002
スーパーヒューマン登録法というのがある。
これはその昔、まだ超能力者だとか悪の改造人間だとかが表立って活躍する前、まだそれらの存在が空想の産物だった時代の話。
アメコミなどで用いられた、超常的な能力者、もしくはそれに類する力を扱える存在を政府に登録し管理するという、まぁ中々に面白そうな法律ではある。
大抵の場合、コミックの中では登録法賛成派と登録法反対派が出現し、其々の勢力に所属するヒーロー同士の争いに発展する、らしい。まぁ、中にはガチで善悪の対決になる場合もあるらしいが。
で、何故そんな事を今言うのかと言うと、日本ではその法律が現在施行されているから、と言うのがある。
過去のアメコミでは、大抵この法律を根に諍いが起きたものだが、いざ実際にやってみると、他所の国は別として、日本ではこれが大いに受け入れられた。
なにせ、超能力である。
いや、この場合の超能力は、サイキックに限らず、霊能力だとか、魔術、魔法、優れた頭脳や突然変異した肉体なんてものも含まれるのだが。
この超能力と言うもの。目覚めたからといって、そう易々と制御できるものではない。事実、発展途上国では、超能力者の増加が見られる近代から、子供の超能力暴発による事故というのは年々増えてきているのだ。
で、日本はどうしたかと言うと、全国の産婦人科にオカルト計測装置を導入したのだ。
このオカルト計測装置、超能力霊能力の類を計測するだけではなく、例えばミュータントの類であった場合、一般的な人類との相違を的確に見抜き、それをチェックすることが出来るのだ。
更にもう一つ用いられたのが、各種異能に対するリミッター措置と言うもの。
例えば超能力であれば、それを使用するには高い集中が必要である場合が一般的であり、もし使おうとすれば微弱電流が流れる枷が用いられるし、オカルト系は簡単にジャマー、ミュータント系にも其々の能力に応じた枷が加えられるのだ。
更に、こうして異能の暴発を抑えると同時に、その使用をヒーロー以外でも使用が認められる場合がある。それが俗に異能免許などと呼ばれる資格だ。
考えても見て欲しい。巨大なボウリングマシンを使わずとも地盤を掘り進めるミュータント、重いものをクレーンも使わずに運べる超能力者、低コストで空すら飛べるオカルト系能力者。
そんな存在を、ただヒーローだけに使うのは、果たして本当に有効なのだろうか。
そんな意見から試験的に導入された異能免許制度。これがまたもや大当たり。ヒーローになる攻撃的な能力者の他、保守的――と言うと言い方が悪いが、非戦闘系の能力者は、戦闘ではなく、より日常生活に親身になって活躍することが出来たし、戦闘系の能力者の中でも、能力に反して温和な性格の人物なども存在し、そういった人間はヒーローではなく一般人として生活したり、異能免許を取得し、それを生かした職についたりなどもしているとか。
さて、何でこんな話をしているかと言うと。
両親の研究室から盗み出した薬品。
一つはミュータント・ピースと仮称される、理性と引き換えに強靭な肉体を恒常的に得る強化剤。
一つはブースターと呼ばれる、筋肉の稼動効率を上昇させることで、一時的に兵士の肉体を強化する薬品。
そうして、もう一つ。
先述の二つは、研究室……というか、デスクのデータを引っこ抜いた時点で理解していたのだが、そういえばラボから改修した薬品には、もう一つ、三つ目が存在していた。
サイ・シェイカーそれが、三つ目。
人の精神を揺さ振ることで、被験者に眠る超常的能力を無理矢理一時的に発現させる、と言うものだ。
これは被験者の適性にもよるのだが、動物実験の場合約半数が一時的に低強度の超能力らしきものを扱ったというのだ。
しかもこの薬、元々の超能力者に投与すると、その超能力者に対して一時的に能力をブーストさせる効果まである。サイ系、オカルト系は精神的な要因が大きい為、この薬はかなり効果的なのだとか。
