宇美・年の瀬に
重が鎮君を追い回す。
本気で逃げている鎮君。
人目があるから、比較的コミカルな動きや演出過多でまるでショーであるかのように逃げている。デモあれかなりマジ。
薄茶色の髪の見慣れない人の肩に手を掛けて勢いと距離を取る。
そういう真似をする相手はもちろん知り合い、多分、それなりに気を許している相手なんだろうと思う。
勢いを転じれなかった重が隆維君とぶつかった。
泣いてしまってる隆維君を見下ろして重が動揺している。
今までなら普通に隆維君は対処できたろうから。
泣きながらも重に反論できるようになっているのを見ると少しは改善したんだなとは思う。
薄茶色の髪の人が結構ひどいことを重に言いながら隆維君に助けの手を伸ばす。
ただ、その前に千秋君が隆維君を立たせてしまう。
「あの二人、あんまり仲良くないんだよね」
涼維君がそう教えてくれた。
鎮君を再度追いかけようとする重にノブ兄がやめておけと止めを入れる。
重とノブ兄の会話を彼は興味深げに見ていた。
「行くんじゃないの?」
彼に向かってそういう千秋君の言葉にはトゲがある。
彼が面白そうに笑った。
その時、かなりはっきりと千秋君が苛立ったのを表に出した。
仲が、悪い?
何時ものように軽い調子でとりなすノブ兄に彼は柔らかく笑う。
「弟を気遣ってくれてありがとう」
そう言って……
◇
◆
◆
◇
「宇美ねぇちゃん大丈夫か?」
そっと覗き込んでくる隆維君。
「えっと、何があったのかな?」
気まずげに視線を交わし合う双子。
最終は千秋君を見上げる。
「バート兄の恋人っていつも男の人だから。えっと、そっち系の人って感じ?」
「あの感じ、覚えがあるんだけど?」
言いにくそうな千秋君も視線は合わせてくれない。
「鎮にあの挨拶教えたのバート兄だからじゃないかな」
千秋君は不満なのか声に隠しきれない棘がある。
ふと周囲を見回す。ARIKAのそばは暖を取りやすいのもあって人が多いが、冬の夜の浜風ふきっさらしになる浜、旧水族館寄りになると少し人がまばらになっている。
「ノブ兄は?」
「今、重ちゃんを抑えてる」
ああ。重の事だから怒り狂ったのね。
あの子すぐかっとなるから。
でも、今回はまだ頬だったし。そこまでじゃないわよね?
動物に舐められたものみたいなモノよね。ノブ兄だって女の人が好きだし。どんな女性が好みなのかはよくわからないんだけど。今さら、実は男の人が好きとかってないと信じたい。
イヤだ。
ふと頭を振って視界が揺れたその端にノブ兄に言い含められて重が渚ちゃんに声をかけている。
ああ、お手伝いか。
重自身は夏休みに帰省してこなかったのに会えたのは嬉しそうだ。青空姉妹は例年は夏で移動しちゃうから。
「やれやれ。ビックリしたなぁ」
ふらり戻ってきたノブ兄がのんびり何時ものように笑う。
笑い事じゃないかなと思うかなぁ。
ねぇ。
私。
好きって、伝えたと思うの。
貴方だけって。
気まずい気分で避けてしまってた部分もあるけど、ノブ兄、貴方がなかったことのように振る舞うのはイヤ。その状況で他の人と触れ合う姿なんか見たくない。ワガママ。でも、応えてくれない貴方が悪いの。
「ノブ兄」
「ん? どうした。宇美」
いつも通りのあなたの声が愛おしくも憎たらしい。
見えない場所で隆維君の声が小さく聞こえる。
コメントは「見ちゃダメ」
みあちゃんのあちゃんもそういえばいたっけ?
「宇美。ジョーネツてキデスぅ」
ミラのはしゃいだ声。
でも、外野の声なんかどうでもいい。
捕まえていたノブ兄の服の襟元から手を放す。
「好きよ。子供の勘違いじゃなく、気の迷いでもないし、今日は酔ってもないわよね。ねぇ、愛してるわ」
酔っているとしたら貴方にです。
そこまで言ったらきっと困るわよね。
言い切って、ぽいっと突き放す。
今回はこれで勘弁しておいてあげる。
くだらない言い訳でもなんでもすればいいんだわ。職場は同じ。住んでるのは隣。逃げ切れるものなら逃げてもらおうじゃないの!
「千秋君、送ってちょうだい」
「え!?」
驚く千秋君を引きずり、視線をめぐらせればぽかんとした隼子発見。
「飲むわよ!」
どこかで、重が何か叫んでる気がする。
そう、『抜け駆け』とか何とか。ああ、もう知ったことか。
千秋君は千秋君で隆維君たちに「ちゃんと帰れよ」とか言ってるけど、遅れると首絞まるわよ? 持ってるのマフラーだから。
おどろいてるっぽい陸を見かけたから手を挙げて「よいお年を」と声をかける。重ならいくらこき使ってもいいしー。
ノブ兄からの反応がない。
ビーチが舞台なので青空さんちちらりちらりです。
戸津信弘下手を打てばかなり評判を落としましょうな。
色恋はムズカシイ




