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俺とワールド・オブ・リング(1)


 ある朝、俺、剣石けんいし 隼人はやとが目をさますと、鮮やかな赤色のカーペットの上でひざまずいていた。寝ぼけながら顔を起こすと、そこには、青に剣の形の金色の刺しゅうが入ったローブを着て、偉そうな口ひげを生やした王冠を被った初老の男が、これまた偉そうな金縁のアンティークチェアーに座っていた。隣には灰の顎ひげを蓄えて、眠そうな目でこちらをみている禿頭の老人が立っており、彼らを両脇から挟むように鉄の薄片を繋ぎあわせたラメラアーマーを着込んだ兵士が幾人か立っていた。事態が把握できない内に、「勇者よ」と声が聞こえた。偉そうな初老の男だ。


「お前は今日、この瞬間から我が国、ハテノファリアの従士だ。お前が、我と、我が国と、我が国民に対して十分な働きをしてくれる事を願っているよ」


 俺はその一言で事態を飲み込んだ。いや、飲み込んだ事にした。俺はRPGの勇者になった、夢を見ているに違いない。もし、そうなら、このまま夢を見て楽しい瞬間を続けるか、それとも頬をつねって飛び起きて、受験対策の演習しかやっていない学校に遅刻するか。どちらを選ぶかは明白だった。俺は道化に――勇者になることにしておいた。俺は今にも漏れだしそうな嬉しさを堪えながら、真面目な顔をして『申し上げた』。


「身に余る光栄です、陛下」

「うむ、苦しゅうない」

ああ、これが王様の苦しゅうない、か。本当に言うものなんだな、王様は……いや、夢だけれど。側に立っていた禿の老人、恐らく大臣か宰相だろう、が口を開いた。


「それでは、従士ハヤトに貞淑なる初の任務を言い渡そう。お前には客人魔術師と共に、我が国の北西部の村、ガルフリースに向かって貰う。村では、魔王の手下らしき一党が近辺をうろついているとの事だ。一刻も早く駆けつけ、事の詳細を報告せよ」

魔王、魔王もいるのか。オーソドックスだなあ。最近のゲームだとむしろ魔王という直球な存在がいる事のほうが少ないような気もするけど、この夢は往年の名作RPGよろしく、勇者が魔王を倒すという王道シナリオなのか。


「謹んでお受け致します」

「よろしい」

王が再び口を開く。

「それではこれをもって、従士ハヤトの着任式を終了する。ハヤトは我が国にとって十年ぶりの従士だ、それも非常に有望な。今宵は宴じゃ、皆の者。用意は大食堂にて出来ておるそうだ、楽しんでくれ」

兵士たちから歓声が上がる。へえ、十年ぶりの有望な従士か。なかなか良い席を用意して貰ったものだ。それにしても、中世の食事か、どんなものが出るのだろう、食べられるかな、俺。好き嫌い、割りと多いんだよね。



 結局の所、それは杞憂きゆうに過ぎなかった。なんと、大食堂の、白いレースの入ったテーブルクロスの上の銀食器に乗っていたのは、もちろん七面鳥やブドウにパン、リーキなどが主だったが、驚いたことに、ハンバーガーや素麺、オレンジジュースにカレーライスの携帯食料レーションまで並んでいたのだ。俺は思った、この夢、時代考証というか、資料の検討が適当だなあと。こういう一人称視点RPGは、いかにして主人公になり切って、世界の様子を楽しむか、という物だというのに、ここまで滅茶苦茶では楽しみようもない。単にそういうものとして見ることもできそうだが、俺にとっては到底受け入れがたいな。ただ、自分が食べられる物が多くて、その点は安心した。だって、野菜スープとトマトと黒パンの食事なんて耐えられそうにない。


 俺は食事に舌づつみを打ちながら、適当に周りの兵士からの声に生返事を返していた。「まさか勇者様が我が国の従士になられるとは」うん。「勇者様と会えて光栄です」まあね。「しかし、あのような可愛い客人魔術師と旅が出来るとは、羨ましい……いや失敬。出すぎた口でした」それほどでもない――え、ちょっと待った。客人魔術師って可愛いの。いや、魔術師っていうから、こう、お婆さん的な物を想像してたのだけれど。可愛い、ということは少女か。いいなあ。羨ましいなあ、俺。メインヒロインなのかな。――でもこれって、夢なんだよなあ。なんて情けないというか、どうしようもない夢を見ているんだろう。

「その、客人魔術師って……ごほん、その客人魔術師というのは、どのような身なりをしているのかな、詳しく教えてくれ」

とりあえず偉そうに喋ってみたはいいものの、勇者ってそういうものだったかは定かではない。というかあいつら、喋らない事が多いじゃないか。

「どのような身なりもなにも、勇者様。そこにいるではありませんか」

え、今ここにいるの? 兵士が部屋の角を指さす。人が多くて気づかなかったが確かに部屋の隅のほうで立っている女性がいる。俺と同じぐらいの背丈で、チェインメイルを着ており、上から赤いサーコートを着ていた。足には乗馬に使われそうな長い革製の靴。手には黒い恐らく革の手袋。ちらちらと見える生の太ももにはホルスターが付いていて、そこから銃のグリップが覗き――ホルスター?銃? 魔術師じゃないのかよ。というかマスケットならともかく、この世界の雰囲気の中、拳銃が出てくるのは流石にどうかと思うぞ。たまにあるけどさ、そういう作品。


 しかし、ここからでは顔がよく見えない。ちょっと近づいて見てみるか。喋りかけようかな、いやでも緊張するしな……。ええい、夢だしいいか。喋りかけてしまえ。

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