第2話
明けて、3月26日は雨であった。ようやく膨らんできた桜の花の蕾を落としてしまわないか心配だ。
結局、捜索隊本部(食堂)に召集された隊員は7名であった。他にも残留者はいるのだが、あまり人数が多くなると収拾がつかなくなるし、玲に特定の人間ができることを反対する者は真也以外にもいるので、大騒ぎするわけにはいかないと美雪が却下したのだ。
寮は、長期の休暇中であっても閉鎖されることはないため、残留したり、自宅と往復する者も珍しくない。だが、休暇の全日数をずっと寮内で過ごす者にはそれなりの理由がある。
今回の王子様捜しの原因である篠宮玲は、母は死亡、父は海外赴任中のため、戻る家がない。人が住まない家は傷みが早いので貸家になっていた。
玲につき合って残った飯塚真也の家は、地元で令名を馳せる総合病院であり、両親ともに医師だ。ついでに年の離れた兄がふたりいるが、こちらも同じく医師である。とにかく忙しい人たちで、末息子のことなどかまっていられない。存在すら忘れているかもしれない。
そして、余計な提案で、真也の不況顔を原因を作った佐々木美雪は、家族との折り合いが悪い。美雪の父は代議士であるのだが、彼は本妻の子供ではなかった。美雪を産んだ女性は、彼が小学校1年生の秋に他界したので、父に引き取られた。本妻や、その子供たちが愛人の子供に冷たくあたったのは、当然といっても差支えないだろう。
物心ついた頃より、自分の身は自分で護るものだと悟った美雪は、空手や柔道、果ては中国拳法にまで手を出した。武術に長けているのはこのためだ。最初の目的は護身であったが、今では単なる趣味になっているあたりが怖いところである。
本妻の子供が女子ばかりであることから、父は美雪を可愛がってはくれたが、目の届かないことも多く、彼を気遣い寮に入れた。美雪も、父以外には、いい感情を持っていなかったので、ありがたい処置であった。
服部貴英は、某警備会社から派遣されている、美雪の父の専属ボディガードの息子である。美雪の家の事情は父から説明を受けており、自分は佐々木代議士を護るから、おまえには美雪さまを任せる、といわれ常に傍らに寄り添っている。美雪の存在は、極一部の者にしか内報されていないが、父の溺愛ぶりから利用価値が非常に高いため、警戒してのことだ。
実際のところ、格闘家としては自分より強いのではないかと思われる美雪だが、ときどき見せる弱音が庇護欲を掻き立てる。自分にだけ見せるその素顔を、いつまでも独占していたいと思う貴英である。
大道寺司、秋元克臣、遠野彼方は、昨夜はいなかったメンバーだ。
司の父は、大会社の社長だ。母は、姉の留学先についていってしまっている。家には、住込みの家政婦がふたりいるが、家には寝に帰るだけの父と暮らすには物寂しいだだっ広さだ。それなら、いっそ寮にでも入って友達と生活した方が張り合いがあるというものだ。
父に会いたければ、会社へ出向いた方が早いくらいである。もちろん、企業に春休みなど存在せず、さしあたり帰る理由もない。
克臣の家は、音楽一家である。父はチェロ奏者、母はピアニストで世界各国を飛び回っている。兄と姉がひとりずついるが、彼らもそれぞれ、声楽とハープを嗜んでおり、音楽活動に余念がない。本当は、克臣にも音楽の道を歩んでほしかった両親だが、これだけ音楽にまみれた生活をしていたにも関わらず、彼は楽譜すら読めなかった。
彼は、海洋哺乳類が大好きで、将来は、そういう道に進みたいと考えていた。この学園を選んだ理由も、国内でかなり大きな部類にはいる水族館に一番近かったというだけだ。たまには、帰郷しなさいと連絡が入るが、彼にとって、音楽は頭の痛くなるノイズでしかなく、正直、実家には近寄りたくもない。
彼方は、両親が離婚後、刑事の父と暮らしていた。強盗犯や殺人犯とばかりデートを重ねている父だが、離婚してしまったという罪悪感のせいか、息子とうまく接することができなくなっていた。彼方も、朝も夜も関係ないような職業の父が、自分を重荷に感じているのではないかと気遣い、また、いつも自宅で独りきりでいることが寂しく、寮に入る決心をした。
