7話「コンプレックスの天才」
『低魔力』とは、魔力が生まれつき極端に少ない人間の総称である。
低魔力に生まれるということは、この世界では大きなハンディキャップだった。
この世界の技術は『魔法』に依存しているので、生活必需品の多くを使えないからだ。
料理に火を欲するならば、『火の魔法』を使わねばならず。
用便に水を要するならば、『水の魔法』が必須であった。
かつて原始の時代は、それぞれ属性の魔術師がその役を担っていたそうだ。
しかし技術は発展し『魔力さえ込めれば、主属性以外の魔法でも使える』という魔道具が発明された。
この発明により魔力さえあれば、どの属性の魔法でも使えるようになった……のだが。
低魔力だけは、この魔法文明の恩恵を受けることができなかった。
この世界には魔力による「水洗式トイレ」が発明されていたが……。
彼らは用を足したあと、いちいち誰かに声をかけないといけないのだ。
必然、見下されて嘲笑われることが多かった。
さらに魔力の才能は、子に『遺伝』するらしい。
低魔力同士の間に生まれた子は、高い確率で低魔力だ。
だから低魔力というだけで、結婚を断られてしまう事も少なくなかった。
貴族が平民を差別するように、平民は低魔力を馬鹿にした。
……しかも、たちがわるいことに。
両親に魔力があるからといって、子も魔力を持つとは限らなかった。
魔力のある家庭にも『低魔力』が生まれることは多々あった。
もし貴族階級に低魔力が生まれようものなら、それはもう大変だった。
「すまない、ジュウギ」
ジュウギという青年がいた。
彼は、そこそこの名家の嫡子として生まれた。
顔は美麗、頭脳も聡明で将来を期待され育てられた。
「お前に家を継がせられない。醜聞になる」
「……」
しかし五歳の魔力測定の儀で『Fランク』と判定されてしまった。
こればかりはどうしようもない、ただ運が悪かっただけ。
「せめてEランクほどでも有ってくれれば」
その日から、彼の扱いは大きく変化した。
ジュウギは家の跡取りという立場を奪われ、許嫁にも縁を切られた。
代わりに弟が跡取りとして、英才教育を受けることとなった。
……低魔力は遺伝するので、ジュウギと結婚したがる令嬢は少ないだろう。
彼を跡取りにしてしまうと、家として縁談の選択肢が狭まってしまうのだ。
実際、低魔力により跡取りを交代するケースは少なくなかった。
ジュウギは魔力の才能がなかっただけで、その立場を失った。
「……ごめんよ、ジュウギ」
ただ彼の両親がジュウギを虐げていたのかというと、そうではなかった。
貴族にとって、名誉こそ大事。だから低魔力のジュウギに、家を継がせられなかったが。
「お前を跡取りにしてやれないが、きっといい縁談を探してくる」
「自棄にならず、立派に育ちなさい」
……両親はジュウギを、子供としてちゃんと愛してもいた。
名誉のためにジュウギに辛抱をさせていることを、申し訳なくも思っていた。
「お前が平民に生まれていれば、まだいくらかマシだったのに」
確かに『低魔力』に生まれれば、貴族でも平民でも差別の対象になるだろう。
貴族の家に生まれた低魔力は、使用人にすら馬鹿にされ陰口を叩かれるという。
メンツを気にした親に、勘当されてしまう例も珍しくない。
しかし平民なら『肉体労働担当な!』という扱いを受けるが、家族から追い出されたりすることはない。
平民にメンツは重要ではなく、どんな役割をこなせるかが大事なのだ。
肉体労働は嫌がられる仕事で、その役目をこなしてくれるならむしろ助かるだろう。
……少なくとも、「いないものとして扱われる」貴族社会よりはマシであった。
「何故、私はこんな扱いを受けねばならぬのでしょうか」
そんな境遇だったジュウギは、苦悩し続けた。
跡継ぎの地位を奪われ、使用人から馬鹿にされ、弟にも見下された。
『魔力が少なく生まれただけで、どうして』という怒りが、脳を焦がした。
「父さん。低魔力でも扱える魔道具が出来れば、私の扱いもマシになりますか?」
「ん?」
そんなジュウギはある日、両親にそんなことを相談した。
「それは……なるだろうね」
「むしろ、そんなものを開発出来たら褒め称えられるわ」
「そうですか」
今、魔道具を扱える魔力のラインはEランク以上と言われている。
なのでFランク以下の魔力が馬鹿にされ、差別されているのだ。
「父さん、母さん。私を大学に入れてくれませんか」
「……ふむ」
だからFやGランクでも魔道具を使えたら、差別はなくなるんじゃないかと思った。
またジュウギが研究者として名を上げるのは、家にとっても願ったりかなったりだった。
「研究所は、能力主義。魔力の有無なんかで差別したりしないそうです」
「そうだな、悪くない」
そう考えたジュウギは、差別への抵抗として。
魔力を必要としない、新しい魔道具を研究する決意をした。
そこからジュウギは死に物狂いで勉強した。
幸運にもジュウギの学才は高く、一を聞いて十を知る聡明さであった。
一度聞いたことは二度と忘れないし、数字に明るく四則暗算を軽々とこなした。
そんな彼は王立大学に、主席特待生として入学した。
