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Never look at the sun  作者: てんすけ
7/7

白い闇(後編)

あれから4日が経った。


あの日から二人の共同生活がスタートしたわけだが、アルバートはニッコロに取り付けた一週間後の仕事まで、することも無かったので、仕事がくる日まで小屋でおとなしくしていることに決め、ゆったりとした時間を過ごしていた。


その間にアルバートとエミリアの二人は当たり障りの無い会話を重ねていたが、数日も経つとさすがにお互いを取り巻いていた緊張感は薄れ、いつしか気軽に話ができるまでになっていた。


その数日間、アルバートはエミリアの外出を禁じていた。


あの事件でスピーアにエミリアは目をつけられたことを確信していたので、少なくとも一週間は大人しくしているほうが無難だろうと思ったからだ。


エミリアはその間、文句の一つも言わずに鼻歌交じりで家事をこなしていた。


おそらく、彼女がこれだけずっと室内に閉じこもっていても平然としていられたのは屋敷にいる間、たった一人で毎日必死に家事をこなしていた忍耐の賜物なのだろう。


そんなある日、二人で廊下を掃除しているときに、さすがのアルバートもエミリアがここ数日間外に一歩も出ていないことを気の毒に思ったのか、ふとこんなことを聞いてみた。


「なあ、エミリア・・・外出てみるか?」


「え?」

いつものように三角巾を頭につけ、掃き掃除をしていたエミリアは急にそう言われて手を止めた。


「だからさ・・・小屋の外に出て見たくないか?」


「え?・・え?・・・だって、ちょっと前にアルバートさんが“危ないから外出は禁止だ”って言ってたじゃないですか」


「ああ・・・確かにそう言ったな。・・・でも生活し始めてから4日ほど経ったことだし、町はまだ無理でも、小屋の外を散歩するくらいならいいと思うんだ」


「本当・・ですか?」


「ああ。・・・どうする?・・・外・・出てみるか?」


「あ・・でも家事がありますし・・・・やっぱりいいですよ」


「・・・・ここはあの屋敷じゃないんだ・・・そんなに几帳面に毎日働かなくていい。・・・・・・・たまには生き抜きも必要だ」


「本当に・・いいんですか?」

エミリアは申し訳ないような表情を浮かべながら確認する。


「ああ。遠慮することなんか無いよ。・・・・・・俺もちょっと外で昼寝でもしようと思ってるんだ。・・・・それで・・どうするんだ?」


「・・・・・は、はいっ!行きます!行きます!」

エミリアは外に出られると分かった瞬間、今までに無いほど目を輝かしてそう答えた。


「よし・・決まりだな」

アルバートはそう言うと、その場で伸びをした。


「私、出かける準備してきますねっ!」


「ああ、わかった。・・・それじゃあ俺は一足先に外の草むらで昼寝してるから」


「はい、わかりましたっ!それじゃあまた後で!」

エミリアは元気にそう言うと掃除用具を手に握り締めたまま、パタパタと足音を立てて自分の部屋の方へと走っていった。


「・・・全く、まるで遠足に行く子供だな」

アルバートは苦笑しながらそう呟くと掃除用具を片付け、ポケットの中にあるタバコを確認し、ゆっくりと玄関の方へと歩き出した。






======================================





アルバートは一足先に一人で小屋の外に出ると、近くにある小高い丘の方へゆっくりと歩いていき、到着するとその場に仰向けに寝転がった。


地べたに茂る青々とした草が、背中に当たってなんとも心地良い。


アルバートはその感触を楽しみながら、仰向けのままぼんやりと空を見つめ、ポケットからタバコを取り出してそれに火をつけた。


気持ちよいほどの澄んだ青空の中を、夥しい数の白雲が流れている。


「・・・いい天気だな」

アルバートはタバコの煙を空に向かって吐き、そう呟いた。


「・・・・あの日、組織を裏切ってから6日・・・・くらいか」

アルバートはそう呟き、ゴソゴソとポケットの中から十センチ程の正方形のケースを取り出した。


そして、そのケースの蓋を開けると、中には水色の液体が入った注射器が三本が姿を現した。


「まだ・・・大丈夫みたいだな。・・・残り三本・・・か。・・・いつまで持つかな?」



――――――――――――――――ザァ・・・



アルバートそんなことを呟いていると、風がそっと吹く。


「・・・・・・そういえば、・・あの妙な声・・・聞こえなくなったな」

そう再びポツリと呟くと、しばらくの間、海の潮風に吹かれ揺れている草むらでアルバートは空をぼんやりと見つめていた。




====================================




アルバートが二本目のタバコに火をつけた頃、ゆっくりとこちらに近づく足音が聞こえてきた。


こちらに気づかれないように静かに近づこうとしているような足音だ。


アルバート:(あいつだな?・・・全く・・・最近、ずっと話してて分かったけど・・意外とはねっかえりな奴だよな・・・)


