96話「アホアホのアホじゃないのアンタ」
「でハ、支度をしてサリパ王宮に顔を出ソう」
「お待ちしておりますわ、メウリーン様」
メウリーンと会談した翌日、俺はそのままサリパに戻ることになった。
タケルの縁談と言う、特大の課題を背負わされて。
「勇者タケルとの一件、どうぞ頼ム」
「あはは、ははは……」
帰り際、メウリーンにそう念押しをされて冷や汗をかいた。
彼女のタケルへの想いは、本物のようだ。
─────だからこそ、厄介だが。
「ルゥルゥ姉上!! ただいま戻りましたわ!!」
「あら、お帰りリシャリ。同盟、お疲れさん」
俺は帰国してすぐ、ルゥルゥ姉上の部屋へ駆け込んだ。
こういう悩みは、姉上にもっていくに限る。
「また誘拐されて心配してたのよ」
「大丈夫ですの。ちょっと衣服を剥かれて餓死しかけただけですわ」
「……その状況から、どうやって同盟結んだのよ」
ルゥルゥ姉上は俺を迎え入れると、喜色満面に抱きしめてくれた。
俺の手紙を捨てやがった薄情な兄上と違い、ちゃんと心配してくれていたようだ。
「リシャリは身体が弱いんだから、無理しちゃだめよ」
「はーい」
ルゥルゥ姉上はそう言って、クッキーを机に置いた。
お菓子を置くのは、王女会開始の合図だ。
「痩せたわね、リシャリ。最低、三つは食べること」
「いただきますわ」
出されたクッキーは、姉上の手作りだった。
俺の帰国に備え、準備してくれていたのだろう。
「で? どしたのリシャリ、相談があるのでしょう?」
「……分かりますか、姉上」
「そういう顔をしてるもん。何年、あんたの姉をやってると思ってるの」
クッキーを一つ頬張ると、ルゥルゥ姉上から話を切り出してくれた。
この辺はさすがだな、と思う。
「実は、ある縁談の仲介を申し付けられまして」
「あら、アンタの得意分野じゃない。私に何を相談するの」
「それがですね……」
では早速、お言葉に甘えて……。
俺はこの縁談をどうしたものか、ルゥルゥ姉上に意見を聞くことにした。
「メウリーン、ってヤイバンのドラズネスト領主の?」
「ええ」
メウリーン・ドラズネスト。ヤイバンのドラズネストの領主。
竜神グルデバッハを代々祭り上げ、民を生贄に捧げてきた際どい衣装の巫女さん。
彼女は竜神を拳で討伐してしまったタケルに心酔し、縁談を申し込んできた。
「彼女が、タケル君に婚約を申し込んだと」
「父上が戻ってきてから、相談するつもりですが」
メウリーンの求婚を聞いて、俺は馬車で頭を抱えていた。
すなわち、この縁談を進めて良いものかだ。
「姉上はこの縁談、どう思われますか?」
「条件次第だけど、ナシではないと思うわよ」
「条件、ですか」
姉上の判断は、条件次第ではアリということだった。
「条件と言うのは?」
「メウリーンを正室にするのはダメね。タケル君を取り込まれかねないから」
「……ふむ」
「側室として通い妻、なら認めてもいいと思う。ドラズネストがタケル君の領地になれば箔が着くし。ただ彼には政治ができないから、実際の運営はメウリーンに任せる。なので、通い妻ね」
姉上に相談すると、快刀乱麻にそう答えてくれた。
政治的な観点で見れば、タケルがメウリーンと結婚しても問題はないようだ。
だが、
「問題は、そういう観点だけではないと言いますか」
「じゃあどういう観点?」
「他のタケル好き好き軍団が暴走しないかどうか、と」
「……あー」
タケル大好きなツンデレ騎士、ポーリィさん。若干ヤンデレ気味なヤイバンの怪物、レヴィさん。
彼女たちも、タケルの縁談相手としては十分な地位である。
ポっと出の地方領主にタケルを奪われて、二人が黙っているとは思えないのだ。
「そんなもん、タケル自身に決めさせなさいよ」
「まぁ、そうですわよね」
「それともリシャリ、まさか貴女─────」
こういう時は恋愛脳で、とても頭がいいルゥルゥ姉上を頼るしかない。
そう思って、ルゥルゥ姉上に相談してみたのだが……。
「いえ、この質問は無意味かしらね。多分違うから」
「何のことです?」
「いや、まぁ一応聞いておくかな。確認だけどね、リシャリ」
ルゥルゥ姉上は少し、躊躇うそぶりを見せた後。
呆れたような、困ったような顔で俺にこう聞いた。
「リシャリがタケル君を好きだから、躊躇っているって可能性は?」
「ないですわ」
「……ないわよねぇ」
そうか、俺がメウリーンに嫉妬して縁談を躊躇っていると思ったのか。
そんなはずはないだろう。
「ちょっとはタケルに気が有ったりはしない?」
「ないですわ?」
「じゃあもし、タケル君から縁談を申し込まれたら?」
「はぁ、そんなの決まっているでしょう」
今日の姉上は妙だな。
どうしてそんな当たり前のことを聞くのだろう。
「国王が許すなら受けますわ」
「……よくわかった」
俺の縁談に、俺の意志が関与することはない。
すべては国王の命じるまま、縁を結ぶだけだ。
「姉上、私はどうすれば……」
「そうね、逆にアンタはどうしたいの?」
「私がどうしたいか、ですか?」
俺がどうしたいか、か。
サリパの国益も大事だ。タケルの縁談をどうすべきかは、よく吟味しないといけない。
……ただ、それ以上に。
「タケルに、幸せになってほしいですわ」
「そう」
俺はタケルに、何度も何度も助けられてきた。
だからこそ、彼のことを『便利な駒』のように扱いたくはない。
「私にできうる限りの便宜を以て、幸せを掴んで欲しい」
「……」
「私が縁談を進めたらきっと、タケルは受けてしまいますわ。国の都合で、彼の将来を縛りたくないのです」
タケルは現在、ポーリィとレヴィの二人から熱烈なアプローチを受けている。
しかしタケルの朴念仁は、好意に気づいてはいないだろう。
俺としては、二人の好意を受け止めた上で縁談を受けるか決めてほしい。
その二人もトンビに油揚げを攫われたのではなく、フラれた上での縁談であれば納得するハズだ。
「タケルが彼女たちに向き合う為の、時間を作ってあげたいと言いますか」
「面倒くさいわねぇ。じゃあそのメンツを招待して、恋結びパーティでも企画したら?」
「違うのです、そうではないのです!」
どうやら姉上に、俺の悩んでいる部分が良く伝わっていないらしい。
俺は改めて、どうして相談しているのかをこと細かく説明した。
ポーリィさんやレヴィの気持ちを、タケルはまだ認識していない。
でも俺が彼女らの気持ちをタケルに伝えるのは筋違い、余計なお世話だ。
あの朴念仁に、二人の好意を自覚させる方法はないだろうか。
タケルの朴念仁を治す方法を、一緒に考えてくれルゥルゥ姉上ェ!!
