56話「大賢、身内の敵に気付かず」
「お、お久しぶりですわ! タケルにベルカさん」
俺は二人が喧嘩を始める前に、慌てて部屋に突入した。
ここで諍いが起これば、軍が立ち行かなくなる。
二人の仲を取り持つのは、俺の役割だ。
「……殿下か」
「リシャリ様! 兵舎にいらっしゃるなんて、珍しいですね」
俺が部屋に入るや、タケルは笑って駆け寄ってきた。
そんなタケルを、ベルカはやれやれといった表情で見つめていた。
「ジケイ兄上から、二人が軍を率いるという話を聞きまして」
「はい、リシャリ様の近衛軍の大将をまかせていただけるとお聞きしました! 大変、光栄に思います」
「奮闘を期待しますわ」
これでタケルは今後、俺専属の王宮騎士ではなくなってしまったことになる。
少し寂しいが、タケルの力はデケンとの戦いに必要だ。
ぜひ、頑張ってもらいたい。
「ベルカさんもお久しぶりですわ」
「ご無沙汰している、リシャリ殿下。この度、殿下の近衛軍の参謀を務めることになった」
「よろしくお願いしますわ!」
続けてベルカが、俺に恭しく頭を下げてきた。
相変わらず寡黙な雰囲気だが、以前より態度が丸い気がする。
「ベルカが来てくれるとは思いませんでしたわ」
「ふむ、それはどういう意味だ?」
「てっきり仕官を蹴って、ブユルデストに残るものかと」
「ああ、確かに。自も最初は、そのつもりだった」
ベルカが俺の軍に来てくれたのは意外だった。
この男の行動原理は、地元のブユルデストが第一。
軍への招集など拒否し、自警団を続けると思っていた。
「だが状況が変わった。今後ヤイバン軍が、ブユルデストに攻め込んでくる可能性は低い」
「そうですわね」
「ならばデケン軍を防ぐ方が、ブユルデストの安全につながると見た。ならばこの仕官の誘い、受けた方がよい」
そんなベルカが招集に応じてくれたのは、ヤイバンと同盟が締結されたからだそうだ。
確かに今の状況、ブユルデストを守るにはデケン軍を追い返すのが重要。
「自がいれば、デケン軍如きに負けはせぬ」
「期待していますわ」
「それに、リシャリ殿下には借りがある。受けた恩は、きっちり返さねばなるまい」
「ベルカさん……!」
そして彼が誘いを受けてくれたのは、俺のためでもあるらしい。
あの刺々しかったベルカが、よくここまでデレてくれたものである。
「……あの、リシャリ様」
「タケル? どうしましたか」
「あの、差し出がましいことと理解していますが。その男は、信用なるのでしょうか」
「あら?」
俺がベルカのデレ期が来たことに感動していると。
タケルは恐る恐る、そんなことを言い出した。
「タケルは、ベルカさんが信用ならないとお思いですの?」
「はい、リシャリ様。僕には、彼の忠誠が本物とは思えないのです」
タケルはよほど、ベルカが気に食わないのだろう。
彼にしては珍しく、強めの物言いだった。
「どうして、そう考えましたの?」
「……この男がリシャリ様を誘拐したことは聞いておりましたから。僕は最初に、『二度とリシャリ様を裏切るな』と念を押したのです。そしたらどう答えたと思いますか?」
「ふむ。なるほど、タケル。答えは言わなくて結構ですわ」
「はぁ」
そうか、それでタケルは妙にベルカを敵視しているのか。納得だ。
俺は以前、パウリックに『身分でなく言動で人となりを判断しろ』と伝えた。
それを聞いてタケルは、ベルカの人となりを測ったんだな。
「ベルカがどう答えたか、リシャリ様はご存じなのですか?」
「いいえ。でも、すぐ分かりますわ」
その返答を聞いて、タケルは不信感を持ったのだろう。
何せベルカの返したセリフは、おそらく、
「────今は裏切る理由がないから安心しろ、でしょう?」
「そ、そうです!」
「ほう」
ベルカはどこまでも地元の仲間を大事にする男だ。
俺と地元を天秤に掛けた場合、地元を取るはず。
「つまり、この男は理由があれば裏切るということです!」
「それで良いのですよ、タケル」
「どうしてですか?」
「私がベルカを裏切らせなければいいだけですわ」
そんなことは、ベルカを配下に加えた日から分かっている。
俺がブユルデストの敵になった場合、こいつは間違いなく俺を裏切るだろう。
しかし俺の見た限り、ベルカはそれなりに筋を通す男でもある。
俺が裏切らない限り、ベルカは俺に仕え続けてくれる確信があった。
「タケル。ベルカではなく、私を信頼してください。貴方の主はそんなに人を見る目がないですか?」
「そ、そんなことはありません!」
「その不敬さもベルカの持ち味ですわ。権力を相手に委縮せず、手段を選ばない大胆さも時に役に立つでしょう」
「リシャリ様……」
「嗚呼、本当に面白い姫様だ。こうでなくては、自が仕える価値はない」
俺の言葉に満足したのか、ベルカは上機嫌そうに腕を組んだ。
……さすがベルカだ。イキってる仕草も中二病っぽいんだよな。
「それに、タケル。貴方はどんな時も、私を裏切らないでくれるでしょう?」
「も、もちろんです!」
