8/20 カラスと総督
日の沈んだビーチで手酌。
三男が孫を連れて帰って行ったのは見送った。
五番は四男がホテルまで連れて行ったし。
この時間からナンパをする気もないし、今はする気がない。
『うろなの海は綺麗らしいよ。いつか見に行きたいねぇ』
雇用主がのんびりと告げてた言葉。
その願いは叶うことなく、今に至る。
「総督?」
カラスに声をかけられる。
「少年。空気を読め」
故人に思いを馳せている老人の邪魔をするんじゃない。
「一人で飲んでるの寂しくね?」
カラスはこちらの意思など構うことなくすぐそばにしゃがんでこちらを伺ってくる。
ああ。グラスは蹴るなよ。
「久喜様を悼んでいるから邪魔をするんじゃない」
「だれ? 死んだ人?」
「そう。亡くなられた。うろなの海をみたいと仰ってたんだ」
「見れなかったんだ」
「そうだな。仕事に余裕が出来て、時間が取れるようになった頃に体調を崩されて、どうせなら療養治療にうろなをお勧めすべきだったんだろうな」
済んでしまったこととはいえ悔やまれる。
やるせない気分になって懐を探る。
チッ
火がないか。
「総督が『様』付で呼ぶ人ってなんかすげー?」
「忠誠を捧げたい相手なら当然だろう。わからんだろ?」
「うん。わかんねぇ」
「忠誠は重いぞ」
「総督ー。それを重く感じるのは捧げられてる方? 捧げてる方?」
昼の仕返しか?
浜に寄せてはかえす波の音。繰り返される終わりない動きと音色。
「両方。だろうな。
だが、
捧げられている方が重いのかもしれないな。
捧げている方はただひたすらに進むだけだからな」
「こわっ! 重い! 総督の忠誠心重すぎ!!」
ぁあ?
喧嘩売ってんのか?
この子ガラスは。
「総督は表の仕事ナニやってんのー?」
ころりと話題を変えてくる。
「会社役員の秘書だな」
沈黙が長い。
まぁ少し意外か?
「冗談?」
実に正直だ。さすが鳥類。人類じゃなかったな。
「なんだと思ってたんだ?」
「ぇええっと。ぷーか、ヒモか、ええっと、さ、酒場の用心棒??」
混乱してる様がなんともいえなくて笑ってしまう。
「暴力団系とでも思っていたんだろう? まぁ、あたらずとも遠からずだな。秘書業とは別にグレーゾーンの金貸し業もやってるからな。あ、管理は親友に任せてるけどな」
ふぅんとどうでもよさそうな返事。
「あのさー。そういっちゃんは使えなくなんかないから。なんで、家族なのにあんなふうに言えるの?」
また話題が変わる。
言いたかったのはコレか。
「家族なんて使い潰すものだろう? もっとも近くにある使えるべきものだろう?」
一呼吸置いて子ガラスを覗き込む。
そこに見えたのは絶句し、こちらを見てくる異国の色を湛えた瞳。
『信じられない』
その目はそう言っている。
しかし、そんな家族が存在するのも事実だ。
そういう家風があるから弟たちは逆らわない。
そういう家風があるから子供たちは反発する。
そして孫たちはその家風に沿うのが自然だと認めている。
きっと、このカラスにはわからない。
「それに、宗が使えないと言われてるのはいつものことだな」
「な!」
「公にでも聞いてみるといい。あの子も宗に対しては『使えない兄』と思っていたはずだしな」
おそらく意見は変わってるだろうが、思っていたことは事実だ。
使えないと言われていた。
使えないと思われていた。
そんな宗一郎がたぶん、兄妹を総括する立場になっていくのだろうと思う。
使い潰す権利があるのは兄弟の中で采配をもっとも強く揮える者。
ゆえに長兄がその立場に着くが、宗一郎とその兄である恭一郎は双子だ。
どちらがその立場に着くかは個人の才だ。
宗一郎を『使えない』としたのは恭一郎の采配。そう仕向けるだけの才があったがへまを踏んだ。
「コレは思ったより致命的になったなぁ」
「致命的?」
仔ガラスが呟く。誤解を誘った気もするが構わないだろう。
「さて。興がそがれた。宿に帰るとするよ」