では、何が問題化と言うと先ず一つはこの薬による登録法の陳腐化。
登録法は、異能者をある程度制御することを主眼において計画されたものだ。が、もしこの薬が世間に出回ってしまえば、最悪この法律は陳腐化し、それこそ街中が世紀末的な何処かになってしまう。
もう一つの問題は、これの素材だ。
このサイ・シェイカーは、あるオカルト系霊能力者の血液を触媒に、様々な薬品を掛け合わせて作られている。
精神に揺さ振りを掛けるだけならば、通常の興奮剤だけでいい。此処に霊能力者の血というオカルト的に力在る触媒を用いる事で、精神に直接的な大打撃を与える魔薬へと変貌したのだが。
その血液と言うのが、俺の物を使われているのだ。
そう、俺は一応オカルト系霊能力者にカウントされていたりする。
ガチの戦闘系で、空を飛んだりマルチロックオンな多数誘導攻撃だとかテレポーテーションだとかも出来たりする、割と高強度の霊能力者だ。
とはいえまだ学生の身。異能免許は持っていない為、枷で基本的には力を封じられているのだが。
――あの親どもめ、何か妙に俺の血を欲しがると思っていたら、ろくでもない実験に俺の血を使ってやがった。
俺は一般人(超能力的な意味では)の両親から生まれた突然変異の能力者だ。そんな両親にとって、ある意味俺はサンプルとしてはとても都合が良かったのだろう。
とはいえ、俺の血をそんな劇物の材料にされたと聞いては、とても気分のいいものではない。
とりあえずミューテーションピースとサイ・シェイカーは破棄し、ブースターのみを保存しておく。
ブースターはまだしも、他の二つは世間の害悪にしかなりえない。
まぁ、追々両親の失踪関連でどこかがアクションを起こすだろう。
其処の目的がコレらだったとすれば、コレは早々に始末してしまうのが正解だと思うし。
ただ問題は、これを如何やって処理するかと言う点だ。
下水に捨てるのは絶対ダメ。下水でカメヒーローが誕生しかねない。
気化させる? それも拙い。もし気化した薬品が薬効を残していた場合、地上がモンスターパニックだ。
一番安全かつ簡単なのは使ってしまうことかもしれない。まぁ、そんな事をすれば洒落にならないので、何か手段を考えなければ成らないのだけれど。
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そんな事を考えていたら、不意に天井の照明が消えた。
何事かとスイッチを入れなおすがそれも効果なし。
「――これは……お客さんか!?」
試しに携帯電話を取り出してみるが、案の定というか予想通りというか、何時もはバリ三の携帯電話が、何故か電波途絶状態。
慌ててスパイセットを着用し、端末から家のセキュリティーにアクセスする。
本来は父親の持つ普通の端末からアクセスできる措置で、自宅の様子を遠隔で確認できるという装置だ。自然災害に備え、電源喪失から24時間は内蔵のバッテリーで稼動できるという触れ込みだったのだが、どうやらちゃんと動いてくれているようだ。
端末に表示される情報は、各地点からの暗視映像と、敷地内に設置された動体センサーの二つ。
案の定其処には、この家を包囲するように動く複数の反応が見られた。
さて、どう動くべきか。
本来此処は逃げるべきなのだが、ただ逃げられるかどうかが問題だ。
例えば登録法に抵触するが、俺の持つ超常的能力を使用して逃げる、とか。要するに空を飛んで逃げるという事なのだが、まぁ低くない確率で対抗手段を用意されているだろう。ある程度ステルスになる方法もあるのだが、もし事前に俺のことを有る程度調べられているのだとすれば、地対空携行ミサイルでも数発用意してきていてもおかしくない。そうなればさすがに空から逃げるのは得策ではないだろう。