「だったら、怖いものなどありません」
その後、俺はまだ不安そうなタケルの手を握った。
大丈夫だタケル、お前が味方なら怖いもんはいない。
「ありがとう、タケル。貴方なりにベルカを見て、判断しようとしてくれたのはうれしいですわ。それはとても、大切なことですから」
「は、はい。ありがとうございます」
タケルはタケルなりに、人を観察しようとしてくれた。
しかし今まで「化物」として、人に避けられていたタケルはその能力が育っていない。
俺なりにその辺を、タケルに教えてあげれたらいいんだけどな。
「あ、タケル、一応聞いておきますけど」
「はい、何でしょう」
まぁそれはそれとして、ベルカが油断ならない奴だというのは間違っていない。
例えば、
「さっきから私に抱き着こうと構えてるルリちゃんに、ちゃんと気づいてますよね?」
「え、はい把握してます。これ以上近づいたら警告するつもりでした」
「おっ?」
不遜な男ベルカは俺を裏切りはしないが、しょうもない悪戯は仕掛けてくる。
たとえばこんな風に、ルリちゃんを俺にけしかけたりだとか。
タケルは、ちゃんと気付いていたようだが。
「うわ、バレてた……」
「やるな、見破っていたか」
「気配ではなく魔力で探れと、パウリック様に教えられました」
声を掛けたらスーッと、ルリちゃんがソファの前に姿を見せた。
サイズの合っていない軍服を着ていて、とても可愛かった。
「まぁ、タケルに見破られたのは構わん。そうあってもらわねば困る。ただ、リシャリ殿下に気づかれるとは」
「……そんなに、分かりやすかった?」
「いえ、分かりませんでしたわ。ただベルカさんならそうすると、思っただけですわ」
俺はタケルと違って魔力を探知するとかはできん。
ただベルカならそういうことをやるだろうなと読んだだけ。
「ひとよみかー、なるほど」
「あぁ、それこそリシャリ殿下の十八番だったな。次に殿下を騙す際は、より策を練る必要がありそうだ」
「リシャリ様。やはりこの男、信用ならないのでは?」
「いえいえ、頼もしいではないですか」
ベルカは忠誠心は乏しいが、能力の高さは疑いようがない。
こういうタイプも配下にいると、なんだかんだ役に立つ。
「さてベルカ。お遊びも結構ですが、本業をおろそかにはしていませんわよね?」
「ふむ」
「分かっている敵の情報と、その対策をお聞かせ願えますか」
「ああ、了解した」
俺をからかって騙くらかすのも良いが、参謀としての働きも確認しておこう。
タケルも、ベルカのそういう部分を見れば納得してくれるだろう。
「デケン軍は再び、サリパ国境に物資を集めている。一年以内に再侵攻してくる見込みだ」
「一年以内、ですか」
「自の予測ではデケンの侵攻はさらに早い、おそらく数か月以内と踏んでいる。自らリシャリ近衛軍は、その迎撃にあたるために編成されることになった」
どうやらデケン軍は、再びサリパを侵攻する準備を進めているらしい。
弱小国サリパを相手に完敗したのだ、早くやり返さないとメンツが立たないのだろう。
「次はデケン随一の智将、レジンが指揮を執るという情報が流れてきている」
「ジャルファ王子ではないのですね」
「ああ。ジャルファは戦犯として拘留されているそうだ」
この負けられない戦いに、デケン帝国は切り札を切ってきた。
サリパを滅ぼすために、生涯無敗の老将『レジン元帥』を起用したそうだ。
「レジン将軍って、デケン帝国躍進の立役者ではありませんでしたっけ」
「ああ、デケンで最も手ごわい相手だろう」
「大丈夫ですの?」
「なあに。大陸随一の戦術家との知恵比べ、腕が鳴るというものよ」
前回の侵攻は、ジャルファ王子に箔をつける意味合いが大きかった。
若い王子を総大将に据えても勝てるくらい、戦力差にものを言わせた大侵攻。
それは『戦』ではなく、単なる『征服』だった。
一方で次のデケンの侵攻は、本気だ。
レジンといえば俺でも聞いたことがある、デケン帝国の大英雄。
デケン皇帝の盟友であり、知略でデケンを支えた名将。
「して、ベルカさん。そこまで自信満々ということは、策はあるのですね?」
「無論だ。龍神殺しがいて負けるとは思わん、任せておけ」
「あまりタケルに無茶をさせないでくださいよ」
タケルの強さは、確かにバグっている。
だがデケンに、レヴィのような怪物が隠れていないとは限らない。
何ならそのレジンが怪物である可能性だって、十分にある。
「ちゃんと参謀として、策を練ってくださいまし」
「安心しろ、『大賢、身内の敵に気付かず』という。いくらでもやりようはあるさ」
しかしベルカは、自が負けるはずがないと高笑いした。
その自信満々な態度が、逆に不安だった。
「だいじょうぶ、リシャリ。にいさんは、守る戦いにつよいから」
「大丈夫でしょうか……」
大賢、身内の敵に気付かず。賢い人ほど、身内の裏切りに気づけないという、デケン帝国の故事成語だ。
その言葉の意図を察するに、内通工作でも仕掛けているのだろうか。
大丈夫? 逆に、レジンに利用されたりしない?