お互い距離を置いたことがいいように作用したようで、親子関係は修繕されたものの、いくら叩き潰しても出てくるゴキブリのごとく事件は減ってくれない。顔を見ない方が仕事に没頭できるだろうと、残留したのである。
「……というわけなんだけど、協力してもらえないかな」
朝食のあと、食堂の隅のテーブルをひとつ占領して、美雪がいった。
「まあ、別に暇だし。玲には、試験前にいつも世話になってるもんな」
「克臣は、毎回ギリギリだもんねえ」
「うるせ。彼方だって同じようなもんだろが」
「克臣よりは上だもーん。玲に教わる回数も僕の方が少ない」
目くそ鼻くそを笑うというやつだ。克臣と彼方の低次元ないい合いに、司が苦笑を漏らす。
「で、具体的にはどうなさるんです?」
正真正銘のおぼっちゃまである司は、誰に対しても丁寧な話し方をする。
「古典的ではあるんだけど、似顔絵作ろうと思うの。これは、司くんにお願いしたいんだけど、いい?」
司は頷いた。彼は、絵画を趣味にしている。口で容姿を説明するには無理がある。今回の場合、本人の顔を知っているのは玲だけだ。似顔絵があれば便利なことこの上ない。
似顔絵が出来上がったらそれをコピーして、街を中心に小学生が行きそうなところを当たるのだ。そうして、ある程度出現場所が特定できたら、今度は張り込み開始だ。
「それ、美雪が考えたのか?」
「まさか。彼方くんだよねー」
昨夜のうちに、彼方に相談を持ちかけた美雪である。
「さすが、刑事の息子」
「こんなの誰でも考えつくよ。何回もいったと思うけど、その刑事の息子っての、やめてくれないかな、克臣」
「刑事の息子は、刑事の息子じゃないか」
「しつこいんだよ、このイルカオタク!」
「オタクとは何だよッ。おまえにはあの美しさが理解できないんだよ!」
「したくもないね!」
「ふたりともー。いい加減にしとかないと、投げ飛ばしちゃうよぉ」
口調は極めて明るいが、内容が怖い。美雪は、本当に投げ飛ばすのだ。そのことを知っているふたりは、一瞬で口を噤んだ。
「とりあえず、今日は雨だし、似顔絵できるまでは動けないか」
貴英が窓の外に視線を向ける。桜雨というには激しすぎるかもしれない。
「チェックポイントの割り出しなら可能じゃないかな。ゲームセンター、ゲームショップ、コンビニ、書店、公園、図書館。他にもいろいろあるんじゃない? 市街地図の検索とかできないかな」
「なるほど。やっぱり違うよ、刑事の……」
じろりと睨みつけられ、克臣は、言葉を飲み込んだ。
「あの……」
話がだいたい固まったところで、玲がおずおずと申し出た。
「みんな、本当にいいの? 春休みなんだよ? いろいろ計画があったんじゃないの?」
「玲ちゃんてば、まだそんなこといってるの?」
「だって、ミユキちゃん……」
掃除当番を代わってくれ、というのとはわけが違う。決して、楽観視できるものではないはずだ。何しろ、今の段階では、まったくといっていいほど手持ちのカードがないのである。狭くはない範囲で、素人が人ひとり捜し出すのは困難であろう。学生で使用できる資金もしれている。仮に資金があって、新聞の尋ね人に広告を出しても、小学生の目に止まるはずもない。
「こんないい方、よくないかもしれないけど、僕はちょっと楽しいかも」
彼方がきれいにウインクを決める。横で、克臣も頷いている。
「好きな人に会えないのは辛いですから……。玲さんにそんな想いしてほしくありません」
「……ありがと、みんな」
玲は、俯いて目元を拭った。
「じゃ、僕はポイントの割り出しにでも挑戦してみようかな」
「俺も行こうっと」
彼方と克臣が立ち上がる。それまで、一言も口を利かなかった真也も、ふたりにつられたように立ち上がる。
「俺のパソコン、使うといい。市内の住宅地図もあるはずだ」
「じゃ、あとでまた合流ね。行くよ、イルカオタク」
「オタクじゃねえ!」
3人を見送って、司が玲の顔を覗き込む。
