8話「武力行使も辞さないつもりですけれど」
発表会の後、ジュウギの立場はますます悪くなった。
『君の研究室から出るガスに、迷惑しているんだ』
『お願いだから、もう出て行ってくれないか』
『もう少し待ってくれ。次は、もっと』
ジュウギはもはや、研究所の恥さらしという扱いであった。
同僚たちは嫌悪感を隠さず、ジュウギに出ていけと迫るようになった。
『私の研究を理解すれば、いつか君たちは評価するはずだ』
しかし、それでも彼は折れなかった。
蒸気機関は、凄いことが出来ると信じたからだ。
『大学一の秀才が、あんなことになるとはね』
『低魔力のコンプレックスは醜いね』
どれだけ陰口をたたかれても、彼は研究を辞めなかった。
むしろ、見返してやると発奮した。
『考えろ。蒸気機関はどう使えば役に立つのかを』
来る日も来る日も、実家の財産を食いつぶしながら、ジュウギは研究に明け暮れた。
毎日のように燃える石──『石炭』の粉塵を浴び、肺を悪くしながらも。
『蒸気で歯車を回せば、強力な動源になる。土木作業にも使えるが……。土魔法で良いと言われるだろうな』
蒸気機関の特性は、人間に真似できない強力な動源であること。
『兵器への転用はどうだろう。……いや、重すぎて持ち運びに難があるか』
うまく活用すればすごいことが出来ると信じ、執念で研究をし続けた。
「研究中、失礼しますわ!」
そんな、ある日のこと。
彼の研究室に、華美なドレスを着た少女が入ってきた。
「……私に何か御用で?」
その少女は見るからに、『上流階級ですよ』といういでたちで。
傍らには、騎士団の服を着た男も立っていた。
研究所には場違いな、二人組の『お客様』。おそらくは、上位貴族か王族だ。
だが部屋に籠りっきりだったジュウギは、その二人の顔を知らなかった。
「失礼ですが名前は?」
「ここにいらっしゃるのは、サリパ王国の第二王女、リシャリ殿下です」
「ほう、そうでしたか」
そう聞いてようやく、ジュウギは入ってきた少女が王女だと知った。
本来であれば、すぐにでも傅かねばならない相手だが……。
彼はその場を動かず、それどころか聞こえないよう小さく舌打ちした。
「で? 偉大なるリシャリ王女殿下が、こんな空気の悪い研究室に何の御用で?」
王族とはつまり、国だ。
低魔力で動く魔道具と聞いて「予算を出さない」と切り捨てた国だ。
つまりジュウギが打倒すべき『差別』を、肯定している存在。
慇懃無礼になるのも仕方なかった。
「この研究室から出てくるガスで、健康被害が出ている件についてですわ」
ゲホ、ゲホ。
王女リシャリは咳き込みながら、そう話した。
「貴方がどんな研究をしても構いませんが、ちゃんと周囲の影響を考えてくださいまし」
「誰かのせいで予算がなくてね。防煙設備が整えられないんですよ」
そんな王女リシャリを煽るよう、ジュウギは皮肉たっぷりにそう答えた。
ジュウギは石炭の粉塵により、肺が悪くなることに気づいていた。
他ならぬ彼自ら肺を冒され、咳に苦しんでいるのだから。
しかし研究予算が足りず、その対策をする資金はなかった。
「であれば、研究場所を変えてもらうほかありませんわ」
「……またその話か」
確かに、肺を悪くした研究者には悪いことをしたと思う。
だがジュウギも、この研究室を追い出されるわけにはいかなかった。
「無理だ。この部屋の研究成果を、全て運び出すことなどできない」
「……」
「それに、私は十年間はこの部屋を使える契約になっているだろう」
彼は大学の准教授に就任した際、十年間は研究室を使用できる契約を交わしていた。
その契約期間は、あと五年以上残っている。
だから、大学も彼を追い出せないのだ。
「どうしてそこまで大学に拘るのです?」
「契約に従って、部屋を使って何が悪い」
……そしてジュウギの願いは、ただ『蒸気機関を開発すること』ではない。
蒸気機関の有効性を証明して、他の研究者を見返したい。
そして最終的に、低魔力への差別を撤廃したい。