「アホじゃないのアンタ」
俺が熱弁をふるったら、可哀そうなものを見る目で見られた。
何がおかしいというのだ。
「私としては遠回しに、『アナタはもっと他人の気持ちに敏感になるべきですわ』と助言するなどを考えているのですが」
「アホじゃないのアンタ」
「私の頭脳が姉上に劣ることは分かっていますわ。だから、相談しているんじゃないですの」
「アホアホのアホじゃないのアンタ」
そんな俺の真摯な悩みを、ルゥルゥ姉上は鼻でせせら笑った。
ひどすぎる対応だ。人の心はないのだろうか。
「はぁ、タケル君もかわいそうね」
「そうなのですよ、彼が鈍感なのは今まで恋愛経験がないからでしょう」
「鏡か静水を覗き込むといいわ、鈍感が映るから」
だが、タケルの鈍感さを責めるのは少々可哀そうではある。
彼は生まれてからずっと、化け物として恐れられてきた少年だ。
まともな恋愛経験を積む機会など、なかったのだろう。
俺はそんなタケルを救いたい……。
「それに加え、シンプルに二人の暴走が怖いですわ。特にヤイバンのレヴィさん」
「……まぁ、それはそうだけど」
要は俺は、タケルに傷ついてほしくないのだ。
彼は俺を何度も助けてくれた恩人、嫌な思いをさせたくない。
俺が仲介役になるなら、少しでも火の粉を減らしたいんだ。
「あー、面倒くさくなってきたわ」
「姉上?」
「今の、そのまま国王に相談してみなさい。それで解決するわ」
しかしルゥルゥ姉上は、だんだんと面倒くさそうになり。
やがて投げやりに、俺の頬をギューッと押しつぶした。
「あにゅうえ?」
「アンタは余計なこと考えなくて良いから、国王の指示通りになさい。それが望みなんでしょ?」
ルゥルゥ姉上の瞳には、どこか呆れたような色が浮かんでいる。
そんなに俺は、変なことを言っただろうか。
「あの~、ノンデリ国王にまともな解決策を出せるとは思えないんですが」
「もはや一周してノンデリが必要な状況よ、それ」
「姉上!?」
それとなく抗議をしてみたが、効果はなし。
姉上はそう言って、俺の相談を打ち切ってしまった。
意味不明である。
どうして姉上は、俺の相談に真面目に乗ってくれなかったのだろう。
いつもなら面倒くさがりながらも、ちゃんと解決策を考えてくれるのに。
「ドラズネスト領主メウリーン様は、二カ月後にサリパ王宮に来訪されるそうです」
「分かりましたわ」
メウリーンは再来月に、サリパ王宮を訪れるらしい。
二カ月もあれば、国王もタケルも帰ってくるだろう。
「結局は、本人たちの気持ち次第ですか」
後はタケルに縁談の話をして、気持ちを確認することだ。
前向きに考えているなら、仲人としてタケルの縁談をサポートし。
タケルが断るつもりなら遺恨が残らないよう、場を収めるだけ。
どっちに転んでも、俺がうまくサポートすればいい。
メウリーンからの求婚を処理するだけなら、簡単な仕事。
ただ、ポーリィさんやレヴィの気持ちを知っている俺からしたら……。
縁談が成立した場合に、トラブルになるんじゃないか気が気でない。
とくにレヴィ、彼女はかなりタケルに執着している素振りがあった。
「不安ですわ~」
縁談の前に、ポーリィやレヴィとの関係が清算できればよかったのだが……。
いや。彼女たちがタケルにぞっこんだからと言って、短絡的な行動をとるとは限らない。
俺は二人の理性を信じ、粛々と縁談を進めるのが正解……なのかな?
もう、悩んでも仕方がない。正解があるなら、ルゥルゥ姉上は俺に助言してくれたはずだ。
おそらく姉上は俺に『自分で解決してみせろ』と発破をかけたのだと思う。
あの意地の悪い態度は俺の成長を促すためだったと、そう信じよう。
「準備を進めますか」
そうと決まれば俺は、やるべきことをやるのみ。
お見合いに備えて、料亭の先押さえをしておかないと。
俺に任せておけタケル。お前に最高の縁談の席を、用意してやるからな!