アルバートには誰が近づいてきているか自明の理であったので、別段何かしようと思いもせず、構わず仰向けのまま空を眺めていた。


少しして、仰向けになっているアルバートの頭の近くで足音は止まった。


次の瞬間。


「わっ!」

予想通りエミリアが大声をあげてアルバートの顔を覗きこんだ。


しゃがみこむ体勢をとって、こちらの反応を興味津々にうかがうエミリアの顔とブロンドの髪がアルバートの視界を覆う。


「・・・・・・・」

アルバートは微動だにせず、まじまじと自分を見つめるエミリアの顔を呆れた目で見た。


「あれ?・・・・驚きませんか・・?」

アルバートのあまりの無反応さに、エミリアはキョトンとした様子で言った。


「そんなんで驚くわけ無いだろ・・・足音でバレバレだ」

アルバートはタバコを口にくわえたままそう言った。


「む〜・・」

残念そうにエミリアは繭をしかめる。


「・・・ところで・・・・・言っていいか?」


「なんですか?」

エミリアはアルバートの顔を覗きこんだまま不思議そうに聞き返す。


「・・・あんまり顔を近づけるな。・・・髪が燃えるぞ?」


「え?・・あっ・・わぁっ!」

エミリアはアルバートの言葉にハッとして、飛び上がるようにしてアルバートから離れた。


そして、自分の髪の毛をパンパンと叩いて火を消すような動作を取った。


「・・・も、・・燃えてませんか?」

エミリアは髪をアルバートに見せながら、不安そうな声を上げて確認を求めた。


「ああ・・かろうじてな。・・・ただちょっと焦げてるな」


「えっ!?Σ( ̄□ ̄;)」


「・・うそ」

アルバートはニヤリと笑いながらそう一言だけ言った。


「〜〜〜!!」

エミリアは騙されたことに気づき、頬を膨らませてキッとアルバートを睨みつけた。


「ぷっ・・あっはっはっは!」

アルバートは火のついたタバコを口から手に持ち替えると、可笑しそうに笑い始めた。


「わ、笑わないでくださいよ!」

エミリアは恥ずかしそうに顔を赤らめ声を上げた。


「だってこんなバカ正直な反応取るなんて思いもしないだろ?・・くっふっふ・・ぁっはっはっは!!」

アルバートは笑いを堪えようともせずに、可笑しそうに大声で笑った。


「う〜・・・・・もう!」

エミリアは不愉快そうに声を上げると、アルバートから2mくらい離れた場所で座り込んだ。


「くふ・・っふっふっふふふ・・・」

アルバートはまだ笑いが止まらず、クスクスと笑っている。


「いつまで笑ってるんです?・・・それにタバコばっかり吸ってると肺ガンになりますよ?」

エミリアは横目でアルバートを睨みながら皮肉たっぷりにそう言った。


「くふっふっふっふ・・ほっとけ。・・・俺の勝手だ」

アルバートは笑いを堪えながらそう答えた。


「もう・・勝手にしてください」

エミリアはプイっとそっぽを向き、丘の向こうに広がる海の景色に視線を向けた。


しばらくの間、アルバートの笑いが治まることはなかった。






=====================================






時間が流れ、ようやくアルバートの笑い声も治まり、辺りは潮風で揺れる草木の音に支配された。


だが、依然としてエミリアは不機嫌そうに海の方をじっと見つめている。


「・・・分かったよ。・・俺が悪かった。・・・だから機嫌直せって・・・な?」


「・・・・」

エミリアは一向に耳を貸そうとせず、全く反応を示さない。


「・・吸うか?」

アルバートは仰向けに寝そべったまま、冗談交じりに新品のタバコを一本エミリアに差し出した。


「いりません。・・・いい加減にもうからかうのはやめてくださいよ」


「わるいわるい。もう止めるよ。・・・だから機嫌直せって」


「・・・どうしましょうかね〜」


「何だその目は・・・俺にどうしろっていうんだよ?」


「じゃあ質問してもいいですか?」


「またぁ?・・・もう何度もしただろ?」


「何言ってるんですか!ちゃんと質問に答えてくれたのは初日だけじゃないですか!・・・後は“そんなこと聞いてどうする?”とか“聞いても無駄だ”とか“面倒くさい”とか言って、ちゃんと答えてくれた試しがないじゃないですか!」


「・・そうだっけか?」


「とぼけても無駄です!・・さあ!今回はちゃんと答えてもらいますよ〜!」


「はいはい・・・・・・わかったよ」

アルバートは観念したようにそう言った。


アルバート:(まさか4日でこうも豹変するとはな・・・・・・いや・・・元々はこういう性格だったのかもな。・・・・・・・まぁどうせ他愛も無い質問だろう・・・)


「それじゃあ質問です。・・・好きな勉強の科目は?」


ほらやっぱり他愛も無い質問だ、とアルバートは心の中で呟き、その質問に答えた。


「勉強自体あんまり好きじゃなんだけどな。・・・まぁ強いて言うなら数学だな」

アルバートはこれ幸いと自分の一番得意な教科の名前を出した。


大抵の女性はこの手の話に興味関心が薄い。


アルバートはこう答えておけばもうこれ以上追及されないと思ったのだ。


「へぇ〜・・数学ですか。・・具体的にどんなこと勉強してるんです?」

そんなアルバートの予想をよそにエミリアはさらに質問した。


アルバート:(・・・・まだ諦めないか・・)


「今はそうだな・・・行列の一次変換、微分積分の応用、微分方程式に、あとはそれらをひっくるめた応用問題ってところか。・・・まあ・・細かいものもあげれば、コーシー・シュワルツの不等式とか、アフィン変換とか、・・・まあ後は、さわりだけで言うならパップスギュルダンの定理だとか・・・・挙げればキリがないな・・」

一通り高校数学程度のレベルを修了していたアルバートは、わざと自分が今まで勉強した難しそうな用語を、分野を無視して羅列した。


「・・びぶんに・・・・・コーヒーしゅわるつに・・・マフィンへんかん?」


「アフィンだ、ア・フィ・ン!・・・三つ中、なんで二つも食い物みたいな名前になってるんだよ。・・・・とにかく!・・・そんな感じだ」

アルバートは面倒くさくなり、そう強引に完結させた。


「え〜・・・・・それじゃあよく分かりませんよ。・・もっと簡単なのはないんですか?」

エミリアは、まるで子どもが玩具をねだっている時の様な声で、しつこく迫った。


アルバート:(ぐ・・・し、しつこい(-_-;)。・・そんなその場で理解できるような簡単な内容なら勉強にならんだろうが。・・・・・でもここで“無い”って答えたらまた不機嫌になりそうだしな・・。・・・仕方がない・・・あれでいくか)


「もっと簡単なのもの・・か。よし・・・じゃあ、教えてやるよ。・・エミリアは好きな数はなんだ?」


「へ?・・・好きな人ですか?こんな出会いが少ない私に、そんな人いるわけないじゃないですか」

エミリアは少し照れた様子で答えた。


「アホ・・・誰がボケろと言った?・・・好きな数だ、す・き・な・か・ず!」


「え?・・あ、な〜んだ・・・好きな数ですか」


「・・・そうだ」

アルバートは、呆れた様子で溜息をついてそう言った。


「え〜っと・・・じゃあ・・・7で」


「7だな?・・よし、ちょっと待ってろ」

そう言って、アルバートはなにやら考え込み始めた。


エミリアはその様子を不思議そうに見つめている。


しばらくしてアルバートは「よし、できた」と言って、その場で上半身を起こした。


「どうしたんですか?」


「準備ができたんだよ・・・それじゃあ始めるぞ」


「え?・・あ、はい」


「それじゃあ、7以外で今度は自由に数字を思い浮かべて。・・オレに分からないようにな。・・あ、それとあんまり大きい数だと後で面倒だぞ」


「?・・・・・はい・・・思い浮かべました」


「よし、それじゃあその思い浮かべた数に1を足して」


「・・・はい」


「そしたら、それを2倍する。」


「・・・はい・・」


「次に8を足す。」


「・・・は・・はい」


「そしたらそれを半分にする。」


「・・・は、は・・・い?」


「お〜い・・・計算できてるか?」


「で、出来てますよ!失礼な!」


「あっそ・・・じゃあ続けるぞ。・・・それに2を足す。」


「・・・はい」


「最後に、最初に思い浮かべた数字を引く。」


「え、・・最初?・・・えと・・・あ!・・・は、はい。・・・引きました。」


「その数字を俺が当ててやる。そうだな・・・・・お前の好きな数字だろ?」


「え!?」


「・・なんだ?・・・ちがうのか?」


「い、いいえ・・確かに7です・・。でもどうして分かったんですか?」


「・・・それが数学さ。・・まぁこれなら・・中学生以下の知識でできる。」


「へぇ〜・・数学って不思議ですね」


「まぁな。・・・こういうところが面白いのさ」

アルバートは座ったまま、海の方を見つめて言った。


「・・・・・・」

エミリアはアルバートのその様子をじっと見つめる。


「・・・なんだ?」

アルバートは、ジロジロと自分を見つめるエミリアを気味悪そうに見つめた。


「・・・ちょっと意外だなって思ったんですよ」


「なんでだよ?」


「だって、アルバートさんって何時もボケーっとしてて何考えてるのか全然分からないじゃないですか。・・・だからこういうものに興味があるんだなって思ってちょっと意外だったんです」


「ボケっとしてて悪かったな。・・・・・それに別に特別に興味があるわけじゃない。・・・勉強の中で好きなものと言われたからそう答えただけだ」


「でも、さっきの数学の話してるときのアルバートさん、なんだか楽しそうでしたよ?・・素直じゃないですね」


「ほっとけ」

そう言うとアルバートはその場に再び仰向けに横たわった。


「・・・・」

その様子を、エミリアは少し嬉しそうに見つめていた。




=======================================




―――――――私たちが生活するようになってもう4日経った。


―――――――初めて会話したときもそうだったんだけど、アルバートさんは表情をあまり表に出さないから何を考えているかよく分からない。


―――――――会話も素っ気無い感じだし。


―――――――でも、最近分かったことがある。


―――――――それは、アルバートさんの話し方だ。


―――――――アルバートさんと話し始めた頃は、「君」とか「だが」とか、敬語じゃないんだけど、どこか儀礼的で変な話し方をしていた。どうやら、私と同じであまり人と話すのが得意じゃないみたいだ。


