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秋の向日葵

千秋編

 葬儀の日に作ったのは、チキンとピーマンのホットサンド。

 どこまでも空は晴れ、彼女が笑う姿が鮮やかに浮かぶ。


 一口かじれば、味が無い。



 好きなことは変わらない。

 変われない。

 飢餓的な空虚感と狂暴性は抑えれる程度になった。

 恋であると自覚していなければ、ここまで辛くならずに済んだのだろうか?

 何処までも自分を守ろうとする自分がいる。

 思い出も瞬間もすべて共有したくない。

 誰にもその感情に触れて欲しくない。

 だから知らないふりをする。

 彼女との関係はなかったふりをする。

 何故かみんなすんなり受け入れた。

 少しだけ不思議そうだったのはすぐなくなった。

 彼女と親しかったのは鎮。

 兄弟が親しかったから俺もかまっていた。いつの間にかそんな風に思われている。


 その対応に安堵すると共に苛立つ。



「好きだよ」


 きっとこれからも。




「サツキさん」






 そう。



 意識したのは、高二の春。

 中学も一緒だったはずだし、一年生の時もそこにいたはずで。


 それなのに、なぜか気になってそれとなく目で追うようになっていっていた。


 冬服から夏服に変わる頃、放課後おやつをエサに「水着美人コンテスト」に出てくれないかと声をかけてみた。

 彼女は指をペロリと舐めて考えておくといってくれた。

 真っ直ぐではなく、チラリという感じでおくられた視線が気になった。

 美味しそうに食べてくれる姿は嬉しいし、可愛いなと思った。


 料理に凝り出したのは鎮が暴走をしていた中学時代。

 それまでいろいろと出歩いていたのが一気に減った。

 商店街の友達や逸美なんかは学校で会えたし、問題はなかった。


 万事、問題なく取り繕う手法もうまくなった。

 料理はなんとなく作ったら作れたけど、美味しいとはあんまり思わなかった。

 おじさんに教えてもらって作ったものは、そこそこ美味しいと思えたけど、おじさんの作ったモノの方が美味しかった。

 そこからムキになったんだと思う。

 料理の腕は間違いなく上がった。


 はじめのうちに作ったお菓子や料理は健やミホに食べさせた。


 ミホはナゼか鎮のホットケーキミックスで作ったドーナッツやシンプルなアイスボックスクッキー、ドロップクッキーの方が美味しいと不満げだったけど、食べないということはなかった。


 高校に入って柳本に引きずられて料理部に入った。鈴木と加藤さんがそれより前に村瀬さんを連れてきていた。

 当時の部長が『豊作♪』と喜んでたのが印象深い。


 料理部は実際調理を担当する人数は少ない。

 半数が食べ専と呼ばれる味見要員。

 まぁ結構きびしめ評価をくれる先輩が一年の時にはいた。

 今は基本的にはゆるい。

 料理に対しても、人間関係に関しても。

 何せ構成メンバーが商店街の幼馴染だから。


 だからなのか、彼女のことを気にしているらしいと察した時から、ちょっと引きそうなほどの協力状態へとなった。

 理由は『身近で起こる恋愛事件って素敵じゃない』と野次馬宣言された。


 からかってくるのは家でもそうだった。

 兄弟揃ってそういう娯楽はつつくもの認識。


 中学から明らかにバランスを欠いていたしずめ、その理由。


 母親が自分達を見ようとしないのはいまさらだと思う。

 差し伸べようとしては怯えたように手を引く。それは繰り返された行為。


 『いない』父親に影響される『母』と『兄』


 苛立ちのあまり、傘を地面に叩きつけた。

 『家出』と言う言葉と行為にためらいはもたなかった。

 元々日本に来て二年を過した家にはその結果『家』にいる家族になったという子供も多かったから。

 あの日、時間がもう少し、早かったり、雨が降ってなかったりしていたらもう少し足を伸ばしたことだろう。


「父親ってなんだろうねぇ」

『……くず……』

「飛鳥ちゃん、容赦ないなー」

『ええ記憶はないよ?』

 イヤホン越しに届く遠距離幼馴染の声。

『それよりたまにはこっち帰っといでよ。料理の腕上がってるって聞いてるよー』

 嫌な話題を切り捨てたとたん声にハリが出る。

「あのさー。飛鳥ちゃん」

『なんねー?』

「女の子を、……好きになったかもしれない……」





 夏祭りの前日。

 彼女のメールアドレスすら聞けていない状況を鎮にからかわれる。

 会話をしていて違和感を感じる。


 それでもそれを流す。

 着信を見れば飛鳥ちゃんからだった。


 部屋に戻って窓の開きを調整し、扇風機を回す。潮の匂いが動く。

 回線を繋ぐ。

『飛鳥が俺のアスパラベーコンとったぁああー』

 とたん、響いた男の声。

若葉わかば

『ちーちゃん聞いてよーー。飛鳥が酷いんだーー』

 小学生の頃のままに『ちーちゃん』呼び。

 あの家の人間は相変わらずだ。それは苛立ちと安心感を誘う。

「若葉。飛鳥ちゃんいないの?」

『ぎゃあ!』

 つい、音量を消音したくなる絶叫。

『もー、サイアク。死にさらせっ。あっついねん! そっちは?』

「夏だから暑いよ。部屋にエアコン欲しい」

 飛鳥ちゃんが笑う。

 電話のむこうで若葉にふりかかった暴力は気にしない事にする。

『あははー。よーっし。あついのはみんな一緒だー。で、お祭りに彼女誘えたん?』


「あはは」


『ヘタレやな。まぁ、ええわ。偶然でも遭遇できたら声かけるんやで?』

 呆れたように切り捨てられる。それでも応援はしてくれる。

「かけれるかなぁ」

『せやな。彼氏と一緒っぽかったらやめとき。……おらへんって言っとったけど、お祭とかのイベントはカップル製造マシンやからなー。ニワカカップル増えよる。マジうざ』

「飛鳥ちゃんは好きな人は?」

『はぁ!? きっしょいこと言わんといて。恋愛を否定する気はあらへんけど、出来れば恋なんかしとぉないな』




 藍色の浴衣に映える紅色の帯。きらきら揺れる水のイヤリング。

 はしゃぐ彼女は眩しくて見惚れる。

 綿あめにりんご飴たこ焼き焼きそば、幸せそうに頬張って笑っている。

 白い髪の男の子を引き連れて屋台を巡る。

 あれは誰だろう?