ではコソコソとスニークして逃げるか。
出来るかといえば、不可能と答えよう。これは研究所への潜入とは難易度が違う。
あっちは幾ら防護が確りしているとはいえ、奇襲のような形で、しかもある程度の内部情報があったという、難易度で言えばノーマル程度の物だ。
然し今度はといえば、相手は此方を探して、場合によっては仕留めにきているのかもしれない狩人、ハンターなのだ。
一番逃げられる確率が高いのは……暗闇で奇襲し、襲撃者の数を減らしてからの脱出。
……うわぁ、ありえねぇ。俺一般人だよ? 叔父さんにある程度鍛えられてるし、能力も戦闘向きなんだけど、俺一応一般人なんだけど。
言いつつ、Tアイを暗視モードで起動。もし襲撃者の中に超人の類が混ざっていた場合、コレの音も感知されかねないのだが……うん、幸運を祈ろう。
何て事を考えていたら、音も無くソロリとドアが開き始めた。こっそりとドアの裏へ回り込む。
そうして室内へと侵入してきたのは、二人。ツーマンセルで、先頭とその背中をカバーしてるのが一人。
ただ先頭のほうは完全に意識が室内に行っている様で、カバー役を仕留めれば制圧は容易いだろう。
手元に構えるのは、スパイセットの一つ、電磁ナイフと呼ばれる代物。
もう素直にスタンガンでいいんじゃないかとも思うのだが、コレの効果は洒落にならないほどに凄い。何せ形状はナイフで、通電部分はその刀身にあたる部分だけ。故にCQCにも組み込みやすい。
また電圧もなかなかの物で、密着して押し当てれば、よほど耐電対策でもしていない限りは確実に効果を齎してくれる優れものだ。
先ず静かにカバー役を背後から捕まえ鎮圧。静かに地面に下ろしながら、先頭の首筋にナイフを押し当ててバチバチバチ、と。
そうして崩れ落ちる先頭のを捕まえ、地面にゆっくり下ろそうとしたところでゴトンという音。
見れば、先頭のの手から零れ落ちるショットガン。何だコイツスリングはどうした背負って置くのは常識だろう!?
ギョッとしつつも、部屋の外から聞こえてくる「何だ」という声。ドアは開けっ放し。このままだと先ず間違いなく覗き込んでくる。
拙いと判断して、咄嗟にドアの真正面へ。しゃがみ待ち構えていた先、現れた黒尽くめにスタンナイフを押し当てる。そのまま覆いかぶさるように倒れこんでくる黒服を背負い投げの形で部屋に転がし、部屋の前をチェック。どうやらとりあえず一難過したらしい。
他の部屋をチェックしている人間が此処に来る前に、早々に荷物を纏める必要がある。
自分のノートのデータをすべて端末に落とし、ノートのデータを抹消。俺の手持ちで拙いものといえば、このノートの中身とスパイセットくらいの物だ。とりあえずはコレで問題あるまい。
背嚢に三つのサンプルを仕舞いこみ、今度こそ自室を脱出する。
自宅からの脱出経路は2……いや、3つ。
一つは玄関から。但しコレは確実に発見されるだろう。玄関から正面門まで少しある上、正面門の前には黒いバンが停泊しているのが見えた。確実に襲撃者側だろう。
次が庭からの脱出。庭といっても、ガレージの裏にある倉庫を置いているだけの場所だ。此処から塀を越えての脱出というもの。ただコレをすると、確実に周囲の家に迷惑がかかる。
最後。高高度からの緊急離脱。3階のベランダまで行き、其処から能力によって一気に高高度まで上昇、そのまま警察なりどこぞへと逃げ出すというモノだ。コレの問題点は、俺の腕に填められた未登録者用の観測機が問題となる。
コレ、対象は装備者に限られるが、簡単な異能センサーになっており、もしコレを填めたまま能力を行使した場合、警告・大音量サイレン・通報という三段階が行われる。
霊能系は刺激では抑止し辛いので、こうして周囲に知らせることで犯罪目的での使用を制限しようというのだ。が、もしこの状況でサイレンが響いたら、相手に自分の所在地を教えるようなものだ。
