6話「馬鹿貴族?」
「おお、リシャリ様。本日もご機嫌麗しく」
「ええ、ありがとうございますわ」
パウリック騎士団長の協力の下、ケツキリムシの虫害の研究をするにあたって。
俺は国王から、護衛付きでサリパ国立研究所に立ち入ることを許されていた。
「こうして出歩けるのも、タケルのお陰ですわ」
「勿体ないお言葉です」
サリパ国立研究所は、サリパ大学内にある研究機関だ。
ここは我が国の研究の最先端で、様々な技術が編み出されてきた。
このサリパ国立研究所に所属しているというだけで、研究者にとってはステータスらしい。
「リシャリ様は頭が良いのですね。研究までできるなんて」
「いえ、私なんて全然ですわ」
このサリパ大学は父の方針で、貴族も平民も平等に入学できるようになっている。
そして研究所は完全な実力主義で、平民であろうと見下されることは殆どない。
逆に名家であろうと、頭が悪ければ陰口をたたかれるシビアな世界である。
そんな身分差がないサリパ大学には、優秀な平民がたくさん入学している……という訳はなく。
平民に学費なんて払えないので、結局貴族ばかりが入学している。
一応、平民でも入学できるよう特待生制度も導入されているが……。
平民はまともな教育を受けれないので、試験で上位なんてとれない。
だから特待生枠は、毎年貴族に占められている。
「僕には、文字すら読めませんから」
「では今度、教えて差し上げましょうか?」
「そ、そそそんな。僕なんかに王女様のお時間を割いていただく必要は」
「私の護衛ですもの。文字が読めた方が、何かと便利ですわ」
今のサリパは、平民の中に埋もれた天才を発掘できない。
お金のある者のみが、技術の発展に寄与するのである。
もったいないことこの上ない。我が国の技術力は、もっともっと発展させる事が出来る筈。
だから父は、教育制度にも力を入れているのである。
そんなサリパ国立研究所において、俺の研究は『それなりの』評価を得ていた。
「確かに安価で、効率の良い駆除方法ですな」
「リシャリ様の着眼点は素晴らしい」
我が国でも、民間でケツキリムシ対策は進められてきた。
例えば家畜の肛門に塗る、ケツキリムシが嫌がる液体など開発されていた。
しかし半日ほどで匂いが消えるので、対策としては不十分だった。
「これを使えば、ケツキリムシを一掃できますよ」
「少なくとも生息数を、大きく減らせるはずです」
そんな中でこの『全自動ケツキリムシ捕獲器』は、なかなかに効果的だった。
今までの駆除は子供を使って『牧場の虫取りバイト』をしていたみたいだが、パウリックはその百倍くらいの効率で駆除が出来た。
試しに近くの牧場で使用してみたところ、三日ほどでケツキリムシを見かけなくなったという。
「虫の死骸は土つくりの肥料になるので、農家が買い取っているようです。無駄がありません」
「費用対効果という面で、素晴らしい成果を上げています」
「おーっほっほっほ」
そんな訳で、俺の研究はビビるくらいに褒められた。
現代知識は役に立たなかったが、趣味の虫取りがこんなに役に立つとは。
パウリックの肛門は犠牲になったが、代わりにたくさんの国民や家畜の肛門を守ることが出来たのだ。
俺は頭がよくなった気がして、鼻高々だった。
「……おや」
「どうかしましたか、リシャリ様」
「この奥は何ですの?」
これで俺も一流の学者だと、すっかり天狗になっていた折。
俺はふと、研究所の奥に黒く汚く汚れた区画があることに気づいた。
「あー、この奥は……」
「あまり言いたくはありませんが、馬鹿貴族の道楽ゾーンです」
「馬鹿貴族?」
この研究所は掃除が行き届いている筈だが、その区画だけは露骨に黒ずんで小汚い。
しかも誰一人として近づこうとせず、隔離されたように静かだった。
「だいぶコンプレックスを拗らせた人でして、関わらない方がよろしいかと」
「そこまで言われると、逆に興味がありますね。何を研究しているのですか?」
「あー……」
その区画が怪しすぎたので、俺は興味を持ってしまった。
なので周囲の研究員さんに、その詳細を聞いてみると。
「……低魔力でも動かせる魔道具、の研究です」
とのことだった。
低魔力、とは生まれつき魔力が少ない人のことだ。
人間の魔力の量は、才能で決まってしまう。
「あそこの主は魔力ランクがFで、殆どの魔道具を使えません」
「……」
「なので、魔力が低くても使用できる魔道具の研究に没頭しているのです」
サリパ国民の九割以上は、魔力がEランク以上だ。
そして殆どの魔道具は、『魔力ランクE』を基準に設計されていた。
つまりEランクあれば、生活に必要な魔道具を問題なく動かせるわけである。
しかし、魔力がFやGランクの人は不便を強いられる。
誰かに火を貰わねば料理出来ないし、用を足しても自力で水も流せない。
……そういう人々は、『低魔力』と馬鹿にされているらしい。
「……素晴らしい研究と思いますわ。魔力の低い方でも、魔道具が使えたら便利でしょうに」
「ですがその研究で利益を得るのは、低魔力だけ」
「国家予算を投じる価値はないと判断されています」
それは、非常にシビアな問題だった。
国が研究に予算を出す時『その研究によりどんな利益があるか』をよく吟味せねばならない。
「この国の九割、魔力を持つ人間にとっては無益な研究です」
「それで予算を打ち切られたのですが、実家の財産を使って研究を続けているのだそうで」