―――――――でも、アルバートさんは最近ではよく「お前」とか「だろ」とか、私に対する話し方が少し変わったみたいだ。


―――――――もしかしたら、少しは私のことを認めてくれたのかもしれない。


―――――――なーんてね。


―――――――私の気のせいだよね。


―――――――でも。


―――――――・・・そうだったらいいな。





「・・・・・」

エミリアは口元に薄い笑みを浮かべながら、アルバートの方を見た。


「・・・なにニヤけてるんだよ?」

気味悪そうにアルバートは言った。


「べつに〜・・・なんでもないですよ」


「・・・?」

エミリアの様子を見て、アルバートは不思議そうに首をかしげた。


そして、しばらくの間。


エミリアは街の向こうに広がる海原を。


アルバートは青く澄んだ空を。


ただ、黙って眺めているのだった。



====================================





しばらく、時間が流れた。


アルバートは話が途切れてから、空を見つめたまま何も話そうとしない。


そうしているうちに、エミリアが落ち着かない様子でアルバートの方にチラチラと視線を送り始めた。


「今度はなんだ・・・・・・・なにをそんなにソワソワしてるんだよ?」

見るに見兼ねたアルバートがそう聞く。


「だって何もすることが無いんですよ?・・ソワソワしますよ。屋敷にいるときはこんな暇な時間はそう無かったし・・・」


「落ち着きの無いやつだな・・・・・・その辺を散歩してきたらどうだ?」


「え?・・一人で行ってもいいんですか?」


「・・・あんまり遠くには行くなよ。・・・今日は新月だ・・・夜は視界が悪くなるから・・夕方までには帰ってこいよ」


「あ、・・・・はいっ!」

エミリアは嬉しそうにそう返事した。


「・・俺はしばらくここで昼寝してるから、家に戻るときに起してくれ」


「はい、わかりましたっ!・・それじゃあ、行ってきますね!」

エミリアははやる気持ちを抑えながら言った。


「おう」

アルバートは目を瞑り、右手を軽く振ってそれに答えた。


そしてエミリアは立ち上がると、ご機嫌そうに鼻歌を歌いながら丘のすぐ近くに広がる雑木林の方へと歩いていった。


「・・・まったく・・・忙しない奴だな。でも・・・・普通の人間も結構いい奴らなんだな。・・・・・普通の人間・・・・か」


アルバートはポツリとそう呟き、だんだんと小さくなっていく彼女の背中を仰向けのまま横目で見つめていた。





======================================





アルバートと一旦別れたエミリアは一人雑木林の中を散歩していた。


その雑木林は青々とした広葉樹が生い茂り、町の向こうに広がる海に平行になるようにして広がっていた。


地理的な位置は海側から見れば丁度、海・・・・港町ナポリ・・・町から丘へと続く緩やかな坂・・・分岐点があって、一つは雑木林の方に続く道、もう一つは二人が生活している小屋のある丘に続く道に分かれている。


だいたいそんな配置になるだろう。


雑木林の中は鳥のさえずりがいたるところで木霊し、足を一歩一歩踏みしめるたびに地べたを覆う腐葉土の感触が靴を通して足の裏全体に伝わってくる。


生い茂る木々の隙間から、高々と上った太陽が放つ柔らかな日の光が降り注ぎ、なんとも心地がよい。


しばらくの間、エミリアはそんな中をゆっくりと歩き続けた。






====================================





歩き始めて二十分ほど時間が経った。


「・・それにしても、散歩なんて本当に何年ぶりだろう?・・やっぱり、気持ちいいな〜」

エミリアはそう呟くと、その場で足を止め、ゆっくりと深呼吸をした。


「・・・いいにおい・・・・・近くにこんな所があったなんてね。後でアルバートさんにも教えてあげよっと」

エミリアはそう言って辺りを見渡し、薄く笑みを浮かべた。


「・・・・・・この森・・何処までつづいてるんだろ・・?」

エミリアは雑木林の奥を少し見つめた後、再び歩き出そうと足を踏み出した。


その時だった。


ふと何か黒い物体が視界の右端で動いた。


「・・・?」

エミリアはすぐにその黒い物体の存在に気づき、それに視線を向ける。


その物体までの距離は25mといったところか。


大きさはとても小さく、せいぜい全長40cmといったところで、人ではないのはすぐに分かった。


その物体は全身真っ黒な毛で覆われ、これまた黒くて長い尻尾をクネらせながら四本の足でソロソロとエミリアの視界を横切ろうとしていた。


「んん?・・・・・・・・・・あ!・・・黒猫だ〜♪」

エミリアはその物体の正体を確認するや否や、目を輝かせた。


というのも、エミリアは大の猫好きなのだ。


声でエミリアの存在に気づいたのか、その黒猫は進行方向に体を向けたまま、顔だけをエミリアの方に向け、その場でピタリと立ち止まった。


よく見ると赤い鈴のついた首輪をしていたので、どうやら誰かの飼い猫のようだ。


「・・・・・・・・」

黒猫は黙ったまま、長い尻尾をゆらゆらと振りながらエミリアの様子を窺っている。


「あ、止まった!待っててくれてるの?かわいい〜」

エミリアはその様子を見てさらに嬉しくなり、早足でその黒猫の方へと歩き出した。


「・・!」

すると、エミリアが近づいてくるのに驚いたのか、黒猫は急に身を翻し一目散に森の奥へと駆け出した。


「えっ!?Σ( ̄□ ̄;)・・あ、ちょっと・・待って・・・」

エミリアは、急に逃げ出した黒猫を慌てて呼び止めようと声を上げる。


しかし、黒猫にそんな言葉が分かるはずも無く、さすがは猫だけあってアッという間に雑木林の奥へと姿を消してしまった。



「・・・そ・・そんな全力で逃げなくても・・・。私・・こう見えて結構、動物には好かれるタイプだと思ってたんだけどな・・・ちょっとショックかも・・・・(-_-#)」

エミリアはそう言って顔を地面に向けガックリと肩を落とした。


少しの間、エミリアはその場で落ち込んだまま立ち尽くしていたが、すぐにハッとして顔を起こした。


「ううん、いけない。・・こんな所で諦められるもんですか!・・猫、待っててよ!今行くからね!」

エミリアは何を勘違いしたのかわからないが、まるで誰かと話しているかのようにそう叫ぶと、自分がワンピースを着ているのも忘れて、猫が姿を消した雑木林の奥の方へ猛然と走り出した。





