60話「見える、見えますわ。貴方の心が」
「息子が……息子が大変な無礼を」
「お気になさらなくていいですわ、ヴァイオレット様」
大声で笑い転げるシガレットを尻目に。
ヴァイオレットさんは顔を真っ青にして、ペコペコと俺に頭を下げた。
「あっはっはっは、別に謝らなくていいんじゃないのパパ! 僕に『参加していい』と言ったのは、そこのリシャリ殿下ですよ」
「うるさい、黙れシガレット! 申し訳ありません、あとでしっかり言い聞かせますので」
「にしても、すごいねぇ! そこまで見抜いていて、よく僕の料理を食べたねぇリシャリ様ァ!」
そんなシガレットを、姉二人は冷めた目で見つめていた。
────それは、どうしようもないヤツを見る目だった。
「あの料理、何が入ってたと思う? 知りたい? 知りたくない?」
「別に、どうでもいいですわ」
「とても王女様が口にするようなモンじゃない、すごいのを隠し味にしておいたよ。知りたい?」
それは、豹変といっても差し支えない。
シガレットからオドオドした態度は消え失せ、尊大で楽しげに俺を煽り始めた。
「あっひゃっひゃっひゃ! 怒った? ねぇ怒った?」
「黙らせるか、殿下」
「……それ以上、リシャリ様に不敬を働くならば!」
シガレットの本性を見たベルカは、苛立たしそうに睨みつけ。
タケルに至っては、小さく拳を握り締め始めていた。
おっと、これはまずい。
「いえいえ。この場は、私にお任せくださいまし」
「どうされるので?」
「まぁ見ててください」
タケルが暴れたら、店はただではすまない。
彼はまだ、力の制御が完璧ではないのだ。
「タケル。貴方に『人を見る』とはどういうことか、ご教授いたしますわ」
「リシャリ様?」
ここが壊れたら、ヴァイオレットさんに迷惑が及んでしまう。
それは、俺の『料理人をスカウトしたい』という希望に応じてくれた彼に対し不義理だ。
それよりずっと、手っ取り早い方法がある。
「少しよろしいですか、シガレット」
「どうしたのリシャリ殿下。何を食べちゃったか、知りたくなったぁ?」
俺はニコニコと笑い、シガレットの前に立った。
そして数秒かけてじっくり、彼の瞳を見つめた。
「……」
「何黙ってるのさ。もしかして口下手な感じ? 僕がお話の仕方、教えてあげようか?」
この場にシガレットはお呼びではない。なぜわざわざ乱入してきた?
王女を怒らせて得があるとは思えない。なぜ俺を煽る?
人の感情を逆撫でするのが好きな愉快犯なのか?
いや、彼の目にはしっかり理性が残っている。
────コイツの行動は、何かのアピールだ。
「……何なの? 黙ってないで、何か言ってよ」
「じー……」
「リシャリ様目怖っ」
目付きが鋭くなったのは、俺のインスピレーションが働いた印だ。
人間を『見る』ためには、何故そんなことをしているのか『推測』せねばならない。
「ふむ。貴方が本心を何かで覆い隠しているのは分かりましたわ」
「はい? 何言ってんの」
「では、殻を突ついて割ってみましょう」
彼が俺を怒らせようとする理由を、暴くべく。
俺は可愛く小首をかしげ、必殺技をお見舞いした。
「はい、王女スマイル♪」
「は?」
そう、すなわち笑顔である。『王女スマイル』は、俺が長年の研鑽の末に編み出した伝家の宝刀だ。
この技は、会話戦において無類の強さを誇る。
さて、シガレットは何にどんなアピールをしたかったのだ?
