50話「今更、父親面しないで!!」
リシャリに娘への愛情を思い起こされたことで、セルッゾは変わった。
サリパを諦めただけではなく、領土拡大に執着することもなくなった。
セルッゾが歩む『権謀術数の道』の先に、安寧はないからだ。
次に『大切な人』が出来た時、また見捨てることになりかねない。
「……予も、良い歳だ。潮時かの」
彼が本当に欲していたのは、理不尽に虐げられない平和な暮らしだ。
まだ、領地は安定したとは言い難い。いつ寝首を掻かれるか分からない状況だ。
ここからは領地拡大をせず、地盤を固めるのも悪くはない。
「ぬはは、歳は取りたくないものだな」
それに何より、セルッゾはリシャリ王女に嫌われたくなかった。
そう自覚した瞬間、セルッゾは乾いた自嘲を零した。
「おかえりなさいセルッゾ様。サリパとの交渉はどうでしたか」
「……ラシリア姫」
領地に戻ると、ラシリアは笑顔で彼を出迎えた。
自分を強請りのネタにされることなど、気にしていなさそうである。
「とんでもない弱小国家である。強請っても旨味は少なかろう」
「まぁ、ここと比べたら田舎の小国ですものね」
「サリパ国王の精神も未熟だ、実のある交渉になりそうもない」
そんなラシリアに、セルッゾはつっけんどんにそう言い放った。
あのまま交渉しても、纏まる可能性が低かったのは事実だ。
「父は……、国王は私のことを、何と言っていましたか」
「ラシリア姫、貴殿を保護したことは伝えていない」
「そうですか。それはどうして?」
「まだ時期ではないからだ」
不思議そうな顔で、セルッゾを見つめるラシリア。
彼はその少女に、喪った『愛娘』の面影を見た。
「────伝えると、護衛が大変であるしな」
「はい?」
彼女の存在が、サリパの致命的な弱味であることに変わりはない。
ラシリア姫の存在を明かせば、サリパは暗殺者を放ってくるだろう。
セルッゾであれば、確実にそうする。
「安心せよ、ラシリア姫。貴殿の活用手段は、他にもある」
「それは、いったい?」
「貴殿はなかなか聡明だ。ひとつ、予の領地運営を手伝ってはくれまいか」
だからセルッゾはラシリアを、サリパの姫としてではなく。
信頼できる腹心として、育てることにした。
「予の領地は安定したとはいいがたい。どいつもこいつも、予の首を狙っておる」
「セルッゾ様……」
「貴殿には、予以外に頼る相手がいない。つまり、予を裏切らんわけだ」
セルッゾ領の民は、かつてデケンに征服された国の民である。
なのでセルッゾ領の役人には、しぶしぶ従っている者が多い。
ラシリアが従順な配下となってくれれば、セルッゾも大助かりなのである。
「貴殿も王女だ、それなりに教養はあるだろう」
「ええ、まあ」
サリパ王家の血を引くだけあって、ラシリアは優秀だった。
天才と称される弟や妹には及ばないものの、文官としての能力に不足がなかった。
「ラシリア姫よ。血筋ではなく、能力で立場を示せ。さすれば、我が右腕として重用してやろう」
「……分かりました」
セルッゾ伯爵は、人間不信な男である。
裏切り、裏切られ、自らの利益だけを追求する生き物。
人同士の親愛や友愛などには、意味も価値もない。
大切なものを作ってしまえば、弱みとなるだけだ。
「ラシリア姫。予は貴殿に、親愛の情は抱かない」
「はい」
そう、思っていたのだが。
リシャリに諭された彼は、あと一度だけ。
「だが保護し、大切に使ってやる。予の信頼を裏切るなよ」
「分かりました」
大切なものを、育ててみようと考えた。
「指示通り、穀物庫を解放しました。マキャス村の反乱軍は、解散したようです」
「うむ。凶作だからといって、いちいち蜂起しないでもらいたいのう」
かくしてラシリアは、セルッゾの秘書となった。
ラシリアはセルッゾの政務をよく支え、忠実に仕えた。
「移民を受け入れた集落で、民族間のトラブルが頻発しています」
「法に忠実に裁け、従わぬ者は征伐せよ。軍を動かして構わん」
「御意」
彼女にとってセルッゾは、檻から救い出してくれたヒーローである。
自分を見捨てた父、サリパ国王より敬っていた。
「……本当に優秀だな、ラシリア」
「どうも」
そんな二人の関係は、ある事件をきっかけに大きく変わる。
────それはデケン帝国ジャルファ王子による、サリパ侵攻命令であった。
「デケン皇帝は、サリパを滅ぼすつもりだ」