因みに枷を外すというのはありえない。無免許、もしくは自宅や指定の土地以外でそれをやると、ソコソコの刑罰を食らわされる。
結局全員制圧する必要があるのは変わりないが、脱出経路は……庭から裏の家の土地を通り、裏通から表通りにコソコソ逃げるのが一番……かな。
と、そんな事を考えていたら、こちらに向かって近付いてくる足音が聞こえてきた。
とりあえず現在の自室――二階から、なんとか一階にたどり着く必要がある。窓から下りる――いや、出来なくは無いけど、外から見つかる可能性がなきにしもあらず。
一応窓を開けておいて、ドア素早く部屋から出る。そのまま階段下の物置に身を潜ませ、人が自室に駆け込んだのを見計らい、再び背後から強襲。なんとか制圧には成功した物の、どうやら無線で此方が行動していることを報告されてしまったようだ。
拙いなーと思いつつ、階段を忍び足で駆け下りる。幸い階段で向うの黒服とかち合う事は無く、そのままリビングへとたどり着いた。
リビングには暗視ゴーグルを装備したショットガン装備が3人。コレを鎮圧するのは中々厳しい。何時ものスパイグッズの中から何か無いかと考える。
催眠ガス――いや、遅効性でこそ無いが、即効性とも言い難い。異変を感じて即座に対処される可能性がある。
フラッシュ――あのゴーグルが第二世代のスターライトスコープなら良いが、第三世代赤外線なら効果が薄い。軍隊ならともかく、非正規組織で第三世代は無いと思いたいのだが、改造人間繰り出してくる大手の悪の組織だとそれもありえるしなぁ。まぁ、一瞬の目晦ましには成る。
EMP爆弾――アレが第三世代なら、画面にノイズを生むくらいは出来るかもしれない。
――EMPとフラッシュの両面攻めでいくか。
そう決めたら即行動。
即座にフラッシュバンを転がし、EMPを先行して起爆させる。そうする事で暗視ゴーグルの遮断装置――一定以上の光量を受けた場合、自動的にフィルターを起動させるシステム――をマヒさせつつ、無防備な視線に莫大な光量が流し込まれえることになる。
まぁ、其処までうまく行くとも思っていないのだが、そうして先行が放たれた数秒。立ち位置を覚えておいた歩兵に向かって突進。電磁ナイフを突き立て、先ず一人無力化。
次いでもう一人。何せ場所は自宅だ。配置物なんか頭の中で大体分る。
そうして二人目を無力化した時点で、此方に向けられた銃口を見て咄嗟に横に転がる。ドンッ、という音と共に放たれたそれは、壁にぶつかるとバチバチと言う派手な音と、青白い稲光を放って見せた。
……テイザーかよ。
テイザーと言うのは、射撃タイプのスタンガンの俗称だ。
元々短針銃というか、有線で少し離れた位置に存在する対象に放電する銃型のスタンガンを開発したのがテイザー社というところで、以降ガンタイプのスタンガンはテイザーと呼ばれるようになったのだ。
アレは弾丸が特殊なタイプで、どちらかと言うと銃でスタンガンを撃ち出すような代物だ。確かウチの国でも警察が最近配備してるとか如何とか。
……なんでそんなハイテクが相手なんだよっ!!
アレは弾頭が接触した時点で、その圧でアームが作動。接触箇所に張り付いて、そこで電撃を流すという代物だった筈。故に接触は致命傷となる。
部屋の中央の机を蹴り上げ、最後の一人にけりつける。そうして姿勢が崩れた時点で蹴り飛ばした机の影から奇襲する。
装備品の重量がそれほどでもなかったのが幸いして、なんとか蹴りを当てる事ができた。
一瞬逸れた銃口。その下に腕を入れて銃口を完全にそらす。そうしてがら空きになる腹に向けて、スタンナイフを突きこ――っ!
一歩後ろに下がられた。途端に姿勢を取り直そうとする歩兵。一歩踏み出して再び近距離戦に持ち込もうとするのだが、今度はハンドガンを抜いたその歩兵。いやそれ実弾だろう!?
