魔力総量の少なさを晒すようなことに他ならないのだから。

 けれど、今はそんなことはどうでもいい。

 そんなことよりも、イリスにただ一撃をたたき込むことこそが大事なのだ。


 そう思っての集中を、幻覚の中、維持し続けるユーミス。


 そんなユーミスに、イリスが言った。

 悪魔のように妖しい声で。


「……ユーミス。無理は良くないですわ……早く、あきらめた方がよろしいですわよ? ここで、あなたは私に完膚無きまでに負けて、自らの実力のなさを悟り、そしてお義兄にいさまに冗談とはいえ牙を剥く旨、発言したことを夢の中で謝ることになる予定なのですから……。疾く、眠りに落ちなさい。その魔力で結界を張るのです。私が、一瞬であなたの意識を刈り取って差し上げますから……」


 それは、戦うことをあきらめろと言っているに等しかった。

 冷静を装って、表情も通常通りを保っているとはいえ、不自然に落下し、また魔力量もはっきり分かるくらいに減少しているのである。

 イリスから見れば、今やユーミスは初級冒険者にも劣るような存在にすら見えるのかもしれない。

 だから、慈悲を与えてやろうと、結界を張ればそれほど痛くなく、失神させてやると、そう言っているのだ。


 しかしユーミスは思った。

 それこそひどい侮辱であると。

 冒険者は、あきらめないのだ。

 どんな状況にあっても、勝つことを諦めてはいけないのだ。

 ユーミスは、それをかつて里で知ったからこそ、冒険者になった。

 そのことを、今まで記憶の奥底にしまい込んでいたその記憶を唐突に思い出して、ユーミスは強く拳を握りしめて魔術の詠唱を始めた。


 どんな魔術を使うのか、隠す気がない、丸聞こえの、いっそ無様な詠唱であると言えるだろう。

 もはや周囲の観客席がぼやけて見えないし、耳もあまり聞こえなくなっているのでどんな反応を自分に寄せているのかは分からないが、おそらくそこにあるのは失望だろうとすぐに想像できた。


 それは、特級が使うにしては、あまりにも稚拙で、規模の小さな期待はずれといってもいい魔術だからだ。


 ただ、ユーミスにはそれくらいしか使える魔力がもう残っていなかった。

 そして、さらにそれでも勝機はあると信じていた。


 だから、ユーミスは詠唱をやめない。

 イリスはそれを見て、少女の顔に、ふと母親のような慈愛のある表情を浮かべて構えた。


「……"魔王"の気持ち、というのが少し分かる気がします……お義兄にいさまは、だからいつも英雄たちと一人で戦っていらした……」


 それがどういう意味なのか、そもそもその言葉自体、すでにユーミスの耳には届いていなかった。

 けれど、イリスがユーミスの攻撃を避けることなく、受ける気でいるらしいことを、その構えた姿から理解する。


 そして、言った。


「……なんだか、情けなくて申し訳ないわね……でも、これが今の私の正真正銘の本気よ……受けてくれるとうれしいわ」


 それに対して、イリスは答える。


「強い意志を示した者には、それなりの報酬が与えられるべきなんだろうです……昔、どこかの魔王陛下がそうおっしゃって、一人でやってくる人族ヒューマンの英雄とよく戦っていらっしゃいました。私も、臣下としてその意志を継ごうと思います……さぁ、ユーミス。来なさい。私は、避けません」


 その答えにユーミスは、微笑んで、それから唱えるべき呪文の最後の一語を叫ぶ。


「……氷球グラキエス・スパエラ!」


 それと同時に、ユーミスの手のひらの近くに具現化し、速度をつけて人の頭大の氷の球体がイリスに向かって飛んでいく。

 本当に耐える気なのだろう、イリスはぎりりと右足を一歩下げ、足下を強く踏みしめて、さらに身体強化に使用している魔術を少し増やした。

 先ほどのでもまだ、本気ではなかったということなのか、それとも最後の最後だから、後先のことなど考えずに魔力をつぎ込んだのか。

 ユーミスの朦朧とした意識はイリスの魔力の動きすらはっきりと捉えられず、判断がつかない。

 ただ、その氷の球体の行く末だけは凝視するように強い視線で見つめていた。


 そして、それは命中する。

 イリスに命中したそれは、やはり、一つの傷もつけることはできなかったようで、イリスはユーミスを見つめて拳を握りしめた。


 今度はこちらの番だ、とでも言いたげに。

 しかし、ユーミスにはもはや抵抗などできるはずもなく、風のような速度で距離を詰めてきたイリスに反応することもできずに、その腹部に衝撃を受けて意識が遠ざかる。


 消えかけた意識の中で、イリスの姿が目に入った。


「……最後の最後でやってくれましたね」


 そう言ったイリスの腕、氷の球が命中した左腕は肩から指先までが凍り付いているようで、稼働していない。

 あの魔術でそんな効果など普通は付属していないのだが、それはユーミスが最後の最後で放った魔術が通常の氷球の魔術ではないと言うことを示していた。

 長い詠唱は、それを気取らせないため、ただそれだけだった。

 ユーミスはそして、自分が少しは成果を出せたらしいことを目にして、満足し、完全に意識を失ったのだった。

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