その知らせを聞いたセルッゾは、難しそうな顔をしていた。
「我々もジャルファ王子に、物資と戦力を提供せねばならない」
「……」
「ラシリアよ、サリパ侵攻のために働くのは心が痛むか」
セルッゾは、ラシリアに気を遣ってそう言った。
サリパ王族は、ラシリアにとって血の繋がった肉親。
彼らが死ぬとなれば、ショックを受けてしかるべきなのだが。
「いえ、すぐ王子の命令通りに物資を手配します。よろしいですねセルッゾ様」
サリパが滅びるという情報を聞いても、彼女の反応は淡白だった。
「あまり興味がなさそうだな」
「向こうが私を忘れてるのです、そりゃ私だって忘れますよ」
存在をなかったことにされ、返還要求もせず、十数年も放置された家族である。
ラシリアはサリパに、何の情も感じていなかった。
「……そうか」
「セルッゾ様は、気にしているのですか」
「それなりに懇意だったからの」
一方でセルッゾは、少しばかり哀しそうな顔をしていた。
セルッゾらしくない反応だと、ラシリアは少し意外に感じた。
「だが、お国には逆らえん。抜かりなく、十全に用意せよ」
「分かっております」
そんな感じに実行された、ジャルファ王子による侵攻作戦だったのだが……。
「……サリパが、勝っただと?」
「そのように報告が」
世界の大半の予想を裏切って。
デケン帝国の大軍に対し、サリパが宿敵ヤイバンと同盟を結び、見事に撃退したのだ。
歴史に残る格上食いである。
「ジャルファ王子から出陣の依頼が来ております。撤退を支援してほしいと」
「むーむむ」
「すぐ、救援軍を編成しましょうか」
「いや、そんな余裕はなかろうよ」
その報告を聞いたセルッゾは、頭を悩ませた。
歴史に残る大敗戦となれば、次に何が起こるかなんて目に見えている。
「……すみません、続いて報告が来ました。町中で暴動が起きているようです」
「そうだろうなぁ」
この町、セルッゾ領の民はデケン軍が怖いから従っていた。
デケン軍が惨敗して逃げ出したという情報が飛び交えば、反乱が起きて当然だ。
「では、王子からの依頼は断らないといけませんね。反乱を鎮圧しなければ」
「悩ましいのう。領民の大半が蜂起したとなれば、鎮圧できたとしても酷いことになるぞ」
「ですが反乱は放っておけません。どうするのですか」
セルッゾ領は広く、蜂起した反乱軍の勢力はかなりのものになっていた。
このまま反乱鎮圧できたとして、領民が半減しかねない状況だ。
「普通の鎮圧ではだめだ、その後がどうしようもない」
「では、他にどのような手が?」
「うむ、そこでだが」
そうなれば防衛能力はがた落ち、ヤイバン・サリパ同盟が見過ごすはずがない。
今、まさにセルッゾ領の存続の危機なのだ。
そんな危機的な状況において、
「ラシリアよ、ちょっと予を殺してみんか?」
「はい?」
セルッゾは大得意の策謀、一計を案じた。
「すまん、予らも反乱軍に加えてくれ。絶対に役に立つぞ」
「オッサンと、綺麗な女……?」
「おい。このお方を誰と心得る、口のきき方に気を付けい」
反乱を鎮めたいなら、反乱を成就させればいい。
セルッゾはラシリアと共に、『反乱軍に参加』してしまったのである。
「貴女が本当に、あの『幻のサリパ第一王女』……?」
「ああ。ずっと機を窺っていた、第一王女ラシリアである」
そこで彼はラシリアの血筋を明かし、反乱軍を歓喜させた。
デケンと対立する以上、独立後はサリパかヤイバンと協調しなければならない。
サリパ王家の血筋であるラシリア王女は、反乱軍の首魁としてこれ以上ない旗頭だった。
「フリーゾさん、あんたなんかセルッゾ伯爵に似てない?」
「ぬははは! 昔から悪人面と言われますが、あのような大悪党と一緒にされれば傷付きますぞ」
「むぅ、確かにな。すまなかった」
一方でセルッゾは、フリーゾと名前を変えてラシリアのパトロン商人を名乗った。
若干怪しまれたものの、討伐対象ご本人が反乱軍に参加するなどあり得ない、という先入観により事なきを得た。
「マキャス村の長に、独立を宣言させた。これでセルッゾ伯爵の地盤はなくなった」
「おお、流石ですラシリア王女」
ラシリアは反乱軍でも、その優秀さを存分に発揮した。
いつしか彼女は、神輿ではなく『リーダー』として認められていた。
