表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/9

俺とワールド・オブ・リング(4)


 眠気のさめない頭の中にどこからか声が聞こえてくる。聞き覚えのある甲高い女の子の声だ。


「まったく、いつまで寝てるのよ! これでも本当に従士なの?」

「魔術師殿、いくら何でも、従士殿の寝室に勝手に入られますのは――」

「何よ、こっちは昼まで待たされてるって言うのよ! これぐらい当然の権利だわ。もう馭者ぎょしゃも呆れ返っていたし、叩いてでも起こしてやる!」

少し大人びた声で、

「ま、待ってください、お嬢様、もう少しできっと起きて――」

「それはもう5時間前から言ってるでしょ!」


 大勢の人が歩いて近づいて、金属の擦れるような音。部屋の鍵を開けたようだ。

 バン、と大きく木の板を殴ったような乱暴な音と共に扉が開けられる。

 すこし、息を吸い込んだような感じがして、


「起きろおおお――っ!」


耳が避けるような大声が俺の鼓膜を貫いた。



 目が覚めると、そこは見覚えのある大理石の壁と肖像画の掛かった部屋で、一人の兵士とホノカ、アカシアさんが俺の寝ているベッドを囲うようにして立っていた。アカシアさんと兵士は少し困ったような表情をしていて、ホノカは――


「このバカ従士っ!」


猛烈に怒っているようだった。


 アカシアさんはそんなホノカをなだめて、俺のほうを向き、申し訳そうな顔をした。兵士は目をこすっている俺に、少し笑いながら、朝の準備を――身だしなみを整えて、荷物を整理するように言った。できるだけ早く、と。

 俺が二度寝しないように必死で耐えている様子を見ながら、兵士は「頼みますよ」と帰っていった。今すぐにでも俺を撃ち殺してしまいそうな程のオーラを放っていたホノカも、半ば不服そうにアカシアに連れられて俺の部屋を出て行った。部屋の扉がバタムとしまる。


 どうやら俺はうっかり寝過ごしてしまったようだ。今日は従士としての初仕事の日だというのに。早く支度をしないと。俺はベッドからしぶしぶと身体を起こして、昨日の夜に床に放り投げたままの剣を拾い上げ、机の上に置き直す。部屋の隅にあるアンティーク調のドレッサーに向かって身だしなみを整えるようにする。鏡の中には、髪の毛があちこちに飛び出した俺の姿が――


「はあああ――――――っ?!」


 どうして俺はこんな豪華な部屋で髪を整えているんだ、違う、剣を持っているんだ、違う、ホノカに怒られているんだ、違う。どうして俺はこの世界にまだいるんだ――?!


 眠気は跡形もなく消え去った。



 俺はまだ夢の中にいるのかも知れないと思った。極稀に、夢の中で寝て起きる、という体験をしたことがないわけではない。――ここまで鮮明に起きたのは初めてだが。


 そう思って、俺はまずほほをつねった。先人たちがそうであった様に、夢の中かどうかを判別するのに最も適した方法だ。結果として、俺の頬に赤いあざが残っただけだった。


 若干の焦りと恐怖が俺を襲った。まさか、そんなはずがない。俺は壁に頭を打ち付けてみたりもした。部屋にかかった貴婦人の肖像が俺をあざわらう。自分の手をみてこれが夢か確かめるという方法もあったはずだ、と他の方法も試してみる。だが、無念にも、俺の期待ははずれ、結果は、ことごとく現実を判定するのみだった。


 消去法からして、残った可能性は二つしか無くなってしまった。俺は自分で目覚めることのできない夢に閉じ込められたか、それとも――この世界は初めから夢ではなかったか。


 その考えに至った時、俺は全身の血が引いたのを覚えている。不気味さ、恐怖、焦りがもう一度俺の上に大きくのしかかった。きっとこれは悪夢に違いない、現実逃避をしたい俺が見ている白昼夢かも。確信を持って夢じゃない、と決まったわけではないじゃないか。そう思った。でも結局、自分で目覚められないなら、現実であることと大差がないとすぐに気づいた。


 十数分か、あるいはもっと長かったかも知れない。俺は現実につきつけられた、ここが現実――あるいは現実と言っても差支えのない夢――である、という事実に困惑し続けた。頭の中を、もう逢えないかも、と現実世界の人物がよぎる。父さん、母さん、妹の初穂、馬原――。こんな時、あいつが居てくれれば。どんな時でも冷静で頭のいい陸なら、きっと俺を助けてくれたに違いないのに。


 じっと部屋のドアを見た。高級な木材で作られただろう、上等な扉だ。ふとある考えが頭の中に浮かぶ。あの扉を開ければ、元の世界に戻れるんじゃないか。扉の向こうには、あの退屈でどうしようもない教室があって、俺をバカにする連中がいて、いつも同じことしか言わない先生が、いるんじゃないか。


 俺はふらふらと立ち上がり、ドアの方へとゆっくりと歩いて行く。右足が出れば身体を右へ、左足が出れば身体を左へ傾かせながら、慎重に、一歩ずつ。


――金属音ガチャリ、そしてバタン。扉が開く。


「いつまで支度してんのよ! このバカ従……士……?」

「あ、ああ……。ああ……」

「ど、どうしたのよ、虚ろな目をして。そんなに眠たかったの、あんた? そ、そりゃあ人間誰しも寝ていたい時はあると思うわ。でもいくらなんでも約束は――」

「なあ」

「え?」

「なあ」

「な、何よ」

「ここは……どこだ?」

「――――はあ?!」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