税金を研究に投入する以上、その額に見合った利益を民に提示しなければならないのだ。
例えば俺のケツキリムシ研究には、畜産業の効率化という『国益』があった。
だから父も予算を承認してくれたし、実際に成果も出ている。
一方で、低魔力な人のための魔道具に、そこまでの価値があるかと言えば難しい。
サリパには接客業や肉体労働など、魔力に頼らない仕事もたくさんある。
低魔力な人々も、そういう仕事で生活できている。
仮に低魔力な人が魔道具が扱えたら、便利になるとは思うが……。
────国益という意味では、確かに乏しいだろう。
「そうだ。その、リシャリ様」
「なんでしょうか」
「こういう事を頼むのは、大変気が引けるのですが」
研究員は続けて、俺に向き直り。
言いにくそうな顔で、薄汚れた区画を見ながら話を続けた。
「彼に研究を諦めるか、別の場所で研究してくれと言ってもらえませんか」
「……それは」
「王女リシャリ様の言うことなら、あの偏屈者も聞いてくれるやもしれません」
彼らは申し訳なさそうに、そう言って俺に頭を下げた。
どうやら研究者たちは、その低魔力の人を追い出してほしいようだ。
「そこまでする必要はないのでは。彼は迷惑を掛けず、実家の資産で研究しているのでしょう?」
「いえ、まぁ害がなければ私どもも気にしないのですが」
その人にとってきっと、低魔力であることがコンプレックスなのだ。
だから予算を止められても、財産をはたいて研究する。
国家予算を使っていないのであれば、止める必要はないと思うけど。
「彼の研究室から、すごい異臭や煙が漏れているのです」
「それで具合を悪くする者が、続出しておりまして」
しかし、事情はそう単純じゃないようで。
「煙を出さないようにするか、出来ないなら出ていくようお願いしているのですが」
「『対策しようにも予算が貰えない』『研究員であるからにはラボを使う権利がある』などと、頑として立ち退かないのです」
「リシャリ様、どうか」
その男の実験により、かなり毒性の強いガスが出ているらしい。
それがラボから漏れ出るせいで、他の研究員にも被害が出ているのだそうだ。
「……確かに、それは見過ごせませんね」
「王女様に頼むのは筋違いと思いますが、どうかお願いします」
そういう事情ならば、さすがに協力せねばならないか。
研究をやめろとは言わないが、他人に迷惑をかけるなと釘を刺しておこう。
それが出来ないなら、退去してもらう事もやむを得ない。
技術研究は重要だ。
そして研究員の健康は、このサリパ王国の発展に関わる。
あまり国益にならぬ研究の弊害で、他の技術に遅れが生じてはならない。
王女の口から注意されれば、少しは考えを改めるかもしれない。
「では、私から注意いたしましょう」
「ありがとうございます」
「タケル、ついてきてください」
「はい、リシャリ様」
俺は意を決し、その男の研究室へと向かった。
王女として力になれるなら、サリパのために労力を惜しむつもりはない。
「うっ」
「何ですか、この匂い」
しかし、彼の研究室に続く廊下に足を踏み入れた瞬間。
気持ちが悪い、甘ったるく脂っこい匂いが鼻腔を直撃した。
「こ、これは確かに気分が悪くなりそうですね」
「……」
「リシャリ様。よろしければ僕だけ部屋に入り、男を連れてきましょうか」
「いえ」
しかし俺は、その独特の異臭を嗅いで。
何故か『懐かしい』感覚を覚えた。
「大丈夫、進みますわ」
「……ご無理をなさらないよう」
少なくとも今世で、こんな匂いを嗅いだことはない。
だけど、俺はどこかで。この気持ち悪い、変な香りを嗅いだことがある。
「廊下中に、変な黒染みがついてる。リシャリ様、こんなところに入ったら体調が悪くなりますよ」
「心配してくれて、ありがとうタケル」
俺はその部屋に、入らなければならない。
そしてこの『なつかしさ』の理由を確かめないといけない。
「研究中、失礼しますわ!」
俺はその直感に従って。
部屋の主に断って、思い切りドアを開いた。
────ぶしゅう、と。真っ黒な煙が、金属から噴き出した。
「何です、これは……?」
「……っ!?」
部屋を見渡したタケルは、疑問符を浮かべてソレを見ていた。
その部屋の真ん中に設置されていたのは、黒光りする巨大な金属だ。
金属から噴き出す煙は黒く、ベタっとした熱気を帯びていた。
「……あ、あり得ませんわ」
「リシャリ様?」
俺は、『その機械が何か』を知っていた。
そして部屋の中を見渡し、ようやくこの独特の匂いも思い出した。
「これ、は」
そうだ、『タールの匂い』だ。
油臭くてスモーキーで、レトロな臭いだ。
つまり、この部屋の主が研究している『魔力を使わない魔道具』とは────
「あ?」
部屋の奥から、機嫌の悪そうな男の声がする。
そちらに目をやれば神経質そうな痩せた男が、壁一面にびっしりと『数式』を書いている所だった。
「私に、何か御用で?」
ガチャン、ガチャン。
重苦しい金属の音が、定期的に木霊して。
黒煙が噴き出る中、その巨大な金属は何度も上下し続けていた。
それは重々しく、暑苦しく、メタリックな『機械』
熱と蒸気だけで動かせる、『魔力に頼らない』科学的な機構。
「……蒸気、機関?」
俺の肛門を食いやぶる虫の研究なんか、馬鹿らしく思える。
俺が注意をしようとした、低魔力の男がしていた研究内容は。
『産業革命』を引き起こした、時代を動かす超技術であった。




