001
両親が失踪した。何を言っているのか分らないと思うが、俺も分らない。
両親が仕事で数日間家を空ける、と言い残し、どこぞへと旅立って数日。玄関のチャイムの音に、両親が帰宅したのかと玄関へ赴けば、其処には制服に身を包んだ警官の姿が。
「アナタのご両親が失踪しました」
簡単に略すると、そんな事を言われた。
なんでも、宿泊先のホテルから姿を晦まし、会社の重要機密と一緒に姿を晦ましたのだとか。
一見両親が会社の機密を持ち逃げしたかのようにも見えるのだが、両親が失踪する前後、何者かに後をつけられているような気がする、という言葉を残していたり、衣類や荷物、金融機関の貯蓄に手が付けられた形跡も無く、また実際両親が失踪する前後に、不審な人物を目撃したとかうんたらかんたら。
捜査の詳しい状況は話せないが、ご両親はきっと見つけてみせる、だから君も頑張ってくれとかどうとか。
成程、「見つける」とは言っても「助ける」とは言わない、っていうのはこういうことかと、刑事モノのドラマを偶に見る影響で言葉尻にそんな感想を抱いたりしつつ。
……とりあえず、当面の資金はある。コレをやりくりすれば、暫くは一人でも生きていける。
とはいえ、さすがに数年単位での生活は絶対に不可能。と成れば、親戚――叔父さんに頼むか?
然し叔父さんは自称冒険家。此方からの接触ではそう簡単に捕まってはくれない。
まぁ、叔父に関してはそのうち連絡してくるだろうし、今は放置でもいい。
問題は、今から俺が如何動くか、と言うこと。
……とりあえず、あの二人の足跡でも辿ってみるか?
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と、言うわけで早速訪れたのは、両親の勤めていた某製薬会社の支社(夜)。ウチの両親って理系のエリートだったらしい。
で、どうするかといえば、事は単純で警備員に紛れて施設へ潜入する。
先ずすることは、この叔父さんから貰ったスパイセットでの情報収集。
眼帯風の各種センサーを搭載したカメラで、サーマル・赤外線のカメラを搭載し、更に他装備と接続することで色々と便利に使えてしまう不思議装備を使う。
何でも叔父さん曰く、中東で非正規活動をしていた某国の組織の人間とやりあった時に手に入れたのだとか。解析して複製した物がコレなのだが、一体誰とやりあったのだか。
で、この眼帯――Tアイ(叔父さんはモノアイと命名したかったらしい)を使い、警備員の姿を監視する。
重要なのは監視の交代のタイミングで、此処のセキュリティーはナンバーロック。要するに、何桁かの数字を端末に入力する事でドアのロックが解除される、というシステムだ。
まぁ、それが分っただけでは侵入は難しいのだが……。
そうして待機しているうちに、警備員の交代時間が訪れる。
大体1時間ずつの交代といったところだろうか。割と早めのローテーションは此方にとってもありがたい。
警備員の打ち込むナンバーを手元に控え、先ずは守衛室に忍び込む。
黄いう時に役に立つのは、CIげふん、叔父さんのやりあった組織から奪ったスパイセットの一つ、無味無臭で充満する催眠ガス、だ。
先ず万能管のCCDカメラでドアの隙間から室内を覗き、とりあえず問題が無い事を確認してからガスを放つ。暫くして、カメラの中に映っていた警備員らしき人物の一人がうつらうつらと身体を揺らし、そのまま静かに寝息を立てだした。
この催眠ガスって人によっては効果も薄いのだが、どうやらこの警備員のアンちゃんには効いてくれたらしい。ありがたい。
続いて室内に侵入。当然指紋が残らないように細工は十全に。
そうして適当なロッカーから警備員の制服を抜き出すと、それに袖を通す。
スパイセットの一つであるサイレントスーツ(黒い全身タイツ)の上から袖を通すのだが、この黒タイツ単体なら通気性はソコソコ在るのだが、これの上に服を羽織ると途端に通気性が悪くなるのが考え物だ。
ちなみに黒タイツは残念ながら色が変化したり保護色変身したりはしません。
早々に警備服に着替え、そそくさと施設に侵入する。番号は4-4-4の12桁。よくそんな数字覚えられるなと思いつつ、そのまま施設の中へ。
この施設、実は何度か中に入ったことがあり、父さんと母さんの所属している研究室、それとあの二人のデスクの位置はまだ覚えていたりする。本当ならこのまま一直線に両親のデスクに直行したいのだが、残念ながら警備員の制服であそこに侵入するのは不可能だ。いくらなんでも目立ちすぎる。
考えられる手段は、一つが白衣でも盗んでの潜入。もう一つが、この鬱陶しい制服を処分し、素の装備での潜入を行うか。
考えた結果、素の装備での潜入に切り替える。だって研究員の着替えロッカーって、確か一度滅菌室を通らなければ成らなかった筈だ。
警備員の制服を脱ぎ、それを背のバッグに押し込む。後で燃やして処理するとして、残されたのは全身タイツに怪しい眼帯を付けた物凄く怪しい男が一人。
とりあえず薄暗い通路をこそこそ進み、監視カメラがあればそれに対してOCPを使用する。OCP――Optically Channeled Potentiatorは、簡単に言えば指向性EMPというか、電気製品を一時的に誤作動させる装置だ。これも叔父さんがエシュげふん、どこぞの組織とやりあった際に奪ったものを解析した装置らしい。
ライターのようなそれを、カメラに向けてカチリと鳴らす。途端にカメラは駆動用モーターから異音を撒き散らしだす。
その隙に移動し、さっさと目的の両親のデスクへ。
此処にも認証コードが必要なのだが、幸い俺は両親に連れられてここに訪れた際にそれを知っている。
