ひとつの記憶
どこか薄暗い記憶。
僕らにとってママはセシリアママだった。
セシリアママとマンディおねぇちゃん。
一番そばにいてくれたのはランバートお兄ちゃん。
ある日かがみから抜け出た僕に会った。
「ちあき」
ほにゃっと僕が笑う。
僕は大泣きした。
かがみから抜け出た僕はシーと呼ばれていた。She?
そして僕よりママやおねぇちゃんお兄ちゃんに構われる。
僕の、なのに。
「ちあき」
にゅっと差し出される手。
キュッとつかめば嬉しそうに笑う。
力強く掴まれて、僕はまた泣く。
そしたら、シーも泣いた。
二人で泣いてるとお兄ちゃんがわたわたとあやしてきて、本を読んでくれる。子守唄も歌ってくれる。
「愛してる」と落とされるキス。泣き疲れて、安心して眠る。
起きた時、シーとお兄ちゃんを確認して安堵する。
それからはシーはいないこともあるけど大概、一緒にいる。
「しぃ」
「ちあき」
呼べばにこにこと駆けて来る。
庭で遊ぶ時はいつも僕の後ろ。
しぃは後ろにいて、まじれないこのところへ近づいて行く。
そう庭にはいつだって子供がたくさんいた。
お客様の子供たち。
僕らのゲストだからちゃんと楽しんでもらう。
ホストはちゃんとしてなきゃいけない。
男の子なら、ご挨拶のキス。
女の子にはダメなんだよ。だから女の子にはハグ。とほっぺへのご挨拶。
そして僕のところへ連れてくる。
「いっしょにあそぼう」
僕はしぃの望む言葉を言う。
二人でお兄ちゃんが見守る中、ちゃんとできるところを見せる。
ちゃんとホスト。出来るんだから!
しぃは後ろにいた。
少しお酒の匂いのするおじさんが僕の髪を撫でる。誰のパパだろう?
「赤は罪の色だな。緑は嫉妬か」
からりと笑いながら言い放たれた言葉は意味がよくわからなかった。
でも嫌だった。
「神様が人の反逆を認めた色ってママが言ってたよ」
するりと後ろから声が聞こえた。
「反逆ってなぁに?」
そんなことを言いながらしぃはお酒の匂いのするおじさんに手を伸ばす。
「魔女らしい言葉だな。人が幸福を求めることさね」
そう言ってハグと挨拶。
「カッコいいね。おじさんも反逆してるの?」
「欲しいもののためには色々しないとなぁ。難しいか?」
「うん! でもね、頑張ってね」
おじさんと放れた後、にこにことしぃは言う。
「かっこいいよね」と。
僕はそう思えなかった。
ママを非難した。そう感じた。それに僕らを『悪いコト』と言った。
「ちあき?」
僕と同じ大きさの手が僕を撫でてそのまま抱きしめてくる。
ご挨拶のキス。
大好きのキス。
僕用のキスだと思ってたのに。
どうして僕が嫌だなと思った人にもするの?
古い昔の夢。
小さな自分の独占欲に熱が上がる。
夢の中は緑と花に囲まれた優しい邸宅。
「僕は悪くない」
視界にくすんだ赤が見える。
高校に入る時、「染めよう」と言った鎮に頷いたのは『罪の色』を見たくなかったから。
カラコンも同じ理由。
欲しかったモノに手を伸ばさなかったのは、『綺麗なまま』いて欲しかったから。
違う。
眩しかったから、翳らせたくなかったから。
違う。
違う違う違う違う。
違う。
僕は僕が傷付くのを恐れたんだ。
じゃあ。
悪いのは僕か。
「僕が悪いんだよね」
◆◇◆
小さな頃、ランバートが時々来た。
ママとマンディも。
他に入れ替わり立ち替わりでいろんな優しい人がいた。
寂しい頃に来て撫でてくれる。
嬉しくてまた来て欲しくていい子でいた。
告げられることをちゃんとできると褒めてくれる。
ダメだと悲しげに首を振られ、暫く、会いにきてくれない。
いい子でいる。
できるようになる。
ランバートとママだけがシーと呼ぶ。
ママのいう事をちゃんとできるいい子でいる。
「あの子はチアキ。シー、あなたの弟よ」
はじめて見る弟はキリンのぬいぐるみをしゃぶりながら眠っていた。
なんだろう。
違う生き物がいると思った。
ちあきはなかなかしぃを好きになってくれなかった。
『仲良くしてね。愛してあげて』
ママがそう言ったのに。
しぃがいい子でいられない?
ちあきはよく泣いた。
最初は、怒られると思った。
離されて一人にされると思って怖かった。
ちあきは違う生き物で、大切。になった。
しぃとちあきは違う生き物だけど、外見だけはとてもそっくりだった。
ちあきは小さなホストとして子供達の気分を和ませる。
やんちゃで愛されてる子供を羨望の眼差しで見る少し年上の子たちと時々視線が合う。
ここにいる自分達が望まれ、愛されてることはわかっていても、それを失うのを怯える眼差し。
しぃもそんな目をしてる?
それはダメ。
それは望まれてない。
「赤は罪の色」
そう言って、ちあきを触る男。
たくさん頑張って望む結果にまだ辿りつかない研究者。
「神様が人の反逆を認めた色ってママは言ってたよ」
ねぇ。ちあきに触らないで。
離れる時、彼が小さく囁く。
「灯りを消す時、なんて言ってた?」
「愛してる。ありがとう」
そしてごめんなさいと続く。
みんなそうだった。
でもごめんなさいは伝えない。
ママがそう言うから。
大人の大きい手が頭を撫でる。
ふと気がつくとちあきが機嫌を損ねてた。
わからなくて手を伸ばす。撫でて抱きしめる。
最初少し嫌がるそぶりが見えて悲しい。
でも、すぐにぽふりとすり寄ってくれる。
だから嬉しくてキスをする。
大好きと心を込めて。
そんな暖かく懐かしい夢は朝焼けと共に消える記憶。
「小さな千秋はかわいかったよなぁ」