「どうしよう。強制参加の剣道大会なんだ。拒否権ナシ。今年はおじさん主催のデスロードもあったのにさぁ」

『剣道大会はちょっとよーわからんけど、走りこむんはええなぁ』

「あのね、飛鳥ちゃん登山も含むだからね?」

『別にええやん。ところで彼女とは進展したん?』


 むこうで呆れたため息が聞こえる。

 わざとらしく大きく吐かれる息。

『ヘタレ。他に彼氏とかできて、それを見守りながら残りの高校生活過ごすとええんやわ』

「飛鳥ちゃん。それ酷い」

『ひどォない。告げられることのない言葉なんかわからへんわ』

 飛鳥ちゃんは手厳しい。




 剣道大会の日は雨が降っていた。

 今、思えば節目ぽい日は雨が多かったのかもしれない。

 鎮や隆維涼維は一回戦敗退。

 ちらりと見た限り善戦したのは鎮。

 ふと気がつけば、彼女が見えた。

 だから勝っても負けても恥ずかしくない試合をしておこうと思った。

 商店街のおもちゃ屋の澄兄はかなり強い。

 気合をちゃんと入れて、向かい合う。

 だけど、彼女の声に心が挫けた。

 気がつけば敗北。

 ポンと肩に置かれる手。見上げれば、慈愛の眼差し。ゆっくりと首を振られる。

 心に痛い。いたたまれない。

 澄兄も倫子先生に振られてしまえ。

「とうとう―鍋島さんに、嫌われてしまった――――どうせ、俺のことなんて、料理上手の同級生としか、思われてなかったんだ――もう、俺って――」

 沈んだ心境は中々浮上できるようなものではなかった。

 何とも思われてない。

 考えるまでもなかったほどの対象外と思われていたのが切ない。

 目の前でうだうだしている中学剣道部部長がより苛立たしさを助長する。

「大丈夫かー」

 のんきな声と引き留めるように肩に置かれる手。

「脈なしっぽいよね」

「そうか?」

 こぼすと鎮が不思議そうに首を傾げる。

 試合は最終トラブったらしく、ざわざわとしていた。


 試合後は優勝者の藤堂さん達と打上げに『クトゥルフ』へ。

 母さんの軽めだけど普通の母親演技はそれなりだったと思う。

 体を動かすことを好むけれど、同じくらい本に没頭する鎮に武術を習う気があるか、向くかは別だろうなと思う。




「なんとも思われてなかったよ」

 いつものように飛鳥ちゃんと電話。

『ちーちゃん、大丈夫なん?』

「うん。平気」

 切ないし、沈みはするけど。

『しーちゃんは?』

「水着コンの準備でバタバタしてるよ」

『しーちゃんにできんの?』

「一緒にやろうって誘った子がイベント慣れしている子で(どしろーと)を振り回してるよ」




 サツキさんの水着姿が舞台に上がった途端、心臓が止まるかと思った。

 驚きで周囲の音が消える。

 馴れ馴れしいエロガラスにムカつく。

 じっとりと空が曇る。

 コンテスト終了後料理部がサツキさんを取り囲む。賞品の説明だ。でも、気のせいでなければ、かなりの作為を感じるんだけどな?

 説明とコンテストの健闘を讃える料理部員。

 そこにじゃれこむフラレガラス。

 友達認識されてなかったっていうのは驚きだけど、宗一郎君の弟妹は察してた節がある。というか思い返せば忠告してくれてたのかもしれないな。

 サツキさんの手を引いておじさんの家の方へ行く。

 カントリー調にまとめられた食堂。

 下拵えを終えてある食材。

「サツキさん、何が食べたい?」



 二学期になってサツキさんに会えない、避けられているのかと思う日々が続いた。



「避けられてるみたいなんだ」

『なんかしたん?』

「わかんない。学校には来てるみたいなんだけど会えなくてクラスが一緒だったらよかったのに」

『ちーちゃん』

「嫌われるようなことしちゃったかな。作った料理美味しくなかったとか、嫌いな物入ってたとか、……好きな人ができた。とか……」

『ちーちゃん、落ち着きぃ! 勝手に決めつけたらあかん。時間が欲しい時もあるんや。どうしても、気になるんやったら、住んどるとこ訪ねてみぃや。本人にちゃァんと聞かなわからんよ』

「そう、かな?」

『せや。えーか、ちーちゃん。恋愛はお互いのタイミングや。ちーちゃんが一人で暴走してしもうた方がアレや。あかんやろ?』

「タイミング」

「そーや。タイミングや』

「外してたらどうしよう」

『ちーちゃん。心配ない。コクれてない時点で今更やわ』

 ひどい!

「飛鳥ちゃん!!」

『ちょっと、やめてーな鼓膜破れたら治療費請求すんでー』


 それとなく電話の回数が増えた。




 そしてニュースで知った。






 飛鳥ちゃんには伝えていない。

 好きになった彼女の名前。

 だから知ることはないだろうけど。







「飛鳥ちゃん」

「なんねー?」

「付き合おっかー?」

ちょこちょこお借りしております。

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