「そう不安そうな顔をするな。自は今の、リシャリ殿下のいるサリパを信用すると決めた」
「ベルカさん……」
「今はサリパのために、この身を捧げることを誓おう。リシャリ殿下にも協力を仰ぐと思うが、よろしく頼む」
「もちろんですわ! 何でも、相談に来てくださいまし!」
だが、ベルカにそう言い切られたら信用するしかない。
この男がすごいことは、俺もよく知っている。
「そういうわけだ、タケル。貴殿も思うところはあるだろうが、今は信用してほしい」
「……リシャリ様が、そこまで仰るなら」
「無論、自もタケルにも信用してもらえるよう努力しよう」
そう言ってベルカは、タケルに右手を差し出した。
タケルはまだ半信半疑だったが、その握手に応じてくれた。
よしよし、とりあえずは仲を取り持てたかな。
「これで一安心ですわ。では、私からも話があるのですが」
「どうしました、リシャリ様?」
二人が完全に和解したとはいいがたいが、歩み寄ってはくれそうだ。
今はこれで良いだろうと考え、俺は本題を切り出すことにした。
すなわち、
「軍の人材を、平民からスカウトすることになりまして。二人に付き合って欲しいのですわ」
「なるほど、スカウトですか。分かりました、御供します」
「ふむ、了解した」
近衛軍を支える人材を集めに行くのに、付き合ってもらいたい。
そうお願いすると、二人は二つ返事で了承してくれた。
「ありがとうございます。では、明日から動きましょう」
「了解です、リシャリ様。凄い人が見つかると良いですね」
「ちなみに、お二人はどんな人材が欲しいですの?」
「そうだな……」
二人とも、まだ見ぬ部下を想像して期待に胸を膨らせているようだ。
では実際、どんな人材が欲しいのかを聞いてみると、
「えっと、僕は人を纏めるのがうまい人……ですかね?」
「タケルはリーダーシップがある人が欲しいのですか」
「僕は戦うこと自体は得意ですけど……。人に命令を聞いてもらうのは苦手で」
「あー」
確かにタケルはめっちゃ強いが、統率力とかカリスマとかはあんまりないな。
そういう弱点をカバーできる部下がいれば、重宝するだろう。
「自は、そうだな。オールラウンドに何でもこなせる、器用な人材が欲しい」
「器用な人材ですか」
「何をやらしてもまぁまぁ上手くこなすヤツだ。そういうのが一人いると、戦略の幅がぐっと広がる」
ベルカは少し考えこんだ後、そう要望を出した。
なるほど、戦略家らしい視点だな。
「分かりましたわ! いったん、そういう方向で探してみましょうか」
「お願いします、リシャリ様」
二人の希望はわかった。統率力があるタイプと、器用なタイプね。
それっぽい人から順番に当たっていくことにしよう。
「では、他に何か相談はありませんか」
「そうだな。別件だが自から、リシャリ殿下に相談がある」
「おや、何でしょうか」
「つまらない野暮用だが」
これで話も終わり……と思っていたら。
ベルカが珍しく真剣な顔で、相談したいといってきた。
彼ほどの知恵者が、俺に何の相談だろうか。
「リシャリ様に、縁談の仲介を依頼したい」
「……縁談、ですか?」
「ああ。ジケイ様から、軍事貴族と縁談を結べと助言された。軍人となる以上、後ろ盾があったほうが良いだろうと」
ベルカは真面目な顔で、俺にそんな相談を持ち掛けてきた。
ふむ、縁談の話か。
「とはいえ自にサリパ貴族と婚約する伝手などない。平民と結婚など、断られるだろう」
「でしょうね」
「そしたら、リシャリ殿下に相談しろと言われた。王女の仲介であれば、婚約を受けてもらえるだろうと」
あー、そっか。そういう話なら俺の仕事だな。
王族である俺が部下の縁談の面倒を見るのは、筋が通っている話だ。
「つまり、私に仲人を頼みたいと。そういう話ですわね」
「ああ。リシャリ殿下のお力で、自に良縁を結んでほしい」
「分かりましたわ! そういう話であれば、お力になれますわ」
うん。俺のそこは得意分野だし、相談してもらうのは問題ない。
……んだけど、ベルカのバカ野郎は大事なことを見落としていやがる。
「いや、良かった。肩の荷が下りた」
「……」
さっきからルリちゃんの耳が、ピクピクしていることだ。
目付きも怖いし、息も荒くなってないか?
