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レイニーブルー

作者: 羽沢 将吾

十年振りのこの街。


かつてこの街で過ごした月日は、もう追憶の中で色褪せていた。

また、ここに戻ってくるとはね…

私は、自嘲気味に独白した。

あの頃、通い詰めた喫茶店は今も変わらずに有り、

あの頃と変わらぬ無口なマスターが私を迎えてくれた。

一言、久し振りだね、とだけ言って。

窓の外は、蒼い雨。

あの時と同じ、蒼い雨が降っている。


十年前、この街で過ごしていた私は、恋をしていた。


まだ私が大学生だった頃、この街で出逢ったあの(ひと)

イタリア留学から帰ったばかりの、キラキラした瞳をしていた。

地方から出てきたばかりの私の前で、彼は瞳を輝かせながら話してくれた。

いつか自分のアトリエを持ち、世界の人々に俺の作品を見てもらうんだと。

そして、この街の中央通(メインストリート)に、俺の作品を並べるんだと。

私は彼の瞳に魅せられ、恋に落ちて行った。


だけど、彼に魅せられたのは私だけでは無かった。

容姿端麗で、イタリア仕込みの伊達男振りを発揮した彼の廻りには

いつもたくさんの美女が集まり、私は近寄る事も出来ずにいた。

そんなある日、彼が私を誘ってくれた。

初めてのキス、初めての夜、そして初めての朝。

私は夢を見ている様だった。

たとえ、彼の廻りの数多の女性の一人だとしても良い。

そう思い、彼に求められると喜んで受け入れた。


目くるめく日が続き、私は幸せな錯覚に陥っていた。

しかし、いつか彼からの連絡は途絶え、

そして彼の隣は私よりも恋に長けた女性(ひと)が添う様になった。


あの時、この店で泣きながら飲んだエスプレッソ。

私は誓った。彼に後悔をさせてあげようと。

そして私は死に物狂いで勉強し、イタリア、そしてフランスへ留学した。


十年。そう、十年間。


私はこの街に帰ってきた。

私の作品をこの街に飾る為に。


明日、私の作品展がこの街の美術館で始まる。

彼はまだこの街に居るのだろうか。

もう、誰かと家庭を持っているのだろうか。

聞きたいこと、話したいことはたくさんある。

だけど、私は言葉では語らない。

この街の中央通(メインストリート)には彼の作品は飾られていない。


カラン


ドアのベルが鳴り、誰かが店に入ってきた。

マスターがいらっしゃい、と声を掛ける。

嫌な雨だね、びしょ濡れだよ。

聞き覚えのある声が答える。

パパ、ハンカチ貸して。あなた、ご飯ここで食べちゃいましょうよ。

女の子の声と女性の声が聞き覚えのある声へ向けられる。

ああ、そうだね。

その時、彼が私に気付いた。


十秒。そう、十秒間。


私と彼は見詰め合った。


嫌な雨ですね。


彼が私に言った。


蒼い雨が好きなんです。


私が応える。


十年前と、同じ会話。


違うのは、私と彼の台詞(セリフ)が逆な事。


私は席を立ち、店を出た。


蒼い雨が、降り続いている。


あの頃と同じ蒼い雨が流れるこの街へと、私は歩き出した。



Image song : レイニーブルー


Artist : Hideaki Tokunaga


Special thanks to Hiromi.W & N.M


Presented by Shogo Hazawa

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― 新着の感想 ―
[一言] 読み終わって、早朝の霧に覆われ、山鳥の鳴き声が聞こえてくる森に囲まれたキャンプ場の景色が思い浮かびました。 そういう景色と雰囲気好きです。
[一言] 今回は、感想として書かせていただきます。この作品は、主人公を女性にしていれのですね。愛した人に自分成りの復讐する為の十年、蒼い雨の中での再会に突きつけられた現実、ちょっとやり切れない思いがし…
[一言] 拝読しました。 とても詩的で叙情的な作品ですね。 なるほど楽曲をテーマに書かれたのですね、懐かしい曲。 欲を言わせていただきますと、レイニーブルーを「蒼い雨」とするだけではもったいないよう…
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