====================================




10分ほど走っただろうか。


しばらくして、雑木林が途中で途切れ、ひらけた小さな円形の草むらが姿を現した。


その草むらは、周辺こそ雑木林で覆われているが、中心部は誰かが木を引っこ抜いてしまったのかのように木という木が無くなっていて、まるで公園の広場のようだった。


地面には、あの小屋の前に広がっていた丘に生えていたのと同じような雑草が生い茂っている。


そして、エミリアから見て丁度海のある方角に向かって広がっているの草むらの端に、ひときわ大きな木が、まるで草むらと周辺を囲う雑木林とを分断するかように伸びている。


「はぁ・・・っ・・・はぁ・・・・」

特に持久力に自信がるわけでもないエミリアは、草むらに出るとすぐに体力の限界を迎えた。


そして、余りの苦しさに思わずその場で立ち止まって両膝に手をつき、腰を曲げて休憩の姿勢をとった。


「っはぁ・・・はあ・・・っ・・はぁ・・・・もう・・どこいった・・のよ・・・・猫・・・っ・・」

エミリアの額からは大量の汗が滴り落ち、生い茂る草に汗の雫が当たって葉がゆらゆらと揺れている。


「・・っ・・・はぁ・・・・はぁ・・・・・っ」

エミリアは、呼吸を整えつつ辺りを見渡した。


しかし、そこには雑木林に囲まれた草むらが広がっているだけで、黒猫の姿は何処にも見当たらない。


「はぁ・・・っ・・はぁ・・っ・・・あの猫ったらどこいったのよ・・・。うわぁ・・髪はクシャクシャだし・・服も汗でグショグショ・・・・・こんなの・・・ないよ〜」

そういいながら、息も絶え絶えの様子のエミリアは、乱れた髪をやっとの思いで整えた。


しかし、少し時間が経っても上がった息だけは、なかなか治まる様子がない。


「はぁっ・・・はぁっ・・・でも・・・もう・・限界・・・(-_-#)」

エミリアはそう言うと、その場でペタリと座り込んでしまった。





=====================================





「・・・はぁ・・・・・はぁ・・・・・・・・・・・・・ふぅ・・・・・」

しばらくしてようやくエミリアは呼吸を整え終えた。


それと同時に、海側の雑木林から柔らかな磯の香りを含んだ風が吹いてきた。


「ふぅ・・・・気持ちいい。・・・・・猫は見失っちゃったけど・・・運動した後のそよ風はまた格別ね」

そんなことを呟きながらふとエミリアは風上の雑木林の奥に、僅かに見える海の方に視線をやった。


その時。


ふとその海側の雑木林の入り口に立つ、ひときわ大きな木が目に留まった。


「・・・・・なんか妙に大きな木ね・・・周りの木より頭一つ分でちゃってるし・・・何の木なんだろう?・・・・・・って・・・あれ?・・・・あぁ〜〜!!」

エミリアがその木を根元から上に向かってゆっくりと見上げていると、途中で見覚えのある物体を見つけて、思わず声を上げた。


そう、それは先ほど取り逃がしてしまった黒猫に間違いなかった。


黒猫はその木の上方にある枝の上で行儀良くしゃがみこみ、時折長い尻尾をゆらゆらと振りながら静かに海の方を見つめている。


「み・つ・け・た〜!・・今度こそ逃がさないわよ!・・・というより、頭を撫でたいだけだったんだから逃げないなくてもよかったのに。よ〜し・・・・今度こそ・・・」

エミリアはそう言いながら気づかれないよう、ゆっくりしのび足でその木の方へと近づいた。


そして、数分ほどかけてエミリアはようやくその木まで数メートルという所まで近づいた。


「・・・ゆっくり・・・慎重に・・・・」

エミリアは細心の注意を払いながらさらに足を進めようとしていた。


するとその時、黒猫がそれに気づいたのか海のほうに体を向けたまま、顔だけクルりと後ろに向け、エミリアに視線を送った。


「あっ!Σ( ̄□ ̄;)・・・気づかれた・・・・」

エミリアは、黒猫とバッチリ視線が合ってしまいその場でピタリと固まる。


「・・・・・・・・」

黒猫は、少しの間じっとエミリアのことを見つめていたが、しばらくしてサッと視線を前に戻し、また海を眺め始めた。


「な、なんか見ちゃいけないものを見てしまったって顔されたような気がするけど・・・た・・助かった・・・。ふっふっふ・・・ようやく観念したようね・・・」

エミリアは、自分の勝利を確信したのか不敵な笑みを漏らした。


「・・・そーっと・・・そーっと・・・・・・・よーし・・着いた」

数歩ほど歩いてようやく目的の木の下にたどり着いたエミリアはホッと胸を撫で下ろした。


「・・・たどり着いたはいいけど・・どうやって登ろうかな?・・・私・・ワンピースだし・・・」

エミリアはそう呟くと辺りを見渡し、他に人がいないか確認した。


「・・・・よし!・・誰もいないわね。・・・と、いうよりこんな所私以外に来るわけないか。・・・よ〜し・・それじゃあ猫、覚悟しなさいよ〜」

エミリアはニヤリと笑うと、木の枝を手で掴み、その木を登り始めた。


しかし、エミリアは人生において今まで木登りというものを体験したことが無かったので、まるでカタツムリが地面を這うかのようなスピードでしか登ることができないでいた。


「な・・・なかなか手ごわいわね・・・・でもこんな所で諦めるもんですか・・・猫、今行くよ!」

エミリアはそんなことをブツブツいい続けながら、しばらくの間、木登りに悪戦苦闘をしていた。




====================================




それから数十分後・・・。


執念が実を結んだのか、エミリアはとうとう念願の黒猫まで後数十センチというところまで上り詰めることに成功した。


「あと少し・・・あと・・・少し・・・・もう少しぃ〜・・・・」

エミリアはそう呟きながらジリジリと黒猫との距離を詰めていく。


「・・・・・・・」

しかし、エミリアがこれだけ近づいても黒猫はうんともすんとも反応を示さず、依然として黙って海の方を見つめている。


そしてようやくエミリアは、黒猫が手の届く所にたどり着き、ゆっくりと黒猫の頭に手を伸ばした。


「動かないでね〜・・・ちょ〜っと撫でるだけだから・・・・・・」

そう言ってエミリアの手が、もう黒猫の頭を捉えるという寸前のところまできた。


その時だった。


黒猫は突然、顔を素早くエミリアの方に向け、ジロリと睨みつけるように視線を送った。


「うっ・・・(-_-;)」

エミリアは、またもや思いっきり黒猫と目が合ってしまい、黒猫の頭を捕らえる寸前の所で固まってしまった。


「・・・・・・・」

黒猫は、明るい所で見せるその特有の縦に細い瞳の目で、固まったまま動かないエミリアの顔をさらにジッと見つめている。


「・・・あは・・・・あははは・・・・ども・・・」

エミリアは思わず作り笑いをしてその場の雰囲気をごまかそうとした。


しかし、そんなものが猫に通じるわけがない。


「・・・・・・ニャ〜・・・」

しばらく間を置いて黒猫はそう一度だけ鳴くと、ゆっくりと木を降りようと動き出した。


ところが、降りるには当然エミリアが邪魔になる。


「ちょ、ちょ、ちょ・・・ちょっと待って・・・そんな急に動かれても・・どけないよぉ〜!」

エミリアは、猫が木を降りようとこちらに近づいてきたので慌てて制止を試みた。


しかし、さっきから繰り返すようだが、そんなものが猫に理解できるはずもない。


猫はゆっくりとエミリアの顔の近くまで近づくと、ひょいっとエミリアの頭の上に前足をのせた。


「い、痛いっ!痛いったらぁ!・・・・イタタタタタッ!あ、頭の上で・・つ、爪立てないでぇ〜!!」

エミリアが悲鳴を上げる。


「ニャ〜・・・」

そんなエミリアをよそに黒猫はのんきに一声鳴くと、ノソノソとエミリアの頭やら背中やらを踏みつけながら下へと降りていく。


「イダダダッ!痛いッ!痛いッ!痛いってばぁ〜!!」

エミリアは背中で猫に爪を立てられ、ギャアギャアと悲鳴を上げ続けた。


「ニャ〜・・・」

黒猫はエミリアの体の上を渡り終えると、“ご苦労さん”と言うかのように一声鳴くと、あっという間に木を降り、雑木林の奥へと消えてしまった。


その場になんともいえない虚しい空気が漂う。


「う〜・・・こ、こんなに猫にぞんざいに扱われた人間なんてイタリアの歴史上できっと私一人だよ・・・・・・ひどすぎる・・・・(-_-#)」


エミリアは、しばらくの間その場でただただ落ち込むばかりだった。




======================================



「はぁ・・・もう最悪・・・・・・・・・もう猫は諦めて帰ろうっと・・・」

しばらくの間エミリアはくら〜い気持ちで落ち込んでいたが、ようやく気を取り直し、木を降りようと試みた。が・・


「あ、あれ・・?・・・登ってきたはいいけど・・・どうやって降りよう・・・(-_-;)」

エミリアは自分が置かれている状況をようやく理解し、ダラダラと冷や汗を流し始めた。


「・・・で、でも・・・こんな所でずっといたらアルバートさんに迷惑かけちゃうし・・・ここは、なんとしてでも降りないと・・・。大丈夫・・・そーっと降りれば・・・そーっと・・・・」