「な、何のつもり?」
「……」ニコニコ
「……何だよ」
俺は、ニコニコと満面の笑みを浮かべただけ。
しかし、それだけで余裕だった彼の額に汗が浮かび始める。
俺は屈託のない笑顔を、シガレットに向け続けた。
「……っ」
「あ、目を逸らしましたわ」
そのまま、およそ十秒ほど経っただろうか。
俺の圧に耐えかね、シガレットは顔を赤くして目を逸らしてしまった。
────俺の勝ちである。
「あの、リシャリ様?」
「ふふふ。年頃の男の子一人照れさせられずして、何が王女ですか」
「無敵かこの殿下」
こちとら社交技術と顔の良さで生きてきた人間だぞ。
毎日愛想を振りまいてきた俺にとって、思春期男子を篭絡するなど朝飯前よ。
「……リシャリ様。どうして、このような者に笑いかけなさるのです?」
「笑顔で対話すれば、人となりが見えるからですわ」
「いうほど対話してたか?」
そんな様子を見て、タケルが少し不満げな声を出した。
いやまぁ、今の笑いかけにもちゃんと意味があるのだよ。
「さて、シガレットさん。貴方、私をからかうのが主目的ではないですわね? 私に仕官したいのも嘘、女装趣味だというのも嘘でしょう」
「な、何だよこの王女様?」
「見える、見えますわ。貴方の心が」
他者の心を読み解くには、感情を引き出してやる必要がある。
いかに演技が上手くとも、動揺してしまえばもう俺の術中から逃れられない。
シガレット、照れて顔を背けた時点でお前の負けだ。
「ふむ、心の表面にはわずかな恐怖。心を見透かされるかもしれないと危惧していますね。何を見透かされるのが恐いのかしら?」
「……え、え?」
「続いて、嫉妬? ふむ、妬ましいんですか。何が妬ましいのかしら? 父親? いや違う、父親には敬意を感じている。となると……」
「ひ、ひぃっ!?」
「ははぁ、なるほどなるほど。そうですか、クスクス」
一歩、また一歩。俺はシガレットに近付いて、瞳の奥を見透かしていった。
玉ねぎの皮を剥ぐように。くるみの殻を剥くように。
シガレットの『真意』を読み解いていく。
「ヴァイオレット様。どうやらシガレットは愛情に飢えていたのでしょう」
「はい? 愛情?」
「彼は私にちょっかいをかけたかったのではありません。私への悪戯を通じて父や姉に『注目して貰いたかった』のです」
彼は、俺に笑いかけられて数秒経って、ようやく照れた。
つまり、最初から俺を意識していたわけではない。
彼の行動は、俺ではなく父や姉へのアピールだ。
「優秀な姉二人に比較されて辛かった、寂しかったといったところでしょうね」
「何を根拠にそんな」
となると、後は彼の行動を紐解くだけ。
シガレットは姉がスカウトされそうになって、強引に割り込んできた。
ここから姉への強烈な対抗心、あるいは依存が伺える。
「本当は、料理勝負に勝って姉を見返したかったのでしょう? だけど普通に負けた、だから本性を現した」
「違うけど」
シガレットの料理の腕は悪くなかったが、姉二人に及ばなかった。
だけど負けるつもりはなく、彼なりに美味しい料理を用意してきた。
ここから、料理人としての痛烈なプライドを感じた。
「悪戯したり女装したりも、姉や父の興味を引きたかっただけですわ」
「いい加減、当てずっぽうで変なこと言うな」
つまりシガレットは、自分を認めさせたかったのだ。
悪戯でも何でもやって、注目を集めたかったのだ。
「貴方の望みは『家族から見てほしい』『色眼鏡なしに褒めてほしい』です」
「違うし」
「違うなら、目を逸らさないでくださいまし」
ずずい、と。俺は話しながら一歩、シガレットの方へ歩み寄った。
彼の額から、一筋の汗が流れる。うん、これは演技じゃない。本当に焦っている。
────これでますます、心の奥底が見えたぞ。