「僕たちも行きましょうか」
「うん。ミユキちゃん、貴英くん。ホントにありがとね」
「お礼は見つかったあとでせいぜいしてもらうから気にしないでよ」
食堂を出ていくふたりに手を振って、美雪は貴英を仰いだ。
「貴英くんには、お願いがあるの」
「何だ?」
「真ちゃんに気をつけておいてほしいの」
「真也が何かするとでも?」
美雪はすぐには答えず立ち上がると、貴英を促して食堂をあとにした。雨脚が強い。食堂の前は中庭になっており、休暇中でなければ、生徒がそこここでたむろしている憩いの場所だ。今は誰もいない。
自分の腕を、貴英のそれに絡ませる美雪の表情が険しい。
「美雪?」
「貴英くんは、おかしいと思わない? 真ちゃんの態度」
「玲のことが好きなんだから、面白くないんだろう?」
「それだけじゃないよ」
静かすぎる。美雪はそう思うのだ。美雪から見た真也は、自分の感情に素直で、嫌なことは、はっきりそう告げるタイプだ。末っ子特有の、自分は優遇されて当たり前みたいなところも多少ある。
確かに、玲にお願いされて仕方なくとも受け取れる。さっきも一言も口を挟まなかった。玲には、ああいったものの、見つかっては元も子もないので、捜索そのものを止めようとするのではないかと考えていた。それが無理だとしたら、参加しないかもしれない、と。
「ひとりで行動するなら、実際には何もしないでどこかで時間を潰すということも考えられるの。でも、みんなと一緒なら、それはできないじゃない。とりあえず、ふりはしないと怪しまれるでしょ」
そうなると、考えられるのは逆のことだ。何か手掛かりを見つけてもこっそり握り潰す。あるいは、相手と先に接触を図って会わせないようにする。
「考えすぎなんじゃないのか。玲がその子を好きでも、相手もそうだとは限らないんだぞ」
「でも、気になるんだもん。お願い。他の人には頼めない」
「真也の気持ちは無視なんだな」
「真ちゃんの相手は他にいるよ。玲ちゃんじゃない」
真也が嫌いなのではない。ただ、彼は、本来受け身的な性格なんじゃないかと思うのだ。年の離れた兄たちと、忙しい両親の代わりに手の空いた看護師たちに甲斐甲斐しく世話されてきた真也だ。甘えさせるより、甘える方がらしく見える。
美雪は他人のことをよく見ている。小さい頃から人に疎まれるということを経験し、利用されやすい立場にあるせいで、他人をじっくり観察して本質を見極めようとする癖がついてしまっていた。
海千山千の大人たちの見極めは困難なこともあるが、同級生などそう複雑なものではない。その結果、相手が何もいわなくても気持ちに気づいてあげられることもしばしばだ。貴英もそのことはよく理解している。
「いいのか?」
「何?」
「俺が傍から離れても、だ」
「……我慢できるもん」
貴英の腕から離れ、3、4歩先に行き、くるりと彼に向き合う。後ろ手を組んで小首を傾げると、さらりとした黒髪が頬に掛かる。
「でもね。我慢できるおまじない、して?」
「ここでか?」
「誰もいないよ?」
食堂と校舎を繋いだ中庭に伸びる屋根つきの連絡路である。春休みなので校舎には誰もいない。雨の降る中庭に出てきている物好きもいない。雨は、ますます激しくなっていい隠れ蓑だ。
貴英は、美雪の肩を抱き寄せて、そっと唇を重ねた。貴英の背中に手を回し、優しいキスに酔いながら、美雪は思う。
玲ちゃん。玲ちゃんも早く好きな人とキスできたらいいね……。
司は、自室の扉を開いて、玲を招き入れた。同室の生徒は帰郷のため不在である。片方の机やベッドは、整頓されていて、玲の目には少し寂しげに映った。
「適当に座ってくださいね」
「うん」
部屋をぐるりと見回して、結局、ベッドの上に腰を落ち着けた。
「ねえ、司くん」
「はい?」
「司くん、好きな人と会えないの? 確か、年上の人とおつき合いしてるんだよね?」
司は、一瞬、返答に詰まった。
「……誰かに話した覚えないんですけど、なぜ、彼のことご存じなんです?」
「ミユキちゃんがいってた。ときどきお迎えに来る人がそうだって。僕は見たことないんだけど」