エミリアはゆっくりと下を確認しながら、登ってきたときよりさらにゆっくりと木を降り始めた。


「・・・大丈夫・・・平気よ・・・大丈夫・・・だいじょ・・・うっ!?」

先に降ろした左足を木の枝にしっかりとかけ、今度は右足を降ろそうと足場から右足を浮かせた瞬間だった。


バキッと何かが折れるような音がして、枝の上にのせているはずの左足の感触がまるで宙に浮いているような軽いものになった。


いや、“ような感覚”ではなくそれは紛れもなく足場を失ったその感覚に間違いはなかった。


エミリアの足場の枝が折れたのだ。


「わぁっ!!キャアぁぁああぁぁああぁあぁあああああ!!」

エミリアは絶叫しながらものすごい勢いで木の上から滑り落ちていく。


そして、鈍い音を立てて枝にぶつかっては止まり、それを何度か繰り返してエミリアは地面にそのまま転げ落ちた。


「う・・・イタタタ・・・・」

体のいたる所を擦り剥いたおかげで、エミリアはしりもちをついたような体勢のまま、その場で悶絶した。



「もう・・・今日はなんでこうも運が悪いのよぉ・・・・・・う〜・・いっぱい擦り剥いちゃったなぁ・・・・」

エミリアは自分の傷を確認し、その場で溜息をつくと、立ち上がろうと地面に両手をついた。


「・・・っうぁ!!」

突然、地面についた両手に激痛が走り、エミリア思わず声を上げた。


「・・・な、何?・・・い、痛ッ・・!!・・・て、手首を傷めたのかな・・・?」

エミリアは両手を目の前で広げながらそう言った。


「・・・だ、大丈夫・・・足だけ動けばなんと・・・か・・っううあぁあ!!」

そう言って立ち上がった瞬間、両足に先ほどよりもさらに激しい痛みが走り、エミリアはその場に崩れるようにして座り込んでしまった。


「う・・・うそ・・・手だけじゃなくて、・・足も動かない・・・・・・こ、これじゃあ帰れないよ・・・!」

エミリアは消え入りそうな声で言った。


「・・・でも・・・這ってでも帰らないと・・・・・・!」

エミリアはその場で力いっぱい歯を食いしばると、ゆっくり・・・ゆっくりとまるで“匍匐(ほふく)前進”のような体勢をとったまま、もと来た雑木林の方へと進み始めた。


「・・大丈夫・・・もしも暗くなっても・・月の光があればなんとか・・・・・・あ・・・!」

突然、エミリアは何かに気づいたように声を上げた。



―――――――今日は新月で、夜は視界が悪くなるから・・・夕方までには帰ってこいよ。



「あ・・ああ・・!・・そうだ・・・今日は・・しん・・月・・・」

エミリアの顔から血の気が見る見る引いていった。


「・・・・・早くしないと・・・夜が・・・夜が来る・・・!!・・そうしたら私・・・私・・・!」

エミリアは顔面蒼白で必死の形相をして、地面を這い続けた。



まるで、すぐそばまで来ているとてつもない恐怖から逃れようとしているかのように。




====================================




何時間が経っただろうか。


太陽は地平線の向こうにもうほとんど沈み、僅かに漏れる夕日の光が辺りをかろうじて照らしている。


「はぁ・・・っ・・・は、早く・・帰らないと・・・夜が・・・夜が・・・!」

エミリアはもう大分前に雑木林の中に入り、それから数時間もの間、這うようにして薄暗い雑木林の中を進んでいた。


表情は恐怖で酷く引きつり、目からボロボロと涙が流れている。


「・・・・・・早く・・・早く・・・」

エミリアはもう満身創痍の様子で、うわ言のようにそう呟いていた。



======================================



―――――――なぜだろう?


