12/1 アパートの前で
「沢嶋さん、こっちでの勤務状態はまだ本格始動とは言いがたいんですね」
眼鏡の青年がそっけない口調で言う。
二ヶ月前に他県にある工場に中途入社した青年だ。
「まぁ、そうだね。それでも何時忙しくなるかはわからないし、君にこっちに来てもらったのは定時制学校がこっちで始まるからかな。単位、足りてないんだよね?」
十二月の空気が冷たい。
「出席日数が足りなかったものですから」
「まぁ、こっちでも同じ学年は三回はできるみたいだし、学費は会社持ち、八年以内に卒業してくれればいいかなって姿勢だけど」
「学校に通えることも重要ですが、稼げないと困ります」
駅からこれから彼の寝床になるアパートへ案内、そのさなかの会話はどこかブツ切れ。
「まぁ、忙しい時は忙しいし」
社宅的に借りているアパート、入り口付近で飛鳥クンが同年代か少し年上の男の子と喋っていた。
「飛鳥クン!」
ふと、少女が顔を上げて、きょとんとしてから笑顔を作る。
「こんにちは。先輩」
そばにいた男の子も軽く頭を下げてくる。染めてるのか、暗めの赤毛。
飛鳥クンのまなざしが隣を見ている。
「彼は広前典孝くん。ウチの新入社員で、飛鳥クンと一緒に高校に通う予定だよ」
「広前です」
「日生飛鳥です。製造部に所属してます」
「製造管理部に配置される予定です」
「部屋は飛鳥クンの隣だから、明日は飛鳥クンが役場に案内してから出社してくれればいいよ」
飛鳥クンが頷き、広前君がしぶしぶ頷く。
「ところで、君は?」
何か大きめの荷物をもってその様子を眺めていた男の子の目が、深い緑なのに気がつく。
「飛鳥ちゃんにちょっと早めのクリスマスプレゼントの配達でーす」
軽い口調でにっこり笑う。
ちょっと?
「イラナイって言ったのに伝わってないの?」
飛鳥クンのいらだった声、困ってるんなら。
「暖房器具は要るって! 使わなくなったやつ貰ってきたコタツだし、普段も机として使えるし、邪魔なら足とっとけば省スペースだしさぁ」
あれ?
必需品?
いや、エアコンはついてた、よな?
「余計なお世話になってるんじゃないのか?」
広前君が助けに入る。それとなく鍵を受け取って、自分の部屋の中を見回している。
「だって、飛鳥ちゃん、うろなに来年からもいるんだろ?」
定時制ができたから、こっちへの正式移動が決まったのだ。
「うっ」
飛鳥クンが気まずげだ。
「親戚として、引っ越し祝いも就職祝いもちゃんとしてないんだからさ、このくらい受け取ってくれないと困るよ。ね? でないと、実情を母さんとおじさんに話すけど?」
「わぁああ。あーねぇ、とあーにぃには内密にしてくれんと困るー」
慌てて、飛鳥ちゃんが彼を引っ張って部屋に追いやる。
親戚?
「飛鳥クン?」
振り返る少女の表情はどこか気まずげ。
「姉のトコの長男なんです。このうろなに住んでて」
「大丈夫、なんだね?」
変な相手じゃないんならいいんだけど。
「大丈夫です」
「沢嶋さん、この辺りで安く買い物をできるのはどこですか?」
広前君が部屋の鍵を閉めながら聞いてくる。ひとまず荷物をおいたらしい。
「やっぱり商店街、かな。近いならスーパー。結構大きいよ」
「休日なのに手間をかけていただいてありがとうございました」
なんだろう、ここからの案内は要らないと切られた気がする。
「いや、たいしたことじゃないよ」
いっていいだろうか?
最近の若い子って難しい。
「設置完了ー。俺、こっから暇だし、町の案内ぐらいしようかー?」
飛鳥クンの部屋から出てきた飛鳥クンの親戚は広前君に睨まれてもにこにこしていた。
「見ず知らずの人に案内してもらう理由がわかりません」
「んー。親戚として飛鳥ちゃんの隣に住む異性の人柄を知っておきたい。ってとこかなぁ。まずは商店街? スーパー? それとも学校? あ、俺は日生鎮。よろしく広前さん」




