74話「とても、機嫌が良かったそうで」
俺はアイギスランドに誘拐されたが、なんやかんやでハンネ女王と仲良くなった。
ついては解放してもらえることになったので、迎えに来てくれ。
俺はそういった旨を文書にまとめ、サリパとヤイバンに送った。
「リシャリ姫。良ければしばらく、余の家で過ごしてくれ」
「光栄ですわ」
裁判の後、俺はハンネ女王じきじきに世話をしてもらうことになった。
アイギスランド女王たるもの、どんな立派な家に住んでいるのかと思いきや。
「ここが、余の住居だ」
「これは……」
ハンネの住む家は、少し大きめの貴族屋敷という感じだった。
立派な家ではあるが、王宮というには質素だった。
「王宮にしてはみすぼらしいだろう? ここは本来、別荘だからな」
「別荘ですか?」
「本殿は、デケンに占領された際に破壊されたのだ」
それもそのはず、ここは『王族の別荘』でしかなかったそうだ。
本物のアイギスランド王宮は、デケン軍に破壊されてしまったらしい。
「ゆっくり休んでくれ、リシャリ姫」
「ありがとうございます」
今はこの小さな屋敷が、アイギスランドの王宮であり。
アイギスランド貴族たちも、質素な生活をしているのだという。
「ここを、君の部屋にしよう」
「この部屋は?」
「余の大好きな人が住んでいた部屋だ」
俺はアイギスランド王妃が使っていた部屋に案内された。
その部屋には、幼少期のハンネの絵が飾られていた。
「リシャリ姫、まずはロウリュをしてはどうか」
「ろうりゅ?」
「余も付き合おう。は、裸の付き合い、というものだ」
ロウリュというのは入浴施設で、いわゆるサウナであった。
俺はハンネに言われるまま熱された岩に水をかけ、蒸気の熱を楽しんだ。
「君にはすまないことをした。良く温まってくれ」
「ええ、ありがとうございます」
ここに二人きりで入るのは、親密な証なのだという。
ロウリュに入っているハンネの顔は、蒸気の熱のせいか真っ赤だった。
「サリパとの友好を祈って、乾杯」
その日の晩は、派手に歓待を受けた。
豪華なアイギスランド料理と、ブルーベリージュースを出してもらった。
「これは余が手ずから料理した魚揚げだ」
「わあ、おいしそうですわ!」
なかには、ハンネ女王が自ら調理した料理も出てきた。
小魚をカリカリに揚げたもので、魚揚げと言うらしい。
「良ければ、食べさせて差し上げる。このように食べるのだリシャリ姫」
「あ、あーんですわ」
ハンネに手ずから魚揚げを食べさせて貰った。
カリっと香ばしく、優しい味がした。
それからは、楽しい日々が続いた。
日中ハンネは仕事で出かけているので、俺は屋敷でのんびり過ごさせてもらった。
「おや、この小屋は何ですか」
「ここは、雪精の住処でございます」
アイギスランド人は自宅に、雪精の家を用意するのが普通らしい。
ハンネの屋敷も例に漏れず、立派な雪精屋敷が建造されていた。
「お、貴方はたしか」
「きゅっきゅ」
戦艦『炎獄』で俺を助けてくれた雪精も、ハンネの雪精屋敷に居ついていた。
屋敷の中で跳ねまわり、楽し気に鳴く姿はとても可愛らしかった。
「きゅっきゅー」
「あら、それは素敵ですわね」
なお残念ながら、どれだけ頑張っても俺には雪精と会話はできなかった。
あれはアイギスランド王家の、ごく一部の人だけがもつ『特殊能力』らしい。
「きゅきゅきゅきゅ」
「これは推測してるだけなので、会話とは言えませんわ」
ある程度は何が言いたいか推測できるようになったが、会話にはならなかった。
少し残念だが、そういうものだと思って諦めた。
そんなハンネ邸での生活は、半月ほどに及んだ。
彼女は王として仕事を始めたようで、殆ど家にいなかったが……。
夜になると疲れた顔で帰ってきて、恥ずかしそうに俺をロウリュに誘った。
俺にとっては、妹が出来たような気分だった。
「リシャリ姫、ヤイバンとサリパから返書が届いたよ」
「……どう、書いてありましたか?」
「サリパの使者団が、君を迎えに来ることになった」
そんなハンネとの蜜月も、終わりが来た。
俺が送った手紙の返事が届き、迎えに来ることになったそうだ。
「ということは、ヤイバンも本国も同盟を受け入れてくれたのですね?」
「ああ。だが、実は危ないところだった」
俺が筆を尽くし宥めた甲斐があってか、アイギスランドとの開戦は避けられたらしい。
これで一安心だと、胸をなでおろしたのだが……。