―――――――こんなときに屋敷での記憶が蘇ってくる。


―――――――そう。


―――――――私は“闇”が死ぬほど怖い。


―――――――だから、今まで常に“闇”のない場所にいるようにしてきた。


―――――――そもそも、私が“闇”を恐れるようになったのは今に始まったことじゃない。

―――――――私が屋敷で雇われの身として住み込むようになるずっと前から。


―――――――どうしてかわからないけど“闇”が怖かった。


―――――――闇に包まれると。


―――――――全身の血が凍りつき、まるで心臓をわしづかみにされるような、とてつもない恐怖が私の感情を支配した。


―――――――だから今まで私は、その秘密を他人に知られないように必死に守ってきた。


―――――――でも、ある日それが屋敷の人にバレて。


―――――――私の“闇に対する恐怖心”を知った屋敷の人たちは。


―――――――私が、屋敷で仕事の不手際を起こすたびに、誰もいない暗くて広い物置に私を閉じ込めた。


―――――――それ以来、私は不手際を起こすことに対してこれ以上ない恐怖心を抱き始めた。


―――――――毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日、毎日。


―――――――まるで、24時間銃口を額に突きつけられているような生きた心地のしない日々。


―――――――私には悲鳴を上げることも、逃げ出すこともできなかった。


―――――――許されなかった。


―――――――だから、あの日、アルバートさんにさらわれた時。


―――――――恐怖心の中に、言い表せないもう一つの感情が胸のうちにあった。


―――――――やっとあの地獄から開放される。


―――――――私は、一歩自由に近づいたんだという。


―――――――その感情があった。


―――――――それと同時に、この私の秘密を。


―――――――アルバートさんに知られるのが怖くてたまらなかった。


―――――――わかってる。


―――――――きっと、知られても酷いことはされない。でも。


―――――――それでも“万一”がとても怖くて怖くて。


―――――――やっぱり言えなかった。


―――――――言えなかった。










―――――――でも、そんな悩みも今日で終わり。


―――――――ああ・・・散歩なんかするんじゃなかった。


―――――――猫なんか追いかけるんじゃなかった。


―――――――・・・・でも、結局何処でどうしても結果は同じか。


―――――――そう。


―――――――どうせ私には頼るべき仲間も友達も何にもない。


―――――――きっと、無いんだ。


―――――――最後に。


―――――――ちょっと・・・期待しすぎちゃったみたい。


―――――――もう、疲れたよ。


―――――――もういいや。


―――――――ここできっと死ぬんだ。


―――――――私は。


―――――――1人ぽっちのまま闇に包まれて。





========================================





しばらく、時間が経った。


辺りは、ゆっくりと完全な闇へと変貌を遂げつつあった。


この雑木林の中では、星の光が届くことはない。


「あ・・・うう・・・うぅ・・・・・・・・・・!!」

エミリアの心臓は恐怖で張り裂けんばかりに脈打ち、体はガタガタと震え上がり、もう僅かに進む力すら残っていなかった。



―――――――終わるんだ。


―――――――とうとう。



「う・・うわぁ・・・う・・ううぅ・・・!!」

エミリアは、急にその場でボロボロと涙をこぼし始めた。


絶望という名の感情が彼女の全てを支配していく。


エミリアは、その時。


自分の終焉を悟った。


「・・・・・ぅう・・・・」

エミリアの声はだんだんと小さくなり、彼女は涙でにじむ自分の視界が次第に暗くなっていくのがわかった。


全てを諦めかけた、その時だった。


―――――――――――――――――・・ミリア


何かの音が、エミリアの耳に僅かに届いた。


「・・・?・・・・・気の・・・せいかな・・・・何か・・・聞こえる」


――――――――――――――――――・・エミリア


「声・・・なの?・・・・・・・だれ・・・?」

全身の力を振り絞りながらエミリアは小さく声を上げる。



「エミリア!!」

今度ははっきりと声が聞こえた。


「・・・あ・・・・」

この声に聞き覚えがあった。


うつ伏せになっていたエミリアは、最後の力を振り絞って体を起こし、前方の声のする方に目を凝らした。


すると、少しして雑木林の奥から小さな灯りが近づいてきた。


「・・・!!・・・エミリア!」

その声の主は倒れているエミリアに気づいたのか、すぐさま彼女の元へと駆けつけた。


「っ!・・・ま・・・まぶし・・・」

エミリアに向けられたその光は、じかに顔に当たり思わずエミリアは繭をしかめた。


それと同時に、僅かだがエミリアは闇への恐怖心から解放され、体に力が入るようになってきた。


「おい!・・こんな所で何やってるんだよ!?」

そう声を上げて、エミリアの前に現れたのは紛れもないアルバートの姿だった。


「あ・・・アルバートさん・・・・・」


「お前・・傷だらけじゃないかよ。・・・・・・・どうしたらこんな怪我するんだ・・・ったく・・・」


「すみません・・・すみません・・・・すみません・・・・・」

エミリアは涙をボロボロ流しながら何度も何度も謝った。


「・・・・話は後でゆっくり聞かせてもらうからな。・・・・とにかく帰るぞ。・・・立てるか?」

エミリアの様子を見て、アルバートは声のトーンを落とし、ゆっくりとそう聞いた。


「は、はい・・・なんとか・・・・っうぁあ!」

エミリアは心配をかけまいと無理やり立とうとして再び足に激痛が走り、へたり込んでしまった。


「おい、よせ・・・無理するな。しょうがないな・・・・手は使えるか?」


「・・・あ、いえ・・・手も・・・」


「物もつかめないか?」


「あ・・・掴むくらいなら・・なんとか」


「・・・そうか。・・・・・ほら、乗れ」

アルバートは、しゃがみこむとエミリアに背を向けてそう言った。


「え・・あ・・・あの・・」


「おぶってやるから掴まれって言ってるんだよ。・・・そんな強く掴まなくても平気だ。・・・軽く添える程度で大丈夫だから・・・・ほら」


「は、はい・・・・」

エミリアはオドオドしながらも、何とか背に乗っかり、アルバートの首に腕を組むようにして絡ませた。


「・・・よし。・・・立ち上がるぞ・・せーの・・・っと」

アルバートはエミリアに衝撃を与えないようできるだけゆっくりと立ち上がった。


「ッ!・・・」

エミリアは、それでもなお少し痛みが手足に響いたが、無理やり声を押し込んで堪えた。


「よし・・・。・・もうそんなに手に力入れなくても大丈夫だ。・・・体を後ろに傾けたりはするなよ」


「は、はい・・・すみません・・本当にすみません・・・・こんなことになっちゃって・・・」


「・・・過ぎたことだろ・・・気にするな。・・・それより、手が空いてるなら・・コレ・・持てるか?」

そう言って、アルバートは左手で背負っているエミリアの体を支えたまま、右手を後ろ手にしてエミリアの前にかざした。


その手には、15cmほどの長さの懐中電灯が握られていた。


その懐中電灯は今や世間に広く利用されるようになった、白色の発光ダイオードが使われているようで、透き通るような純白の光を放っている。


「はい・・・これなら持てます。・・・えと・・・こんな感じで・・・大丈夫です・・か・・・・・っ!・・・・」

エミリアはアルバートから懐中電灯を受け取ると、痛みを堪えながらもそれでアルバートの前方を照らそうと試みた。


「おい・・・やめとけ・・・手・・痛めてるんだろ?」


「でも・・・」


「・・このくらいならまだまだ見える」


「・・・でも」


「いいから、落とさないように抱えこんどけ」


「・・・はい・・・」

言われた通りにそれを抱え込むと、エミリアの眼前は僅かだが白い光に包まれた。


その瞬間、エミリアを取り巻いていた恐怖心がさらに和らいだ。


「・・・・・・・・」

エミリアは、涙でぬれた顔のまま、ホッと安心したように溜息をつく。


「・・・落ち着いたか?」


「はい・・・おかげさまで・・・大分」


「・・そうか。・・・よかった」


「・・・・・・・・」

エミリアはその言葉を聞いて、泣きはらした目を擦りながら口元に笑みを浮かべた。


「・・・・あのさ」

アルバートは少し間を置いて、切り出した。


「はい?」


「違ってたら違うでいいんだが・・・・聞いていいか?」


「・・なんですか?」


「お前、暗いのが苦手なのか?」


「!!・・・な、何いってるんですか・・・・?そんな・・・そんなわけないじゃないですか・・」

エミリアはアルバートの言葉を聞いてビクリと体を振るわせ、そう答えた。


平常心を装ってはいるが、それとは裏腹にエミリアの心臓は激しく脈打っている。


「そうか・・・・違うんならいいんだ」


「・・・・・・・」

その言葉を聞いて、エミリアは再びビクリと体を振るわせた。


「・・・それにしても、少しホッとした。・・・お前が暗いのが苦手なら、もっと早くに迎えに行ってやればよかった・・・なんて思ってさ」


「!!!・・・・そう・・・ですね。・・・残念でした・・ね・・」

懐中電灯を握り締めるエミリアの手に力が入った。


「・・・ああ、そうだな。・・・でも、よかった。・・・俺さ、一つだけ怖くて考えられない事あったんだけどさ・・・・どうやらそれは俺の杞憂だったらしい」


「・・・怖いこと?・・・アルバートさんが・・・・ですか?」

エミリアは、驚いた様子でそう聞き返した。


「・・・なんだ、その驚いたような声は?」


「え・・だってアルバートさんに怖いものなんてないだろうなって・・・思ってましたから。・・・ちょっと意外で・・」


「・・・俺だって怖いことくらいあるさ」

アルバートは少し恥ずかしそうにポツリと言った。


「・・・なにが・・・怖かったんですか?」


「怖かったら無理に思い出さなくていいんだけどさ・・・・お前さ・・俺と会った日のこと覚えてるか?」


「!・・・はい・・・一応」

そう答えるのと同時に、エミリアの脳裏にあの銃口を向ける恐ろしい形相のアルバートの姿が浮かんで、身震いした。


「・・・あの日な?・・・・あの日・・・俺は自分を思ってくれていた仲間達を裏切ってしまったんだ」


「!・・・やっぱり・・そう・・・だったんですか」


「・・・ああ」


「・・・でも・・・そんな大切な人たちを・・・どうして裏切ったんですか?」


「・・・自分でもわからない・・・・わからないんだ。・・・あの時、・・・あの妙な声がして・・・」


「・・・妙な・・・声?」


「あ・・いや・・・それはどうでもいいんだ。・・質問は俺の怖いものについてだったよな?」

アルバートは、咄嗟に話題を逸らした。


「・・え?・・・あ・・・はい」

エミリアは、アルバートのいう“妙な声”についてのことも気になったが、今はさきほどの質問に意識を集中させることにした。


「それでな?・・・・その時にわかったんだ」


「・・・・何が・・・わかったんですか?」


「俺はあの日を境に・・・・仲間が・・・俺にとって仲間がどれだけ俺という存在を支えていたか・・・その尊さが・・・身に染みてわかったんだ」 


「・・・・・・・」


「俺は孤独が好きだったじゃなかったんだ。・・・・俺は・・・ただ、いつでも自分のことを気にかけてくれる仲間がいるっていう絶対的な安心感の中で、偽りの孤独感を感じてそれに酔いしれてただけだった」