「ジュウギ、君にこの研究をお願いしたい」
「お任せください、教授」
ジュウギは在学中も、やはり優秀であった。
教授にいくつも研究を任され、画期的な論文をいくつも発表した。
「ジュウギという男は素晴らしいな」
「彼はこの国の宝だ」
その優秀さから、ジュウギの名は大学で広まっていった。
大学は、特別な環境だ。ここでは身分も、魔力量も関係ない。
ただ優秀な研究者であることが、大学でのステータスであった。
「卒業後は、国立研究所に来なさい。君の研究室も用意しよう」
「光栄です、教授」
そんな背景もあって、彼は卒業後に自分の『研究室』を持つことを許された。
低魔力ではあるものの、名家の出身で勉学に優れる男。彼は大学で、准教授の立場を与えられた。
こうして自由に研究する権利を得て、満を持して『低魔力でも使える魔導具』の研究を始めたのだった。
『ジュウギ君、ちょっとそのテーマはどうかと思うが』
『それに、何の意味がある?』
しかしその研究は、多くの仲間に非難された。
『上手く行っても、低魔力しか得をしないじゃないか』
『一部の人間には売れるだろうが、費用対効果がね』
その研究は、上手くいかないと批判されているのではない。
低魔力しか恩恵を受けない研究など、優先度が低いと判断されたのだ。
『ジュウギ君、よく聞き給え。魔道具を使えない人がいても、国は困らないんだ』
『……』
『魔道具を使わない仕事だって、たくさんあるんだから』
国から予算を貰って研究する場合、『その研究が成功したらどんな利益が出るか』が何より重視される。
研究が上手く行ったとしたら、どんなメリットがあるか。
その研究の成功率はどのくらいか。
それらの要素を勘案して、研究費の予算が組まれるのだ。
『君の優秀な頭脳は、他のことに使ってくれないか』
『時間の無駄だよ。せめて、魔力利用の効率化の研究にしないか』
だから『上手く行っても価値がない』と言われてしまえばどうしようもない。
それは研究職の人間にとって、何より絶望的な批判であった。
『そんな研究に、予算を出せない』
『研究費は自前で賄うなら、勝手にやっていればいい』
研究所は実力主義だ。
ジュウギが有用な研究を続けている間は、皆に好意的な目で見られていた。
『はぁ、残念だ。君がそんなにつまらない男だったとは』
だが低魔力のための魔道具開発というテーマを聞いて。
かつては信頼の目で見てくれていた『教授』は、ジュウギを失望した顔で見ていた。
ジュウギはそれでもあきらめなかった。
国家に利益がなくても、彼の利益にはなる。
低魔力だからと、馬鹿にされることがない世界を作りたい。
その執念が、彼を突き動かしていた。
そのきっかけは、偶然だった。
「魔力以外の、動源を」
魔力が足りないなら、別のエネルギーで補えばいい。
ジュウギは、魔力を使用しないエネルギーを探した。
そこで彼が目を付けたのは、『燃える石』であった。
これはサリパ内の山でたまに見つかる、優れた燃料として知られていた。
「火魔法の代用になるか?」
ジュウギは燃える石を使い、火をつける道具を作った。
しかしこれは上手くいかず、雨の日では使えなかったり、火が付くまで1時間以上かかることもざら。
火魔法の代用には、とてもならなかった。
「水魔法の代用は……」
次にジュウギは、筒の中に水を蓄える道具を作った。
……これだけだとただの水筒だ。普通に水を持ち運ぶのと変わりない。
そこでジュウギは、水を圧縮できないかと頭をひねった。
「どうすれば水は縮むだろう。とりあえず過熱してみよう」
そこで彼は、水を熱してみた。
水を沸騰させると、量が減ることは前々から知られていた。
蒸発しているだけなのだが、ジュウギにそんなことはわからない。
ただ彼は、そんな試行錯誤の末に……。
「……水を沸騰させたら、水筒が破裂した?」
蒸気の存在に、気がついた。
『これはすごいことになるぞ』
水蒸気のエネルギーは凄まじい。
燃料さえあれば魔力を使わず、大きな物体を動かすことが出来る。
ジュウギは蒸気の可能性に気づき、研究を重ねた。
『これは人間の力を大きく超えた、凄まじいパワーだ』
蒸気は温めれば圧力が増し、冷えれば縮む性質を持っていた。
この性質を使えば、物凄い馬力を出すことが可能だ。
……ジュウギはその技術を、水の汲み上げに利用した。
『やった、出来たぞ!』
蒸気の発見から、数年。
やがて彼は、魔力を使わない強力な蒸気式汲み上げ機を開発した。
人間の力では実現できない、超効率のポンプ機構だった。
ジュウギはそれを世紀の発明だと思い、自信満々に研究成果を発表したのだが……。
『そんな複雑な事をしなくても、水魔法を使えばいいだろ』
蒸気機関を作るには、複雑な回路を要する。
金属加工には土属性の魔術師の力が必要だし、燃料の輸送にもコストがかかる。
そこまでやって得られる成果は、水を操る魔道具なら数秒で実現可能なものだった。
『あのジュウギが数年かけて研究していたものが、コレか』
『君が輝いていたのは学生の頃だけだったなジュウギ』
彼の作ったポンプは見向きもされず、発表会からつまみ出された。




