8/11 夜の屋上
暁君に知り合ったのは高2に上がった春。
太陽先輩の衝撃からも一応立ち直ったころ。
彼女は初恋で憧れだった。
感傷的な気分で港から見る海を見に来たら、遠くを見る少年がいた。
大きめの肩掛け鞄。
濃紺の帽子。
その後、勢いで海に落としてしまったのは苦い思い出。
海に奪われたのは帽子だけですんだ。
ずぶ濡れになった暁君をうちに連れて帰っていろいろ話を聞いた。
中学校に上がる前にぶらりと家出旅行中だと言って笑ってた。
爺さんが暁君を気に入って泊まらせた。
嬉げに笑う暁君とたくさん喋った。
養母の元にいること。実母はいつの間にか亡くなってたこと。父親は実母が旅行先で出会った相手でどんな人物か知らないということ。妹が二人いるということ。必要にかられて作り始めた料理が好きなこと。
養母が「私の子供」と呼ぶのが嬉しいのか恥ずかしいのかわからないとか。
問題は端々にうかがえるが概ね幸せそうに語っていた。
そして二度目に過ごしたのはその年の夏。
暁君は妹二人を連れて遊びに来た。
「獣医さんになれたら、お嫁さんになってあげてもいいわ。信弘くんは彩夏のコト嫌い?」
中学一年生の女の子だ。
その振る舞いは気持ちいいほどきっぱりと上から目線。
ただの戯れだとは思った。
海外の学校へ勉強しに行くという彩夏ちゃんは、暁君に負けず劣らぬ行動派だった。
結局、その約束は果たされることはなかった。
思い出の中の少女は明るく強気で強引。
時々、自信なげに揺れる眼差しに目を離すことができなかった。
頑固で弱みを見せることを嫌い、自分の定めたことにまっすぐな気性は折れるんじゃないかと不安を覚えた。
彼女は実際、助けを求めてきたりはしない。
らしいと思う反面、少なからず頼りないとおもわれている気がしてさびしくもある。
この町に暁君が住むつもりで来たのが6年前。
四人の男の子と二人の女の子に振り回されていた。
どこか笑顔の質が変わったなと思った。
男の子のうち、二人が彩夏ちゃんの子供だと聞いて驚いた。
だけど、その年齢を聞いてもっと驚いた。
親から捨てられたと認識していたあの三人はトラウマのように慎重さも持っていた。
何度か、暁君に話すように水を向けてみたが閉ざされた口は開かれず、温度のない眼差しでかわされた。
彩夏ちゃんに再会したのはこないだの水着美女コンテストでだ。
頑固でかたくな。
それ以上にそんなに頼りないですか?
あてにならんのかと言いたくなる。
暁君も生死不明期間があったらしいが、その場合死んでても教えてもらえなかったんだろうなと思う。
ほんとーに。
「生きててよかったよ」
「信弘さん?」