「実はもう、ヤイバン軍が国境を越えて進軍してきていたようでな」
「ええっ!?」
「君の手紙を送った使者が、宣戦布告の使者と入れ違ったのだ。あと数日、君の解放が遅れていたら戦争になっていたな」
義理堅いヤイバン王は、俺を救出すべく兵士を動員してくれていたらしい。
すでに数万人規模の兵士が、アイギスランドとの国境に集結していたのだという。
「フロリネフの短慮とヤイバンへの無礼は大きい。彼らの怒りももっとも」
「あ、危ないところでしたわ」
ヤイバン王は、何としても俺を救うと息巻いていて。
俺の奪還とデケン迎撃の二方面作戦を強行するつもりだったようだ。
「ヤイバン王は君の手紙を読んでなお、激怒していたらしい。あれだけ無礼を働いて、何をいまさらと」
「……なるほど」
「国王である余が自ら出向いて謝罪したいと提案して、やっと引き下がってくれた」
そんなタイミングで『やっぱり仲よくしようぜ』という使者が来たもんで、ヤイバン王は怒り狂った。
しかし俺からの手紙を読み、『リシャリが納得しているなら』としぶしぶ兵を止めたのだという。
俺からもヤイバン王に、よくお礼を言っておかねばなるまい。
「それで、国王の反応はどうでしたか?」
「それがだな、お会いできなかった」
「門前払いをされたんですか?」
「いや、今まさに、防衛戦の真っ最中らしい」
同盟国王が憤慨した一方で、国王たちの反応はというと。
国王たちはデケン軍の対応で忙しく、俺のことを気にする余裕はなかったようで。
サリパへ使者が出向いた際、国王とサリオ兄上はもう出陣していたそうだ。
「……なんと」
「それで、使者は第二王子のジケイ殿に応対してもらったそうだ」
そのため、サリパ側はジケイ兄上が対応してくれたそうだ。
「兄上は、どんな反応でしたか?」
「それが……」
……今回は俺のミスで、開戦一歩手前だった。
さぞ怒られるだろうかと、心配していたら。
「とても機嫌が良かったそうで」
「へ?」
『同盟の話か。良いよ良いよ、願ってもない』
アイギスランドの使者がサリパ王宮に向かうと、ジケイは朗らかに笑ったそうだ。
そして、使者を丁重にもてなしたという。
『いやー、妹も良いタイミングで誘拐されたもんだ。いや、アイギスランド王は話が早くて助かる』
『は、はぁ。その、リシャリ姫の身柄についてですが』
『どうせ無事でしょ? それより詳しい条件見せてよ』
ジケイ兄上は俺からの手紙は投げ捨て(!?)、ハンネからの国書を読むのに没頭した。
そして俺の安否など気にもせず、すぐ同盟の話を始めた。
『さすがにさ、サリパの王族を拉致しておいて、書面の謝罪ですませようってのは面の皮が厚いんじゃない?』
『無論です。ハンネ女王は、自らサリパに出向いて謝罪をしたいとの仰せで……』
『いや、そういうのはいらん。謝罪は言葉ではなく金額』
ジケイは国書を読みながら、楽し気にちょこちょこと追記を始めた。
それはまるで、買い物でも楽しむような雰囲気だったという。
『港町に、アイギスランド艦船五十隻とベテラン海兵が欲しい。期間は二年ほどだ』
『なるほど、援軍をご所望ですか。教導もしてほしいと』
『ああ、ちょうど帆船艦隊が欲しかったんだ』
ジケイ兄上はまず、アイギスランド海軍の派遣を求めた。
ジュウギの蒸気軍船があるので、海軍は十分と思っていたのだが……。
蒸気船を動かすには大量の石炭が必要で、日常の哨戒にはとても使えないそうだ。
なので運用コストが安い、帆船艦隊を求めていたのである。
『ああ。それとは別に慰謝料、賠償としてアメリア鉱石も何箱か貰いたい。どうだ?』
『……それくらいなら飲めると思います』
『いやぁ~、サリパは鉱石資源が乏しいから助かったよ』
俺の誘拐の慰謝料を含めた条件を、ジケイ兄上は用意していたかのように提示して。
にこにこと笑いながら、使者に軍事同盟と俺返還について返書を手渡した。
『あ、ウチの特産品も持って行って。良かったら交易も始めよう』
『は、はい』
『あ、リシャリにパウリックが無事なことと、忙しいから迎えは遅れるかもって伝えといて』
それどころか、何故か交易品のサンプルまで既に用意されていたそうな。
アイギスランドから使者が来るのが分かっていたかのような対応だったという。
そのため俺の返還交渉は、びっくりするほどスムーズだったそうだ。
「なお、君の安否は最後まで興味も示さなかった」
「……あのクソボケ兄上!」
妹が誘拐されてその態度はなんだ! もっと憤慨しろ!