「・・・・・・・・・」


「・・・きっとただ、カッコつけたかっただけなんだ。皮肉なことに・・・本当の孤独になって初めて・・・俺はそれに気づいたんだよ」

アルバートは、気恥ずかしそうに小さくポツリと呟いた


「・・・・・・アルバートさん・・・・」


「・・・そうだ・・・だから俺は怖かったんだ」


「・・・・・辛かったんですね・・・」


「馬鹿!・・・違う。・・・そうじゃない」


「え・・?」


「それはもう過去のことだ。・・・どんなに悲しんだって後悔したってもう帰ってきやしない。そうだ・・・帰ってなんかこない」 


「・・・じゃあ・・一体何が・・何が・・怖かったんですか?」


「馬鹿・・・まだわかんないのか・・・」


「・・・・・?」


「・・俺は・・・お前が・・・やっぱり俺のことが怖くなって・・・逃げ出したんじゃないかって・・・そう思って・・・怖かったんだ」

アルバートは、急に顔を赤らめ、酷く恥ずかしそうに小さい声でポツリと呟いた。


「・・・・・・・・え?」

その言葉を聞いたエミリアは、一瞬頭の中が真っ白になり言葉を失った。


「・・・だから・・・また・・一人になっちまうんじゃないかって・・・思って怖くなったんだよ・・・」

アルバートは、赤面したままボソボソと繰り返した。


「・・・・・・あの・・・それって・・・」

エミリアは震える口元で、恐る恐る聞いた。


「・・・俺達・・もう仲間だろ?」

アルバートはそうゆっくりと確認するかのように呟いた。



―――――――嘘でしょ?


―――――――これは・・・


―――――――まるで私が心の底から欲しがっていたもの


―――――――誰よりも欲しがってた・・・あの・・・!



「・・・・うぅ・・・・・・」

今まで、アルバートの背中の上で縮こまっていたエミリアの目から、再び大粒の涙が流れ始めた。


「・・・おいおい・・・泣くなよ・・・俺が困るだろ?」

アルバートは苦笑しながら、すこし嬉しそうに言う。


「ごめんなさいっ・・・!ごめんなさい・・・・・・!ごめんなさい・・・・・!わた・・私っ・・・!!」

エミリアは今にも消えそうなか細い声で、何度も何度もそう繰り返した。


「・・・そんなに謝んなくていいんだよ。・・・お前が戻ってきてくれたんなら俺はそれでいいんだ」


「違うの・・違うのぉ・・・!!・・・私、さっき・・・アルバート・・・にっ・・・嘘・・ついっ・・たの・・・!」


「・・・・」


「私・・暗いのがっ・・・暗闇がとっても・・死ぬほど怖いのぉ・・!」


「・・・馬鹿・・・最初からそういえばよかったんだよ。あの日、電灯消そうとしただけであんなに慌てるなんて・・普通じゃないと思ったんだ。・・・下手な嘘つきやがって・・まったく・・」


「ごめん・・・ゴメンねぇっ・・!・・・・・だって、私っ・・・・また・・閉じ込められるかもって・・・思って・・・どうしても・・・こ、怖かったんだよぉ・・・!!」


「・・・アホか・・・お前は。・・・俺がそんなことするわけ無いだろ・・・」


「ひっぐっ・・・ぅう・・・」

エミリアは溢れる涙を必死で手で拭った。


「・・・屋敷でやられたのか?」


「ひっぐっ・・・・・・・う、・・・うん」


「・・・・・・そうか。・・・安心しろ、・・・もうそんな心配をする必要なんかない。・・・今お前の近くいるのは俺だけなんだからな」


「!・・ぅぅうわぁ・・ぅうわぁぁあぁぁああああああああ!!」

とうとう堪えきれなくなったエミリアは、アルバートの背中の上で大声で泣き出してしまった。


「・・やれやれ・・・この上着・・お前が今日洗濯してくれたばかりなんだがな・・・」

アルバートはゆっくりと静かに、そう言った。


そして、しばらくの間アルバートのそのじんわりと湿った背中は。


乾くことはなかった。





===================================





しばらく時間が経った。


アルバートはエミリアを背負ったまま何とか雑木林を抜け、ようやく小屋の近くの丘にたどり着いた。


「・・・やっとたどり着いたな・・・」

アルバートは軽く溜息をついてそう言った。


「・・・・・・・」

エミリアは、アルバートの背中に顔を押し当てたまま、口を開こうとしない。


「・・まだ泣いてるのか?・・・もう泣くなって・・」


「・・・・・・アルバート」

エミリアは、ポツリと彼の名前を呼んだ。


「ん?」


「・・私・・・一つ・・・アルバートに言ってない事があるの・・」


「・・・なんだ?」


「・・・私・・・実は・・・」


「・・・実は?」


「・・・屋敷で雇われる前のこと・・・全然覚えてないの。・・・・記憶喪失なの」


「・・・・・!」

アルバートは少し驚いた様子で、後ろ目で背中の上のエミリアを見た。


「・・・そう・・・・あの日・・・私は何かから逃げてた・・・と思うんだ」


「・・・・・・」


「そしてね・・・気づいたときには、屋敷の前で倒れてたの。・・・それを、屋敷の人が拾って・・・それから私は屋敷で家政婦として仕事を覚えさせられたの」


「・・・なるほど。・・・あの日に“俺が特殊だ”っていうのを聞いたときに、お前が言いかけた“そんなこと・・”っていうのは、これのことだったんだな・・・」


「・・・っはは・・なんか不思議でしょ?・・・だって、私の屋敷に来る前の記憶は全然無くて、・・・まるで屋敷の前から私の人生が始まったみたいな感覚なんだ・・・。だから・・自分の家族の顔なんか覚えてないし・・・ましてやそれまでに出会った人の顔なんか全然・・・・。あっ、でもね?自分の名前が“エミリア”っていうのはなんでか覚えてるの」


「・・・・・偶然は重なるもんだな」

アルバートはそうポツリと呟いた


「え?・・・・偶然って?」

アルバートの意味深な言葉にエミリアは思わず聞き返す。


「・・・一つはアルバート・クライストと・・・・エミリア・クローチェの・・“クライスト”と“クローチェ”の縁、・・・それからもう一つは俺のこと」


「・・・縁?」


「ああ・・・・クライストってのは英語で“キリスト”・・クローチェはイタリア語で“十字架”を意味する。・・・キリストと十字架なんて切っても切れない縁だろ?」


「へぇ・・そうなんだ・・・・・・うん、・・・そうだね。・・・・そうならいいな・・・」

エミリアは口元に笑みを浮かべ嬉しそうにそう言った。


「・・・・・そしてもう一つは・・・」

アルバートは少し間を置いて続けた。


「もう一つは?」


「俺も小さくころの記憶がないってこと」


「!?・・・・・・・・嘘でしょう?」

エミリアは思わぬアルバートの言葉に戸惑いの表情を浮かべる


「嘘じゃないさ。・・・・・・俺は物心つく頃までのことを何一つ覚えてないんだ。・・・両親の名前も顔も知らないし・・・その頃いたかもしれない友達の名前も覚えていない。・・・このアルバート・クライストって名前も、俺が拾われたときに持っていたペンダントに彫ってあっただけで、本当に俺の名前かどうかはわからない」