実家に帰る際、父の代理として公用で迎えにきてもらったことは、2、3度ある。なぜ、それで、恋人だと分かるのか。美雪の慧眼には敬服に値するものがある。
「会えないの?」
「……どうしてそう思うんです?」
「さっき、会えないと辛いっていってたでしょ。あのときの司くん、何だか哀しそうに見えたから……」
机の下にしまっていた椅子を引き出して、玲と向き合うように腰掛ける。
「遠くに住んでる人なの?」
「……いえ」
「じゃあ、どうして?」
玲があまりにも真剣なので、司は誤魔化すのも気が引けた。かといって、いいふらすつもりも毛頭ないのだが。内緒ですよ、と前置きする。
「お仕事とか……。いろいろ忙しいんです、あの人は……」
「お仕事って……。年上っていくつの人なの?」
「26です」
「そんなに上だったんだ。僕、大学生くらいの人かと……。あ、もしかして、お父さんの会社の人?」
「ええ。父の秘書をしています。だから……」
司の父は、国内でも有数の貿易を中心とした複合企業、大道寺グループの中枢を担う傑物である。日本と海外を往復し、平日はもとより、休日も、接待、会合、と忙しく飛び回っている。社長に休みがないとくれば、秘書も準ずる。1ヶ月の間に1度も顔を見ることができないこともある。
「……辛いよね、やっぱり」
「ええ。でも、会えないというだけで嫌いになったりできませんから」
「司くん……」
「玲さんは会えないと嫌いになりそうですか、彼のこと」
「そんなことないよ! 絶対にない!」
だが、言葉とは裏腹に玲の表情が暗くなる。
「でも……。会えるのかな? 見つかるのかな? もし会えなかったらって考えたら、僕……!」
膝を抱えて、玲は顔を埋めた。小さく肩が震えている。司は、苦笑して玲の隣に座り直した。
「大丈夫ですよ。そのためにみんな協力してるんです。肝心の玲さんがそんなことでどうするんです?」
肩を抱き寄せ、励ますように頭をコツンと合わせる。
「……うん。ごめんね。みんなにも申し訳ないよね」
「みんな、玲さんのことが大好きなんです。嬉しいんですよ、今回のことは」
「嬉しい?」
「ええ。気づいてましたか? 玲さんが僕たちに頼み事なんて、初めてなんですよ?」
「そんなことない……と思うけど」
司は首を振った。玲は人当たりがとてもよい。誰にでも笑顔をで受け答えする。単にクラスメートならそれでいい。だが、もう1歩進んで親しくなろうとしても、見えないオブラートにくるまれているようで近づけない。一体、何人の人間が、玲の趣味や嗜好を把握しているだろうか。
「玲さんは、人づきあいが少し苦手なようですね」
「そうだね。ここに入るまで、友達なんていなかった。だから、どう接したらいいかとか、何話したらいいかとか、分からなくなることがよくあって……。今でも、司くんたち以外とは、まともに話せてないかも」
玲が物心ついたときには、母はすでに1日の大半をベッドの中で過ごすようになっていた。1日中家の中にいる母を退屈させないように、玲は学校が終わると一目散に帰宅して母の相手をしていた。学校で習ったことを話して聞かせ、身体に差し障りのないカードなどで遊ぶ。
小学校に入学してすぐの頃は、何人かの同級生が遊ぼうと誘いに来てくれていた。だが、断り続けているとやがて来なくなる。教室の中でも浮いた存在となっていたが、玲は一向に気にしなかった。自分が大人になるまで、母が傍にいることはないと父から聞かされていたからだ。実際に、医師から余命の告知が下りたとき、それなら限られた時間の中、少しでも母の傍にいたいと思った。
母が亡くなったとき、心の糧もなくなってしまい、ぼんやりとすることが多くなった息子を見て、父が自分が支えてやらねばと思った矢先、海外赴任の辞令が下りた。
父は、知人から寮のあるこの学園の話を聞き、同じ年頃の少年たちと暮らすことで、心の補填ができるかと期待した。
結果的には、玲にとっていい傾向になったが、それでも、まだぎこちなさが残るところがあるのは否めない。
