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俺とワールド・オブ・リング(7)

 ガルフリースは、川沿いの大きな農地の中央に位置する小さな集落だった。周囲には森も見えなくはなかったが、基本的には平原であり、使われている畑と、休耕の畑が丁度半分ぐらい分布していて、都会生まれ都会育ちの俺にとって初めて見た"のどかな田園風景"だった。


 人々もそれなりにばらばらと生活していて、それに適した時期なのだろうか、フォークで茶色くなった草を集めている人が多かった。もう少し農業に詳しかったり、世界史の授業をまともに聞いていれば、何をしているのか分かったかもしれないが。


 魔王の手下が村の近辺をうろついている、という話だったっけ。それにしては、村のあちこちから火の手があがっていたり、家々が崩れ落ちていたり、ということもなく平和そのものに見えた。無論、仮にそんな事になっていれば、昼まで寝坊していた俺の責任が問われてしまうわけで、その点で言えば非常にありがたいことなのだが。


 馬車が止まったのは、村の中を流れる川にかかる木製の橋を渡り、中央の開けた場所に入った所だった。恐らく村の中央の広場なのだろう。授業で習った覚えがある、これは多分アゴラという奴に違いない……違ったかもしれない。周りには木材だかレンガだかで作られた家々が立ち並び、一件離れた所に教会だろうか、宗教感の漂う建物もあった。


 広場には早くもわらわらと人だかりが出来ており、口々に「あれが例の勇者サマかしら」「あたしゃ魔術師なんて初めて見たよ」など遠巻きに俺たちを見つつ噂をするものだから、実際に何の覚えもない俺は、少し恥ずかしくなってしまった。縮こまっている俺と対照的に隣で堂々と立っているホノカをみると、何だかんだいえど流石に他国から呼ばれる魔術師だけあるのか、と尊敬の念を抱きかけてしまう。


 アカシアさんが馬車の中にあった彼女たちの荷物を降ろし終わったあたりで、人だかりをかき分けて一人の男が俺たちの前に現れた。緑色に赤や金の刺繍が入った服を来て、首から銀色の小さなネックレスを下げるその男は、ひと目でこの村の中でも重要な人物だと分かったが、それにしては少し身なりがみすぼらしい感じもした。先ほどまでホノカやアカシアさん、それに城にいた王やその側近たちを見ていたからかもしれない。


 彼は小さな口ひげを蓄えた痩せ型の男で、髪は少し薄くなっているものの、まだまだごまかしのきく範囲に思えた。彼は俺たち三人が落ち着いた頃合いをみて話し始めた。


「すみませんな、従士殿。出迎えるために待っておったのですが、中々来ませんもんで一度屋敷のほうに帰っておったんです。ようこそいらっしゃいました、ガルフリースへ。村長のガルシア・グッドオールドです。ゆっくりしていって下さい」

 彼にはそんなつもりは無いのだろうが、遠回しな皮肉を言われている気がして申し訳なく感じた。俺は彼に社交辞令を返そうと思ったが、その直前にホノカが口を開いた。


「この度は長らくおまたせして申し訳ありません、ガルシア村長。早速その魔物とやらの話をお聞かせ下さい」

イライラしてるなあ、とホノカの方を向いたら、目があったホノカがキッと俺の事をにらむ。他人のせいで遅刻するという事が許せないタイプらしい。全く、これは――俺が悪いな。村長は、ゆっくりとした挨拶でも返ってくると思っていたのか、少しの間きょとんとしていた。


「ああ、ああ、全く、迷惑なんてとても。馬車が遅れるのはよくあることです、馬は気まぐれなもんですからな」

ホノカが足をぱたぱたとさせはじめた。頼む村長、火に油を注ぐのはやめてくれ。

「それでは説明しましょう、とりあえず……そうですね、私の家でも構いませんが少し遠いので教会のほうでご説明することに致しましょう、こちらへ」


 村長は俺たちに一礼すると先程みえた大きな建物の方へと歩き始めた。それに合わせて、人垣が割れ俺たちの行く道を開けてくれた。彼らは皆似たような服を着ていた。何の色に染められているかこそ数種類のバリエーションがあるが、大抵は木綿の粗末なものだった。


 歩く途中にレンガの煙突がついた家を見かけたので何をしているのか横目で見ていた。どうも鍛冶屋のようで、ふいごを踏みつつ炉の温度を上げているところだった。初めは、ああ剣とか盾とか売っているのかな、でも農村だし大した事は無いのかもしれない、と思っているが、よくよく考えればこんな村にいるのは現実的には野鍛冶のかじで、作っているのは農具だろう。俺の頭がいかにファンタジックか考えされられる1シーンだった。だが、この世界の事だ。確かめてみるまで何とも言えない。


 歩いている途中にも、少しも時間を無駄にすまいとして、遅れを取り戻すためかホノカが村長にやや早口で喋りかけていた。

「それで、何か緊急性の高い事態は起こっているの?」

「へえ、今の所、すぐに対処が必要という事態は起こっておりません」

「でも魔物の目撃はあるのね、どんな魔物なの?」

「どうも人型のようです、詳しくは後で落ち着いてお話いたします」

「わかったわ」

いくらなんでもがっつき過ぎな気がしたが、俺の言えたことではない。


「それで気になることが。従士殿と魔術師殿が来ると聞いておりますが、貴方様は一体どなたで……」

そんな言葉が村長の口から飛び出した。ホノカに向かって。ホノカはまるでアニメの登場人物がするように身体全体の毛を逆立たせていた。顔が真っ赤になって、今にもキレそうだったが、

「え、いえ、わ、私が客員魔術師、よ」

耐えたようだ。


 今更ながら俺の服装について説明しておこう。こちらの世界にやってきた時、つまり王の目の前でひざまずいていた時から変わらず、俺はずっと一つの服を着続けている。それほど気候も暑くないので汗をかくという事はないが、やはりそろそろ着替えたい所ではある。白色の肌着の上に黒と赤の二つの布が使われたチュニック、そして紺色のマント、焦げ茶のベルトが二つ。一つは服を止める用途で、もう一つは鞘を止める用だ。正直な所、ダサくはないのだが、着ていてコスプレをしているみたいで気恥ずかしい。


 そんなわけで村長は俺を従士だとは認識できたが、ローブを着ているアカシアさんを魔術師だと勘違いしてしまったのだ。ホノカの服はどちらかというと騎士風だし仕方なくもある。帯刀してないから従士候補からは外されたのだろうが。俺に言わせれば、こちらの自己紹介を後回しにして事を急いだホノカの自業自得だな、うん。

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