ぴ、ぽ、ぱと数字を打ち込み、そのまま中へ。
――うん、既に手入れが入っているかと思ったが、幸い未だこのデスクに手は付けられていないようだ。
取り敢えず両親のデスク端末を起動させ、先ずは母さんから。
母さんは割りと几帳面な人だから、あんまり機密情報とかを放置することは無いだろう。
案の定端末にはそれらしきデータは無く、一応スパイセットの中の万能端末で情報を洗ってみたが、それでも何も見出すことは出来なかった。
で、期待の父さんのPC。
もう、出るわ出るわ、ネタっぽい機密情報の数々。
先ず、父さんたちがやっていた研究というのが、JSS計画――JapaneseSuperSolder計画と、なんともネタと言うかギャグというか。
まぁ、実際にスーパーソルジャーというか、ヒーローと呼ばれる人間は実在している。同様に、ヒーローと呼ばれる連中を圧倒しうる“悪”も世界には存在しているのだ。
であれば、当然日本にもそういった存在はありえる。
俗称“超能力戦隊”やら“機械騎士”といった、超能力モノやらメカっぽいヒーローが存在する中、当然ながら国という存在としては、そういうイレギュラーな存在に対抗する手段を必要とする。
実際“悪の組織”なんて連中は、肉体改造や機械化歩兵なんてものを生産しているし、某国でもスーパーソルジャー計画を再始動しているという噂もある。
そんな最中だ。今や世界経済の一部を支える日本としても、これら常識から乖離している連中に対抗するための手段を必要としたわけだ。
ウチの両親が行っていたのは、薬物による肉体のブーストと言うもの。
一つは、肉体に投与することで被検体を恒常的に強化するというモノ。此方は若干の強化は成るものの、薬物の副作用からか精神面に影響を及ぼし、被検体の凶暴性が増すという失敗作らしい。
もう一つが、薬物による一時的ブースト。此方は成功品らしく、一般人にこそ効果は薄いが、ある程度肉体を鍛えている兵士にコレを投与した場合、数をそろえればヒーローや悪の組織の怪人にさえ相対できるほどの品になっているのだとか。
……つまり、あの二人が失踪した理由はコレか?
とりあえず、PC内のデータをすべて吸出し、PC自体のデータはすべて破壊する。情報的にも物理的にも。
そうして処理を終え、次は現物のある実験室へと移動する。
こそこそと進んだ先の研究室。其処に入ろうとして、そこに儲けられたセキュリティーに思わず小さく舌打ちする。
磁気カード式のセキュリティーロックとか!
ICカード式ロックなら万能端末でハック出来るのだが、ああいう磁気カードになるとさすがに規格が旧すぎる。一応ハック用の疑似カードなんかもあることは在るのだが、普段使わない為かさばる荷物として別所に保存してある。
こうなればやるべきは、誰か他の研究員からカードを盗み、それを用いての潜入。
とりあえず来た道を戻り、人の残っているデスクを探っていく。
――運がいい。
視線の先、其処には白衣のまま椅子にもたれ掛り、うつらうつらと提灯を漕ぐ研究員が一人。
こっそりと伸ばした万能管で催眠ガスを吹き付け、その状態で彼の懐を探る。
……あったあった。
早速それを持って研究室に侵入する。
そうして見回した研究室の中。その中央に保管された、三つの薬瓶。
この乾パンの缶ぐらいのサイズの瓶。これを種に培養したものが、現在の実験に使われる主だったものだ。
研究室内の端末から情報を抜き出しつつ、それら三つの瓶を保管機から取り外し、運送用の籠に填めて用意完了。
データの吸出しと共に元データを消去し、すべての荷物を抱えなおし、改めてこの場から一気に離脱する。あぁ、一応寝研究員のカードは返却しておこうか。
研究室を出てしまえば、後は窓からでも脱出は可能。と言うわけで、両親のデスクに再侵入し、その窓辺へと寄る。
何故そのまま逃げないかと言うと、一つやっておかなければならない仕事が在るのだ。つまるところ、俺が此処に侵入したという証拠を、完全に抹消する。
懐から取り出したるカートリッジを、カチリという音と共にベルトに吊るしたとある装置に差し込む。
このカートリッジは一種の電池で、この腰の装置を動かす為の重要なエネルギー源と成る。何しろこの装置の燃費が最悪の一言に限り、このカートリッジ一つで電気自転車のバッテリーくらいの容量があるのだが、装置を一度起動させるのにこのカートリッジを使い捨てにする必要があるのだ。
まぁ些事はさておき、とりあえずポチッとな。
途端、目に見えない波が広がるような感覚を覚えつつ、若干身体に熱を感じる。
その熱を身体をふるって振り払いながら、周囲を見回しその効果の程を確認する。
見えるものは……闇。それまで少しは灯っていた筈の常夜灯すら消え去り、最早この研究所で唯一光源は、空高くに輝く月と星の光だけ。
「……相変らず、えげつない」
要するにコレ、EMP爆弾だ。
EMPとは、electromagnetic pulse――要するに電磁パルスのことで、EMP爆弾とは、瞬間的にEMPを撒き散らす装置のこと。
このEMPと言うのは、機械製品に対して致命的ダメージを与えることが出来、このEMP爆弾もカートリッジを燃料とし、一定範囲内の電気機械を完全に機能不全に陥らせることが出来るのだ。
で、防犯装置やらが完全に機能停止した頃合を見計らい、此方は悠々と窓から外へ、そのままある程度より道をしてから自宅へ向かって歩きぬく。
背後からはなにやら少し騒々しい声が聞こえだしているが、まぁ俺には関係無い。
とりあえず自宅に帰ったら、抜き出したデータの整理でもしよう。
そんな事を考えながら、悠々と自宅へ向けて歩くのだった。