「もっと甘えてくれていいんですよ」
「ありがと。でも、真ちゃんには甘えっぱなしだよ」
「真也さんのこと、好きですか?」
「うん。初めてのお友達だもん。大好きなお兄ちゃんって感じかな」
「……そうですか」
司は、椅子に戻り、机の上に置いてあるスケッチブックを手に取った。表紙を捲って鉛筆を軽く握り、顔大の円を描く。その円を4等分するように十字を描き込む。
「それじゃ、そろそろ、本題に入りましょうか」
「あ、そうだね。えーと……」
どう説明したものか悩んでいる玲の顔をちらりと見て、司は小さく溜息を洩らした。それは、真也の心情を想ってのことだったが、今は似顔絵に集中するべきだと、無理矢理頭の中から追い出した。
夕方、思い思いの食事で満足した7名は、再び集まった。他の残留者が何をやっているのかと興味深げにちらちらと見ている。そんな連中などおかまいもせず、彼方が全員にコピーを配布した。駅周辺の住宅地図と、目ぼしい捜索個所のリストである。
「駅を中心に半径1.5キロ内で検索してみたんだ。商店街もあるから聞きこむ場所は少し多いけどね。明日から2組に別れて駅に近い方から当たろうと思うんだ。手応えがありそうなら早めに範囲を狭めたいし」
「ようするに似顔絵見せて、こんな子みたことないかって尋ねていけばいいわけだよな」
克臣が再確認する。
「そう。心当たりがあるような反応を見せたところはチェックしておいてよ。あとで絞り込むから」
彼方の説明に美雪は、コピーをパラパラと捲りながらいった。
「何かいけそうだよね」
「これ、似顔絵です。とりあえず1枚ずつお渡ししておきます」
司が手元からそれぞれに似顔絵をコピーしたものを渡す。
「すごーい! 司くん、天才!」
「おおっ」
「へえ。上手いもんだな」
実際、その似顔絵はよく描けていた。顎のすっとした一重の少年。目はややきつく切れ長で、鼻筋も通っている。唇は薄めだが全体的に整っていて聡明そうな顔立ちだ。野球帽に包まれた頭も、髪は短くさっぱりしていた。
みんなが感嘆した似顔絵の作者は照れ臭そうにしている。玲もぽおっとなって魅入っている。その様子からも、完成度の高いものだということが窺い知れる。真也は、面白くもなく頬杖をついてそっぽを向いていた。
「で、班分けはどうするんだ?」
貴英が話を進める。必然的に3人と4人になるわけだが、どう分けたものか。尋ねた人全てが親切に教えてくれるとは限らないし、何の脈絡もない因縁をつけられる可能性もある。何かあったときのために、双方に腕の立つものがほしいところだ。
「玲とミユキと司の3人で、お願い、教えて、なんていったら、何か違うこと教えられそうだよな」
「それ、どういう意味だよ、かっちゃん」
「いやあ、何か危なくね?」
「美雪がいるんだ。食い殺されるのは相手の方だ。心配ない」
「貴英くんッ、人を猛獣みたいないい方、しないでよねッ」
猛獣の方がまだマシだと思ったことはいわないでおく。
武道の心得がある美雪と貴英が必然的に別れるとして、結局は、克臣のいった3人と残り4人に分けられた。可愛い子たちが尋ねていった方が警戒心も少なく、口も軽くなるだろう。相手によっては出方を変える術もほしいところである。
「んじゃ! 明日からよろしく!」
美雪が締めて、それぞれ解散となった。
スタスタと先へ行く真也の背中に玲が声を掛ける。億劫げに振り向く真也。
「真ちゃん。怒ってるの?」
「……別に」
「怒ってるじゃない。どうして? 僕がくだらないこと頼んだから?」
「そんなんじゃないよ」
「真ちゃん……」
「俺、今日はもう眠いんだ。先に部屋に帰るから」
足早に遠ざかっていく真也の後姿を見て、何となく突き放されたように感じるのは気のせいか。玲には、真也の気持ちが理解できないでいる。
そんなふたりを、美雪と貴英が見守っている。
「潮時かもな」
「そう、だね」
雨が上がった朧月夜が、少年たちの恋の行方を案じているかのように静かに更けていく。
桜の蕾は、まだ硬い。
<続>