「お、東の同志が予の暗殺計画を立てているようである。だが詰めが甘いのう。ちょっと助言しに行ってくる」
「自分を殺す計画に参加なさらないでください……」
ラシリアが反乱軍のトップとなってから、二人はやりたい放題だった。
せっかくなのでと、反乱軍を使って政敵だった貴族を潰して回った。
「貴様、セルッゾ! 許さん、許さんぞぉぉぉ!! もがもがぁ!」
「じゃ、予の代わりに殺されてくれな」
こうして反乱の結果、セルッゾ家はほぼ無抵抗に壊滅した。
最後はセルッゾに似ていた者を、セルッゾ家の服を着せてラシリアに処刑させた。
「うーむ、我が領の膿も絞り出せた。反乱さまさまである」
かくして一般市民の面前で、セルッゾ伯爵(偽)は処刑され。
反乱軍は勝利を宣言し、セルッゾ領は『神聖ラシリア帝国』として独立を宣言した。
「それで、次に何をすればよいのでしょうか、フリーゾ様」
「予に様づけはいらんよ、部下のフリーゾとして扱うとよい」
そしてラシリアとセルッゾは、統治者としての権力を再び握った。
結局、『今まで通り』政治を行うことになったのだ。
「ラシリアに任せていた仕事は、そのまま頼む。予がやっていた仕事は、予に任せるといい」
「……では、今までと何も変わりませんね」
「領民が満足すればそれでよいのだ」
大した被害もなく暴動は治まり、セルッゾ領は平穏を取り戻した。
結果だけ見れば、大成功である。
「当面は貴様が王となるのだぞ、ラシリア。サリパ・ヤイバン連合が優勢なうちはな」
「分かりました」
「デケン帝国が優勢となれば、予がラシリアを殺すぞい。今のうちに、ラシリアによく似た女を探しておかねば」
「……相変わらず、腹黒いですね」
ラシリアの血筋を利用すれば、サリパヤイバン連合にすり寄ることも出来る。
セルッゾの策は反乱を鎮めただけでなく、敵の侵攻すら防いでしまう一手だ。
「大変です、ラシリア国王!」
「む?」
「どうしたか」
そんな計画を実行し、成功した二人だったが。
駆け込んできた兵士から、とんでもない『朗報』を受け取った。
「逃走中だったサリパ国王と、パウリックを含めた部下を数名、捕らえました!」
「なに!! 本当か!!」
なんとセルッゾ領にサリパ国王がいて、確保できたというのだ。
それはまさに、願ってもない話。
「サリパ国王は、ラシリア様と会談を希望しているようです」
「……っ!」
元々サリパには、こちらから使者を立てるつもりだった。
サリパ国王本人の身柄を押さえられたら、どれほど有利に交渉できるだろう。
「すぐ、客間に案内しろ。むろん、武器の類は没収しておけ」
「分かりました!」
セルッゾは嬉しそうな顔で、そしてラシリアは険しい顔で。
国王を、客間に通すよう命じた。
「……お、おお、おおお」
かくして、十五年ぶりにラシリアは肉親と再会した。
「本当に、ラシリアなのか。いや、その瞳、その髪はまさしく」
「……」
セルッゾはラシリアを暗殺されないか、入念に警戒をしていた。
彼女の周囲に護衛を何重にも配置し、セルッゾ自身も傍に控えた。
もちろん客間に、パウリックなどは近づかせなかった。
「会いたかった……我が娘……」
サリパ国王は、流涙してラシリアとの再会を喜んだ。
その言葉に嘘はない。国王とて威信のため、泣く泣くラシリアの存在をなかったことにしただけ。
ずっとラシリアの生存を祈り、幸せであってくれと祈っていた。
十五年ぶりの娘との再会に、感涙した。
「サリパ国王。今、私はここに娘として顔を見せたわけではない」
「ラシリア?」
「ラシリア王国とサリパの関係はどうあるか。貴殿の身柄をどうすべきか。それらを測りに来ている」
だが、ラシリアの態度はよそよそしかった。
無感情に、無表情に、ラシリアの視線は冷たく国王を射抜いていた。
「サリパ国王。我がラシリア王国は、貴国サリパならびにヤイバンと、協調していく方針を考えている」
「あ、ああ。我々も、もちろん、歓迎する」
「感謝する」
ラシリアはあくまで、王として国王に接した。
その態度には、彼女の明確な意思表示が込められていた。
「……だが、ラシリアよ。少しだけ、父娘として、話をしてはくれないか」
「その交渉に応じる義理はない」
お前のことなど、父親と思っていない。
隣国の王であるという以上の関係性を希望しない。
ラシリアは言外に、はっきりと告げたのである。
「ラシリア様、少しお耳を」
