72話「フロリネフ、貴様は国家に仕える者か」
今朝の目覚めは、素晴らしかった。
雪精の跳ねる音で目を覚ますと、俺は狭い檻の中で悠々と欠伸をした。
そして鼻歌交じりに体操したあと、朝食を頂いて髪を整えた。
「リシャリ姫、出ろ。今日は裁判に出頭する日だ」
「分かりましたわ」
待ちに待った、看守からの声がかかる。この冷たい檻ともいよいよお別れだ。
俺は今日、やっと人権を取りもどす事が出来るのだ。
ハンネ女王に根回ししているので、今日の裁判は勝訴が確定している。
「まもなく案内が来る。逃げるなよ」
「分かっておりますとも」
ついに暖かな部屋と美味しい食事を用意して貰え、サリパに送り返してもらえる日が来た。
ああ、肩の荷が下りたような素晴らしい気持ちだ。
俺はウキウキとした気分で、縄で縛られたまま戦艦『炎獄』から降りた。
「ここはもう、アイギスランドなのですか」
「ああ、奪還したばかりの大陸領土だ」
戦艦は、アイギスランド本土に到着していた。
肩に乗る雪精のお陰で寒さは感じないが、恐らく相当な極寒だ。
何せアイギスランドの国土は一面の雪景色で、吐く息も真っ白。
屋根からは氷柱が降り、街行く人は厚手のコートを着て、みんな肩や手に雪精を乗せていた。
「こっちだ、リシャリ姫」
「おお、立派な建物がありますわ」
俺が連れられたのは、雪が積もった木造の建物だった。
新品のアイギスランドの国旗が立ててある、二階建ての建物だ。
「名前を呼ばれたら、中に出頭しろ」
「はーい」
俺は雪精と戯れながら、会議室の前の椅子に座って待った。
これでやっと、虜囚の辱めから逃れられる。
暗く冷たい檻生活から、フカフカの文明的生活に戻る。
いやあまったく、大変な一週間だった。
この苦労話はたっぷり、ルゥルゥ姉上とお茶会で愚痴るとしようか─────
「─────死刑」
「フロリネフ!?」
「ほげええええええぇぇぇぇ!!?」
などと、その気になっていた俺だったが。
部屋に入って開口一番、フロリネフに死刑を求刑された。
アイエエエエエエエエ!? ナンデ!!?
「フロリネフ、余は彼女の死刑など望んでおらん」
「ハンネ様、お考え直しください。サリパと友好を結んでもアイギスランドに利はありません」
「……理由を聞こうか」
「だってサリパは、同盟国をとっかえひっかえしている国でしょう? いつ裏切るかわからないじゃないですか」
「そんな、我々が他国を裏切ったことありませんわ! デケンに裏切られて、それで!」
「被告人リシャリ。今、貴様の発言は許可していない」
き……聞いていた話と違う!!
ハンネ様、フロリネフに話を通してくれたんじゃなかったのか!?
「それ以上話を続けたら、問答無用で処刑する」
「─────ッ」
昨日よりむしろ、殺意がマシマシになっている。
なんで、どうして!
「ハンネ様。この女の首を旗頭に、サリパへ侵攻しましょう」
「デケンとサリパの二方面作戦など無茶だ、考え直せフロリネフ」
「問題ありません」
そう言い切るフロリネフを、ハンネ女王は焦った顔で宥めていた。
ハンネはちゃんと、俺を庇おうとしてくれているらしい。
しかしフロリネフが、反対を押し切ってでも俺を殺す気のようだ。
「私がサリパに向かえば、数週間で征服できるでしょう」
「き、君ならできるだろうけど……」
そんなフロリネフの殺意溢れる表明に対する、他の貴族たちの反応をチラ見する。
周囲を見渡すとフロリネフの言葉に慌てている貴族や、頭を抱える貴族がいる反面。
フロリネフと同様に自信満々、拳を掲げてやる気満々の者もいた。
割合は半々くらいだろうか。フロリネフが強弁を続けたら押し切られるかもしれない。
「君がサリパを攻めている間に、デケン軍が侵攻してきたらどうする」
「それも心配ありません」
だがよく考えろ、フロリネフはいくら強くても一人しかいないんだ。
フロリネフが遠征中に、デケン軍が攻めてくる可能性だってある。
そうだ、その危険性を問えば……。
「デケン軍の指揮官ヴィジャル王子がクーデターを起こし、首都へ進路を反転しました」
「何、本当か!?」
「デケン帝国はしばらく攻めてこないでしょう」
うわああああ! ヴィジャル王子、このタイミングでクーデター起こしやがった!
そう言えばそんなこと言ってたなぁ!