「・・・・・・」


「・・・・・驚いたか?」


「うん・・少し。・・・でも・・・なんか安心した。・・・私以外にも同じ境遇の仲間がいるなんて」


「ああ、俺も安心した。・・案外俺達・・・共通点が多いよな」


「ふふっ・・・そうだね」


「所でさ・・・俺に一つ考えがあるんだけど・・いいか?」


「?・・・考えって?」


「・・・俺とお前は・・・俺が以前いた組織に命を狙われてる話は前したよな?」


「うん・・聞いたよ」


「・・・悪いな・・こんなことに巻き込んで」


「ううん、そんなことない。・・・だって、私あのまま屋敷にいたらいつか自殺でもしちゃいそうだったもの。・・・・巻き込んでもらってラッキーだよ」

エミリアは一分の曇りもない笑顔でそう言った。


「そう・・・言ってもらえると・・大分気が楽だ。・・・ありがとう」


「えへへへっ・・どういたしまして。・・・それで、アルバートの考えってどんなことなの?」


「ああ・・・俺達、記憶喪失同士だし・・・・一緒に元の記憶を探しに行かないか?」


「へ?・・・探しにって・・・?」


「だからさ・・・イタリア中を、記憶を探しに旅して回らないかっていうことさ。・・・・・もちろん、生命優先だから組織から逃げるのを前提にな。・・・どうだ?」


「え、え〜!?・・・イタリア中を!?」

エミリアはそれを聞いて目を輝かせた。


「やっぱり、それはキツいか?」


「そんなことないよ!そうしよう!・・うん、行きたい!行きたい!私、屋敷の近くしか見たこと無いの。だから一度イタリア中を見てみたいと思ってたんだぁ!」


「・・・本当にいいのか?・・・死ぬかもしれないんだぞ?」


「それはここにいたって一緒でしょ?・・・だったら、私は前に進みたいよ」

エミリアは、笑みを浮かべながらそう言った。


「・・・悪いな」


「謝らない!・・ほら、何時もアルバートが私に言ってたことでしょ?それに・・・もう私たち一蓮托生みたいなものなんだからさ」


「・・そうだな、・・・ありがとう。・・それじゃあ、旅に出るので決まりだな」


「うん!・・楽しみだな〜、最初は何処に行くの?」


「・・お前、やっぱり旅行かなんかと勘違いしてないか?(-_-;)」


「そうかな?どっちも一緒みたいなもんじゃない」


「・・・危険度が段違いだろが(-_-;)・・・・それに、しばらくここを離れることは出来ないな」


「え?・・なんで?(・_・?)」


「・・・・一つは、まだ組織の警戒が強くて危険だっていうこと。・・もう一つは・・」


「もう一つは?」


「・・・お前の両手両足」


「あっΣ( ̄□ ̄;)・・・・」


「ふぅ・・・アホ。・・・・・・しばらく安静だな」

アルバートは呆れた様子で溜息をついた。


「う〜・・・折角楽しみにしてたのに・・・」

アルバートの背中の上で、エミリアはガックリと肩を落として言った。


「・・・だったら、その怪我を早く治すことだな」


「は〜い・・・」

エミリアはしょんぼりした様子でそう返事した。


「・・・・エミリア」


「・・ん・・・何、アルバート?」


「よろしく」

アルバートは気恥ずかしそうにポツリと言った。


「!!・・・うん!よろしくっ!」

それを聞いたエミリアは、満面の笑みを浮かべ元気にそう言った。



アルバート:(・・・敬語・・・・やっとやめたな)


「・・・・・・・・」

アルバートは、黙ったまま薄く笑みを浮かべると視線を前に戻した。


そしてしばらくして。


アルバートとエミリアの二人は、新たな決意を胸に自分達の住まいへと戻った。





―――――――――――――こうして、ようやく長い一日が終わりを告げた。


―――――――――――――新たな物語の始まりと共に。





================================


ようやく一段落した二人は、挨拶を交わすとゆっくりと自分達の部屋へと入っていった。


「・・・・・・・」

しばらくのあいだアルバートは、一人、自分の部屋の窓際に立って新月の夜空を黙って眺めていた。


アルバート:(仲間・・・・か。・・・・そうだ・・・俺たちは・・・もう仲間だ。・・・“あれ”バレなければ・・・きっとうまくやっていけるさ)


アルバートは、ルキアーノがあの日に言った言葉を思い出し、強く拳を握り締めた。






=================================






「ああ・・そうだ。・・・アルバート」


「・・・・なんですか?ルキアーノさん」


「そういえば、さっきのコミュニケーションについての話なんだが・・・絶対に守らなきゃならん事を言い忘れた。・・・これは、そこらの形式ばったルールとは違う。・・・お前のためを思ってのことだ。・・・でも、絶対守れよ」


「・・わかりましたから、勿体ぶらずに早く教えてくださいよ」


「よく聞けよ?一度しか言わないからな」


「わかってますよ・・・・・・・・・で・・アルマである俺のためを思っての事っていうのは?」

















「・・・・・・・普通の人間の友達は絶対につくるな」

第6、7話の登場人物(「※」のマークは、話中の会話で名前のあがる人物です)


アルバート・クライスト

本作の主人公。

元は対テロ組織“スピーア”に所属していた、“アルマ”と呼ばれる特殊な構成員。

現在は、無意識のこととはいえ、仲間を裏切ったことにより組織を追われる身となった。

そのため、自分の素性を知らない人間には「コルティリーノ」という偽名を名乗っている。

特徴 髪は茶色のショート。瞳の色はグレー。

他のデータは“プロフィール・アルマ編”を参照のこと


エミリア・クローチェ

性別 女

年齢 18歳

身長 151cm

体重 42kg

特徴 髪の色はブロンドで、肩に届くくらいのストレートのロングヘア。瞳の色はアイスブルー。

詳細 アルバートが屋敷で遭遇し、彼が逃走の際に一緒にさらった少女。容姿以外、一切が謎に包まれている。


ルキアーノ・トルナトーレ

スピーアの一員で、アルバートの元教官。

初めてアルバートが会話を交わしたのが彼であり、アルバートのことを一人の人間として扱ってくれた恩師でもある。

アルバートがスピーアの中で最も慕っていた。

アルバートに暗殺の手解きをしたほどの実力者で、周囲からもそのことで一目置かれている。


※ニッコロ

アルバートがナポリで交流を持っていた情報屋。

アルバートが、政府関係の人間だったとは知らない。

前回の話で、アルバートに一週間後仕事を紹介すると約束をした。


※マリー・フェルディナント

スピーアに所属するアルマの一人。

活発な女性で、アルバートと気軽に話が出来る仲。


※カテリーナ・マリウス

スピーアに所属するアルマの一人。

ある事件をきっかけに教官を失い、それ以来ずっと一人で塞ぎこんでいる。

アルバートやマリーに対し僅かながら心を開いている。


※エリオット・ロッセリーニ

スピーアに所属するアルマの一人。

自分の教官であるアリエーテを、とてもよく慕っている。

任務において時折残酷な性格を見せるが、普段はいたって普通の少年。


※シルヴィオ・ギベルティ

スピーアに所属するアルマの一人。

まだ作中には登場していないが、アルバートの友人らしい。

その素性は今の所不明。


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