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俺とワールド・オブ・リング(3)


「――コホン。アカシア殿、客員魔術師殿なら、あちらで従士殿とお話されております」

兵士の声。アカシアと呼ばれたその女性は少し顔を赤らめて、申し訳なさそうに

「そうですね。大声を出して失礼いたしました」

と誰に向かうでもなく会釈した。


 胸にバツ字の紐がついた全身を覆うねずみ色のローブ。青色の宝石の付いたネックレスを首にかけてはいるものの、ホノカに比べると随分質素な出でたちだった。しかし彼女はホノカに比べて、そう、その、なんというか、豊満な体つきをしていた。俺はエロスを感じざるを得なかった。いや、いやらしい意味じゃなくて。……いやらしい意味なんだけれど。

 俺が今まであまり関わったことのなかった、大人の女性だった。よく見ると耳に金のイヤリングを付けていた。ただ、寝起きなのか、何かあったのか、セミロングの茶髪が乱れていて、玉にきずだ。


 しかし、立て続けに新キャラが出てくるなあ。物語の序盤はこんなものか、と俺は彼女の色香にあてられながら、ぼけっと考えていた。ツンデレに続けて、これは多分――お姉さんキャラかな。でも、実際俺は年上の女性と関わったことないから良くわからないんだよなあ。ああ、そういえば馬原はこういうキャラ好きそうだな。この前、一緒に格闘ゲームをしたときも――「あなたが勇者様ですね」


 気が付くと目の前に彼女が立っていた。

「はじめまして、私、ホノカお嬢様のボディーガードと家庭教師を務めていますアカシアです」

俺はホノカの時よりは順応するのに時間をかけず、

「こちらこそ、はじめまして。ハテノファリア従者になりました剣石隼人です」

と返すことに成功した。

「ちょっと、アカシア! 休んでなきゃダメじゃない!」

「大丈夫です、お嬢様。"国境酔い"程度、もうすっかり治って……」

アカシアさんは、千鳥足を踏んでいた。コッキョウヨイ、と言うのがどんなものかは知らないが、二日酔いのようなものだろうか。主人にいたわられる従者、か。二人の仲は相当良さそうに思える。

「全然、大丈夫そうに見えないわよ、早く部屋に戻って!」

「いえ、お嬢様をお一人に……する……わけには……」

声の様子にも辛そうな体調が感じ取れる。特に病弱キャラというわけじゃないなら、きちんと万全な姿を見せてくれてもいいのに、夢のやつは本当に融通がきかない。もとい、こんな適当な夢に期待しても無駄だろうけれど。それに、もうすぐ終わるだろうし。とはいえ一応、声は掛けておくか。

「アカシアさん、あまり無理はなさらずに」

「あら、アカシアで構わないわよ、従者様」

この人の"様"は、ツインテール少女と違って、本当に敬意を込めている感じがして不快ではない。まあ年上の女性からそういう呼び方をされるのは落ち着かないものだけれど。


「ごめーん、誰か私と一緒にアカシアを部屋に連れて行ってあげて」

「え、いいって言ってるじゃないの……いいって!もう!だいじょ……大丈夫よ」

ホノカの声によって周りの兵士に半ば連行されるようにしてアカシアはホノカと大食堂を後にした。ああ、ヒロイン達が帰って行ってしまう、ということはこれでお別れかあ。流石にここで一晩あけたら夢覚めちゃうだろうし。



 宴は順調に進んでいった。小さな壇上に挙げられてコメントを求められたりはしたものの、兵士たちには基本的に何を言っても賞賛されるので楽だった。俺は残されているであろう残り少しの夢の時間を、美味しい料理を堪能して過ごすことにした。例のごちゃまぜ料理だ。


 食器の底が大分見えるようになってきたころ、宴は終わりを迎えた。王が前にでて終了の辞を述べたあと、兵士に付き添われ俺は城の二階の一室に通された。俺はこの時初めてこの城の中身をはっきりと見た。大食堂に来る時はまだはっきりと事態を把握できていなかったのだ。


 正直、中世の城については詳しくないから、これがバロックだとかロココだとか、そういう分類は俺は知らないが、それほど大きな城ではなさそうだ、ということが分かる。どちらかというと、領主の大きな屋敷といったほうが正しい。しかしそれでも、俺が歩く道にはペルシャ風というのか、赤を下地にして白のひし形が描かれた絨毯じゅうたんが敷いてあり、壁も白くつるつるした――大理石であっているのだろうか――で作られており、それなりの体裁は保っていた。まあ、正しい中世の城の内装のあり方なんて分からないけれど。城はいつだって外から見るほうが美しいに決まってる。


 俺が泊まることになった客間には、天蓋てんがい付きではなかったが、それでも今まで生きてきて見てきた中で一等豪華なベッドが置かれていた。天井からは小型のシャンデリアがぶら下がっていて、壁には誰とも知らない男の肖像画が。これまた偉そうな雰囲気。


「あの王様に――似ているといえば似ているか」


 俺はベッドに腰掛けて、自分の唯一の荷物である剣をさやから抜いてみることにした。夢の最後をめくくるには申し分のないイベントに違いない。さて鬼が出るか蛇が出るか。俺は一気に剣の柄に力をかける。


 シュイと鉄の擦れる音。


 正直、刀を抜く時はキーンと長く続く高音が聞こえると思っていたから拍子抜けした。さあ、俺の右手に鞘から抜け出て現れたのは――ただの変哲のない鉄の光沢を放つショートソード。西洋らしく両刃なのだが、その幅は西洋の実際のエストックなどに比べ広く、ややゲーム的だ。強いて通常と違う点を挙げてもそれぐらいしか見当たらない。俺の知識とこの剣にはその程度の差異しかなかったのだ。一切喋りもしないし、刀身も妖しく光らない。


 俺は一気にテンションが下がってしまった。最後のお楽しみがこのザマか……。


「もう寝るか……」


 ベッドの感触はまるで身体が吸い込まれるほどふかふかとしていた。この夢を後で感想文に書くとしたらぜひ特筆したい所だな。さあ、現実に戻ろう。いつまでも夢にいたかったが、そうも行くまい。それに学校に行きたくないとはいえ、馬原に会ってやらないと、あいつも寂しいだろう――。ああ、現実いやだなあ。RPGの主人公みたいに為りたかった。この世界が現実なら良かった。ちくしょう。運が無いなあ、俺。――それから、俺の意識はゆっくりと薄れていった。



 その日は夢を見なかった。夢の中だから当然、か。

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