「フリーゾ?」
その頑なな態度に、少しばかりセルッゾも困った。
サリパ・ヤイバンとは、なるべく友好的な関係を築かねばならないのだ。
そこでラシリアの耳元で、小さく助言をした。
「少しで良いから、父娘の情にほだされる『演技』をしなさい」
「……む」
ラシリアの気持ちも理解できるが、嘘でもいいので『親愛の情』を示してほしい。
その言葉を耳打ちされたラシリアは、難しい顔になった。
「……貴殿は、セルッゾ伯爵では?」
「何のことですか、ぬはははは!!」
「やはり、あの処刑場で殺されたのは」
「私はこのラシリア国王の腹心、フリーゾと申します。セルッゾなど知りませんな」
「相変わらずのようで」
セルッゾが生きていたことに、国王は呆れていた。
だがセルッゾはそれを意に介さず笑うのみ。
「しかし、貴殿がラシリアと一緒にいるという事は。まさかラシリアを攫ったのは────」
「それは邪推というものですよ、サリパ国王様」
「ではなぜ……」
「誘拐されたラシリア様を、保護しただけでございます。詳しくは、本人に聞いてはいかがです」
「む」
セルッゾはそう言うと、チラリとラシリアを流し見た。
「サリパ国王様、予と話している場合ではないでしょう」
「セルッゾ伯爵……」
「貴方には、もっと話さねばならぬ相手がおりますぞ」
国王はそう言われ、改めてラシリアと向き合った。
険しい顔で自分を睨む、見捨ててしまった娘へと。
「ラシリア。セルッゾ伯爵の言うことは、事実なのか」
「……はい」
「そうか。ではセルッゾ伯爵、御礼を申し上げる」
「ぬははは、なんのことですかな。私はフリーゾですぞ!」
ラシリアの表情は、冷たい。
そんな彼女に、国王は頭を下げて詫びた。
「ラシリア。私が君を傷つけてしまったことは理解している。すまなかった」
「……」
「でも、私は君のことを忘れたわけじゃない。ずっと探し続けてもいたんだ。パウリックだって、君の一件をどれだけ悔いていたか」
国王はラシリアに向かって、そう言葉をかけ続けた。
真摯に、まっすぐ、頼み込むような口調で。
「君が許してくれるなら。私はもう一度、君の父親に戻りたい────」
彼の言葉に嘘はない。本心からそう言っていた。
だが、ラシリアにはそれが分からない。騙そうとしているに違いないと感じてしまう。
「では、今一度だけ。父娘として、お答えしましょう」
「お、おお! そうか、ありがとうラシリア」
しかし、セルッゾの言葉もある。
ラシリアは、ようやく王としての仮面を外した。
「今更、父親面しないで!!」
そして出てきたのは、今にも泣きだしそうな叫び声だった。
その直後、彼女は目を丸くして口を手で押さえた。
自分でも、思ったより大きな声が出てしまったらしい。
「ラシ、リア?」
「何もしてくれなかったくせに」
だが、それでもラシリアは父親を詰るのをやめない。
国王が本音で話をしたように、ラシリアもまた本音を返した。
「私が体よく領地を得たら、父親面ですか。利益になりそうだから、父娘に戻ろうとしているのですか!」
「ち、違う。そんなことは」
「……アンタなんか、大っ嫌い!!」
彼女の叫びの後、場に沈黙が流れる。
セルッゾは慌てているが、ラシリアに後悔した様子はない。
言いたいことを言ってやったという、達成感すらあった。
それは彼女がずっと溜め続けてきた『心の叫び』だったから。
「……そう、か」
国王はひどく、しょげ返った顔をしていた。
だがラシリアの言葉に、何も言い返すことはできない。
そんな言葉をぶつけられるのも、当然の話だ。
実際、国王は父親なのに何もしてこなかったのだから。
「二度と、私に父娘として話しかけてこないで」
セルッゾにとって、このラシリアの態度は計算外だった。
誘拐事件はもう十五年も前の話。
だから彼女が冷静に、割り切ってくれると思っていた。
「私はもう、あなたの娘なんかじゃない」
しかしラシリアの中で、その憎悪の炎が途絶えることはなかった。
ずっと恨んでいたし、ずっと罵りたかったのだ。
つまりこれは、感情を軽視したセルッゾのミスである。
「私はもう、この人のモノなんだから!!!」
最後に、ラシリアは。
そういって、セルッゾの腕にガッツリ抱きついた。
「えっ」
セルッゾの顔が真っ青になったのは、後にも先にもこの時だけである。