「見えます、良く見えますわぁ」
「何。何なのこの人?」
「シガレットは昔から承認欲求が人一倍に強かったのですね。それで悪戯を繰り返しましたが、冷たくあしらわれた」
「やめろ……、推測だけでものを言うな」
「悪戯をしても気が引けない。どれだけ頑張っても、料理の腕は姉二人に勝てない。辛かったですわね」
「あ、アンタに何が分かる」
「だから貴方は気を引くため、王女に悪戯を仕掛けたのです。舐めた口を利き、女装し、変な料理を作った」
ボタボタ、と。シガレットの額から汗が吹き出している。
所詮はまだ十三歳。大人を騙くらかそうなど、百年早い。
「どうです、ヴァイオレット様。最近はシガレットのことを、気にかけなかったのではないですか」
「……たしかに、近頃は愚息を無視するようにしておりました」
「それで寂しい思いをしていたのでしょうね」
ヴァイオレットさんは思い当たる節があるのか、気まずい顔で黙り込んでしまった。
一方でシガレットは、唇まで真っ青になって黙り込んでいる。
「王女に無礼を働けば、父も姉も無視できない。姉二人の勝負に割り込んだ理由は、悪戯がしたかったから」
「ぼ、僕は」
「それに打算もあった。何せ私の性格は、温厚で有名。悪戯したところで大問題にならない、と考えたのでしょう?」
ここで俺は、声のトーンを低くして。
────表情から、笑顔を消した。
「シガレット。つまり貴方は、『私を舐めた』のです」
「……っ!! そ、そういう、わけでは」
「悪意なき悪戯なら、私は笑って許したでしょう。ですが侮りは許せません」
直後、空気が凍りついた。
俺の怒りを目の前に、その場にいた全員が息を飲んだ。
悪いけど、王族は舐められる訳にはいかんのよ。
ま、ぶっちゃけそこまで怒ってないんだけどネ。怒った振りくらいはしとかんといかんのよ。
「ぼ、僕はその。言葉遣いはまずかったですけど、まだ、その、大きな無礼は」
「シガレット。貴方、私の食べたリゾットに催淫蝶の鱗粉を加えていたでしょう?」
「ゲッ!? そんなの加えていたのか!?」
「ずっと監視していましたよ? 王女の食事に媚薬を盛るなど、とんでもない無礼。さて、どうしてやりましょうか」
「そ、それは────」
それに、俺はちゃんと見ていたぞ。
シガレットが催淫蝶の鱗粉(媚薬)を、リゾットに加えていたのを。
隠し味程度の量だし、実際旨かったので気にせず食ったけど。
俺は性欲薄いから、媚薬など効かん。
「罰として、軍での労役を命じますわ。彼の性根をしっかり叩き直してあげてください、タケルにベルカ」
「いや、その、だって僕……」
「まだ何か、文句がありますか?」
「い、いえ。ないです」
俺がにっこり笑顔を向けると、シガレットは観念したように項垂れた。
逃がさんからな。覚悟しろよ。
「ヴァイオレット様。そういうことですので、シガレットさんを頂いてよろしいですか?」
「は、はあ。むしろ、その男でよろしいので? 我が息子ながら、ロクデナシですが」
「彼の無礼は、捨て置けませんわ。私直々に『矯正』させていただきたいので」
「……そういうことでしたら、どうぞ持って行ってください」
よし、これで糧食管理官のスカウトに成功した。
本人の資質に問題があるが、それは矯正すればいい。
タケルとベルカは、『え、本当に雇うの?』みたいな目で見ているけど。
「え、えぇ……。本当に僕が、軍に?」
「ええ。歓迎しますわ、シガレット」
俺は呆然としているシガレットに、向き直った。
また俺から詰められるのかと、シガレットは顔を伏せたが……。
「これから、貴殿の活躍を期待しますわ」
「へ?」
俺はヨシヨシと、その頭を撫でてやった。
