11/30 本番スタートである。
"うろな町の教育を考える会" 業務日誌 11/30 結婚式5&6とリンク。
深呼吸する。
今、十一時三十分。
出番まで一時間あるかないかだ。
ふわりとしたマントは純白。縁取りに金刺繍が華やかに彩る。
相方はふわりとした青のウィッグワンピースのようなラインのロングコートにシルバーのブーツ。
渚ちゃんに渡されたインカムで会場の音を拾っている。
今回は事前合わせもしてるし、初回じゃないし、いけるはず。
そりゃこの衣装に対する戸惑いが完全に消えたわけじゃないけど吹っ切っていく。
◇◆◇
「…………」
戸惑う。
戸惑いが抜けない。
コンセプトは納得した。
それでも何か違う感が抜けない。
「挨拶しようねカラスくん。シアンちゃんでーす♪」
そういっちゃんが新コスチュームで明るく声をあげる。
右のこぶしを掲げて笑顔で大きく振っている。
「……カラスマント……である?」
ぱさりとふんわりした手触りのマントを振る。
軽い。
うん。それはいいんだ。
綺麗に翻るようにターン。動きはシャープというよりふんわり。
なんか違う。
そのままマントを抱え込むように蹲った俺にシアンが呼びかけてくる。
「かーらーすーくん!」
軽くかがんで、叱るような口調。こんなところも演出が細かい。
でもさ。
「コレ、カラスじゃない」
あの日は初めての秋冬衣装の合わせ、およびキャラ同士の掛け合いの試し、動き合わせの日だ。
ぶっつけ本番もかまわないのだが、ここは他との連携もあるという事で限られた見学者を招いての合わせ稽古となっている。
でなきゃそういっちゃんは夏と同じにぶっつけ派だと思うから。
つまり夏のように本番で飲まれてしまわない対策になると新コスチュームを見るまでは思っていた。
これはちょっと違う。
何かが違う。
「あー。蹲っちゃうと、どこからどう見ても白梟だね! 森の叡智。白き賢者。んで、驚かすと棒ッ切れみたいにほっそくなるんだよねー。びびりさんだから♪」
明るい口調で遠巻きに軽く動きながらシアンが煽るように言葉を紡ぐ。とどめを指してこない分、まだ気遣われてるのか?
それにしてもシアンってなんだ?
「ビビりじゃねぇよ。それよか、なんでシアン化合物?」
「シアンちゃん! 化合物つけないのー。だってこの装いで『ノワール』なんてシアンちゃんのコダワリがゆっるせませーん」
怒るポーズでしゃらりと少し伏せ気味デザインの猫耳に付けられた金飾りが揺れる。
この装い。新コスチュームを見せるようにくるりとその場で回ってみせる。
ノワール=シアンの装いはパステルブルーのロングコートにブーツ。ぱっと見はロング丈のワンピースプラスケープなライン。胸元にはコートと同色のリボン。
何時ものゴーグルはなく、ナチュラル系のメイクと変わった色のカラコンに蒼く波打つウィッグ。
因みに正体を知らなければ、普通に間違えることが可能な化けっぷりである。
対する俺は純白のドレスシャツに白のスラックス。白のマント。縁取りやらに金で模様が縫いこまれた正統派の派手さがある。顔のほとんどを隠す仮面も白に金飾り。夏は髪を覆う布をかぶっていたが秋冬用は暗い赤毛がそのまま彩りになっていて鶏カラーな気分にもなる。
少なくともカラスに思えない。
「フクロウでも鳩でもなく、むろん鶏でもない!! 我は太陽神に仕えし白きカラスなり!」
ばさりとやけくそのようにマントを翻す。
「マントが冬の防寒仕様でふんわりしてるんだよねー。寒くても薄っぺらいのに替えてもらう?」
確かにふんわり翻るマントはどこか頼りない。
防寒仕様を重視するわけではないが今回提供された衣装である。
めでたい席で映えるようにと。
「ぇえい! ちゃんと提供された装束でやってくれるわっ!!」
言いつつ、新小道具の杖をシアンに向ける。
シアンはその杖を軽く片手でずらしつつ半歩ターン。蒼がゆらりと波打つ。コートを少し持ち上げて邪悪ににっこり笑う。
「じゃあ、シアンちゃんもカラスくんの選んでくれたコレでいっちゃいまーす♪」
