59話「肉の宝石箱や~!」
こうしてマーガレット、スカーレット、シガレット三姉妹による料理対決が開催されることになった。
審査員はタケルとベルカ、そして俺。
「さあ、ついに始まりました、糧食管理官選抜リシャリ杯!」
「リシャリ様?」
こう……料理対決の審査員っていいよね。前々から「うーまーいーぞー!!」ってやりたかったんだ。
使えそうな表現とか、今のうちに考えておこう。肉の宝石箱や~!
「実況は私、リシャリ・サリパール! 解説はタケルさん、ベルカさんですわ!」
「どうしたんだリシャリ殿下、そのテンションは」
「将来が決まる一本勝負! さあ誰が優勝するのか!」
「おいタケル。リシャリ殿下、こんな性格だったか?」
ベルカはそんな俺を、怪訝な目で見ていた。
良いじゃないか、テンション上げたってさ。
俺が主催のコンペなんだし、好きにさせてくれ。
「一番手は元気印の看板娘! 抜群の歌唱力で店を盛り上げる長女スカーレット!! 彼女をどう見ますか、解説のタケルさん!」
「これは……、変なスイッチが入った時のリシャリ様ですね。珍しい虫を捕まえたときなど、時折このようになられます」
「二番手はクールビューティな次女、マーガレット! スラッとして落ち着いた雰囲気、魔性ですわ! この娘はどうでしょうベルカさん!」
「そういや、レクチャリを食べていた時もこんな感じのテンションだったな」
「そして最後は飛び入り参加!! 本大会のダークホースとなるか、弱冠十三歳の三女シガレット!」
「殿下は割と落ち着いているが、まだ十五歳。ルリとほぼ同い年と考えれば、催し事ではしゃぐのは年相応か」
「こういう溌剌としておられるところも、リシャリ様の魅力ですよね」
「さっきから解説陣が、私の解説しかしていませんわ!!」
いかん、生暖かい目を向けられ始めている。
そろそろセーブした方がいいかもしれない。
「して、リシャリ様。対決というと、どのようなルールになるのでしょうか?」
「それぞれ、私が出したテーマに沿って料理を作ってきてもらいます。その後、三人で協議して優勝を決定しますわ」
「ふむ、テーマとは?」
「料理のお題は『保存食』とします。保存のきく食材で、いかに美味な料理を作れるか見せてくださいまし。制限時間は一時間とします。調理に時間がかかるのは好ましくありませんわ」
「ふむ、良い題材だな。出征先に新鮮な食材などはないし、時間もかけられない」
「さすがはリシャリ様です」
今回のコンペは、軍の糧食管理官を選定するのが目的だ。ただ美味しい料理を作れるだけじゃ足りない。
塩漬け肉やチーズ、パンなどでいかに美味しいものを作れるかが勝負だ。
「因みに優勝者には、ささやかながら私から賞金も出しますわ!」
「自は、少しばかり味にはうるさいぞ」
「えっと。皆さん、頑張ってください!」
俺の説明を聞いた挑戦者の姉妹はそれぞれ、三者三様の表情をしていた。
自信に溢れる長女スカーレット、表情の変わらぬ次女マーガレット、そしてやる気満々の三女シガレット。
果たして誰が栄光を手にするのだろうか。
「それでは料理バトルー……、Fight!!」
そんな三人を見渡した後、俺は立ち上がり、高らかに勝負開始の宣言をした。
さすがは、幼い頃から料理をし続けてきた人間というべきか。
三人ともそれぞれ、機敏にテキパキと調理を進めた。
肉の煮込み方、包丁の入れ方、出汁の入れ替えなど見ていて惚れ惚れする手際だった。
「えっと、制限時間終了です」
「そこまでですわ! 各自、完成した料理をもってきてくださいまし!」
一時間という短時間で、どれほどの料理が出てくるか不安はあったが。
制限時間内に、料理人姉妹はそれぞれ料理を完成させていた。
「では一番手、スカーレットさんの料理を確認しますわ!」
「どうぞこちらに、リシャリ様。タケル様。ベルカ様」
年上から行こうということで、まずはスカーレットさんの料理を味見することにした。
メニューはオーソドックスなスープに軍用パン、そして食後の紅茶だ。
自信満々に見えるが、果たしてお味の方はどうだろうか。
「あ……、凄い」
「む、これは旨いな」
スープに口を付けた瞬間、タケルとベルカは驚いた表情になった。
俺も、その濃厚でいて甘く、上品で柔らかな味わいに驚いた。
マズく硬い軍用パンとも、よく合うよう味が調整されている。
「肉も塩気がよく抜けて、柔らかくなっていますね」
「どう調理したら、あの塩辛い肉がこうなるんだ……?」
それだけではない。今回の一番の課題だった『塩漬け肉』の調理が完璧だった。
普通なら塩漬け肉は、塩を抜くだけで一時間近く時間がかかる。
今回の制限時間で、ここまで上質な肉料理が出てくるとは思わなかった。
「これ、本当に塩漬け肉を使ったのか? 普通の肉を使ったのではないか?」