ラシリア姉上の時の父上は、もっと心配してただろ!
「リシャリ、君は冷遇されているのか?」
「そ、そんなことはない、と思いたいのですが」
「良ければ、今後は我が国で……。いや、その話はあとで良いか」
ジケイ兄上がドライなのは知っていたが、薄情すぎる。
仮にも血を分けた肉親だぞ。もうちょっと、『リシャリは無事なのか!』みたいなアレがあってもいいじゃん。
処刑される寸前だったのよ、俺。ヤイバンさんちの娘になろうかな。
「君の引き渡しは、来月の初旬の予定だ。それまでは、ゆっくり過ごしてくれ」
「はーい、ですわ」
帰ったらとりあえず一発、兄上をシバこう。
俺は、そう決心した。
「……リシャリ姫、悪い知らせが届いた」
しかし、トントン拍子に帰国とはいかなかった。
まさかというべきか、案の定というべきか。
「─────アイギスランドにも、再びデケン軍が侵攻してきた」
「そうですか」
ヴィジャル王子のクーデターは失敗に終わってしまったようで。
デケン帝国軍が再び、アイギスランドに侵攻してきたという知らせだった。
「ハンネ様、出陣の用意はできております」
「今回も頼んだぞ、フロリネフ」
「お任せを」
その知らせを受けてすぐ、深紅の甲冑を着たフロリネフが屋敷に来た。
出陣の挨拶のようで、彼女はハンネに跪いて手の甲にキスをした。
「君の武勇は、天下無双。どうか余と国を守ってくれ」
「御意に」
「敵の情報は、届いているか」
聞けばヴィジャル王子はクーデターが失敗したと同時に、殺されたらしい。
その後デケン皇帝は関わった者を処刑し、そして。
「ジャルファという王子が、新たに総指揮官に任命されたそうです」
「……ジャルファ? 聞いたことがない名だな」
ヴィジャルに代わって指揮官となった人物。
それは、処刑されるはずだったジャルファ王子だった。
「ジャルファ王子が、ですか」
「知っているのか、リシャリ姫」
彼はクーデターの鎮圧に協力し、デケン皇帝に恩赦をもらったのだそうだ。
それでもう一度チャンスをもらえ、今回の総指揮官を任されたという。
その話を聞いて、俺はクーデターで何が起きたかを悟った。
「つまりヴィジャル王子は、弟に殺されたのでしょうね」
「リシャリ姫?」
「哀れな人」
ジャルファ王子との付き合いは短い時間だったが、よく覚えている。
俺の目には、『国への忠誠心』がとても厚い人物に見えた。
もしジャルファ王子が、ヴィジャルのクーデターを知ったらどうするか。
きっと哀しさで胸が張り裂けたとしても、助けに来たヴィジャルの首を取るだろう。
「お気を付けください、ハンネ女王。ジャルファ王子は、なかなか底が知れない人物ですわ」
「そうか、分かった。フロリネフ、よく注意せよ」
「はっ」
ジャルファ王子は、警戒に値する男だ。
少なくとも、俺は彼の心の奥底まで測ることができなかった。
俺はそう、ハンネに伝えたのだが。
「だが案ずるな。フロリネフは無敵だ」
「はい。サリパ軍とは違うということを、お見せしましょう」
しかし、二人は自信満々にそう言い切った。
そのフロリネフへの盲信に、俺はそこはかとない不安を覚えた。
俺たちのいる町の周囲は、だだっ広い荒野だった。
川もなく樹木も生えておらず、ただ雪がなだらかな丘を作るだけだった。
デケン軍の進軍を妨げるようなものは、何もない。
「……この地形、守りに適さないのでは?」
「いや。周囲が開けた荒野だからこそ、この地の守りは固い」
アイギスランド軍は都市の周囲に、杭を埋めたり柵を作ったりして待ち構えていた。
デケン軍が進軍に手間取っているうちに、フロリネフが焼き殺すという作戦のようだ。