「リシャリ殿下。恥ずかしながら自は、恋愛に疎くてな」
「ええ、そうでしょうとも……」
「良ければ、殿下の意見も聞きたい」
ルリちゃん無表情だから分かりにくいけど、たぶん怒ってるよアレ。
そんな話聞いてない! みたいな顔してるもん。
俺の前だから騒いでいないだけで、激高してそうだもん。
「見合いにはどういった服装で臨めば良いだろうか。お勧めをおしえてほしい」
「私のお勧めですか」
「リシャリ殿下の主観で構わない。どうせならモテ……、自を魅力的に見せたいからな」
あ。プクっと、ルリちゃんの頬が膨れた。
やべぇよ、やべぇよ。
「リシャリ様の好みのファッションを教えてくれ」
「私の……ですか」
このままルリちゃんを放置するのはまずい気がする。
さっさと質問に答えて、ルリちゃんの怒りを鎮めるようフォローしないと。
「そうですわね。豪華絢爛な装飾品などが流行とは思いますが、私はセンスを重視しますわ」
「センス、か」
「いかに美しく、大きな宝石であっても似合わなければ意味がありません。小ぶりであっても、ワンポイントとして引き立てているのであればポイントは高いですわね」
とはいえベルカの質問、婚約者選びも大切な仕事である。
適当な受け答えをするわけにはいかない。
「そうですわよね、ルリちゃん?」
「え? あ、うん。センスはだいじ」
隙を見て、ルリちゃんのフォローも入れつつベルカの質問に答える。
俺はリシャリ、サリパの王女。主として、部下の人間関係の潤滑油となるのだ!
「……他に、リシャリ殿下に何か聞きたいことはあるか」
「えっ」
しかし、とうのベルカは俺やルリちゃんの様子も歯牙にもかけていない。
せっかくフォローしてやっているのに、ベルカはタケルに耳打ちするばかり。
何を話しているのかは、よく聞こえなかったが。
「あー、リシャリ殿下。殿下は何か、好みの食べ物はあるか」
「食べ物ですか? えー、だいたい何でも好きですが……。あ、レクチャリはかなりお気に入りでしてよ」
「逆に引かれそうな物や行動……、リシャリ殿下から見てNGなことは?」
「デリカシーのない行為ですわね。ノンデリはちょっと勘弁ですわ」
「ふむふむ」
やはりベルカは、むくれているルリちゃんのことを意にも介していない。
大丈夫かベルカ。今、お前がかなりノンデリなことに気づけているか。
「ちなみにリシャリ殿下は年上が良いのか? 年下が良い?」
「えー? 相手はまぁ、どのような方でも誠意をもってお付き合いしますが」
「強いていうなら、どちらだろうか。自も年上か年下か、どちらを狙えばよいものかと」
「うーん、同世代ですかね? いえ、落ち着きがあるという意味で年上のほうが良いのかも」
俺が内心で必死に念を送ろうと、ベルカは無反応だった。
先程から、タケルと肩を組んでニヤニヤしているだけだ。
……なんかタケル、顔赤いな。まさかそっちのケがあるのか?
「いや、ありがとうございますリシャリ殿下。参考になりました」
「は、はあ。こんなことで良ければ、いくらでも相談してくださいまし」
「ふふ、これからタケル殿とも仲良くやって行けそうだ。まさに、リシャリ殿下のおかげですな」
一通り質問が終わると、ベルカは機嫌がよさそうにお礼を述べた。
ルリちゃんの怒りに最後まで気付かなかったな。あとで耳打ちして教えてやるか。
「リシャリ様のお力で、なにとぞ自に良縁をお願いする」
「ええ、お任せください。ですが、その」
「できれば……」
そう、俺が忠告しようとした直後。
「自は、豊満で年上の女性が好ましいですな」
ルリちゃんの額の血管が、ブチっと切れる音がした。
翌朝。
ベルカは謎の侵入者に搾り取られ、自室で干からびた姿で発見された。
第一発見者は、何故かテカテカしたルリちゃんだった。
その後彼から、『自の婚約の話は進めないでくれ』と連絡が来た。
恐ろしい目にあったようだが、何が起きたのかを話してはくれなかった。
────大賢、身内の敵に気付かず。