「スカーレットさんは間違いなく塩漬け肉を使っていましたよ。ただ低温で一時間、ずっと煮込んでおりましたが」
「塩抜きをせず、いきなり調理を始めたということ……か?」
「煮込みながら良い塩気になるよう、調整したのでしょう」
「御明察です、リシャリ様」
スカーレットさんは元々、塩漬け肉を早く調理するレシピを持っていたのだろう。
知識がないと、この味は出せっこない。だから自信満々だったのか。
「冗談抜きに、晩餐会に出せるレベルのスープですわね」
「お褒めに預かり光栄です、リシャリ様」
最初から、ほぼ内定じゃないかという出来のスープを食べてしまった。
正直、これを超える完成度の料理が出てくるとは思えない。
ただ、一言だけ述べるのであれば……。
「しかしスカーレットさん。下味に、サリパ青葉下ろしの粉末を使用していますわね?」
「え? あ、はい。使用しております」
「あれはみずみずしいうちこそ美味しいですが、枯れると味が変わります。保存が利きませんわ」
メインの食材はちゃんと保存食なので、文句を言う気はないが。
調味料に一部、保存の利きにくい食品を使っているのが減点ポイントかな。
「あと、チーズは高価なものを使っていますわね。兵士全員分を用意するとなると、かなりの値段になるのではないでしょうか」
「は、はい。確かに仰る通りですが、安価なチーズでも代用が可能です。青葉は植木鉢などを用意しておけば、その」
「ふむ、運ぶことは出来るわけですが」
メチャクチャに美味しいのは、その通りなのだが。
実戦だともう少し、スープの味は落ちてしまうのだろう。
「植木鉢を運ぶ余裕はあります?」
「参謀として、あまり荷物が増えるのは歓迎出来ないな」
「まあ、そうですわよね。とても美味しくレベルの高い料理でしたわスカーレットさん、御馳走様でした」
「う、うぅ……」
俺の指摘を受けて、スカーレットさんはシュンと縮こまってしまった。
ケチを付けた様で申し訳ないが、審査員として言わねばならなかったのだ。
彼女が高得点なのは間違いないから安心してほしい。
「では次の……マーガレットさん」
「よろしくお願いします」
続けて、次女のマーガレットさんの料理を頂くことにした。
スープ系と思っていたが、意外にも彼女が用意したのはサンドイッチだった。
「こちら、オークカツサンドになります」
「いただきますわ!」
見ていた限りマーガレットさんの食材は安い保存食ばかりで、調理工程も普通だった。
塩漬け肉を塩抜きをして、乾燥卵の粉末と小麦粉をまぶし油で揚げて、パンに挟む。
別に特別なことはしていなさそうだったが……。
「おお、これも美味しいですわ!」
「……イケるな」
「いいですねこれ」
彼女のサンドイッチは、想定外に美味しかった。
丁寧に調理したのだろう、メリハリのある味わいに、サクサクの衣がマッチしていた。
……これも悪くない。
「どうしてスープではなく、サンドイッチを?」
「兵士が、食事に時間がかからないようにと思いました」
「なるほど」
さらにサンドイッチは、食器を必要としないという利点がある。
要は、後片付けに時間がかからないのだ。
「優しい味がしますね」
「味付けが薄すぎず、濃すぎない。噛めば噛むほど味が染み出すな」
マーガレットさんの料理は、余裕で合格点だった。
スカーレットさんのスープを飲んだ時は彼女で決まりと思ったが、今はどちらにすべきか悩んでいる。
味のみを追求するのなら、長女に軍配が上がるだろう。
しかし評価せねばならないのが、彼女の使った食材。
塩漬け肉に乾燥卵粉末、黒パンとちゃんと安い保存食のみで調理している。
姉スカーレットと違い、実際に使う食材だけで美味しい料理を仕上げてきたのだ。
「御馳走様でした。すばらしいサンドイッチでしたわ!」
「お粗末さまで、ござい、ました」
「いや、これは悩ましいですね」
「うむ。……うーむ」
総合的な面を見ると、長姉の方が優秀な料理人に感じた。
だが糧食管理官には、次女の方が向いているように感じる。
「……では、最後に」
「末娘のシガレットさん」
そしていよいよ、最後の挑戦者。
姉妹対決に割って入ってきた、三女シガレットの料理を食べることになった。
彼女は自信満々に、俺たちの前にプレートを差し出した。
「これは、リゾット? でしょうか」
「サリパ大豆とチーズのリゾットです、リシャリ様」
シガレットが作った料理は、長女と同じくスープ系。
しかしパン料理ではなく、米料理を選択してきた。
前世が日本人の身としては、なかなか好印象である。
「……おお」
「これも、なかなか」
シガレットは十三歳とは言え、料理人としての腕は確かだった。
ちゃんと美味しいリゾットを、保存食のみで仕上げてきた。
ベルカもタケルも好印象のようで、掻っ込むようにリゾットをすすっている。