左手で抜かれたハンドガン。咄嗟に回し蹴りでそれを蹴り飛ばし、姿勢を低くして下段からスタンナイフで切りつけた。
軽い接触に一瞬動きが鈍る歩兵、その隙を逃さず一気にスタンナイフを突きこんだ。
――ふはぁ、やっと無力化できた。
が、此処はもう拙い。ショットガンの銃声で、周囲から気配が近付いてきている。
即座にいつの間にか割れていたベランダの窓を開き、そのまま庭へと走り出る。スパイセットには靴も含まれているので、玄関を通る必要は無い。
そうして塀をよじ登り、隣の敷地――は通らず、塀の上を通り抜け、裏側の通りへと出る。
――逃げ切れたか?
小さく息を吐きながら、周囲を改めて見回す。と、遠目に見える我が家が不意に轟音を立てた。
――ば、爆発した?
其処には、三階部分が跡形も無く消滅した我が家が。何故か二階部分は現存しているが、アレはもう立ち入り出来ないだろう。
そんな事を考えていたら、不意に感覚に触るものがあった。
何かと周囲を警戒しつつ、走ってその場から離脱しようとして。
――キキキィッ!!!
ゴムとブレーキの擦れる音と共に、背後から強烈なライトに照らされた。
振り返れば、明りの向うに見えるのは間違いなく先ほど家の前に停泊していたバンだ。
――追いかけてくるのは乗用車。
――対する此方は徒歩。
――追跡を阻害する装備は無し。
こりゃ、現状では詰んだ。
そう判断して、身体に力――霊力と分類されるそれをみなぎらせる。
途端に漲る力と反対に失われていく重力の感覚。
爪先こそ地面に触れているが、その気になれば今すぐにでも大空に飛び立つことは出来るだろう。
『警告。アナタは所定地位外でのスキル使用を許可されていません。直ちにスキルの使用を停止しなさい』
一度目の警告が響く。これから10秒以内に使用を止めない場合、警報が鳴り響くのだが。
……寧ろそれで警察が来てくれるなら、願っても無い。
あえて空を行かず、道路の上を滑るように加速する。
後ろから追ってくる自動車を感じつつ、どうにか警察なりヒーローなりが着てくれるまで粘ろうと考え。
ビイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!!!!!!
轟音。音の所為でブルブルと腕の中で震える腕輪を感じつつ、右手に力を収束させる。
俺の攻撃手段の一つ、エネルギーを溜め込んでの対多数誘導攻撃。見た目としてはマルチホーミングレーザー(略:MHL)といった感じ。
誘導性はソコソコで、本数を絞ればマニュアル制御も可能。
エネルギーボールも扱える事は扱えるのだが、アレは今一つ性に合わない。
地面を統べるように飛行しながら、一瞬振り返りロック。真後ろに向かってMHLを撃ち込む。
背後でドゴンッ、という何か重いものがぶつかる音を聞きつつ、ダッシュで加速しながら更に道路を進む。さっき見たとき、黒いバンは3台はあったのだ。
そうして案の定背後から追跡してくるもう一台。
そろそろ警察に腕輪からの発信が送られた事だろう。
携帯の電波は未だ阻害されたまま。然し、この腕輪から出る信号まで阻害できるだろうか。
……出来れば阻害されないで欲しいなぁ。
背後からこちらに向かって飛来する閃光をロールで回避しつつ、真後ろに向かってレーザーを発射。
二台、三台と潰し、最後の一台を潰した時点で携帯電話の電波が復活した。
コレで漸くかと、思わず胸をなでおろして。
バコン!