「さあ、どこからでもかかってこい! また焼死体を積み上げてやる」
そんな布陣の先頭に、深紅の将軍がアイギスランド国旗を掲げて仁王立ちしていた。
誓約姫、フロリネフ。アイギスランドの守護者と呼ばれる怪物。
「リシャリ姫、不便をかけるが住居を変える」
「いえ、仕方ありませんわ」
俺とハンネ女王は、街の中心にある軍事基地に移動した。
戦闘中は、ハンネ女王はここで生活する決まりらしい。
「地平線に、蠢く軍が見えますわ」
「おお、デケンの大軍だな」
その基地の中に、大きな監視塔が聳え立っていた。
戦場が一望できる高さで、俺とハンネはそこから戦場を伺うことができた。
「……相変わらず、すごい数ですわ」
「何、フロリネフの前では烏合の衆である」
アイギスランド軍は総勢で、四万人ほどいるらしい。
さすがは大国、サリパの何倍もの兵力である。
これだけ兵力が集まれば楽……と言いたいのだが。
「デケン軍は、十万人くらいいそうですけど」
「我らが数倍の兵力だな」
この大陸で最強と称されるデケン軍は、やっぱり規模が違う。
アイギスランドほどの大国でも、デケンと比べたら物量差は顕著だ。
「勝てるんですわよね?」
「ああ。なに、すぐ帰っていくさ」
こんな戦力差を前に、ハンネ女王は余裕を崩さない。
だが俺は、ますます不安が募っていった。
ハンネの余裕も、フロリネフの自信も、フラグに思えて仕方ないからだ。
大丈夫なんだよね。勝てるんだよね。
果たして、フロリネフの実力は─────
「爆ぜよ。爆ぜよ。爆ぜよ」
……俺は一つ、勘違いしていたことがあった。
フロリネフに手を握られた時に感じた、深く昏い魔力の底。
その時俺は、フロリネフが『タケル級の化け物』と判断した。
「熱き血潮は大地を焦がす。爆ぜよ、爆ぜよ」
だが、冷静になってみればタケルの方がどう考えても強い。
彼女の火力は、パウリックを殺しきれない程度。
また彼女には、タケルのような頑丈さもない。
「灼熱は、世界を覆う」
タケルとフロリネフが百回戦えば、タケルが百回勝つだろう。
改めて俺はそう確信した。それほど、両雄の実力には差があった。
だから俺は、フロリネフを舐めていた。
「あーあ、くだらない」
不思議だった。どうして街の周囲に、樹木が一本も生えていないのか。
だだっ広い荒野が、広がっているだけなのか。
答えは単純。フロリネフが、何もかもを焼いたからだ。
「いつもと一緒だな、デケン軍は」
「……」
「指揮官が誰であろうと、フロリネフには敵うまい」
一面に広がるのは、煉獄の炎。地平線の果てまで広がる、真っ赤な炎柱。
肉の焦げる匂いすら届かぬ距離から、フロリネフはデケン兵を惨殺していく。
「これは、本当に個人の魔法なのですか」
「信じられんだろうがな」
絞り出した俺の声は、震えていた。
だって、悲鳴も聞こえない。断末魔も聞こえない。
何十キロメートルも離れた先で、蠢く何かが燃えているだけ。
────アイギスランドの大地は、見渡す限りの豪炎に包まれていた。
大地の雪は蒸発し、グツグツと煮えたぎって。
雪国の都市が、真夏のような気温に照り上がる。
フロリネフの真価は強さじゃない。その凶悪すぎる『範囲殲滅能力』にあった。
「……」
「ふふ、驚いて声も出ぬかリシャリ姫」
「……ええ、恥ずかしながら」
俺は今、心の底から安堵していた。
アイギスランドと友好を結べて、本当に良かったと。
「これは確かに、負けようがありませんわ」
タイマンの強さなら、タケルに分があるだろう。
あの男は俺の知る限り、最強の人類だ。
だけど、条件を『戦争においての強さ』に限定するのであれば……。
誓約姫フロリネフ、彼女は間違いなく人類で最強だ。