「ふーむ……」
「甲乙つけがたいですね」
リゾットは、なかなかお腹に貯まる食べ心地だった。
料理の味に点数をつけるなら、次女とほぼ同点だが……。
「美味しかったですわ、シガレットさん」
「御試食いただき、ありがとうございました!」
「こちらこそ、御馳走様でした」
シガレットは期待した表情で俺を見つめている。
……やれやれ、これはどうしたものだろうか。
「では、結果発表に移りましょうか」
「はい、リシャリ様」
何にせよ、これで一通り食べ終わった。
少なめに用意して貰ったとは言え、さすがにお腹がいっぱいだ。
さて……と。
「それではまず、タケルさんとベルカさんの評価を伺いましょうか」
「あ、はい。分かりました」
俺はシガレットの処遇を考えている間、二人の意見を聞くことにした。
この二人の採点も気になるしな。
「僕は、その。やっぱり長女のスカーレットさんの料理が一番おいしかったです」
「タケルは、スカーレットさんが良いと言うことですわね」
「それに最も、体力がありそうに見えます。軍に属する以上、体力は大切です」
「なるほど、もっともな意見ですわ」
タケルは味と体力を総合して、スカーレットさんにしたらしい。
確かに、三姉妹で一番ガタイが良いのは彼女だ。
体力を重視したのも、タケルらしい採点である。
「自は、そうだな。……次女を推そう」
「ベルカはマーガレットさんを推すのですね」
「今回は保存食を使った料理、という題だった。自己判断で、保存食でないものを加えた長女は問題外。命令を守れぬ兵士は必要ない」
ベルカはタケルとは違い、命令を守れる次女マーガレットを推した。
確かに、ベルカはそう考えるだろうな。
「三女のシガレットさんも、保存食のみで料理をしているようですが」
「そちらも問題外だ」
「その理由を教えてくれますか?」
「自らを偽っている人間は、信用ならん。リシャリ殿下も気付いていそうだが?」
さらにベルカは、もう一つシガレットの大きな問題に気付いていたようだ。
そう。俺も最初は気づかなかったのだが、料理をし始めて気づいたことがあった。
すなわち、
「シガレットの骨格は男だ。ヤツは女装した男だろう、違うか?」
「は、はい。お見それいたしました、仰る通りです」
つまりシガレットは彼女らの妹ではなく、弟。
十三歳の男の子なのだ。
「確かに、私は男です。普段からこの姿で過ごしています」
「その理由は?」
「可愛らしい格好が好きで、その。趣味、です」
ベルカに性別を断言されたシガレットは、申し訳なさそうに俯いた。
心なしか、瞳に涙が浮かんでいた。
「貴様の趣味を否定する気はない。だが、信用できるかは重要だ」
「……はい」
「初対面の相手に、性別を偽って雇用を請うなどありえない。仮に貴様が『男性だ』と名乗っていたなら、女装を理由に却下しなかった」
ベルカはシガレットが女装したからではなく、信用できないから不合格としたらしい。
その判断は間違っていない、正しいだろう。
「それでは最後に、私ですが。私は、三人目のシガレットさんを推しますわ」
「ふむ。……理由をお伺いして構いませんか、殿下」
「いやまぁ、ベルカさんが仰った通りなんですけど。彼が女装していることなど、些細な問題なのです」
しかし俺はあえて、このシガレットを雇ってみたいと思った。
ただし俺が評価したいのは、彼の料理の腕でも女装していたことでもない。
「シガレットさん。いえ、シガレット」
「は、はい。何でしょうか、リシャリ様」
「あまり人を、舐めないでくださいます?」
俺は敢えて『低い声で』シガレットに迫ってやる。
すると彼は、顔を青くして一歩後ずさった。
「え、えっ?」
「だから。これ以上私を舐めるなと、言っております」
珍しい俺の『怒った顔』に、タケルもベルカも驚いていた。
しかし、ここは厳しく行かねばならない場面だ。
「性別の偽りなど、嘘の一つにすぎません。何から何まで、徹頭徹尾が嘘」
初対面では、まったく気づくことができなかった。
シガレットの態度や口調、表情を一時間凝視し続けて、ようやく見抜けた。
……この、俺が。
「その態度も、口調も、私に仕官したいという想いさえすべてが『嘘』」
「……あは」
もしシガレットと話をしたのが、ほんの数分だけなら騙されていた。
気弱で、真面目で、けなげな少女だと思い込んでいただろう。
「貴方がこの会に参加した理由は、ただ姉や私をからかいたかっただけでしょ?」
「あっはっはっは!!」
だが違う。この男の本質は、人を馬鹿にすることが大好きな性悪。
ヴァイオレットさんが困った顔をした理由がよく分かった。
「このシガレットという男。────『大嘘つき』ですわ」
「あーっははははははははっ!!!」
俺が半目で睨みつけると、シガレットはその場で腹を抱えて笑いだしたのだった。