告げられた言葉。心当たりはある。
「……もしかして、根に持ってる?」
「まっさかぁー。シアンちゃんプロのお仕事ー」
俺の問いにあくまでも笑顔で軽やかに。
「……プロって報酬は別に発生しな……アレ? もしかしてなんか?」
「シアンちゃん。新しいデザインのコスプレ衣装とゲーム内レアアイテムで手を打っちゃったァ」
はにかむように胸元で手を打ち合わせながら答える。
「って、ゲーム内のアイテムにコスプレ衣装かぁ」
そのぐらいの報酬かと思う。
なぜかつつっとシアンが軽く擦り寄ってきて肩に手をかけられる。軽く背伸びをして耳元に囁く。
「カラスくん。オジサンの作る一式は基本五万以上だよ?」
「はぁ!?」
驚いて急に動いた俺を軽くあしらうようにコートの裾を翻してターンするシアン。
「じーつーは、なかなか良い報酬なんだよねー」
楽しくて仕方ないという表情でゆるくコートを揺らす。
「ご、五万? コレに五万?」
「んー。シアンちゃんのはリメイクだからもうちょっと安いかもー? 元の衣装ですでに基本的な素材料は払ってるしねー。カラスくんのはお身内価格だから気にしなくていいんじゃなーい?」
呆然と考え込んでいる俺を見ながら数歩距離をとるシアン。
靴音がぴたりと止まった。その方向に顔を向けるとシアンの楽しそうな笑顔と視線が合う。
「カラスくんのー、エモノは杖。シアンちゃんの武器は鞭とストリップどっちがいいかなー」
は?
「すと、りっぷ?」
「ハーイ。ストリップ♪ 接近戦ねー。いっくよー」
シアンが手首に触れながら俺の疑問符を選択のように扱う。
手の甲を覆うように出てきた青い金属。
カチリと何かが噛み合う音が聞こえる。
「刃はついてないから大丈夫ー♪」
そう言ってシアンは床を蹴る。
その動きに合わせて避けながら叫ぶ。
「そーいう問題かぁあ!?」
「そういう問題だねー。指示あり? なし?」
「なしで!」
言葉を交わしながら見せるための演舞が始まる。
演舞の途中でシアンはするりと意識を俺から外し、見学している澄先輩にくるりと回って笑顔。
「ちなみにー。シアンちゃんからノワールに早代わりモードもあっりまーす♪」
シアンが軽快な口調でシタッとポーズとコメントをおくってみせる。
「って、こっちに集中しやがれ!!」
「やだー。まだ、本気モードになるには物足りないしー♪」
楽しげに避ける姿はまさに余裕さ加減をうかがわせる。
ちょっとノワールのときより動きが滑らかなんじゃないかとも思う。
手を抜かれてたってことかよ。ついしてしまった舌打ち。
「第一、ちゃぁんとキャラ設定安定させてくれないとシアンちゃん、困っちゃうなー」
言いつつ肩に手を置き、背後に回りざま足を払ってくる。
「くそっ! ノワールモードがあるんなら最初っからそれでいけよ!!」
「えー。せっかくカラスくんが選んでくれたんだしぃ」
「って! やっぱり根にもってるじゃねーかぁ!」
◇◆◇
吹っ切って……
「カラス君? ……鎮先輩、大丈夫ですか?」
「根に持ってる?」
フッと笑われる。
「これは中学最後のイベントの時、着るつもりで流れた衣装なんですよ。元は猫コスじゃないんですけどね」
「? 他のイベントでも着れるだろう?」
「流石に女装系は中学で卒業のつもりでしたから。イベント系からも遠ざかるつもりだったので」
少し控えめに見える笑いはそういっちゃんぽい。
「えー? だって好きだろう?」
「好きですよ? でもこれがどこまで発展していくか、役に立つのかわからないでしょう?」
好きなものがあるのに役に立つかどうかわからないからそれを見るのをやめるつもりだったと言う。
「先輩がしたいと思える、好きだと思えることはなんですか?」
答えをまとめようとすると、そういっちゃんの表情がスッと変わる。
にこりと笑顔で甘えるように俺の仮面の位置を直してくれる。
「時間だねー。ここからは吹っ切っていこー♪」
ひとつ息を整えて正面を向く。
漆黒の闇に包まれた舞台に一歩踏み出す。
ばさりとマントを捌く。
「あーっはっは。皆のもの、かかれ!!」