轟音が夜の街に響いた。
何事かと目を向ければ、其処には赤い鎧に身を包んだ、SFっぽい装備の人物が一人。多分、横転したドアを殴るか蹴るかして吹き飛ばしたのだろうと、少し遅れて理解した。
「……まさか、一般人如きに、部隊一つがこうも撹乱されるとは」
些か油断していたよ、とその赤鎧。
俺はといえば、その赤鎧から放たれる気配に完全に気圧されていた。
――殺気ではない。これは、この威圧感は、どちらかといえば圧倒的な存在が……昔見たヒーローが放っていた、存在感と言うものに近い。
「朝倉博士達の子息がオカルト系霊能力者である、と言うのは掴んでいたが、こうまで戦闘向きのスキルで、かつ我々を翻弄できるスキル……ふむ、何処かで学んだのかね?」
「……まぁ、少し齧っただけだけどね」
既に周囲に気配は無く、最早残す敵はこの赤鎧一人。
真後ろ、いや真上に飛べば、こいつは追いつけないはず。
……そこまで考えているというのに、何故かこの赤鎧から逃げられるヴィジョンが思い描けない。
「ふむ。となると、もしや君が持っているのかね?」
「……何の話だ?」
「朝倉両博士が開発したという、三つの薬品、及びその資料、だ」
「……ちょっとスキルを持ってるだけのガキが、そんな面倒くさそうな物を持ってると?」
「君がちょっとスキルを持っているだけのガキだというなら、我々は余程ボンクラだったのだろうな」
そして如何考えても、この正面の赤鎧はボンクラなどと言うような代物ではない。
「在るとすれば……君の背負っているそのバッグか」
「……おいおい、ご立派な装備をした名前も知らない誰かさんよ、アンタまさか一般人に手を出す心算かよ」
「ふふふ、我々は目的の為なら躊躇はせんよ。まして君は一般人とも言い難い……それに、自己紹介を忘れていたな」
そういう赤鎧。
身構えたその背面からは、スラスターのようなものが展開し、その大きな身体が更に少し大きく見える。
「私はS.E.E.D所属、ギルフォードだ。“大佐”などとも呼ばれるがね」
「……要するに、悪の組織の部隊長って事か」
「寧ろ実行部隊の統括をやっている。俗な言い方をするならば、“悪の組織の幹部”と言う奴だ」
さらっとそんな事を言ってのけた赤鎧。
悪の幹部ならこの威圧感も理解できる。――が、何でこんなところに幹部級が出てきてるんだよ!
幹部級といえばアレだ。単独ヒーローを圧倒する実力を持ち、ユニットヒーローでも早々勝てない相手。
言ってしまえば、俺が相対したら確実に死ねるというような相手なのだ。
「……取引をしないかね」
「取引?」
不意にそんな事を言い出した赤鎧。
言い出すことには大体予想がついているのだが、まぁ時間稼ぎにはなる。
ヒーローの一人でも来てくれれば、多少なり逃げる時間は確保できる。
「ああ。君は君のご両親が開発したとされる三つの新薬を私に渡す。此方はその対価として、君のご両親をそちらに返そうではないか」
「悪いが、断る」
「……ほぅ、君はご両親を見捨てる、と」
首を振る。
「先ず、ウチの親の生存が確認できていない現状、その取引は成立しない」
「む、通信ぐらいならば可能だが?」
「んなモノは幾らでも擬装できるだろう。それに、もし俺がそんなものを持ってたとして、いきなり家を襲撃してきた連中と取引なんぞしてたまるか!!」
言いつつ身構える。
「――そうか、交渉は決裂か」
「ハナッから交渉なんぞする心算も無いくせに」
「ふふっ。まぁ、ならば覚悟してもらおうか。私は、手加減はそれほど上手くないのでな」
そんな言葉の後。キィィィイイイイと高鳴る音と共に、目の前の赤鎧から放たれるプレッシャーが増す。
魔力的、霊的――オカルト的なエネルギーは感じられない。ならばコレは……純粋な科学によるもの。
多分、あのベルトの中心。輝く光の円を載せたバックル。アレがこの莫大なエネルギーの源になっているのだろう。
「では、行くぞ少年。足掻けばあるいは生き残れるかもしれん」
その腰の中心で輝く光のリングから放たれる凄まじいエネルギーを感じつつ、内心涙目で。
けれどもコレも自分が選んだ事なのだと、覚悟を決めて身構えるのだった。