だから研究が上手く行ったとしても、評価されなければ意味がないのだ。
だから大学を追われるわけにはいかなかった。
「私以外の研究で、健康被害が出ているものもあるでしょう。どうして私だけが、追い出されるのですか」
彼自身、周囲から疎まれていることには気づいていた。
だがそれでも、成果さえ出せば。
「被害の規模が大きすぎるからですわ」
「では、力づくで追い出しますか?」
凄いものを発明すれば報われると、ジュウギは信じ切っていた。
大学とは、そういう場所なのだから
「そうですわね、意固地なままなら武力行使も辞さないつもりですけれど」
「……」
「私はもっと穏便に解決したいと思っていますわ」
武力行使、という言葉を聞いて。
彼女の隣に立っている護衛が、フゥと気合を入れる様子を見せた。
その瞬間、ブルっとジュウギの背筋が凍った。
あの護衛は、おそらく凄まじく強い。流石は王族の護衛、威圧感が凄まじい。
「……ああ」
いよいよジュウギは、研究室を叩き出されるだろう。
あんな化け物の武力行使も辞さないとなれば、ジュウギに抵抗しようはない。
(とうとう、追い出される日が来たか)
彼は心の内で、ほぞを噛んだ。
ジュウギは蒸気機関が大発明と気付いているが、その発明が『認めてもらえるか』は別。
少なくともこの研究所に、蒸気機関の価値に気づいている人はいなかった。
「それで? 穏便に解決するとは、どうするつもりで?」
「この部屋の物資の運び出しは、我らが人を手配しますわ。研究施設も、こちらで見繕いますの」
王女リシャリはニコニコと笑いながら、そんな提案をした。
彼女に悪意は、全く見られない。
「研究を続けて貰って構いません。ただ、場所を変えてもらうだけですわ」
「……」
「それで如何です?」
大学を出て、遠く別の場所で研究を続ける。
それは酷く妥当で、そして冷酷な提案だった。
「無論、場所については貴方の希望も伺いますわ!」
リシャリの言葉は、彼の『大学にとどまりたい』建前を全て奪い去るものだった。
健康被害が出るから場所を変える、それは酷く妥当な提案だ。
ただしそうなれば、ジュウギの研究成果は誰の目にも触れない。
田舎の僻地で大発明をしたとして、それはジュウギの自己満足で終わる。
研究成果は、認められてこそ価値があるというのに。
「……ここに残るのは、駄目ですか」
「駄目ですわ。他の研究者さんの迷惑ですもの」
そんな死刑宣告にも等しいリシャリの言葉に、ジュウギは唇を噛んだ。
だが自身の研究で、病人が出ているのは事実。
彼に、反論のしようはなかった。
「……ちくしょう」
ジュウギはこの研究のために、実家の財産を食いつぶしてきた。
いつか見返せると信じて、がむしゃらに打ち込んできた。
なのに、何もなしえず終わるなんて情けなくて仕方がない。
「……く、くぅ」
気付けばポロポロと、ジュウギは涙をこぼしていた。
いつまでも目を背け続けてきた、『研究の終わり』。
それを突然、第二王女という権力者から突き付けられたからだ。
「んーと、では移籍先の候補地ですけど。遠くなりますが、東の田舎に王族直轄領がありまして……。って、え!?」
「……」
「な、何を泣いていらっしゃいますの!?」
そのジュウギの涙を見て、リシャリは驚いた顔をしていた。
王女には、ジュウギの気持ちが分からないのだ。
「え、えっと。何か不味いことを言いましたか、私?」
彼がどうして大学に拘って、健康を犠牲にしてまで研究を続けてきたのかを。
ジュウギが今までどれだけ、低魔力であることに苦しんできたのかを。
「もしかして、場所が気に入りませんでしたか!? で、でもここが理想的で」
「……わかんねぇですか」
どうせ、追い出されるんだ。
こうなったら思いっきり、何もわからぬ王女様に恨み節をぶつけてやろう。
ジュウギはそう決意して、リシャリに食って掛かった。
「そんな片田舎で研究して、誰が成果を知るというのです!」
「……え?」
「迷惑者な私は、遠くで一人ぼっちで研究してろってことですか!」