「私がちゃんと、貴方を見て差し上げますから。その料理の腕と悪戯の才能を、私に捧げなさい」
「悪戯の、才能……?」
「貴方の演技力とクソ度胸を買ってあげると言っているのです。この私、サリパの第二王女リシャリが」
俺が姉二人ではなく、シガレットを選んだ本当の理由。
それはコイツが、諜報員・工作員として優秀だからだ。
「これから貴方がサリパの益となるなら、いくらでも取り立てましょう」
「それは、どういう……」
この俺を一瞬でも出し抜いた、演技力。
王女相手に物怖じせず悪戯を仕掛ける、胆力。
ボディラインさえ隠せば、男にも女にも化けられる外観。
まるで詐欺師になるために生まれたような、天才の一種だ。
「ウチにはベルカという参謀がいますわ。彼なら、貴方を上手く使って素晴らしい成果を上げるでしょう」
「お、自がか!?」
「ベルカさんご希望の、料理から変装まで器用にこなす人材ですよ。要らないんですか?」
「ム……」
そう言われて、ベルカはウームと困った顔をしつつ。
……やがて『確かに使えるな』という納得した顔になった。
「私の軍は公平ですわ。成果を上げれば評価しますし、何もしなければ相手にされません」
「え、えっと?」
「くだらない悪戯に、貴方の稀有な才能を消費しないでくださいまし。私に働いた無礼は、サリパへの利益で返済して頂きますわ」
実際コイツの演技力はヤバかった。
真実味があって、信じたくなるような気持ちにさせる。
俺の唯一の取柄である対人能力をもってして『騙されかけた』のだ。
よほどの相手じゃない限り、容易に騙せるだろう。
「本日は王族として、貴方を叱らねばなりませんでした」
「……」
「しかし貴方がその才能で国の役に立ったなら、私は誠意をもって貴方を称えるでしょう」
シガレットは、ベルカの頭脳で運用されたら『稀代の詐欺師』になりうる逸材。
料理人としてなら姉二人の方が優秀だが、付加価値を考慮すればコイツを採用するべきだ。
「これはチャンスなのですよ、シガレット。求めていたのでしょう? 現状を打破して、皆から評価されるその日を」
「僕は……」
「貴方の未熟な部分も、醜い部分も、私は全て知っています。その上でお誘いいたしますわ」
シガレットは、そこそこに料理もできる。だが彼の真価はそこではない。
彼の魅力は優秀な工作員となれる、肝の太さと演技力の高さだ。
変装してルリちゃんと組めば、諜報戦で主力となることができるだろう。
「どうです? ウチで頑張ってみませんか?」
「……はい」
彼の疎まれている悪戯の才能は、軍として大きな武器になる。
このまま料理人を続けるより、ずっと活躍できるはずだ。
「頷いたからには、これから私への悪戯は許しませんわ。然るべき相手に仕掛けなさい」
「分かりました」
「上手に悪戯が出来たなら、私から『ご褒美』を差し上げますわ」
「は、はいぃ……」
最後はちゃんと優しい笑顔を見せて、シガレットを諭しておく。
おうおう、照れてやがるな。今後はおとなしく従ってくれそうだ。
「タケル、ベルカもそれでよろしいですか」
「は、はい」
「そうだな」
こうしてリシャリ近衛軍の、最後のピース『料理人』のスカウトに成功した。
思ったより優秀な人材がスカウトできて、俺は満足である。
「分かりましたか、タケル。これが人を見る、ということですわ」
「さ、さすがはリシャリ様です。お見それいたしました」
「話し合えば、分かり合えるものですわ」
そしてついでに、タケルに『人の見極め方』も見せることが出来た。
次からタケルも、もっとよく観察できるようになるだろう。
めでたし、めでたし。
「……何ですかベルカ? その微妙な顔」
「いや。改めて、リシャリ殿下は怖いなと」
ただベルカは、俺にドン引きしていた。
何でさ。