「ヤツの裏切りは本当だったようです」
「おお、それは朗報だが」
「今のうちにサリパを占領し、国力を底上げするのが良いかと」
冗談じゃない。そんなことになったらサリパと全面戦争になる。
何よりフロリネフが『攻め入れば勝てる』という前提で動いているのがまずい。
タケルやレヴィという規格外の存在を、フロリネフは知らないのだ。
「ハンネ様、ご決断を。そこの淫乱……サリパの姫を血祭りにして士気を高め、アイギスランドに繁栄を!」
「い、いや。だがそれは……」
「ハンネ様、どうか心を鬼にしてその外患を滅ぼしてください」
くそ、俺が殺されるのは最悪だが仕方がない。
問題なのは俺の処刑がきっかけで、目が眩むほどの血が流れることだ。
「は、発言の許可を。私にも話をさせてくださいまし」
「うるさい、毒婦め! 貴様に発言権など与えん!」
「そんな!」
サリパにも威信がある。姫を処刑されて、ヘコヘコ講和は出来ない。
間違いなくヤイバンを巻き込んで正面戦争になってしまう。
その最悪の事態の引き金を引くのが俺だなんて、あってはならない─────
「それはダメだッ!!」
直後、裁判所に響いた少女の叫び声。
見れば議長席に座っていたハンネ女王が、目を怒らせて立ち上がっていた。
「フロリネフ。先日の議会で『リシャリ姫に発言権を与える』ことが決まっていたはずだ」
「いえ、ですが、ハンネ様」
「貴殿の意見はよくわかった、フロリネフ。だが国家の決定を蔑ろにすることは余が許さん」
─────そんなハンネ女王の振るまいに、議会の貴族たちは息を飲んでいた。
今までハンネが、大声を出してフロリネフを叱ったことなどなかったから。
「フロリネフ、貴様は国家に仕える者か。あるいは国家を蔑ろにする者か、どっちだ」
「……国家に、仕える者です」
王たる少女の静かな宣告が、裁判所に木霊する。
その形相に貴族たちは勿論、あのフロリネフまでもが顔を青くして俯いた。
「よろしい、では静かにせよ」
「分かり、ました」
そんなハンネの迫力に、庇ってもらった俺まで背筋がゾクリと冷えた。
思わず従ってしまう様な『圧』、カリスマがある。やっぱりハンネは、王の器だ。
「リシャリ姫、余が発言を認める。弁明を申してみよ」
「……ありがとうございますわ、ハンネ様」
何にせよ、発言権がもらえた。
だが状況は最悪、俺を処刑する方向に流れている。
この状況から、何を発言するべきか。
「初めまして皆さま。私はリシャリ・サリパール、サリパ王国の第二王女でございます」
堂々とへりくだらず、それでいて愛想よく言葉を発する。
せっかくハンネが与えてくれた、起死回生のチャンス。
無駄には出来ない。
「皆様は私を処刑し、サリパを攻めようと考えてらっしゃるようですが、そんな方針は愚策です」
フロリネフが黙り込んで、俺だけが喋れるこのタイミングで。
─────この場の空気を、移し替えてやる。
「断言いたしましょう、もし私を殺しサリパへ侵攻したなら」
すぅ、と一息吸って『溜め』を作る。
そして声量とトーンを一段ほど上げ、
「アイギスランドという国は、世界地図から消えることになりますわ」
その場の全員に聞こえるよう、声高に宣言してやった。
「貴様、それはどういう─────」
「私はフロリネフ様の実力を過小評価しているわけではありません」
これは聴衆に、話へ耳を傾けさせるためのテクニックだ。
最初にギョっとすることを宣言することで、興味を引くのである。
「今後フロリネフ様があらゆる戦争で、勝利し続けるという前提でのお話です」
「……な、なんだよそれ。それでどうして」
「だとしても、アイギスランドは滅びてしまうのです」
俺の言葉を聞こうと、貴族たちは黙り込む。
よし、これでこの裁判所の空気を掌握したぞ。
「フロリネフ様の強さは天下無双、この大陸で随一の実力でしょう」
「……」
ぶっちゃけ俺は、彼女よりタケルの方が強いことを知っている。
だがアイギスランド人にとって、フロリネフの強さは絶対。
そこにケチをつけても、水掛け論になるだけだ。
「さらにデケン軍のヴィジャル王子がクーデターを起こし、アイギスランドから撤退していった。良い報せですわね」
「……ああ、だから今ならサリパを攻め滅ぼせる」
「そうですね。では、サリパを滅ぼして属国に出来たとしましょう」
実際はタケルやベルカにボコボコにされると思うけど……。
まぁ奇跡的にサリパに勝てたとしてもだ。
「そうやって、国土を増やし続けるとどうなると思いますか」
「あ? そりゃ、国が肥えてドンドン強くなって……」
