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俺とワールド・オブ・リング(5)


 とりあえず支度できるなら話は馬車でするわよ、とホノカは茫然自失としていた俺を引っ張り、城の表の庭に止まっている馬車まで連れていった。そのとき俺は城の外観を見ていたはずだが、全く覚えていない。後からホノカに聞いた話によると、兵士たちが見送りに来ている中、アカシアさんに背負われて運ばれる俺の姿は相当に滑稽で不思議なものだったらしい。

 はっきりと俺の記憶にあるのは、揺れている馬車の幌の中で心配そうにホノカとアカシアさんに覗きこまれているシーンからだ。馬車が城を出発して3時間はたった頃だ。


「……ああ、気づいたのね、心配したわよ。いきなり変な事をいったかと思うと、急に気を失ったみたいになるんだから」

「あ、ああ――迷惑かけて、すまない」


 3時間にわたる俺の心の中の葛藤の結果、俺はこの時点ぐらいでは、既に前を向くことにしていた。夢がいつまでも覚めないのなら、覚ます方法を探そう。そのために、とりあえずこの世界の事を知ろう、と。不安が完全に吹っ切れた訳ではなかったが、少なくともそう考えられるようになっていた。

 よくよく考えれば、俺はRPGの主人公に為りたかったはずなんだ。この世界は要は自分の悲願の達成とも言える。現実世界より生きやすいはず――。そう自分に言い聞かせることにした。


「そうそう、それで、どうしてそんな事になったのよ、ちゃんと事情を説明しなさいよ。あ、そういえば、あんた、確か部屋で倒れる前、ここはどこだ、って言ったっけ。あれと関係あるの?」


 この少女、ホノカは信じてくれるだろうか。あるいはアカシアさんは、俺の悩みを真剣に受け止めてくれるだろうか。どう考えても、そうは思わなかったが、俺は自分が一人でこの問題を解決できると思えるほど強くなかったし、結局、全部打ち明けることにした。


「俺は……多分、別の世界から来た、って事になるんだと思う」

鳩が豆鉄砲を食ったような、というのだろうか、ホノカは目を点にして、

「――面白い冗談ね、でも今はそういう場合じゃ――」

「本当なんだ」

信じてもらうしかなかった。なんとしてでも。



 俺があらかたの事情を、現実世界で寝たらこちらに来て、いつの間にか従士になっていて――、といったかくかくしかじかを彼女たちに打ちあけ終わろうとした頃、アカシアさんが口を開いた。


「そういえば、似たような話を聞いたことがありますね……、確か、ナルネイア国の新しい王が、異世界から来た人だとかいう噂を――」

「え、じゃあアカシア、あなた、こいつの言ってる事を信じるって言うの? 完全に頭がおかしくなっちゃってるだけじゃないの、こいつは?」

酷い言われようだが、今回だけは仕方ないと思えた。

「私はそういうことがあっても不思議には思いませんね。世の中は広いものです」

「……あなた、前から思ってたけど、凄い順応力高いわよね」

しかし、異世界から来た王、ということは新たな活路が見えたかもしれない。そのフレーズ自体が胡散臭さの塊のようなものだが、本当にそうなのだとしたら、俺の知っている人かも知れないんだ。

「その話、詳しく聞かせて下さい」

アカシアさんは申し訳なさそうに

「ごめんね、それ以上詳しくは知らないの。なんせただの噂だし……」

といった後、

「そうだわ! それならこの任務が終わった後、ナルネイア国に行きましょう。丁度私たちの帰り道とも同じだし。ね、お嬢様、お願いします」

と明るくなった。ホノカはそれに対して口をもごもごとさせながら、

「あ、アカシアが言うなら……い、いや、でもこいつの言っていることが本当だとは到底思えないし、でも……ああ、もう! とりあえず後で決めることにするわ。こいつを観察して、話が本当か確認して、それからよ」

「ありがとうございます」とアカシアさんが笑顔でホノカに礼を言った。



「それで、いくつか聞きたいことがあるんですけど」

俺が口を開いた。この世界は分からない事だらけだ。今のうちに、できるだけ聞いておかないと。

「いいわよ、何でも聞いて」

アカシアさんが優しく笑って、少しドキッとした。ホノカは相変わらず、怪しい物を見る目つきで俺を見たまま何も言おうとはしなかった。目が合うと、フンと鼻をならしてそっぽを向いてしまう。どこまでもツンデレなキャラなのか。


「とりあえず……ここはどこなんでしょうか」

ホノカに一度向けた問いを、今度はアカシアさんに問うことになった。


「どこって言われても、そうねえ、どう言えばいいのかしら――」

アカシアさんは少し悩んだ後、ひと通りの説明をしてくれた。


 まず、この世界はいくつかの国――といっても、統括した支配者がいるわけでもないから”領域”と言ったほうがいいかもしれないが――が存在している。俺たちが今いるのが「リングディア」という国で、ホノカとアカシアが棲んでいるのは隣の「クエスティア」という国だそうだ。

 俺が従士に任命された「ハテノファリア」というのは、領域の中に存在する所領地の一つ、いわゆる小国だ。リングディアの中には他にも幾つか小国があるらしい。従士という名誉は、特別に命令された時以外は自由にしていてもよい、という高等遊民的なものであるらしく、小国の王以上の者のみが主に任命を行うのだそうだ。


「それで、私たちが向かおうとしてるのは、ハテノファリアの中でも、その北西にある国の――」

「あの、すみません、アカシアさん。世界地図とかがあれば分かりやすいのですけれど、そういうのって」

現実の世界のカタカナの国の名前でさえ覚えるのに苦労しているというのに、こう新しい概念と名前が出てこられては追いつけない。まるで冒頭でこれでもかと言うほど専門用語が出てくる一部の小説やゲームみたいだ。


 意外にも、アカシアさんは不思議そうな顔をした。

「世界チズ――って、何かしら? お嬢様、ご存じですか?」

「知らないわよ、そんなの。チズって何の話?」

地図がない世界なのだろうか。そんな設定の話は今までなかなか聞いたことがないが。

「ええっと、地図っていうのは、国と国との距離や、山や川がどこを流れているか書いてあるもので――」

「はあ? 国と国との距離? そんなもの測ってどうするのよ」

ホノカが人を小馬鹿にしたような口調で俺にそう言った。

「どうするも何も、そのほうが分かりやすいんじゃあ……」

「そんな気まぐれに毎日変わるモノ、測っても何の意味もないじゃない」


 なんて言っているのか聞き取れないぐらいに、理解できない言葉が聞こえた気がした。

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