俺とワールド・オブ・リング(2)
○
「勇者サマっていうから、もっとカッコ良い人を想像してたわ、全く期待外れね」
はっとした。可愛らしい躯体から紡ぎだされる……罵倒? それが俺と彼女とのファーストコンタクトであり、ウィアードコンタクトであった。この夢――世界で、初めて俺を手放しに賞賛しなかった人物、それが彼女――
「ホノカ・アースデイ、今は客員魔術師としてハテノファリアに招かれているわ。勇者サマは?」
俺はかなり戸惑っていた。まさか、自分の容姿を自分の夢の登場人物にけなされるとは思っていなかったから、というのもあるし、俺はこういう可憐な少女は毒を吐かない天使のような存在であると、ありもしない幻想を抱いていたからだ。なびく金色のツインテールや、痩せすぎず太すぎずのボディライン、そして綺麗に整った、現実の世界では学年に一人いるかいないかの美少女レベルの顔立ち――こんな聖女が俺に悪口を面と向かって言うなんて! ……陰口ならともかく。
しかしながら、その困惑も十数秒もしないうちに解けてしまった。ああ、何の事はない。ツンデレキャラなんだ、って。つくづくおめでたい頭である。金髪ツインテールツンデレ、十分すぎるほどのテンプレ設定だ。ただ、体型が幼くないだけまだ多様性があるという所か。
「ちょっと、何か言ったらどうなの? それとも口も聞けないわけ?」
冷静な分析をしていると、怒号が飛んできた。早く何とかしないと、そう思って、
「あ、あの――」
口から出てきたのは人付き合いが本来苦手な俺の合言葉だった。考えても見れば生来十数年、女子と面と向かって喋ったことなんてほとんどない俺が、いきなり現れた美少女の前で、完璧な勇者様の振りをするというのが土台無理な話だったのだ。それでも俺はなんとかそのミスを取り繕おうと、必死に言葉を繋げた。
「ホ、ホノカさんか、はじめまして。この度ハテノファリアの従士になりました、剣石隼人といいます、よろしく」
「そ、そうね。よろしく」
彼女は何か違和感を覚えたのか少し怪訝な顔をしていたが、それほど怪しまれてはいないようだ。
改めて考えてみると、彼女――ホノカは大分不思議な存在だ。中世騎士的物語の中において、彼女は服装こそ順応してはいると言えるものの、そもそもとして俺と同じ中学生程度の女子が鎧を着込んでいるという時点で、十分に破綻している。それに、太ももに提げているハンドガン――ゲームで見たことある、恐らくベレッタという種類の拳銃――は完全に意味不明だ。さらにこの上なく可愛い。
横の食器に盛りつけられた焼きそばも、ここにはそぐわないと思っていつつ、食事は些細な事だし、と思ってはいたが、キャラクターまで時代考証が滅茶苦茶とは。しかしながら、冷静に思えば、俺自身が一番この場に不釣合いなのだが。メタな思考が出来ているという時点で。いや、そういうのを含めて適合している、とも言えるか。
「それで、勇者サマはどんな技がお得意なの?」
「あー、その、勇者様っていうのと、へつらっている様に見せかけて上から目線な敬語はやめてくれないか」
いくらバカにされても、美少女補正とツンデレと思えば、と考えていたが、早くもイラついてきてしまった。
「じゃあ、なんて呼べばいいのよ」
「そうだな……好きに呼んでくれ」
「分かったわ、隼人サマ」
根本的に何も変わっていない気がするし、イントネーションの違いによっては、非常にマニアックな関係と勘違いされそうな気もする――正直少し興奮した。
「そう、で隼人サマはどんな技を使うの?」
「へ? 技、技……というと、あの技?」
「どの技があるっていうのよ。アンタ、ハテノファリアの領内で襲われていた官吏の家族を、魔物からその剣で救ったんでしょ?」
正直、自分でもびっくりだ。そんなことをしていたなんて。
剣は玉座の間でひざまずいていた時から腰に付けていた物で、自分でもこれにどんな曰くがあるのかは知ったことではない。もしかすると、人語を解する外法の剣かもしれないし、もっと王道的に、聖なる者にしか扱えない唯一無二の剣かもしれない。とりあえず後で抜いて確かめておこう。
というわけで、俺が使える技なんて全く見当もつかない。適当な事を言うべきだろうか。技の名前ならレパートリーが山ほどあるぞ。邪気眼的なものから異言語的なものまで。だが、あんまり嘘を言うとバレた時が怖い。そもそも、俺はこいつと旅する予定になっているのだ。夢はそろそろ覚めてしまうだろうが、嘘をついてしまうと、その後、この夢の中の世界を引き継いでくれる架空の俺、もとい真の勇者様に申し訳が立たない。というのは建前として、俺は女子に嘘をつけるほど器用に育ってはいない。とすれば――
「特別な技はなにもないよ、運が良かっただけ」
「技がない……ですって? 勇者が? ……ああ、でもそうか、こっちの国だしそういう事もあるのね……」
最後のほうが小声で聞き取れなかった。
「今なんて?」
「な、なんでもないわ。忘れてちょうだい。へえ、凄いのね。想像できないわ。アンタみたいなのがそれ程の実力を持っているなんてね」
またバカにされた。
「それにしてもアンタ、私の名前に反応しないとなると、相当の世間知らずか、それとも余程の――」
「お嬢様!」
大きな声が大食堂に響き渡った。声のする方を見ると、食堂の両開きの扉を開けて、ローブをまとった大人の女性が立っていた。