「その先は?」
フロリネフの提示した方針、俺を処刑してサリパを従属させるという案。
……それって、結局さ。
「他国を侵略し、従属させて国を富ませる。それを繰り返した国が、どこかにありませんか?」
「……」
「そう。フロリネフ様が勝ち続けた先にあるのは、アイギスランドが第二のデケン帝国になる未来です」
やってることがお前らの大嫌いなデケン帝国と一緒なのよ。
そう言ってやると、フロリネフの眉が歪んだ。
「ですがアイギスランドは、デケン帝国と大きな違いがあります」
「……その、違いとは」
「アイギスランドの強さは、フロリネフ様に依存していると言うこと」
デケン帝国の強さは、個人の能力に起因していない。
あの国は広大な国土と潤沢な物資を武器に戦う、『国力』としての強さなのだ。
装備の質も戦術の幅も高い、人口も多く兵士は大軍、だから強い。
「では、フロリネフ様がお亡くなりになられたらどうします? 老いて、衰えてしまったら?」
「それは」
「デケン帝国は力を失った瞬間、各地でクーデターが勃発していますが」
いくらフロリネフが強くてもそれは『個人の勇』でしかない。
そしてフロリネフは人間だ、いつか寿命で死ぬ日が来る。
「フロリネフ様を失ったアイギスランドが、いつまでその権勢を保てるでしょうか」
「……」
「つまりアイギスランドが侵略国家の道を歩むなら、フロリネフ様の寿命が滅びのカウントダウンです」
シーン、と。
俺の指摘を受けて、全員が静まり返った。
「滅ぼすのは、サリパだけにすればいい。他の国に侵攻をしなければ」
「一度でも公の場で姫を処刑し、国土侵攻までしたのなら。アイギスランドは今後ずっと、侵略国家としての風聞を否定できませんわ」
「き、貴様があんな服を着ていたから」
「ええ、そこは紛れもなく私の落ち度です。正式に謝罪も致しますし、今回の拘束や議会への出頭命令も受け入れましょう」
一回でも侵略行為をやった国は、もうしませんと言っても信用してもらえるはずがない。
デケン帝国と同じように、白い眼で見られるようになる。
「服装は私の落ち度です。罰は受け入れます」
「だ、だったら……」
「ですが私を処刑してサリパに侵攻する、その行動を他国はどう見るかは知りませんわ」
その先にあるのは、国家の破滅だ。
俺はハンネが受け継いだ国が、そんな風になってほしくない。
「なあ、フロリネフよ」
「ハンネ様?」
俺の演説で、部屋の空気が変わった。
フロリネフが強い、だが彼女の死後は? という問いに、誰も答えを持っていなかったのだ。
「余は、世界を望まない。余が求めるのは、雪精と民が仲良く暮らせるアイギスランドという国家の安寧だけ」
「……ハンネ様」
「サリパを征服し、属国に出来たとしよう。だがそこに、必ず恨みが生じる」
そんな俺の演説に乗っかるように。
ハンネ女王は厳かに、議会の貴族たちに語り掛けた。
「この先サリパに、フロリネフのような豪傑が生まれないとも限らない」
「……」
「その者が復讐心を以て、余や諸君らを殺しに来る事態は避けねばならない」
部屋の中は、静まり返っていた。
淡々とした彼女の語りに、誰も口を挟めずにいた。
「サリパの姫よ、君に問う。君はもう二度と、余らの大切な同胞……雪精を蔑ろにせぬか」
「ええ。誓いますわ」
「では今後、アイギスランドとサリパは侵略国家デケンを前に、協調して戦うことは可能か」
「無論。ここで、私の手を取って頂けるなら」
俺の返答を聞くと、ハンネはにっこりと微笑んだ。
いつも無表情な彼女が、無邪気な笑みを浮かべたのだ。
「ありがとう、リシャリ姫」
そんなハンネの微笑みを、貴族たちは吸い込まれるように見つめていた。
笑顔一つで、会場を支配して見せた。
びっくりした。こんなに可愛かったのかハンネ女王。
「では、採決を取る。フロリネフは意見は述べた、リシャリ姫も弁明を果たした、余も意見は述べた」
「お、おぉ」
「改めて諸君らに問おう。我らは、アイギスランドは、この者……リシャリ姫をどうすべきであろうか」
こうなればもう、勝負は決まった。
ハンネは昨日、『自分に従う貴族なんかいないんだ』なんて言っていたが……。
「彼女を処刑すべきと思う者は、着席を。サリパと友好を結ぶべきと思う者は、起立を!」
直後。
王の言葉に応えるように、ガタガタと椅子の揺れる音が響く。
俺を殺すべきか、殺さないべきか。
つい先ほどまで、半々に意見が割れていた貴族たちは、
「……皆、ありがとう」
─────ハンネ女王の言葉の前に、満場一致で起立していた。