ジュウギは、王女に向かって吠えた。
「魔力がある貴方に、分からないでしょうけど! この発明は、世界を変えるはずだ!」
「……ちょ、ちょっと」
「魔力なんてなくても、社会が成立するくらいに! 私の研究は、そんな偉大な発明なんだ!」
ジュウギの言葉に反応し、護衛の男がスっと前に出てきた。
王女に危害を加えるつもりなら、殴り飛ばされるのだろう。
「あと一歩、もう一歩だけ何かが足りたら変わるんだ。あと少しなんだ」
「ジュウギ、さん」
ジュウギは癇癪を起した子供のように、泣きじゃくったあと。
やがて意を決したように、自分のノートを地面にたたきつけた。
「もういい、分かった。私が不要というならば、こんな国、出て行ってやる」
「ちょっと!?」
「この研究成果を持って、ちゃんと評価してくれる国に────」
「ま、待ってくださいまし!」
そのジュウギの剣幕に、驚いたのか。
リシャリはしどろもどろになりながら、ジュウギに駆け寄ってガクガクと揺すった。
……その顔は、ちょっと引くほど真っ青だった。
「そ、そ、それだけはやめて欲しいのですわ! 技術流出はやばたにえんですわ!」
「だったら、私の研究をちゃんと評価してください!」
「貴方の研究を過小評価などしていませんわ! ただ健康被害と機密保持の観点から、場所を移してもらいたいだけでして」
「ほう、じゃあなぜ予算を打ち切ったのです? なぜ移転先が、遠く離れた田舎街なのです!?」
「予算に関してはごめんなさいですわ、管轄外でしたの!」
……その王女の反応を見て、ジュウギはため息を吐いた。
この王女はおそらく他の研究者に『ジュウギを追い出すように』言われてきただけなのだ。
考えてみれば、こんな小娘が研究室で権力を持っているわけがない。
彼女もまた、研究所の同僚たちに「良いように言われて」説得に来ただけなのだろう。
「な、何とか予算に関しては私から交渉してみますわ。だから、その」
「……もう良いです。貴女に言っても、何もならんのでしょう」
「本当に、私はちゃんと、研究を評価しておりますのよ」
「へぇ? 私の研究はどんなもので、どういった所を評価してくれてるんで?」
ジュウギは何も知らない王女様に、ふと意地悪がしたくなった。
リシャリが調子の良いことをいっているだけと思って、悪意を込めて。
「この研究がどんな役に立つとお考えですか」
国中の研究者に否定された、その研究の価値について聞いてみた。
「────そうですわね」
すると王女リシャリは、ふと口元に手を当てて。
数秒だけ、考え込んだ。
「水蒸気による、動力機関ですわよね? 歯車を用いて、強力な動力源を実現していますわ」
「っ!?」
そのままリシャリの口から出てきたのは、思った以上に的確な内容で。
彼が独自に開発してきた『蒸気機関』の仕組みを、見ただけで言い当ててしまった。
「そ、その通りです。このシステムは、人力をはるかに凌駕する馬力を生み出せて……」
「ですが、その『先』はまだ研究しておりませんの?」
「先……ですか」
その返答に、ジュウギはいくらか動揺した。
リシャリは何も知らないお花畑なお姫様かと思いきや、その返答は的確で精密。
まるで、自分よりベテランの研究者を相手にしているような……。
「蒸気機関と車輪を連結すれば、車を作れるでしょう?」
「は?」
「鉄でレールを引いて進路固定すれば、物資輸送の革命が起こせますわ」
「……あっ」
そのリシャリの一言は、ジュウギが『どうすれば蒸気機関を有効利用できるか』と思い悩んでいた最後のピースだった。
蒸気機関の馬力はすさまじい。それこそ、重たい『蒸気機関』そのものを動せるほど。
つまり車輪を使えば、『蒸気機関ごと移動する』ことも出来る────
「我が国の輸送は、未だに馬車頼みですもの。鉄道が敷き詰められれば、一気に産業が発展しますわ」
「……」
「なので貴方には一刻も早く、炭鉱のある地域に移動して開発に専念してほしいですの」
その次世代の発想に、ジュウギは絶句した。




