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11/8 彩夏回想してみる。

 変化があったのは十月の十一日。

 夜のニュースを流し聞きして若い子の訃報に切なくなった。

 浜へ出て行く千秋が見えた。

 雨が視界を曇らせる。

 どこを見るともなしに海を見る姿は泣いているようで。

 声をかけに行こうとしてすくんだ。

 笑ってたから。


 その笑いはとてもこわくて動けなかった。


 千秋の手を引いたのは女性の影。

 姿はよく見えない。


 次の日の朝になっても千秋は帰ってこなかった。


 とてもこわい。


 昼前ごろに怪我をした女の子が運ばれてきた。

 怪我をして身を縮める少女の姿はとても痛い。


『千秋』だと思った。


 あっちゃんは当たり前のように受け止め、さーやちゃんも眉を顰め、『千秋』であることを認識してるふしがあった。

 あの子にそんな部分があるなんて見てこなかった。



 十五日雨の日。

 あっちゃんが前日から大量におやつを作っていた。

「工務店さんだからねー。男の子いっぱいいるんだよね」

「そう。……ねぇ」

「なに?」

「一緒に行っていい?」

 驚いた表情であっちゃんが私を見てくる。

「だって、千秋と鎮がかけた迷惑のお詫びと、対処してくれたことに対するお礼でしょう?」

「こわくない?」

 こわくないなんて言えない。

 それでも。

「ごめんなさいと、ありがとうはしたいの。千秋も鎮も私の子供だから」

 あっちゃんのまなざしは揺るがない。

 気遣うような距離と心を計るような眼差し。

 先日、さーやちゃんにきつく言われてたことは知ってる。

 でも、その状況を受け入れていた私も同罪だ。

 それに。

「あっちゃんが帰ってきてくれて、嬉しいんだよ。三人でいれる今が嬉しいの。でも、それは、あっちゃんに重荷だった? 後悔させてる?」

 ずるい聞き方。

 出される答えはわかる。

 だから、私はどこまででも沈む。

「重荷に思ったことはないよ。たとえ、悩もうと後悔はしたくないから。選んだ道がどんなものであれ、それは自分で選んだ結果だと思うことにしてるからね」

 柔らかな笑顔で返される予想通りの答え。

「あのね、引き取るよって言われてもあの子達は私の子供だったの。私はわがままだから。あの子達の心を軽んじるのね。触れるのがこわくても、手放すのはもっとこわかったの。あの日ね、はじめて手放すべきだったのかもしれないって思ったの。でも、でもね、しなかったのよ。だからね、少しぐらいお母さんらしいことしたいんだ」

 黙って聞いてくれるのにあわせて言い募る。

 雨の海。音のない笑いを見た。

 手を差し伸べることも抱きしめることもできない自分がいる。

 黙って受け入れてくれるあっちゃんの姿勢はかなりのところ鎮に引き継がれてると思う。

 夏の鎮を見ていて気がついたのは無理をさせているということ。傷つけたのは私なのに私を追求することはしない。

 さーやちゃんと私はあっちゃんは平気。できると信じて甘える。

 事実あっちゃんは私たちを受け入れ甘やかす。

 隆維が涼維を甘やかすことで安心を得るように。

 子供たちが苦しそうなのは切ない。

 聞けないの。

「それに、そばにいてくれるよね!」

 仕方なさそうに肩をすくめて笑う。

 


 お世話になったという工務店の前田さんは鳶服姿がかっこいい渋いおじ様だった。

 昔気質の実直な人という印象が渋い!

 『こういうおじ様ってかっこいい!』とあっちゃんにはしゃぎそうになる心を抑える。

 何しろ謝礼と謝罪に来たんだから。

 うろなに住んで四年とちょっと。

 はじめて出歩かなかったことを後悔した。


 お礼とお詫び。

 

 その二点に関してあっちゃんは私に任せてくれた。

「うちの子供たちがお世話になりました」

 とっさに言葉が出ない。

「千秋を、とめてくださってありがとうございました」

 あの子が本当に越えてはいけない一線というものがあるのなら越えずにすんでいるのはここでとめてもらったおかげだと思えたから。

 自然と頭が下がる。

 もし、あの子があの子の父親と同質を持つというのなら。

 それは許されない。

 私はきっと許せない。

 何もできない。しない私がそんなふうに思う権利すらないのかもしれない。

 それでも私がつないだ子が他の誰かを理不尽に踏みにじって笑える人間になるというのは許せない。


 家にいる間、千秋はぴたりと自分の部屋に篭る。

 鎮は妹達を気遣いつつ、千秋の様子も伺う。

 あと、私との距離感も間違えないようにと神経を使ってるのがわかる。

 たぶん、ずっとこうだったんだろうと思う。

 隆維と涼維は妹たちが眠るまで相手をしたあとは二人でべったりじゃれあっている。

 でも、隆維の動きがおかしい。

 まるで何か探るかのように海を見ていたり、空を見ていたり、時に夜歩きしたりしている。

 あっちゃんはそれを特に何も言わず見守っている。

 するりと這い登ってくる蛇を軽く撫で、雨の降る海を見ている。

 『海で意識を失う』隆維が夜の海岸近くにいてもあっちゃんは見守るだけ。

 こんな時、あっちゃんがわからない。

 まるで危険がないことを知っているかのようで。


 あっちゃんは絶対の安心の対象なのに。

 千秋と同じように『泣かない』ことに思い至る。

 『不満』や『不安』など存在しないとばかりに振舞う。


 なんだか、とってもふしぜん?


 離れてた間、どうしてたかなんて話はたぶん、お互いに都合のいいところしか話していない。

 事件のこと。芹香の父親との結婚の話。ルシエちゃんとの結婚を決めた話も海難事故にあった話もノアちゃんを引き取ることになった経緯もお互いに語ってはいない。

 どうしても入ってくる情報は半端でどうしようもなくて知りようがない。

 その不自然さにどうして気づいてしまうのだろう。

 今まで気にもならなかったのに。







 とりあえず、わかったことが一つ。

 ほんとーにあっちゃんに甘えていたなと思う。

 あっちゃんはきっと身内を甘やかしてダメにするタイプなんだと決めた。


「ちーあーきー」

「え?! か、かあさん?」

 腕をねじってバランスを崩しかけたところに足を払う。

 へたに踏みとどまると反動がこわいと思ったのか大人しくしりもちをつく千秋。

 お利口だ。

「あのねー」

 スキンシップは大事なのねー。

 こくこく頷く千秋。

「鎮の作る晩御飯。飽きたから今日は千秋が作んなさい」

 あっちゃんの家出から四日目。

 舌もまたあっちゃんの料理の味とレパートリーの多さに慣らされていた状況を舐めていたとしか言うほかない。

「えー! せっかく海ねえに頭下げて簡単レシピ教えてもらってきたのに?!」

「だって、鎮のご飯、飽きたんだもの。しかたないでしょう? またね」

 ぶつぶつ言いながらも千秋に手を差し出す鎮。

「しっかたないわねー。二人で作んなさい」

 ぽんぽんと二人の肩を叩いて部屋を後にする。

 二人のぽかんとした表情がとてもいとおしかった。




前田鷹槍のおじ様

青空海ちゃん

お借りいたしました

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